第2話「無謀な計画」
らっしゃい! エフィさんに続き酒場に入ると、丸坊主のマスターが威勢の良い声で迎えてくれた。
「エール二杯とブラックホーンの干し肉! それと塩茹で緑まめ!」
「あいよ!」
酒場に入るなりエフィさんは、マスターへ注文を飛ばすと僕の手を引き、奥のテーブル席に案内してくれた。
「あの、エフィさん」
「大丈夫! 心配しないで。ここは本当に私の奢りだから」
「いや、そうじゃなくて。お金の心配はしていません」
「え? じゃあ、何?」
不思議そうな顔で首を傾げるエフィさん。
え? じゃあ、何? じゃないでしょ。普通に考えて、初対面の相手にいきなり強制連行されたら、いろいろ考えるところはあるでしょう?
「エフィさんは、この街に来てけっこう経つのですか?」
「ううん。昨日来たばっかりだよ」
「は?」
いやいや冗談でしょ。さっきの注文の仕方は、もはや常連客の頼み方だったよ? 昨日来たばかりの旅商人のそれじゃないよね?
「さすがにそれは冗談ですよね? 本当は7日前くらいには来ていたんじゃないですか?」
「レントって、案外疑り深いんだね。冗談なんかじゃないよ。ほら」
エフィさんが見せてきた出店許可証には、しっかりと昨日の受付日が記されていた。
「疑ってすみませんでした。あまりにも常連客みたいだったものでつい」
「ふふん!」
なぜ得意気?
「ところでレント。キミ、私に嘘ついてない?」
「嘘? べ、別に嘘なんてついてないですよ」
いきなり何を言い出すかと思えば……まさか、エフィさん、僕がライゼルの家名を伏せたことに気づいてたのか?
だとしたら、まずいな。僕がライゼル家の人間だってわかれば、たかってきたり、へつらってきたり、とにかく僕を利用しようとする面倒な連中が集まりかねない。
疑いたくはないけど、エフィさんだって、その一人かもしれない。
「ふーん。じゃあ聞くけど、レントって、本当にただのレント?」
とっさに口にしてしまったあの言葉、やっぱり引っかかってたか!
「は、はい。ただのレントですよ」
「本当に本当? 家名とかは? ないの?」
「あ、ありません! 僕は、片田舎の生まれですから。家名なんてありませんよ」
「ふーん」
あのじと目。これは、かなり疑われてるな。どうにか話題を変えないと。
「あー、エフィさん……」
「私ね、実はレントって名前に聞き覚えがあるの。私が聞いたことのあるレントって人は、キミと同じ鑑定士さんで、王都では腕利きって評判らしいの。しかも、超イケメンなうえに、あのライゼル家のご子息だってウワサ。まぁ、実際に会ったことないから本当かどうかわからないけどね」
んー、ライゼル家のっていうは間違ってないけど、超イケメンってのは……ウワサが独り歩きしてるな。しかし、これは、エフィさんも黒……か? もし僕がレント・ライゼル本人だと知ったら、やっぱり利用しようとするのか?
だとしたら、なんとしてもシラを切らねば!
「……そ、そうなんですね。でも、やっぱり人違いだと思うなぁ。僕はその、ライゼル家、でしたっけ? そんな家名は知りませんし、聞いたこともありませんから」
「えぇ!? それ、本当なの?」
「本当ですよ。僕の村は、辺境の辺境、そのまた辺境ですから、村の外の話なんてほぼほぼ入ってきません」
「ライゼルといえば剣聖、剣聖といえばライゼルってくらい有名なのに、そんな村があるんだ。それでも同じ鑑定士なら、名前くらい聞いたことあるんじゃない?」
「な、ないですね。えへへ……へへ」
まずい。状況は思わしくないぞ。せめて架空の村名くらい何か適当に出した方がいいかもしれない。んーと……さすがにすぐには思いつかないな。
「まぁ、でもレントがそう言うなら、そうなんだよね。ごめんね。変なこと言っちゃって」
おや? これは、なんだかんだエフィさんが自問自答する形で、丸く収まったんじゃないのか? ひとまず面倒なことにならなくてよかった。
「いえ。いいんです」
「それじゃ、気を取り直して本題に入るよ。レント、コレ、鑑定できる?」
エフィさんは、カバンから一枚の汚れた布切れを取り出し、僕の前に置いた。
「さっき私を鑑定してもらったのは、コレを鑑定できるだけの鑑定能力があるか確かめさせてもらうためだったの」
「なるほど。僕を試したってわけですね」
「ごめんなさい。でもね、言い訳に聞こえるかもだけど、決してレントの鑑定士としての資質を疑ったわけじゃないの」
「大丈夫ですよ。そんな風には思ってませんから。コレがそれだけ鑑定が難しいものである。そういうことですよね?」
「うん」
「それで、コレはいったい?」
「コレはね、王都に住むおばあちゃんから預かったものなの」
「おばあちゃんって、エフィさんの?」
「ううん。違うよ。おばあちゃんはお客さん。おばあちゃんにはね、冒険者をやってる一人息子さんがいるらしいんだけど、何かの魔獣討伐に向かったっきり、もう30年ちかく帰って来てないんだって。この布切れは、討伐に向かった一年後に、一緒に行ってた仲間の一人から渡されたものなんだって」
「それって、息子さんは……もう……」
エフィさんは、言葉を詰まらせた僕に、泣きそうな笑顔を見せながら話しを続けた。
「おばあちゃんね、いつか息子さんが帰って来るって、そう信じてこれまで生きて来たって言ってた。息子さん、家に帰ってくると『母さん。これ、また洗っといてくれ。いつも汚してすまねぇが、こいつを母さんにピカピカにしてもらうと、どんなやつにも勝てる気がするんだ』って口癖みたいに言ってたんだって。だから、息子さんが帰ってきて、洗ってくれって言われるまで洗えなかったんだって」
「そう、だったんですね。でも、エフィさんがコレを預かったってことは、洗濯の依頼を受けたってことですよね?」
「うん」
「これまでずっと、息子さんのことを待っていたのに、なぜ今になって洗濯の依頼を?」
「おばあちゃん、持病が悪化してるみたいで、もう長くないらしいの。だから、自分の命が尽きる前に、最後にきれいにしてあげたいって。でも、もう自分じゃピカピカにはできないからって私に依頼してきたの」
「……なるほど」
そういうことか。でも、それならエフィさんの洗濯魔法でちゃちゃっときれいにしてあげればいいのに。あれだけ凄い洗濯魔法が使えるんだから……いや、でも僕に鑑定を依頼してきたってことは、それ相応の何か、があるはずだよな。
「エフィさん。僕に鑑定を依頼する理由を、もう少し詳しく聞かせてもらえませんか?」
「もちろん。洗濯士を名乗る者としては、すごく悔しいことなんだけど、今の私の知識だと、この汚れは落とせないの。私の扱う洗濯魔法はね、その汚れの原因となっているものを分析することで、きれいにする事ができるの。例えば泥汚れにもいろんな種類があるでしょ? どこのどんな石や砂や水なのかとか。あとは、毒とか呪いとかにもいろんな属性や種類、術式なんかがあるでしょ?」
なるほどね。ん? ちょっと待って。泥汚れの話はわかるけど、毒とか呪いって言った? 言ったよね? それってどういうこと? あと、サラッと分析って言ってたけど、エフィさんって分析の能力を持ち合わせているってこと?
「あの、エフィさん。毒とか呪いって、洗濯と何の関係が?」
「関係あるよ。毒は血中の汚れだし、呪いも人や土地を汚してるものになるからね」
「なるほど。そういう認識なんですね」
「ん? 何かおかしかった?」
「いえ。理解しました。ということは、エフィさんは解毒や呪いの解除が出来るということなんですね?」
「できるよ。でも全部じゃない。なんていうか、上手く説明できないんだけど、私の洗濯魔法って、私がそれを汚れだと認識できるかどうかっていうのが鍵なんだよね」
「そうなんですね。なんとなく理解しました。それと、エフィさんて、分析の能力をお持ちなんですか?」
「うん。持ってるよ。分析の能力は生まれつきなんだ。この能力があったから、それが活かせると思った洗濯魔法を選んだの」
いやいや、その能力は、洗濯魔法以外にもいろいろ活かせたでしょ。僕からしたら羨ましい能力だし、その使い道は勿体ないと思ってしまう。
「ということだから、この汚れが何によるものなのか、鑑定してもらいたいんだけど……その、できそう?」
もちろんできる。だけど、なんでエフィさんは、そんな心配そうな顔してるんだ? まさか、僕がこれを鑑定できないとでも? ……あ、そうか。
「エフィさん。もしかして、僕がエフィさんの知るレントさんじゃないから、これを鑑定できるか心配なんじゃないですか?」
「あ、いや。そ、そんなことは……ごめんなさい! ちょっと、思ってます」
「ハハ。気にしないで下さい。僕だって思いますよ。ここにいるのがそのレントさんならバシッと鑑定してくれるだろうにってね。でも大丈夫ですよ。僕も鑑定士の端くれ。ちゃんと鑑定してみせますから」
「ほ、本当にごめんなさい! よろしくお願いします!」
大丈夫ですよ。エフィさん。あなたの前にいるのは、正真正銘のレント・ライゼルなんですから。
「わかりました。では、いきます」
鑑定。え? えぇ!? 嘘だろ? これって、ドラゴンの血だ。それも一個体だけで国が一つ滅びるほどの強大な力を持つとされる危険度Sの特定警戒魔獣、レッドドラゴンの血だ。
「どう? わかった?」
「はい。わかりました」
「すごい! さすがレントね!」
さすがって、エフィさん。さっきまで鑑定できるかどうか疑ってたくせに、まったく現金な人だ。
「それで?」
「はい。これは、ドラゴンの血ですね」
「ドラゴンの血! 種類はわかる?」
「はい。おそらくは、レッドドラゴン」
「レッドドラゴン! そっか。息子さんが受けた討伐依頼の魔獣は、レッドドラゴンだったのね」
「……相手が悪すぎましたね」
「そうね」
「えっと、これで、この汚れは落とせますね?」
「ううん。まだ落とせないよ」
「え?」
「もうレントったら。さっき言ったでしょ? 原因となるものを分析しないと」
そういえば言っていた。でも、この汚れがレッドドラゴンの血だということは分かったわけだし、この布切れに付着したものを分析すればわかるのでは?
「ここに付着しているものを分析するのでは、ダメなんですか?」
「ダメね。やってはみたけど、劣化しすぎてるから、ちゃんとした分析結果が得られなかったのよ」
なるほど。そういうことがあるのか。ということは、ある程度鮮度があるレッドドラゴンの血でなければ、正確な分析はできないということになる。だとすると……いや、いや。まさか、そんなことは考えてないよね?
「あの、まさかとは思いますけど、レッドドラゴンの血を探しに行くなんて考えてないですよね?」
「さすがレント! そのまさかよ。だから、この汚れが何なのかハッキリさせるために鑑定をお願いしたんだもの。それじゃ、早速、明日出発ね!」
は? 明日出発? 嘘だろ? 本気で言ってるの?
「エフィさん、それは、さすがに危険すぎじゃないですか? 一人でレッドドラゴンのところに行くなんて自殺行為もいいところですよ?」
「え? 一人じゃないけど?」
おっと、僕としたことが。エフィさんがぼっちだと勝手に思い込んでいたけど、ちゃんと仲間がいたのか。
そりゃそうだよね。でなければこんな無謀なこと、サラッと言わないよね。
「すみません。エフィさん。僕の早とちりでした。エフィさんには、レッドドラゴンと渡り合えるほどの強い仲間がいたのですね」
「いないよ?」
「え? それじゃ、冒険者ギルドで即席のパーティーでも組むおつもりですか?」
「それもしないけど?」
「え?」
「え? 一緒にいくのは、レント、キミだよ? 他に誰がいるのよ?」
はぁ!? 何言ってるだこの人は。そんな自ら死地におもむくような真似、するわけないだろ!
「僕は、行きませんよ」
「え? なんで?」
「何でって。レッドドラゴンですよ? 無理に決まってるじゃないですか。 僕は鑑定士なんですよ? エフィさんだって洗濯士なわけだし」
え? なんでこの人、この状況で笑ってるの? 怖いんですけど。
「大丈夫だよ。別にドラゴンを倒すって話じゃないから。ちょっと足とか尻尾の先とかに傷をつけて、少しだけ血を採取するだけだから、ね?」
ね? じゃないし! ドラゴンに傷をつける? 少しだけ血を採取する? そんなこと僕たちに出来るはずがない!
「僕は、絶対に行きませんからね。では鑑定も終わりましたし、僕は宿に戻りますので。ごちそうさまでした」
これ以上は付き合っていられない。そう思った僕は、テーブルの上に銀貨を置くと足早に酒場を後にし、宿屋に向かった。
「ちょっとレント! 待ってよ! 待ってってば!」
エフィさん。まさか追っかけてきたのか?
僕は、振り返らず全力で走り出すと、そのまま宿屋に飛び込んだ。
「ハァハァハァハァ、レント、ハァ、ライゼル、ハァハァ、です」
僕が、呼吸を荒げながら身分証を提示すると、宿屋の受付のお姉さんがニッコリ微笑み言う。
「あらあら。だいぶお疲れのご様子ですね。はい。レント・ライゼル様ですね。お部屋は2階の1番奥になります」
「あ、ありがとうございます」
僕は、カウンターの上に置かれた鍵を受け取ると、案内された2階奥の部屋に直行した。
「はぁ。なんとかエフィさんをまくことができた。部屋に入ってしまえばこっちのもんだ」
ベットに寝転んだ矢先、コンコンコンと、誰かがドアをノックする音がした。十中八九ドアの向こうにいるのはエフィさんだろう。
そう思い無視を決め込んだが、ドアをノックする音は次第に大きくなり、いい加減我慢の限界に達した僕は、仕方なくドアを開けた。
「……やっぱり、エフィさんでしたか」
「なんか、ごめんね。私、レントを怒らせちゃったみたいだったから、一言謝りたくて」
「いや。別に怒ってるわけじゃないです」
僕はただ、レッドドラゴンの血を採取しに行くとかいう無謀な計画に巻き込まれたくなかっただけですから。
「ならよかった。それとコレ。返すね。今日は私の奢りって言ったでしょ? それじゃ明日ね。宿の前で待ってるから」
「だ・か・ら!」
「おやすみ!」
「あ! ちょっと!」
エフィさんは、さっき酒場のテーブルの上に置いて来た銀貨をそっくりそのまま僕の手に握らせると、瞬間移動のごとく、その姿を消した。
って、隣りの部屋に入ってったな。
まさか、エフィさんも同じ宿で、しかも部屋隣りだったなんて!




