最終章 ありがとう
最終章 ありがとう
黄金の光が、第八の塔を包んでいた。
崩れかけていた壁は光の粒となり、夜空へと舞い上がる。
その光景は、美しかった。
まるで無数の星が、長い眠りから目を覚ましたように。
レインは静かに剣を下ろした。
目の前には青年レイン。
百年間、この世界を支え続けたもう一人の自分。
青年は穏やかに笑っていた。
「……やっと終われる。」
その表情には、恐れも後悔もなかった。
あるのは安堵だけだった。
「本当にいいのか?」
レインは震える声で尋ねる。
「君が消えれば……。」
青年は首を横に振る。
「違う。」
「消えるのは私じゃない。」
「役目だ。」
「私はようやく、本来の時間へ帰るだけだ。」
⸻
ノアが涙をこらえながら一歩前へ出る。
「レイン。」
青年は優しく振り返る。
「先生。」
その呼び方は、百年前と変わらなかった。
「ごめんなさい。」
ノアの声は震えていた。
「私は……。」
「あなたを何度も送り出した。」
「何度も苦しむと分かっていながら。」
青年は小さく笑う。
「先生。」
「ありがとう。」
その一言だけだった。
ノアはもう耐えきれず、その場に膝をついた。
「……ごめんなさい。」
「本当に、ごめんなさい。」
レインは初めて知った。
ノアもまた、この百年間を一人で生き続けていたことを。
自分だけが苦しんでいたわけではない。
先生も、同じ時間を何度も見送り続けてきたのだ。
⸻
黒い霧――《終焉》が静かに近づいてくる。
その姿はもう恐ろしい怪物ではなかった。
百年前のレイン。
絶望に飲まれた、幼い自分。
『まだ……。』
『怖い。』
終焉は泣いていた。
『誰も救えなかった。』
『だから世界なんて、終わればいいと思った。』
レインはゆっくり歩み寄る。
剣を構えない。
魔法も使わない。
ただ、その小さな肩に手を置いた。
「もう一人で抱えなくていい。」
『……え?』
「お前は俺だ。」
「だから、お前の悲しみも俺が背負う。」
『許してくれるのか?』
「許す。」
「だって。」
レインは涙を流しながら笑った。
「一番許せなかったのは、俺自身だったから。」
その瞬間。
終焉の体が淡い光へと変わり始める。
黒い霧は消え、少年は穏やかな笑顔を浮かべた。
『ありがとう。』
その姿は、夜空へと溶けていった。
⸻
青年レインの胸の魔法陣が、ゆっくりと消えていく。
「時間だ。」
学園全体が震え始める。
校舎。
時計塔。
教室。
中庭。
すべてが光の粒へと変わっていく。
ルークが叫ぶ。
「待て!」
「学園が!」
青年は静かに頷く。
「役目を終えたんだ。」
「この学園は。」
「世界を守るために作られた、最後の魔法だから。」
エリシアは涙を流しながら空を見上げる。
「じゃあ……私たちの思い出は?」
青年はレインを見る。
そして優しく微笑んだ。
「思い出は、消えない。」
「たとえ覚えていなくても。」
「人の心は、ちゃんと誰かを好きになった記憶だけは残る。」
⸻
眩しい光が世界を包む。
レインは仲間たちへ手を伸ばした。
「また会えるかな。」
ルークは涙をぬぐいながら笑う。
「当たり前だ。」
「次は俺が先に友達になる。」
エリシアも泣き笑いを浮かべる。
「今度は夜中に抜け出さないで。」
「ちゃんと昼間に話しかけて。」
三人は笑った。
最初に出会った日のように。
何も知らなかった、あの日のように。
⸻
光が弾ける。
世界は白く染まった。




