第六章 世界の真実
静寂だった。
第八の塔には風の音さえない。
レインは目の前に立つ「もう一人の自分」を見つめていた。
同じ顔。
同じ声。
同じ瞳。
違うのは、その瞳に宿る深い悲しみだけだった。
「……百一回目?」
レインが震える声で尋ねる。
青年は静かに頷く。
「そう。」
「君は百回、この世界をやり直している。」
「嘘だ!」
ルークが剣を抜いた。
「そんな話、信じられるか!」
青年は抵抗しなかった。
「信じなくても構わない。」
「だが、見れば分かる。」
彼は右手をゆっくり掲げた。
塔の中央に浮かぶ無数の光が、一つへと集まっていく。
やがて巨大な球体となり、空中に世界の映像を映し出した。
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そこには――何もなかった。
海は干上がり、
森は灰になり、
山は崩れ、
空は黒く裂けていた。
人影もない。
鳥も虫もいない。
ただ灰色の世界だけが広がっている。
「これが……。」
エリシアが息を呑む。
「本当の世界。」
青年は静かに言った。
「学園の外に広がっている景色だ。」
レインは首を振る。
「そんなはずない。」
「俺たちは毎日外へ出ている!」
青年は苦笑する。
「それは学園が見せている幻だ。」
その言葉とともに映像が変わる。
レインたちが毎日歩いていた森。
湖。
街。
それらはすべて巨大な魔法陣の内側に存在していた。
外側は滅びた世界。
内側だけが時間を止められている。
「アルカディア学園は学校じゃない。」
「世界最後の結界なんだ。」
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沈黙が落ちた。
ルークが壁にもたれかかる。
「じゃあ……。」
「俺たちは何なんだ。」
青年は少しだけ目を閉じる。
「君たちは、本物だ。」
「でも同時に、何度も繰り返されている存在でもある。」
「繰り返す?」
「結界が壊れそうになるたび、時間を巻き戻す。」
「記憶を消し、最初からやり直す。」
「それが、この百年間続いている。」
レインは頭を抱えた。
百年。
百回。
そんな年月を、自分は繰り返してきたというのか。
⸻
そのとき。
塔の入口が静かに開いた。
「やっぱり……ここにいたのね。」
ノアだった。
いつもの教師のローブではない。
白銀の法衣をまとい、手には古びた杖を握っている。
その姿は、夢で見た”賢者”そのものだった。
「先生……。」
ノアは青年へ向かって深く頭を下げる。
「お久しぶりです。」
「レイン。」
ルークとエリシアが驚く。
「え?」
「先生……この人を知ってるの?」
ノアはゆっくり振り返る。
そして、涙をこらえながら言った。
「彼が、本当のレインです。」
レインは言葉を失う。
「じゃあ……俺は?」
青年は優しく微笑んだ。
「君もレインだ。」
「私は百年前の私。」
「君は、百一回目の私。」
⸻
レインの胸に、激しい痛みが走る。
記憶が溢れ始める。
ノアと笑い合った日々。
仲間たち。
世界を救うために誓いを立てた夜。
そして――。
「思い出すな!」
青年が叫ぶ。
同時に塔全体が激しく揺れた。
ゴゴゴゴゴ……
壁に亀裂が走る。
天井から星の光が崩れ落ちる。
ノアが叫んだ。
「結界が限界なの!」
「時間がない!」
青年は静かに笑った。
「だから私は、この塔で待っていた。」
レインは混乱したまま叫ぶ。
「何のために!」
青年はまっすぐレインを見る。
「私を殺してもらうためだ。」
その一言で、空気が凍った。
「……え?」
「私が生きている限り、この結界は終われない。」
「私は核なんだ。」
青年の胸元には、青白く光る巨大な魔法陣が刻まれていた。
それは学園全体の校章と同じ形をしている。
「結界を終わらせるには。」
「私を消すしかない。」
ルークが怒鳴る。
「そんな方法、認めるか!」
青年は首を横に振る。
「もう一つ方法はある。」
「また記憶を消し、時間を巻き戻す。」
「百二回目を始める。」
レインは青年を見つめる。
「……だから今まで。」
「そう。」
青年は寂しそうに笑う。
「君が毎回選んできた。」
「仲間を失うくらいなら。」
「世界を救えなくてもいいから。」
「もう一度最初からやり直そう、と。」
ノアは顔を覆い、静かに泣いていた。
「私は……止められなかった。」
「あなたが苦しむ姿を、百年間見続けることしかできなかった。」
その時、青年は初めて穏やかな笑みを浮かべる。
「先生。」
「もう終わりにしましょう。」
レインは拳を強く握りしめた。
青年の言葉が胸に刺さる。
「君は、何を選ぶ?」
世界を救うのか。
仲間との時間を守るために、また記憶を失うのか。
その答えを出す時が、ついに訪れようとしていた。
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次回 第七章「最後の選択」




