第五章 第八の塔
八度目の鐘が鳴った夜。
学園中の生徒が目を覚ました。
寮の窓から外を見た者は、皆同じものを目撃する。
「……塔?」
昨日まで何もなかった場所。
時計塔のさらに奥、濃い霧に覆われた森の中に、一本の黒い塔がそびえ立っていた。
月明かりさえ吸い込むような漆黒の塔。
その頂上には、青白い炎が揺れている。
「あんな塔……知らない。」
生徒たちはざわめき始めた。
「学園に八本目の塔なんてあったか?」
「いや、見たことがない。」
「でも、あそこにある……。」
まるで世界が「最初から存在していた」と思い込ませようとしているようだった。
レインだけは、手の中の銀色の鍵を強く握りしめた。
(あそこに行けということか。)
⸻
翌朝。
学園には異様な緊張が漂っていた。
珍しく全校集会が開かれ、ノアが壇上に立つ。
いつもの穏やかな表情ではない。
どこか覚悟を決めたような顔だった。
「皆さんに伝えなければならないことがあります。」
静まり返る講堂。
「今日から一週間、夜間の外出を禁止します。」
生徒たちは顔を見合わせた。
「理由は?」
誰かが尋ねる。
ノアは少しだけ目を伏せる。
「……危険だからです。」
それ以上は語らなかった。
だが、レインには分かった。
先生は嘘をついている。
正確には――真実を隠している。
⸻
放課後。
ルークとエリシアがレインの部屋を訪ねてきた。
「行くつもりだろ。」
ルークが腕を組んだ。
「第八の塔。」
レインは苦笑する。
「顔に出てた?」
「昔からそういう顔する奴は危ないって、本に書いてあった。」
「昔から?」
ルーク自身も、その言葉に少し驚いた。
「……変だな。」
「今の、なんで『昔から』なんて言ったんだろ。」
レインは黙っていた。
最近、ルークも時折「知らないはずの記憶」を口にするようになっている。
エリシアが静かに言う。
「私も行く。」
「危険だ。」
「だから行くの。」
その青い瞳には迷いがなかった。
「あなた一人じゃ帰ってこない気がする。」
レインは諦めたように笑う。
「二人とも、頑固だな。」
「お前ほどじゃない。」
ルークが笑い返す。
その笑顔を見た瞬間――
レインの胸が痛んだ。
(この笑顔を……俺は知っている。)
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夜。
三人は学園の裏門を越え、霧の森へ入った。
木々の間には冷たい霧が流れ、足元すら見えない。
「静かすぎる……。」
エリシアが杖を握る。
すると、不意に森の奥から子どもの笑い声が聞こえた。
「……誰?」
誰もいない。
笑い声だけが近づいてくる。
レインが振り返ると、小さな女の子が立っていた。
白いワンピース。
裸足。
銀色の髪。
その姿は、ノアによく似ていた。
「こんばんは。」
少女はにっこり笑う。
「迷子?」
ルークが警戒して剣を構える。
「お前、誰だ。」
少女は答えない。
代わりにレインだけを見つめる。
「また来たんだね。」
レインの呼吸が止まる。
「……また?」
「今回は思い出せるかな?」
その瞬間、少女の姿が砂のように崩れ、霧へ溶けて消えた。
残されたのは一輪の白い花だけだった。
エリシアが震える声で呟く。
「あれ、人じゃない。」
⸻
森を抜けると、第八の塔が目前に現れた。
近くで見ると、その大きさは時計塔の倍以上ある。
扉には鍵穴が一つ。
レインは銀色の鍵を取り出した。
「開けるぞ。」
カチリ――。
鍵が回る。
重い音を立て、扉がゆっくりと開いていく。
その瞬間。
三人は目を疑った。
塔の内部には階段がなかった。
代わりに広がっていたのは、どこまでも続く星空だった。
無数の光が宙を漂い、一つひとつが誰かの記憶のように瞬いている。
「……きれい。」
エリシアが思わず息をのむ。
すると、一つの光がレインの胸へ飛び込んだ。
次の瞬間。
頭の中に映像が流れ込む。
幼いルーク。
泣きながら笑っている。
『また遊ぼうな、レイン!』
『約束だぞ!』
映像はそこで途切れた。
レインは膝をつく。
「ルーク……。」
ルークも頭を押さえていた。
「俺も……。」
「今、何か見えた。」
二人は顔を見合わせる。
「俺たち……。」
「前にも会ってる。」
その言葉に、エリシアの表情が曇る。
「じゃあ私も……?」
その瞬間だった。
塔の最上階から、ゆっくりと拍手が響く。
パチ……。
パチ……。
パチ……。
「ここまで来るとは思わなかったよ。」
低く穏やかな男の声。
暗闇の中から、一人の青年が姿を現す。
黒いローブ。
青い瞳。
黒髪。
その顔を見たレインは、言葉を失った。
青年は――
レイン自身だった。
「ようこそ。」
もう一人のレインは、どこか寂しそうに微笑む。
「ずいぶん待ったよ。」
塔の中に、沈黙が落ちた。
レインは震える声で問いかける。
「……お前は、誰だ。」
青年は目を閉じ、小さく息をつく。
「その答えを知るために、君は何度もここへ来た。」
「そして毎回――」
彼は悲しげに笑った。
「自分で、自分を忘れることを選んだんだ。」
その言葉とともに、塔の壁一面に無数の光が灯る。
そこには、同じ光景が何度も映し出されていた。
レインが第八の塔にたどり着く姿。
仲間と笑い合う姿。
涙を流す姿。
そして――
記憶を失い、再び学園へ入学する姿。
一度ではない。
十回でもない。
百回以上。
レインは息を呑んだ。
「……そんな、馬鹿な。」
青年は静かに言う。
「ようこそ、百一回目の世界へ。」
その言葉に、エリシアとルークも凍りついた。
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第六章「世界の真実」へ続く。




