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再開する、橘美樹

高校時代のことを思い出しているうちに、気づけば一時間以上走っていた。


街灯は、もうほとんどない。


カーナビだけが、淡々と道を示している。


山道へ入ってからは、対向車すら見なくなった。


「……ほんとにこんなとこにいるの?」


美樹は、ハンドルを握りながら小さく呟く。


指定された場所の周辺まで来ていた。


確かに、この辺りは隠れるには向いている。


人がいない。

明かりもない。

夜になると、世界そのものから切り離されたみたいだった。


でも。


本当に?


本当に、あの二人が?


頭の中を、不安と疑念がぐるぐる回る。


もしかして騙されてる?


警察?


反ノア派?


ノア信奉者?


あるいは、もっと最悪な何か?


美樹は、赤信号で止まった瞬間、もう一度スマホを見る。


『高一の文化祭で、悠真が落としたものは?』


『たこ焼きの舟皿。しかもソースを制服につけた』


「……いや、本物だろあれは……」


あんな細かいことを知ってる人間なんていない。


信号が青に変わる。


さらに山奥へ進む。


やがて、美樹は地図アプリに表示された場所で車を止めた。


「……この辺で工場って言ったら、これくらいしかないよな」


視界の先。


暗闇の中に、巨大な廃工場が沈んでいた。


窓ガラスはところどころ割れている。

錆びたフェンス。

崩れた外壁。


人の気配はない。


エンジンを切るか、一瞬迷う。


もし本当に二人だったら、あまりライトで照らされたくないかもしれない。


でも。


もし違ったら?


もし、なんかとんでもないゾンビみたいなの出てきたら?


「……いや、エンジンだけかけとこ」


深夜テンションでそんなことを考えながら、美樹は車を降りた。


スマホのライトを点ける。


白い光が、暗闇を細く切り裂く。


心臓がうるさい。


本当に?


本当にこんなところにいるの?


工場の裏手へ回る。


砂利を踏む音だけが響く。


工場の裏側は、想像以上に何もなかった。


雑草。

コンクリート。

崩れたパレット。


それだけ。


「……あれ?」


安心したような。


でも少し拍子抜けしたような。


これ夢?


騙されてる?


ゾンビ来る?


その時だった。


「……美樹?」


後ろから、小さな声。


美樹は反射的に振り向いた。


工場の壁際。


暗闇の中から、わずかに人影が覗いていた。


「……ノア?」


思わず声が漏れる。


その瞬間。


もう一つの影が飛び出してきた。


美樹は反射的にスマホのライトを向ける。


「っ……!」


二つの影が眩しそうに目を細めた。


背の高い影。


そして、少し小柄な影。


間違いない。


「ノアでしょ?」


小さい方の影が、ゆっくり帽子を外した。


続いて、マスクも取る。


その瞬間。


美樹は、完全に理解した。


白い肌。


整いすぎた顔立ち。


そして。


どれだけ隠そうとしても隠れない、あの存在感。


天城ノアだった。


「……ノアだ」


喉が震える。


「生きてた……」


次の瞬間、美樹は走り出していた。


ノアも、壁際から出てくる。


その横には悠真もいた。


でももう、そんなことどうでもよかった。


「ノア!!」


勢いのまま飛びつく。


ノアの身体を抱き締める。


細い。


前よりずっと痩せていた。


骨ばっている。


逃げ続けてきたのだ。


肉体的にも。


精神的にも。


限界まで。


その瞬間だった。


パチン。


乾いた音が、夜の工場跡地に響いた。


気づけば、美樹はノアの頬を思いきり叩いていた。


ノアは避けなかった。


最初から、殴られることを予想していたみたいに。


ぶたれる資格が自分にはある、とでも思っているみたいに。


ただ静かに受け止めた。


その顔を見た瞬間、美樹の感情が決壊した。


「バカヤロウ!!」


叫んでいた。


「いままでどこにいたの!!」


「なんで連絡くれなかったの!!」


ノアは、唇を震わせながら答える。


「……美樹、本当にごめんなさい」


「こっちはどんだけ心配したと思ってんのよ!!」


美樹の声が震える。


「ニュースによく出てくるようになったと思ったら!」


「いきなり逮捕されて!!」


「いきなり居なくなって!!」


「それから全然連絡取れなくなって……!」


怒鳴るほど、声が小さくなっていく。


喉が詰まる。


視界が滲む。


「……死んだと思ってた」


その一言で、全部壊れた。


涙が溢れる。


止まらない。


ノアも泣いていた。


悠真は、少し離れた場所で黙って立っている。


美樹は震える声で呟く。


「……生きてる」


もう一度、ノアへ抱きつく。


強く。


離さないように。


そして、そのまま大声で泣きながら、その場へ崩れ落ちた。


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