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新入生代表挨拶、天城ノア

佐倉悠真は、自分の席に座りながら教室を見回していた。


知らない顔ばかりだった。


新しい制服。

新しい教室。

初めて会うクラスメイト。


高校の入学式なんて、緊張して当たり前だ。


教室のあちこちでは、もう小さなグループができ始めている。

中学が同じだったのか、すでに盛り上がっている連中もいる。


そのざわめきの中で、やたらと聞こえてくる名前があった。


「スピーチすごかったよね」

「めっちゃよかった」

「なんかやる気出たわ」

「わかる」


入学式の話だ。


正確には、入学生代表挨拶の話。


悠真も思い出す。


『新入生代表、天城ノア』


名前を呼ばれた瞬間。


『はい』


一人の女子生徒が立ち上がった。


その瞬間、空気が変わった気がした。


まず目を引いたのは、容姿だった。


誰が見ても美人だった。


背筋が綺麗に伸びていて、立ち姿に迷いがない。

まだ高校一年生のはずなのに、不思議なくらい落ち着いていた。


彼女は静かに壇上へ上がり、マイクの前へ立った。


そして、話し始めた。


内容自体は、特別奇抜なものではなかったと思う。


高校生活への期待。

学びへの意欲。

失敗を恐れず挑戦すること。


よくあるテーマだ。


でも。


言葉の置き方が、妙に上手かった。


どの言葉を、どの間で置けば、人が聞き入るのか。


それを最初から知っているみたいだった。


気づけば、体育館が静まり返っていた。


みんな聞いていた。


教師も。

生徒も。

保護者も。


まるで、彼女の声だけがそこにあるみたいに。


挨拶が終わる。


一瞬の静寂。


そして、どこからともなく拍手が起きた。


それは義務的な拍手じゃなかった。


みんな、本気で感動して拍手していた。


――すごい。


それは間違いない。


本当に、すごいスピーチだった。


でも。


悠真は、式が終わったあとから、ずっと妙な違和感を覚えていた。


なんだろう。


うまく説明できない。


ただ、少しだけ。


怖かった。


「入学式でも隣の席だったね、よろしく!」


突然、横から声をかけられた。


振り向く。


隣の席の女子だった。


明るそうな顔。

人懐っこい笑顔。


たぶん、この人はどこに行っても生きていける。


そんな空気を最初からまとっていた。


「私、橘美樹。美樹って呼んでいいよ」


距離が近い。


初対面でそのテンションなのか。


「よろしく。僕は佐倉悠真」


「佐倉くんね、よろしくー」


やっぱり距離が近い。


多分この人、誰とでも仲良くなれるタイプだ。


「入学式のスピーチ、すごかったね」


「ああ、そうだね」


「なんかああいうの聞くと、やる気になるよね。私も頑張るぞー、みたいな」


美樹は楽しそうに笑う。


周囲でも、同じ話題が続いていた。


“挑戦”。


“自分で選ぶ”。


“失敗を恐れない”。


さっき天城ノアが使っていた言葉を、みんな自然に口にしている。


「悠真くんはどう思った?」


「僕?」


「そう。感動した?」


悠真は少し迷った。


でも、つい正直に口にしてしまう。


「そうね、感動したし……それと同時に……」


「同時に?」


「怖いと思った」


言った瞬間。


あ、これ変なこと言ったな、と自分で思った。


案の定、美樹は目を丸くする。


「怖い?」


「いや、悪い意味じゃないんだけど」


悠真は慌てて補足する。


「もちろんスピーチはすごかったよ」


「でも、その後の雰囲気がちょっと……怖いというか」


「みんな、その話をしてる」


「みんな、天城さんの言葉を引用してる」


「初めての感覚だったから、つい」


美樹は、きょろっと教室を見回した。


「あー……なるほど」


少し考えてから、首を傾げる。


「でも、それっていいことでもあるんじゃない?」


「みんなやる気になってるし、悪いことじゃないと思うけど」


「もちろんそうだと思う」


悠真も頷く。


「多分、あの挨拶をした天城さんが、すごいだけなんだと思う」


その時だった。


教室の扉が開く。


少し遅れて、一人の女子生徒が入ってきた。


空気が、わずかに変わる。


天城ノアだった。


たぶん職員室か何かに呼ばれていたのだろう。


教室へ入ってきた彼女は、さっき壇上にいた時より少しだけ緊張した顔をしていた。


周囲の視線を受けながら、自分の席を探している。


その瞬間。


「あ、噂をすれば」


美樹が立ち上がった。


「ちょっと挨拶してこよう」


早い。


いや早すぎる。


悠真が止める暇もなく、美樹は一直線に天城ノアのところへ向かっていた。


(コミュ力お化けかよ……)


心の中で呟く。


「天城さん!」


もう話しかけている。


「はじめまして! 私、橘美樹! 入学式のスピーチ、すごかったよ!」


天城ノアは、一瞬驚いた顔をした。


さっきまで張っていた緊張が、少しだけほどける。


「ありがとう、橘さん」


「美樹でいいよ!」


距離の詰め方がおかしい。


悠真は半分呆れながら見ていた。


でも、その美樹の勢いに釣られるように、周囲の女子たちも少しずつ集まり始める。


「私もスピーチすごいと思った!」

「緊張しなかった?」

「めっちゃ綺麗だった!」


さっきまで居場所を探していた天城ノアが、少しだけ安心したように笑った。


その輪の中心で、美樹は全員に話を振っている。


誰かが黙れば拾う。

誰かが困れば繋ぐ。


気づけば、教室の空気が自然に回っていた。


(いや、この場合、橘美樹の方がすごいだろ)


悠真は思う。


なんなんだこの人。


本当にコミュ力お化けだ。


しかも、いつの間にかスマホを取り出している。


「連絡先交換しよ!」

「え、あ、うん!」

「佐倉くんも!」


気づけば、ほぼ全員が流れで交換させられていた。


(強すぎる……)


悠真は半ば感心しながら、その光景を眺める。


まあ、いいか。


そう思った。


ただ。


この時の自分は、まだ知らなかった。


数日後。


この橘美樹によって、自分の言った“怖い”という感想が、そのまま天城ノア本人へ伝わってしまうことを。


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