魔王ルシファード
翌日の夕方、レンたちは立派な馬車で迎えられた。
「随分と丁重な扱いですね」
イリヤが精霊族の美しい姿で馬車の装飾を眺めた。
「逆に怪しいとも言えます」
エレノアが魔族の翼を警戒気味に動かした。
馬車は魔族の高級住宅街にある立派な屋敷に到着した。門の両脇には魔法の燭台が燃え、庭園には美しい花々が咲き誇っている。
案内されて現れたのは、角の生えた上品な魔族の貴族だった。深緑のローブを纏い、知的な雰囲気を漂わせている。
「お待ちしておりました。私はヴァレリウス・フォン・クリムゾン伯爵と申します」
「この度はお招きいただき、ありがとうございます」
レンが狼獣人の姿で丁寧に挨拶した。
「昨日の調停の件、見事でした。久しぶりに感銘を受けました」
伯爵が微笑んだ。その表情には、獣人族を見下すような様子は全くない。
「あの、伯爵様は獣人族を...」
リシアが兎の耳を不安そうに動かしながら尋ねた。
「ああ、私は種族差別には反対の立場です。能力のある者は、血統に関係なく評価されるべきだと考えています」
カティアが猫の尻尾を安堵したように揺らした。
「珍しいお考えですね」
「残念ながら、私のような考えの魔族は少数派です」
伯爵が苦い表情を浮かべた。
「実は、皆様にお会いいただきたい方がいらっしゃるのです」
「どなたに?」
「この国の最高位の方です。あなた方のような優秀な方々を、ぜひお引き合わせしたいと」
夕食は聖典に基づいた日本風の料理が振る舞われた。醤油の香り、味噌汁の味に、レンは内心で感動していた。
(やはり、ここには日本文化が根付いている)
食事の後、伯爵が告白した。
「実を言うと、私は魔王陛下の側近なのです」
一同が驚いた。
「魔王陛下が、直接あなた方とお会いになりたいとのことで」
「魔王陛下が...私たちに?」
「はい。特に調停を行った狼獣人の方に、強いご関心をお持ちです」
レンは内心で緊張した。正体がバレているのだろうか。
「陛下は、種族を超えた平和を心から願っておられます。あなた方のような方々こそ、陛下がお求めになっている人材なのです」
「今夜、お城にお越しいただけませんでしょうか」
「はい、謹んでお受けいたします」
その夜、一行は再び馬車に乗り、魔王の居城に向かった。夜闇に浮かぶ黒い石造りの城は、威厳と神秘性を兼ね備えている。
城門で身分確認を受けた後、一行は城内に案内された。廊下を歩きながら、レンは城の構造に驚いた。
「この設備...まるで現代の建物みたいだ」
エレベーターのような昇降装置、電灯に似た魔導照明、空調システムらしき魔法装置。聖典の知識が建築にも応用されている。
「聖典の教えって、建築技術まで含んでたのね」
カティアが猫の瞳を輝かせた。
案内された謁見の間は、和洋折衷の独特な装飾が施されていた。玉座の前には、日本風の畳が敷かれている。
「お待たせいたしました」
扉が開き、一人の人物が現れた。
レンは息を呑んだ。
魔王と呼ばれる人物は、確かに小さな角を持っているが、その顔立ちは明らかに人間だった。しかも、どこか日本人の特徴を残している。
「ようこそ、我が城へ」
魔王が流暢な言葉で迎えた。その話し方には、現代日本語の敬語の要素が混じっている。
「私の名はルシファード。この国の王だ」
魔王は一行を見回した後、興味深そうに微笑んだ。
「しかし、面白い格好をしているね」
魔王の視線がレンに向けられた。
「君たちが人間だということは知っている。レナード・アルバート殿」
一同がざわめいた。完全に正体がバレている。
「どうして...」
「私の情報網は君が思っているより広い。神聖王国での活躍も聞いている」
魔王が立ち上がった。
「そして、君たちがなぜ変装したかも理解している」
「理解している?」
「人間がこの国に安全に入るには、変装が必要だからだ。特に最近は、人間に対する風当たりが強い」
魔王の表情が曇った。
「それでは、最初の招待状は...」
レンが尋ねた。
「あれは私が送った。君たちに会いたかったのだ」
「なぜ俺に招待状を?」
「君の王国での活躍を聞いていたからだ。特に、聞き慣れない戦術知識。そこに興味をもった。」
「君たちがここに来た本当の理由も知っている。王国からの調査任務だろう?」
レンは観念した。
「はい。魔王陛下からの招待状が届いたこと、さらに王国にも魔族領域からの異変について報告があり、調査に来ました」
「異変...やはりか」
魔王が深くため息をついた。
「君たちには包み隠さず話そう」
魔王が城内を案内しながら語った。
「君たちが感じた異変の正体について説明したい。しかし、その前に食事でもしながら親睦を深めよう」
夕食を共にした後、魔王がレンに言った。
「君と少し話がしたい。他の方々には、客室でお休みいただこう」
「お兄様!」
リシアが不安そうに言った。
「大丈夫だ。みんなは客室で待ってて」
「でも...」
「何かあったら逃げろ。俺のことは心配するな」
仲間たちが客室に案内された後、魔王とレンは書斎で二人きりになった。そこで、レンが一番知りたかった真実を知るのだった。




