調停者
翌朝、レンたちは本格的にヘテロジェニア連合の実態調査を開始した。
「まずは市民の生活を観察しよう」
レンが狼獣人の姿で提案した。昨夜のすき焼きで人知れず涙を流した件は、仲間たちには内緒にしておきたかった。
「そうですね。表面だけでは真実は見えません」
エレノアが魔族の翼を軽く動かしながら同意した。
一行は街の各地区を回ることにした。まず向かったのは、魔族が多く住む高級住宅街だった。
「立派な家ばかりですね」
リシアが兎の耳をぴくぴく動かしながら感嘆した。
石造りの豪邸が立ち並び、庭には美しい花が咲いている。魔族たちは上質な服を着て、召使いを従えて歩いている。
「聖典の教えで、上下水道も完備されてるのね」
カティアが猫の尻尾を揺らしながら観察した。確かに、街角には清潔な水道設備があり、下水処理システムも整っている。
「医療制度も充実してるみたいだな」
セレスティアが竜人族の角を撫でながら、病院の看板を見上げた。「聖典医術院」と書かれている。
「教育システムも近代的です」
イリヤが精霊族らしい美しい声で指摘した。学校からは子供たちの元気な声が聞こえてくる。
しかし、獣人族の多い下町に足を向けると、様子は一変した。
「あれ?雰囲気が違う」
リシアが不安そうに呟いた。
建物は質素で、道路も舗装が行き届いていない。獣人族の人々は魔族に比べて明らかに質素な服装をしており、多くが肉体労働に従事している様子だった。
「表面的な平等の裏に、明確な格差があるな」
レンが冷静に分析した。
街角で荷物を運ぶ熊の獣人族、建設現場で働く狼の獣人族。一方で、魔族は商店主や役人といった、より地位の高い職業に就いている。
「これが共生国家の現実か」
エレノアが苦い表情を浮かべた。
その時、前方で騒ぎが起きた。
「何事だ?」
レンたちが駆け寄ると、魔族の商人と獣人族の労働者が言い争っている。
「約束が違う!賃金はもっと高いはずだった!」
狼の獣人族の男が怒鳴っている。
「黙れ、獣人風情が。貴様らには十分な額を払っている」
角の生えた魔族の商人が冷たく言い放った。
「でも、魔族の労働者には倍の賃金を...」
「当然だ。我々魔族の方が優秀なのだからな」
周囲の人々が注目している。しかし、誰も仲裁に入ろうとしない。
「あの魔族、ひどいことを言ってますね」
リシアが憤慨した。
「でも、これが現実なのかもしれません」
イリヤが悲しそうに呟いた。
レンは決断した。FPS知識を応用した調停術を使う時だ。
「すみません」
レンが二人の間に割って入った。
「何だ、貴様は?」
魔族の商人が警戒した。
「私は調停を専門とする者です。お二人の話を聞かせていただけませんか?」
レンは落ち着いた声で言った。FPSゲームでチーム内の諍いを仲裁した経験が活きる。
「まず、契約の内容を確認しましょう。当初の約束はどのようなものでしたか?」
レンが獣人族の男に尋ねる。
「荷物運びの仕事で、一日銀貨三枚と言われました」
「では、実際に支払われた額は?」
「銀貨一枚だけです」
レンが魔族の商人に向き直る。
「契約書はありますか?」
商人が慌てたような表情を見せた。
「そ、そんなものは...口約束だ」
「なるほど。では、目撃者はいますか?」
レンが周囲を見回すと、何人かの獣人族が手を挙げた。
「私たちも同じ条件で雇われました」
「確かに銀貨三枚と言われました」
魔族の商人の立場が悪くなった。
「しかし」
レンが続けた。
「単純に商人さんを責めるだけでは解決になりません。なぜ約束を変更したのか、理由があるはずです」
商人が驚いたような顔をした。
「実は...最近、競合他社に押されて利益が出なくて...」
「つまり、経営が苦しいということですね」
レンが理解を示した。
「それなら、解決策があります」
レンはFPSゲームのリソース管理の考え方を応用した。
「まず、今回は約束通り銀貨三枚を支払う。その代わり、今後の契約では事前に条件を明確にし、お互いが納得できる額で合意する」
「そして」
レンが獣人族の男に向き直った。
「あなた方も、ただ文句を言うだけでなく、商人さんの経営状況を理解し、協力できることがあれば提案してみてください」
「そうでないと、仕事をくれる商人が潰れてしまい、結局のところ皆さんの雇い主がいなくなります」
「そうなれば、また一から雇い主を探さなければいけなくなります」
両者が考え込んだ。
「確かに...私たちも商売の厳しさは分かります」
獣人族の男が言った。
「済まなかった。約束は守るべきだった」
魔族の商人も頭を下げた。
その時、リシアが前に出た。
「お二人とも、きっと家族のために頑張ってるんですよね」
リシアの光魔法が温かく輝いた。その光は、争っていた二人の心を和ませる効果があった。
「そうだ...息子に良い教育を受けさせたくて」
獣人族の男が涙ぐんだ。
「私も...娘の医療費が必要で」
魔族の商人も感情を露わにした。
イリヤとカティアが近づいた。
「きっと、お互いを理解し合えば、もっと良い関係が築けます」
イリヤの神聖魔法が癒しの力を放った。
「そうですね。一緒に頑張りましょう」
カティアの禁呪魔法も、争いの感情を和らげる効果を発揮した。結果的に、二人は握手を交わし、今後も協力していくことを約束した。
「すごいな、レナード」
セレスティアが感心した。
「君の調停術、見事だった」
周囲の人々からも拍手が起こった。しかし、この光景を離れた場所から冷ややかに見つめる影があった。
「ほう...面白い連中が現れたな」
角の生えた立派な服装の魔族が呟いた。その男の名はアークヴァルド・ダークフェル。純血主義を掲げる上級貴族だった。
「調べさせろ。あの狼獣人、ただ者ではない」
レンたちの活躍は、予想以上に注目を集めていた。
宿に戻ると、ユキが興奮気味に話しかけてきた。
「皆さん、すごい評判ですよ!街の人たちが『調停の達人』って呼んでます」
「そんな大げさな」
レンが苦笑いした。
「いえいえ、本当です。それで...」
ユキが声を潜めた。続きを宿の主人が引き継ぐ。
「上級貴族の方から、お声がかかりました」
「上級貴族?」
エレノアが興味深そうに尋ねた。
「はい。明日、お屋敷にお招きしたいと」
レンが仲間たちと目を合わせた。
「いよいよ権力の中枢に近づけるな」
「ええ。でも、気をつけましょう」
エレノアが警戒を怠らなかった。
「相手の正体が分からない以上、罠の可能性もあります」
「そうだな、警戒しよう」
「ところで、ご主人。今日の献立はなんですか?」
完全に胃袋を掴まれたレンなのだった…。
その夜、レンたちは明日の計画を練った。しかし、まだ彼らは知らなかった。この招待が、魔王との運命的な出会いに繋がることを。
そして、純血主義者アークヴァルドの暗躍が既に始まっていることも。




