転生者の子孫
ルシファードの執務室で二人きりになったレンは、あらためて部屋を見回した。壁一面に本が並び、机の上には古い日本語で書かれた文書が散らばっている。そして、机の上に見覚えのある封筒があった。
「あの招待状...」
レンが自分に届いた招待状と同じ封筒を見ていた時、魔王が口を開いた。
「私が直々に送った招待状だったんだが、返事がないどころか、変装して潜り込んでくるとは思わなかったよ」
「でも、君が変装して忍び込んできたということは、この国を警戒していたということだね」
「申し訳ありませんでした。情報が少なくて、どのような国か分からなかったからです」
レンが魔王の言葉を受けて謝罪する。
「謝ることはない。むしろ慎重で良かった。実際、この国は危険な状況にある」
「危険?」
「そうだ…、どこから話せば良いか…ただその前にひとつどうしても確認したいことがある」
魔王が真剣な表情で口を開いた。
「君は転生者だろう?」
レンの心臓が跳ね上がる。
「どうして...」
「転生者には独特の雰囲気がある。私も転生者の血を引く身だからな」
(血を引く身…?)
魔王が書棚から一冊の本を取り出した。表紙には「聖典」と書かれている。
「曾祖父の名前は田中一郎。昭和の初期の日本人だった。この世界に転生して、迫害されていた魔族や獣人族を救うためにこの国を作った。そして、この聖典を残した」
レンが本を受け取ると、そこには現代日本の知識が詳細に記されていた。
「そして私は、その三代目にあたる」
「三代目?」
「私は転生者の曾孫だ。田中一郎の息子、その息子、そして私と続く血筋で、より人間に近い姿で生まれた」
魔王が自らの出生について語った。
「より人間に近い...それで何か問題が?」
レンが尋ねた。
「実は、魔族の中には私の血統を問題視する勢力がある」
「血統を?」
「純血主義者と呼ばれる者たちだ」
レンが初めて聞く言葉だった。
「純血主義者?」
「魔族の血統純化を主張する勢力だ。人間との混血である私を、魔族の恥と考えている」
「そんな勢力が...」
レンは街で見た魔族と獣人族の格差を思い出した。あれも、こうした思想の表れだったのか。
「特にアークヴァルド・ダークフェルという上級貴族が、私を脅威と見なしている」
「アークヴァルド・ダークフェル...」
「君たちも街で見かけたかもしれない。立派な角を持つ、威厳のある魔族だ」
「実は、彼が来週の収穫祭で、私の正体を民衆に暴露し、クーデターを起こそうと計画している」
「クーデター?」
レンが驚愕した。
「私が人間の血を引くことを公表し、純血主義者を結集させる計画だ」
「それは...大変な事態ですね…」
レンは決断した。この場では正体を明かすべきだろう。
「実は陛下が指摘されたように...私も転生者です。あなたの曾祖父よりずっと未来の日本から来ました」
魔王の目が輝いた。
「やはりそうか。曾祖父以来の転生者だ」
「君の力が必要だ。未来の知識があれば、この危機を乗り越えられるかもしれない」
「分かりました。協力します。ただし...」
「ただし?」
「仲間たちには、私が転生者であることは秘密にしてください。まだ、彼女たちに真実を話す準備ができていません」
「もちろんだ。君の秘密は守る」
魔王が聖典を開いた。
「ところで、もう一つ、君たちが調査している異変の正体について話そう」
「はい」
「曾祖父の記録によれば、この世界には『古の門』と呼ばれる古代文明の遺産が存在する」
「古の門?」
レンが初めて聞く言葉に困惑した。
魔王が立ち上がり、書棚の奥から古い地図を取り出した。
「古の門は世界の魔力バランスを司る装置だ。しかし近年、深刻な歪みを生じている」
地図には、大陸各地に印がつけられている。
「歪み?」
「魔力の流れが不安定になり、各地で異常現象が発生している。君たちが調査に来たのも、その影響だろう」
レンは驚いた。王国で報告された異変の原因が、ここで明らかになるとは。
「この歪みが拡大すれば、世界全体の魔力システムが崩壊する可能性がある」
「それは...本当なら世界の危機では?」
「そうだ。曾祖父は、この問題を解決するために転生してきたと記録に残している」
魔王がレンを見つめた。
「そして今、君という新たな転生者が現れた。これは偶然ではないだろう」
「私に何ができるのでしょうか?」
「古代の魔法技術と現代の科学知識を融合させることで、解決の糸口が見つかるかもしれない」
レンは大きな責任を感じた。転生した理由が、ようやく見えてきた気がした。
ルシファードが真剣な表情でレンを見た。
「実は、君の仲間たちの変装も見抜いていた。でも、敢えて黙認したんだ」
「それはなぜです?」
「君たちがどれほど慎重で、どれほど仲間を大切にするかを見たかったからだ」
「試していたのですか…」
「そう言ってもらって良い。そして、君たちは合格した」
ルシファードが立ち上がった。
「曾祖父は言っていたそうだ。『本当に信頼できる人間は、仲間を大切にする人間だ』と」
「陛下の曾祖父は正しいですね」
「だから、改めて頼みたい。私と一緒に、この国を救ってくれないか?」
「もちろんです。最初から正直に招待してくれていたら、もっと早く協力できましたのに」
「すまなかった。でも、慎重すぎるくらいでちょうど良い。これから戦う相手は、それほど危険な存在だから」
「分かりました。まずはクーデターを阻止し、その後この『古の門』の問題に取り組みましょう」
「頼もしい」
魔王が握手を求めた。
「共に世界を救おう」
二人は深夜まで対策を練った。21世紀の知識と、魔族領域の実情を組み合わせた戦略が徐々に形作られていく。




