神を騙るプレイヤー
星々の光が降り注ぐ神聖な空間は、一瞬にして地獄へと変貌した。
「ここで、まとめて粛清してくれる!」
狂気を帯びたルシアンの叫びが響き渡り、彼の体から溢れ出した黒いオーラが、禍々しい魔力となって渦を巻く。対話は決裂した。
俺は『軌跡の刃』を、レオンハルトとセリナはそれぞれの剣を構え、暴走する王と対峙する。
ルシアンに斬りかかろうとした、まさにその瞬間ー
「――ッ!?」
星見の間の空気が、まるで水面のようにぐにゃりと歪んだ。
視界が揺らぐ。耳鳴りがする。皮膚が、まるで何か得体の知れないものに這い回られているような、不快な感覚に襲われた。
天井の水晶に映る星々が乱れ、不気味な赤黒い光が瞬き始める。王都全体を覆い尽くすかのような、巨大で不穏な魔力の奔流が、俺たちの肌をピリピリと刺した。
「な、なんだこれは……!?」
レオンハルトが驚愕の声を上げる。彼の顔は青ざめ、額には冷や汗が浮かんでいた。
「この感覚……オルフィナが言っていた、『古の門』の歪み……!まさか、これほどまでに……!」
エレノアが書庫で得た知識と、魔女の警告が、最悪の形で現実のものとなる。この異常な魔力の奔流は、明らかに自然現象ではなかった。
空気が重い。呼吸が苦しい。まるで、世界そのものが軋んでいるようだ。
「フハハハ……!見よ、これぞ神の御力!」
苦悶の表情を浮かべていたはずのルシアンが、突如として高らかに笑い出した。
彼の体に、歪んだ空間から溢れ出す赤黒い魔力が、奔流となって注ぎ込まれていく。傷ついた体は瞬時に再生し、その瞳はもはや人間のそれではない、完全な狂信の色に染まっていた。
「素晴らしい……!力が、力が満ちてくる……!」
「兄上……!」
レオンハルトが、苦しげに呟いた。
その様子を、星読みの間から続く祭壇の奥、椅子に足を組み頬杖をつきながら観察していたフードの黒幕が、まるで人形を操るかのように冷ややかに見つめていた。
そうだ、これは奴の仕業だ。追い詰められたルシアンを駒として使い潰すために、直接介入してきたのだ。
「レナード、気をつけろ!兄上の魔力が、先ほどとは比べ物にならん!」
レオンハルトの警告通り、ルシアンが振るう剣の一撃は、もはや人の力を遥かに超えていた。
ドゴォン!
床を砕き、空気を裂くその斬撃を、俺とセリナ、レオンハルトの三人で防ぐのがやっとだった。腕が痺れる。体が悲鳴を上げている。
戦況は、完全に膠着状態に陥った。
「くそっ……!兄上、なぜだ!なぜそこまでして偽りの力にすがる!」
レオンハルトは、兄の圧倒的な力の前に何度も弾き飛ばされ、自身の無力さに歯噛みした。
民を率いて王城に乗り込み、兄を止められると信じていた。だが、目の前の現実は、その希望を打ち砕くかのように非情だった。彼の瞳から、一瞬、光が消えかける。
「レオンハルト殿下!」
俺は、彼の肩を掴んだ。
「下を向いている暇はありません!あなたは、民が選んだ希望だ!俺たちが、必ず道を切り開く!」
「レナード……」
彼は、俺を見つめた。その目には、迷いと苦悩が渦巻いている。
「レオンハルト殿下!」
セリナが発破をかけた。
「私も殿下こそが次の国王に相応しいと信じている!」
リシアも力強く頷く。
「私も、レオンハルト様を信じています!」
仲間たちの揺るぎない視線を受け、レオンハルトはハッと顔を上げた。
そうだ、自分はもう一人ではない。完璧な論理を求める孤独な王子ではないのだ。
「……すまない」
彼は深く息を吸い込んだ。
「取り乱した」
彼は再び剣を握り直し、立ち上がった。その瞳には、先ほどよりも強く、そして確かな王としての覚悟の光が宿っていた。
「レナード、指示をくれ」
レオンハルトは、まっすぐに俺を見た。
「私は、お前と共に戦う。この国の、真の王となるために!」
その姿を見て俺は確信した。この男こそが、この国の未来を託すにふさわしい王だと。
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戦況は一変した。
黒幕の介入によって、この戦いは常識が通用しない、理不尽な「ゲーム」の様相を呈し始めていた。敵のHPが全回復し、攻撃力が異常にブーストされる。
まさに、クソゲーのボス戦だ。
「レナード、どうする!?このままではジリ貧だ!」
セリナが、炎の剣で辛うじて攻撃を受け止めながら叫ぶ。彼女の額には汗が滲み、息が荒い。
(もしかしたらと思って一緒に連れてきたが、本当に頼ることになるとはな……だが、アレならこの魔力に対抗できるかもしれない)
この状況を打開する唯一の可能性に賭ける!
「リシア!やれるか?」
俺が叫ぶと、リシアは一瞬だけ不安そうな表情を浮かべた。だが、すぐに覚悟を決めた表情で力強く頷いた。
「お兄様、合図をください!」
その声は、震えていなかった。
俺は『軌跡の刃』の能力を全開にする。
「ブリンク・ストライク!」
一瞬でルシアンの背後に回り込み、彼の注意を自分に引きつける。
「お前の相手は俺だ!」
「小賢しい!」
ルシアンの剣が、俺の残像を空しく切り裂く。風が巻き起こり、髪が逆立つ。
その一瞬の隙を、見逃さなかった。
「今だ、リシア!」
その合図と共に、リシアは祈るように杖を高く掲げた。
「聖なる光よ、我らを守りたまえ!『ホーリー・ウォール』!」
彼女の体から、温かく、そして清浄な光が溢れ出し、俺たちとルシアンの間に巨大な光の障壁を形成した。
光が、星見の間を満たす。暖かい。優しい。まるで、春の陽だまりのような光だ。
彼女の純粋な光魔法は、黒幕が『古の門』を通じて送り込む、歪んだ赤黒い魔力とはまさに対極の性質を持つ。障壁に触れた赤黒い魔力は、まるで闇が光に溶けるように、霧散していく。
「なっ……力が、力が抜けていく……!?」
魔力の供給源を一時的に断たれたルシアンの体から、黒幕の力が急速に失われていく。
膨れ上がっていた筋肉は元に戻り、その瞳から狂信の光が消え、深い混乱と苦悩の色が戻ってきた。彼は、膝から崩れ落ち、その場に倒れ込んだ。
「兄上……!」
レオンハルトが駆け寄る。
勝負は、決した。
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だが、奥の椅子に足を組み頬杖をつきながら観察していたフードの黒幕は、悔しがる素振りも見せずただ静かに拍手をした。
パン、パン、パン
その音が、静寂の中で不気味に響く。
「見事だ。実に素晴らしい」
その声は、先ほどまでの無機質なものではなく、嘲りと、そして確かな敵意に満ちていた。
「まさか、俺の『バフ』を『エリアプロテクション』で相殺するとはね」
フードの影が揺らめき、その姿がまるで幻のように薄れていく。
こいつ、本体じゃない。遠隔で操られた偽物か!
「今回は俺の負けだ」
黒幕は、まるで他人事のように言った。
「だが、これでお前が誰だかよく分かったよ、『R3N0X』」
その名を聞いた瞬間、背筋を冷たいものが走った。
心臓が、ドクンと大きく脈打つ。
『R3N0X』
それは、俺が日本で使っていた、ただ一つのゲーマーネーム。
「いや、高槻レン。外見が違うから中々分からなかった。そうか、お前は『転生』なんだな」
「……!」
息を呑んだ。喉が渇いている。
「あの時の大会、覚えているか?」
黒幕の声が、冷たく響く。
「お前が致命的なミスをして、プロへの道を絶たれた、あの大会を」
脳裏に、あの日の光景が蘇る。灰色のディスプレイ。
『You are dead.』のメッセージ。
仲間たちの落胆のため息。
「同じだよ、高槻」
黒幕は、愉しむように言った。
「もうお前は俺に勝てない」
声は、俺の最も触れられたくない過去を、愉しむように抉り出す。
拳が震えた。
「お前はいったい誰だ?」
黒幕は問いかけを無視して言葉を続ける。
「この世界がどうなろうと、俺には関係ない」
黒幕は、まるで世界を見下すように言った。
「お前はゲームの世界で、NPCが死んで泣いたりしたか?次のゲームを始めるだけだろう?この世界も、それと同じさ」
「ふざけるな……!」
俺は思わず叫んでいた。
黒幕は、最後に不気味な言葉を残した。
「俺はこの世界を壊し、門を使って元の世界に必ず帰る。お前が邪魔するなら、この世界もろともお前を倒す」
その言葉を最後に、黒幕の幻影は完全にその姿を消した。
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星見の間には、静寂と、倒れたままのルシアン、そして呆然と立ち尽くす俺たちが残された。
黒幕は、俺と同じ日本人。
そして、かつての俺の戦術をよく知る最悪の敵。
奴の圧倒的な力と、この世界そのものをゲームとしか見ていない狂気に、俺は言い知れぬ危機感を覚えていた。




