疑念から確信へ
連携により数的有利を覆し、戦況が決定的に有利に傾くなか、俺の心の中にはある疑念が渦巻いていた。
敵の刺客たちの動き。それは、単に効率的なだけではない。そこには、特定の「癖」があった。
遮蔽物に隠れる直前、必ず行う一瞬のフェイント動作。視線を逸らすような、ほんの僅かな首の傾き。あるいは、リロード――この世界で言えば魔力充填のタイミングを悟られないように、必ず二回連続で回避行動をとるパターン。
俺は、倒れた兵士の向こうで身を潜める刺客の一人を見つめた。そいつは柱の陰から、こちらの様子を窺っている。黒い装束の隙間から覗く目だけが、鋭い光を放っていた。
(この動き……どこかで……)
胸の奥がざわつく。まるで、古い記憶の扉を無理やりこじ開けられるような、不快な感覚だ。
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一人の刺客と一対一で対峙した際、その疑念は確信に変わった。
「はあっ!」
俺は『軌跡の刃』を振り下ろす。だが、刃は空を切った。そいつは、俺の攻撃の軌道を読み切っていたかのように、最小限の動きで回避する。
そいつの動きは、他の兵士たちとは明らかに異なっていた。より狡猾で、よりトリッキー。そして何より――俺の思考を先読みするかのような動きを見せてきた。
右に動けば、そいつは俺の死角となる左後方へ回り込む。フェイントをかければ、それを見越したかのようにカウンターを合わせてくる。まるで、鏡の中の自分と戦っているかのようだ。
「くそっ……!」
俺は歯噛みする。剣を握る手に、じっとりと汗が滲んだ。
(待て……この戦い方……このタイミングでの裏取り……まさか……)
脳裏に、遠い記憶が蘇る。
薄暗い部屋。ディスプレイの光だけが、俺の顔を青白く照らしていた。ヘッドセットから聞こえる、仲間たちの焦った声。そして、画面の向こうで繰り広げられる、息詰まる攻防戦。
まだ日本にいた頃。オンラインゲームで鎬を削った、数多くのライバルたち。その中でも、特に執念深く、勝利のためならどんな汚い手も使うことで有名だった、一人のプレイヤー。
奴の名は、確か――
「っ!」
その瞬間、刺客が俺の予測をさらに超える動きを見せた。
普通なら攻撃を仕掛けてくる場面で、あえて大きく距離を取り、俺の仲間がいる方向へと罠を仕掛けたのだ。仲間を人質にするかのような、非情な一手。卑劣な、だが効果的な戦術。
「セリナ、下がれ!」
俺は反射的に叫んだ。セリナが驚いて後退する。その直後、彼女が立っていた場所に、鋭い刃が突き刺さった。
(間違いない……!この戦術、この精神性……あいつだ!)
俺の過去を知る人物。それも、俺の戦術を熟知し、何度も対戦したことのある人物。黒幕の正体が、おぼろげながら、しかし確実な輪郭を持って浮かび上がってきた。
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その俺の動揺を、レオンハルトは見逃さなかった。
「どうした、レナード!動きが鈍いぞ!」
彼の声が、俺の意識を現実に引き戻す。
「……いえ」
俺は刺客を睨みつけながら答えた。喉が渇いている。唾を飲み込むと、ゴクリと音がした。
「敵の正体が、少しだけ見えた気がして」
「何だと?」
レオンハルトは俺の横顔を見つめた。彼は、俺と敵の刺客が見せる「この世界の常識には存在しない」戦術の応酬を、ずっと観察していた。その中で、一つの結論に達していた。
「レナード……」
彼は慎重に言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開いた。
「奴らは『世界の外』から来た者なのか……?」
その問いに、俺の心臓が跳ね上がる。
レオンハルトは、その後、小さく言葉をつけ加えて俺を見つめた。
「そして、恐らくはお前も同じく……」
沈黙。
俺は何も答えなかった。答えられなかった。ただ、唇を噛みしめ、視線を逸らすことしかできない。
だが、沈黙こそが何よりの肯定だった。
レオンハルトは深く息を吐いた。驚きよりも、むしろ納得したような表情だった。
「……そうか。やはりな」
彼は剣を構え直し、前を向いた。
「だが、それでも構わない。お前は俺の仲間だ。レナード、お前という存在が、この世界の秩序を回復させるために必要な、特異点であることを……俺は信じている」
その言葉に、一瞬、俺の胸が熱くなった。
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激戦の末、俺たちはついに第一王子の配下と刺客たちを制圧した。
玉座の間には、静寂が戻っていた。俺たちの足元には、制圧された兵士や刺客たちが転がり、壁には激しい戦闘の痕が生々しく刻まれている。大理石の床には、血の跡が点々と続いていた。
だが、そこに倒すべき玉座の主、ルシアンの姿はなかった。
「……いない」
セリナが、剣を下ろしながら呟いた。
ルシアンは形勢が不利と見るや、兵士たちを置き去りにして玉座の奥に逃げたのだった。
「逃げたか……!」
レオンハルトが、玉座の背後にある隠し扉を睨みつけ、悔しそうに呟いた。拳が小刻みに震えている。
「兄上は、兵士たちを見捨てて……!」
王としてあるまじき行為。その事実に、彼の兄への最後の期待も打ち砕かれたようだった。レオンハルトの顔には、悲しみと怒りが入り混じった複雑な表情が浮かんでいた。
しばらくの沈黙の後、彼は深く息を吸い込み、決意を固めた。
「……追うぞ、レナード」
その声には、もはや迷いはなかった。
「これ以上、兄上に罪を重ねさせるわけにはいかない」
俺は静かに頷き、仲間たちに視線を送った。
「エレノア、セレスティア」
二人が俺を見る。
「ここを頼む。負傷者の手当てと、残党の確保を」
「ふん」
セレスティアが鼻を鳴らした。いつもの不敵な笑みを浮かべているが、その額には汗が滲んでいる。
「言われるまでもない。さっさと片付けてこい」
エレノアも冷静に頷き、すぐに部隊の再編成を始めた。彼女の動きには無駄がない。
「セリナ、リシア」
俺は二人に向き直った。
「俺とレオンハルト殿下についてきてくれ。この先に何があるか分からない」
「はい、お兄様!」
リシアが杖を握りしめ、力強く頷いた。その瞳には、不安よりも決意の色が強い。
「ああ、後ろは任せろ」
セリナが剣を肩に担ぎ、不敵に笑った。
「お前一人にだけ活躍されるのも、なんだか癪にさわるからな」
黒幕の正体は、依然として謎に包まれたままだ。
しかし、俺はこの戦いで、決定的な手がかりを掴んだ。奴は、俺の過去を知っている。そして、俺と同じ世界の知識を持っている。
「必ず、見つけ出してやる……」
俺は、固く拳を握りしめた。爪が手のひらに食い込み、鈍い痛みが走る。
黒幕の真の目的と正体に迫る決意を、新たにする。
隣で、レオンハルトが静かに言った。
「レナード」
彼は隠し扉を見つめたまま、続けた。
「王国の秩序を乱す最大の障害は、兄上ではない。その背後にいる黒幕だ」
「……ああ」
「奴を排除するため、これからもお前の力を貸してほしい」
レオンハルトは俺を見た。その瞳には、王族としての責任感と、一人の共闘者としての、揺るぎない信頼の光が宿っていた。
「いや、共に戦わせてくれ。お前の秘密が何であれ、私はお前を信じる」
その言葉に俺は、胸に何か込み上げる感覚を覚えレオンハルトの視線に力強く頷き返す。
「当たり前です。今更、一人で行かせるわけありません」
レオンハルトの顔に、僅かに笑みが浮かんだ。
「お前が奴の正体を暴き、その心を折った時」
彼は剣を抜き、隠し扉へと歩み出した。
「私が王族として、兄上と、そしてアークライト王国の民の名において、奴に裁きを告げる。それこそが、この国の秩序を取り戻すための、最後の儀式となるはずだ」
玉座の奥へさらに続く、長い廊下。
松明の明かりが、暗闇の中で揺らめいている。その先で待ち受ける最後の戦いに向けて、俺たちは歩み始めた。
セリナとリシアが、俺の両脇に並ぶ。彼女たちの存在が、心強い。
俺たちの絆は、この王城の戦いを通じて、さらに固く、強くなっていた。




