第103話 堕天使
中間テストが無事に終わり、愛理はゲームへとログインする。久しぶりのログインということもあって、ユーリと一緒にギルドで天界のMAPを再度確認する。
北は草原と泉が湧く島があるエリア、南は雲海が広がるエリア、西には数多くの小島が宙に浮かんでいるエリア、東にはなぜか黒塗りされているエリアが大きく広がっている。
「この黒いところは行ってみたいなぁ」
「でも、ライチョウさんからの情報を見ると隠しエリアの類みたいだよ」
「隠しエリア?」
「普段は立ち入ることはできないけど、特殊な条件を満たすことで入れる場所。どうやら高レベルモンスターと遭遇して、撤退したみたい」
「高レベル? どれくらいの?」
「Lv72のストームドラゴンとかが湧いてくるみたい」
「今の私のレベルが49だから、20以上もあるんだ」
「そう。ファランクスの防御陣もとっかえひっかえできるレイドならともかく1パーティーの戦闘だとあまり有効じゃないからね。しかも状態異常ができないなら純粋なステの暴力で負けるってわけ」
「そうか。毒とか攻撃力下げたりとかできないもんね」
「そうそう」
「ん~、だったらどこに行く?」
「東」
「あれ? さっき行けないって?」
「それは戦闘する場合の話。ステルス系の魔法を使えば奥の方までは行けるみたい。なぜかクエストをクリアしたって話は聞かないけど。アイリもステルス系の魔法があるんだから、それを使えば奥まで行けるでしょ。 失敗しても所持金減るだけだし、ワンチャンかけるのはあり」
「なるほど。だからゲーム時間を夜スタートにしたんだね」
「そういうこと。それじゃあ、目指すは東部の隠しエリアの踏破!いくよ!」
「おー!」
2人は元気よくヴァルハラから飛び出し、東にある未知の探索エリアへと向かっていく。黒塗りエリアへと足を踏み入れた瞬間、宙に『ここから先は危険エリア。引き返してください』と忠告画面が出てくる。それを無視し、アイリとユーリはそれぞれの魔法を使う。
「ダークインビジブル」
「忍法・隠遁の術」
半透明な姿になった二人はドラゴンや怪獣のような巨大なモンスターを脇をゆっくりと通り抜ける。二人に気づいていないモンスターたちは普段の気性の荒さを見せることもなく、のんびりとした様子でのしのしと辺りをうろついていた。
(サファリパークに来たみたい)
(うん。バチバチ戦うのもいいけど、たまにはこういうのもいいかも)
気づかれないような小声でしゃべりながら、スニーキングをしていく二人。そして、物陰に隠れてダークインビジブルのクールタイムを待っているとき、モンスターがドシドシとこちらに近づいてくる音が聞こえる。
「魔法が切れただけで気づくとか、やっぱ無理だったか」
「ううん。大丈夫。来る前に新しい魔法を覚えておいたから。ダークフラッシュからのシャドーダイブ!」
闇の閃光によって影ができた瞬間を狙ってアイリと手をつないだユーリは影の中へと飛び込む。何者かの存在に気づいたドラゴンがくんかくんかとにおいをかぐも、その場に敵がいないことを確認したドラゴンがそっぽを向いて、どこかへと立ち去っていく。ドラゴンの姿が見えなくなったとき、アイリは雲の影からひょっこりと体を出す。
「光を出すだけの魔法?」
「本当は盲目状態もつくんだけど、それだけじゃないよ。夜でも影を作り出せる効果もつくんだ」
「へえ~、それでシャドーダイブが使えたってわけね」
「そういうこと。戻ってこないうちに消えよう」
再び姿を消した二人はステルスの有効時間とクールタイムを気にしつつ、互いのステルス系魔法を交互に使いながら迫りくるモンスターの視線をかいくぐり、町にたどり着く。その奥には神殿があり、何かを奉っているようだが、村はさびれており、加護があるのかはわからない。だが、どれだけさびれていようとも村の中まではモンスターは入ってこないので、一息できる場所についたといったところだ。
「ふぅ~、ようやく到着!」
「長かったね」
「私みたいに【隠密行動(大)】(敵に発見されにくくなる。一部の魔法の有効時間が延びる)があることが前提かも」
「私、小なら持っているよ」
「どうりで私と近いステルス時間を持っていると思った」
「えへへ」
「えへへじゃないわよ。どうせGWにもらったスキル書であたったんでしょ」
「大正解。もう一つの方は切り札かな」
「へえ~、どんなスキルかはわからないけど頼りにするよ」
二人一緒に村の中を歩いていく。村にある建物はヴァルハラと比べると建造されてからまともな手入れでもしていないのか外壁が崩れかかっており、外に高レベルモンスターが闊歩しているせいなのか店も少なく活気がない。そしてなにより、目立つのは村人の羽の色だ。
「みんな黒色だね」
「うん。ここは堕天使の村なのかも。それに首輪をつけている人もいない」
「ほんとうだ」
ヴァルハラとは違い、道行く人には首輪がない。ただ、奴隷ではないとはいえ、やつれている彼らを見ていると決していい生活を送っているというわけではなさそうだ。そして、彼女たちは村の奥にある崩れかかっている神殿へと向かうと、きれいな鏡が置かれている。
「なんだろう、これ?」
「ちょっと触ってみる?」
「うん」
二人が鏡を触ると、水面に雫を落としたような波紋が広がり、一人の男性の堕天使が映し出される。
『フハハハハハ!エレシュキガルよ、よくやっ……お前たちは何者だ!』
「アイリです。えっ~と、誰ですか?」
『我の名を知らぬのは不遜ではあるが、太陽神ネルガルの名の元に一度は赦す。感謝をするのだな』
「ネルガルさん、さっき言っていたエレシュキガルって?」
『我の妻だ。そろそろ、そちらに着くと思っていたが出てきたのは奇妙奇天烈な貴様らだったというわけだ』
「なにかあったのかな?」
『本来であれば我が出るところだが、事情があって動くことができん。よって、貴様らに勅命を出す。エレシュキガルを探し出し、ここに連れて来いとな!』
思いがけないクエスト受注となったが、アイリはためらわず「はい」を押し、ユーリは少し考えてからアイリと同じく「はい」を押した。
『エレシュキガルがいるとすればこの先にある冥界の湖だろう。あそこは我もよく利用するデートスポットだからな!』
「デートスポットだって。行ってみよう」
「うん」
二人は手をつないで、ネルガルが言う冥界の湖へと向かう。道中、なぜかモンスターと遭遇しなかったのはイベントによる一時的なものか、それとも元々からそういうものなのかはわからない。ただ、敵に遭遇しない上に、わざわざ回復ゾーンが設置されていたり、ログアウトしてもすぐに同じポイントから始められる休憩ポイントが置かれたりする力の入れようはゲーマであるユーリを不安にさせていた。
「どうみてもボス戦よね。これ……」
「そういうものなの?」
「ボス部屋前にセーブポイントと回復アイテムはゲームだとよくある光景」
「へえ~、それじゃあエレシュキガルさんと戦うのかな?」
「そうじゃない? それ以外に誰と戦うかわからないし」
二人が一歩先に進むと、ドタドタとこちらに走ってくる一人の堕天使の少女。その後ろには黒いミノタウロスが彼女を猛スピードで追いかけている。
「だれか~グガランナを止めて~」
「グガランナといえばエレシュキガルの元旦那さんのはず。ってことはあの子がエレシュキガルね」
「よ~し、助けよう」
「でも、どうやって。グガランナのレベルは80越え。とてもじゃないけど、勝ち目ないよ」
「戦わなければいいんじゃない? クサリクさんに似ているから、ここはティアマトさんお願いします」
「いや、外見似ているのはグラの使いまわし……」
『止まらぬか、バカ息子!』
エレシュキガルを追いかけまわしていたグガランナに向かって一喝入れると、グガランナが急ブレーキをかけて、ティアマトに対し跪く。どうやら正気に戻ったようだ。
「そんなのでとまるんだ……それでいいんだ…………はは……」
「もう呆けてないで、エレシュキガルさんから話聞こうよ」
「それもそうだね。エレシュキガルさん……ですよね」
「ええ、そうよ。貴方たちは?」
「ユーリと言います。こちらはアイリ。私たちはネルガルさんに頼まれて迎えに来るようにと言われてこちらまで来ました」
「アタシの旦那がぁ? とても信じられないんだけど……まあ、そのおかげで助かったし、礼を言うわ。ありがとう」
「ところで、エレシュキガルさんはなんでグガランナさんに追いかけられていたんですか?」
視線を逸らすと、そこにはティアマトにガミガミと言われているグガランナの姿があった。なぜか正座で。その威厳のない元夫の姿から目をそらし、エレシュキガルは会話に戻る。
「……弾圧から逃した人間たちの面倒をみているんだけど、この湖の様子がおかしくなってね。わざわざ元旦那と一緒に来たんだけど、あのバカ牛、喉が乾いたからって湖の水を飲んじゃったのよ。それであんな凶暴に……創造主のティアマトがいなかったら殺すしかなかったと思うわ」
「よかったです。この湖、黒くてどろりとしていますよね」
「そうね。黒いのは元からだけど、この粘度は……」
エレシュキガルが言葉を続けようとしたとき、湖の真ん中から水が盛り上がっていく。どろどろの液体が流れ落ちていき、その全貌を3人に見せる。
「黒いリヴァイアサン!?」
「あれはアビスリヴァイアサン。冥界の海に住むアビスリヴァイアサンがなんでこんなところに……」
原因不明の強敵と戦うことになったアイリとユーリは自分たちの武器を手に持ち、NPCのエレシュキガルと一緒に格上相手と戦うのであった。




