第六話 三人で帰りましょう
髪だけでは足りない。
街を歩きながら人々の顔を見ているうちに、私はそのことへ気づいた。
エリシアだった私の髪は、淡い金色だった。
陽の下では白に近く見え、室内では蜂蜜を薄めたような色になる。
けれど、お母様が覚えているのは髪だけではない。
眉も同じ色。
まつ毛は少し濃い。
瞳は灰色がかった青。
前世の知識で言えば、瞳の色を決めるのは虹彩だっただろうか。
眼球そのものを交換する必要があるのか、それとも表面だけでよいのか。
分からない。
私は医者ではなかった。
会社員だった。
しかも、人体を扱う仕事ではない。
ゲームなら装備画面で変更できた。
髪型。
髪色。
目の色。
顔。
身長。
けれど、現実には項目を選ぶだけでは変わらない。
必要な部品を探さなければならない。
私は人々の髪を見ながら歩いた。
薄い金。
濃い金。
赤みのある金。
白に近い金。
違う。
あれも違う。
これも違う。
私の髪は、もっと柔らかい色だった。
記憶の中で、侍女が櫛を通している。
『お嬢様の髪は、お日様を溶かしたようでございますね』
そう言ったのは誰だっただろう。
若い侍女。
名前はマリアンヌ。
冬になると手が荒れて、私の髪を引っかけてしまうことを気にしていた。
私は気にしなくてよいと言った。
その記憶まである。
ならば、髪の色を間違えるはずがない。
*
夕方まで探し、私はようやく理想に近い髪を見つけた。
水汲み場で桶を運ぶ女だった。
若い。
細身。
服装から見て、どこかの商家の奉公人だろう。
頭には布を巻いていたが、布の隙間から淡い金髪が見えている。
陽へ透けた色が、私の記憶に近い。
私は少し離れた場所から女を見た。
髪だけではない。
眉も薄い金色。
まつ毛も近い。
目は違う。
緑。
私の目ではない。
それでも、頭部の毛は使える。
眼球は別に探せばいい。
私は女の後を追った。
すぐには近づかない。
人の多い場所で騒がれては困る。
屋敷へ戻る前に、また街の兵士に追われるのは避けたい。
女は桶を届けた後、空の籠を持って裏道へ入った。
私はさらに距離を詰める。
前世の会社では、業務を始める前に目的と手順を確認した。
今回の目的。
髪。
眉。
まつ毛。
それらを生やしている頭部の皮膚。
必要な範囲だけを得る。
元の身体は、いまの私にはもう必要ない。
栗色の頭皮を外し、新しいものをつなぐ。
生きている組織同士なら、私が間へ入って接続できるはず。
問題は、どこまでを生きたまま保てばよいか。
女の身体全体は要らない。
記憶も要らない。
私はエリシアだ。
これ以上、別の人生を自分のものだと思い込みたくない。
だから、女が死ぬ前に必要な部分だけを得て、私へつなぐ。
走馬灯が流れ込むのは、私の中で死んだときだけ。
そこまで取り込まなければよい。
計画としては問題ない。
私はそう判断した。
*
女が人通りのない細い道へ入った。
片側は倉庫。
反対側は高い塀。
私は後ろから近づいた。
女が振り返る。
「何か御用ですか?」
私は微笑んだ。
自然な笑顔。
前よりうまくできている。
「少し、お尋ねしたいことがありまして」
「はい?」
「とてもきれいな髪ですね」
女は戸惑いながら、自分の頭へ触れた。
「ありがとうございます」
「少し分けていただけませんか」
「髪を、ですか?」
「髪だけでは足りません」
女の笑顔が消えた。
私は距離を詰めた。
女が逃げようとする。
腕を伸ばす。
口を塞ぐ。
身体を塀へ押しつける。
暴れる腕を、私の身体で包む。
強く締め過ぎれば壊れる。
必要なのは生きた組織。
力加減を間違えてはいけない。
「大丈夫です」
私は女の耳元で囁いた。
「殺すつもりはありません」
少なくとも、必要な部分を得るまでは。
女は何か叫ぼうとした。
口を塞いでいるので、声にはならない。
私は髪の根元へ身体を伸ばした。
頭皮と頭蓋骨の間。
薄い隙間へ入り込む。
皮膚を外側から溶かしてはいけない。
髪を傷つけない。
毛根を残す。
細胞を生きたままつなぐ。
慎重に。
少しずつ。
女の身体が激しく震える。
私は頭部の皮膚を内側から切り離した。
血が流れる。
すぐに私の身体で塞ぐ。
必要な範囲を持ち上げる。
髪。
眉。
まつ毛。
すべて一続きにするのは難しかった。
眉は額。
まつ毛はまぶた。
頭髪は頭部。
別々に取れば、接続部分が増える。
けれど、目元まで含めれば顔の大半を変えることになる。
それでもよい。
いずれ、顔全体をエリシアへ近づけるつもりだった。
私は必要な組織を、自分の身体の内側へ移した。
女はまだ生きている。
心臓が速く動いている。
走馬灯は来ない。
成功。
私は自分の栗色の頭部へ手をかけた。
いま使っている頭皮を内側から外す。
栗色の髪が皮膚ごと剥がれ、手の中へ落ちた。
その下には、私の透明な身体がある。
新しい頭皮を載せる。
前後。
左右。
位置を合わせる。
私が間へ入り、細胞をつなぐ。
血管の代わりに、私が栄養を運ぶ。
神経の代わりに、私が動かす。
死なせない。
腐らせない。
身体の一部として取り込む。
額。
眉。
まぶた。
頭頂。
後頭部。
少しずつ、私になる。
私は新しい髪へ触れた。
柔らかい。
根元から生えている。
引いても抜けない。
成功した。
「髪は、これでよいでしょう」
女は地面へ倒れていた。
呼吸はある。
ただし、頭部の外側は大きく失われている。
私が塞いでいた部分から手を離せば、長くは保たないかもしれない。
けれど、もう必要なものは得た。
私はその場を離れた。
振り返らなかった。
*
目は、もう少し探す必要があった。
灰青色。
エリシアと同じ色。
金髪より少ない。
私は市場。
教会前。
職人街。
宿屋の周辺。
人々の目を見ながら歩いた。
見つめ過ぎると怪しまれる。
だから、すれ違う瞬間だけ見る。
青。
違う。
灰。
違う。
薄い緑。
違う。
日が暮れる頃、私は街の外へ出る荷車の近くで、その色を見つけた。
荷台に座る女。
四十歳ほど。
灰色がかった青い瞳。
色だけなら、かなり近い。
顔立ちは違う。
年齢も違う。
必要なのは眼球だけ。
眼球が年齢でどれほど変わるかは知らない。
けれど、外から見える部分が同じなら問題ない。
私は荷車が街を出るまで待った。
街道脇の林へ入ったところで、後ろから追いつく。
女は一人ではなかった。
御者の男がいる。
荷台にはもう一人、年老いた男もいた。
人が多い。
正面からは難しい。
私は地面へ伏せ、スライムの身体を細く伸ばした。
荷車の下へ潜る。
車軸へ張りつく。
しばらく運ばれる。
道が荒れ、荷車が大きく揺れたところで、女の足へ触れた。
足首から服の内側へ入る。
女が何かに気づき、脚を振る。
「虫かしら」
違う。
私はスライム。
そのまま身体の内側を這い上がる。
脚。
腰。
背中。
首。
女が苦しそうに身をよじる。
御者が振り返る。
「どうした?」
「何か、服の中へ――」
私は首から顔へ回り込んだ。
目の裏へ入る。
眼球を内側から支える。
視神経は必要ない。
私は目で見ているわけではない。
外見だけでよい。
左右の眼球を切り離す。
傷口を私の身体で塞ぐ。
眼球を自分の内側へ移す。
女が悲鳴を上げた。
荷車が止まる。
私はすぐに離れた。
地面へ落ち、草むらへ滑り込む。
後ろで騒ぎが起きている。
女の悲鳴。
男たちの声。
私は林の奥へ入り、自分の目を交換した。
いま使っている濁った茶色の眼球を外す。
新しい灰青色の眼球を入れる。
位置を調整する。
左右。
高さ。
瞳孔の向き。
片方が少し外へ向いた。
直す。
今度は内側へ寄り過ぎた。
もう一度。
水たまりを探し、顔を映す。
淡い金髪。
薄い眉。
長いまつ毛。
灰青色の目。
エリシアに近い。
顔そのものは違う。
鼻。
頬。
口。
顎。
それでも、前よりはずっと近い。
お母様なら、今度こそ気づくかもしれない。
*
街の外へ出たついでに、私は死体捨て場へ戻った。
古い身体を作った場所。
私がエリシアとして目覚めた場所。
ほかのスライムたちは、相変わらず死体へ群がっていた。
考えている様子はない。
名前も。
目的も。
復讐も。
ただ食べている。
私は以前、その中の一匹だった。
あのままエリシアを食べなければ、いまも何も考えず肉を溶かしていただろう。
そう思うと、不思議だった。
スライムが人間を食べれば、人間になる。
少なくとも、私はそうなった。
なら、ほかのスライムも同じようになれるのではないか。
侍女。
その言葉が浮かんだ。
私は侯爵令嬢だ。
侯爵令嬢が一人で歩くのは不自然。
まして、屋敷へ帰るのなら、侍女を従えている方がエリシアらしい。
前回は一人だった。
服も粗末。
髪も違った。
だから信じてもらえなかった。
次は髪と目を整え、侍女を連れていく。
そうすれば、もっとエリシアらしく見える。
私は死体の間を見回した。
大きさの近いスライム。
動きのよい個体。
私へ近づいても逃げない個体。
二体選んだ。
一体は少し白く濁っている。
もう一体は青みが強い。
仲間とは言えない。
言葉も通じない。
でも、同じ場所で死体を食べていた。
何かの縁でしょう。
私は二体の前へしゃがんだ。
「人の身が欲しいですか?」
返事はない。
二体とも私の靴へ這い寄った。
食べられるものだと思ったのだろうか。
「私は人間になりました」
正確には、人間だった私がスライムになり、また人間の形へ戻った。
少し複雑。
でも、結果として人間になった。
「あなた方も、生きている人間を食べれば、前世を思い出せるかもしれません」
二体は動き続ける。
「どれがよいか、選びに行きましょう」
*
ちょうどその夜、街の外へ新しい人間が捨てられた。
一人ではない。
二人。
若い女と、十代半ばほどの少女。
荷車から乱暴に落とされ、そのまま置いていかれた。
何をされたのかは分からない。
衣服は汚れ、身体には傷がある。
けれど、まだ生きていた。
呼吸。
弱い。
心臓。
動いている。
私は二体のスライムを連れて近づいた。
「ちょうど二人ですね」
白い方が若い女へ這う。
青い方が少女へ近づく。
「お好きな方を選んでください」
選んだように見えた。
実際には、近い方へ向かっただけかもしれない。
でも、それでよい。
私は二体へ、人間の身体の入り方を見せた。
傷口。
口。
鼻。
内側へ入る。
心臓が止まるまで包む。
そうすれば、走馬灯が流れ込む。
二体のスライムは、それぞれの身体へ広がった。
女たちがかすかに動く。
声を出そうとする。
けれど弱過ぎた。
抵抗は続かない。
白いスライムが若い女の胸を覆う。
青いスライムが少女の腹へ入る。
やがて、二人の心臓が止まった。
その瞬間。
二体の身体が大きく震えた。
私も同じだった。
エリシアの記憶が流れ込んだとき、何が起きたのか分からず身体を波打たせた。
白いスライムが女の上で縮む。
青いスライムが何度も形を変える。
記憶。
名前。
家族。
人生。
死の恐怖。
すべてを受け取っている。
私は少し離れて待った。
*
夜が明ける頃、二人の女が立っていた。
正確には、二体のスライムが人間の身体を使って立っていた。
私より上手だった。
身体が一式揃っている。
骨格も。
皮膚も。
顔も。
髪も。
私は最初から継ぎ接ぎで作ったため、歩くだけで苦労した。
二人は最初から一人分の身体を持っている。
若い女の方が、自分の手を見た。
「私は……リナ?」
少女が首を傾げる。
「私は、メイ?」
二人は互いを見た。
「あなたを知っている」
「私も」
同じ場所へ捨てられた。
それ以前にも一緒だったのだろう。
記憶が混乱している。
でも、言葉は話せる。
自分を人間だと思っている。
成功。
「おはようございます」
私が声を掛けると、二人がこちらを見る。
「あなたは?」
「エリシア・ラーデンベルクです」
私は胸へ手を置いた。
「侯爵家の娘です」
二人は素直に頷いた。
疑わない。
よい子たちだ。
「あなたが、助けてくれたの?」
リナが訊いた。
「はい。人の身を得る方法をお教えしました」
「人の身?」
メイが自分の腹へ触れる。
皮膚の下で、青いものが一瞬だけ動いた。
「私たちは……死んだ?」
「一度は」
私は答えた。
「でも、いまはこの通りです」
二人は顔を見合わせた。
少し考え、納得したように頷く。
スライムとしての感覚が加わったせいか、生と死の境目をあまり問題にしていない。
「私たちは、何か分からないものに殺された」
リナが言った。
「暗かった」
メイが続ける。
「身体が冷たくて、何かが入ってきた」
「私も。何かに食べられた」
二人は自分たちの最期を思い出している。
私が二体のスライムを導いたことは覚えていない。
走馬灯は、死ぬ側の記憶。
身体へ入ったスライムの行動は、死んだ女たちからは見えていなかった。
私は少し考えた。
「それは、私かもしれませんよ?」
二人は私を見た。
そして、同時に笑った。
「そんなわけない」
「エリシア様は、こんなに親切なのに」
「そうでしょうか」
「私たちを助けてくれた」
「人の身体もくれた」
二人は本気でそう思っている。
私も本気で助けたつもりだった。
では、問題はない。
「そうですね。私ではないでしょう」
三人で納得した。
*
二人には人間の記憶がある。
リナは街の洗濯場で働いていた。
メイは宿屋の下働き。
何者かに捕まり、街の外へ捨てられた。
記憶は死の直前ほど強く、それ以前は少し曖昧だった。
それでも、服の着方。
髪の整え方。
言葉遣い。
人間社会の常識。
ある程度は覚えている。
私より人間らしいかもしれない。
ただし、価値観は少しずれていた。
リナは、地面に落ちた鳥の死体を見て言った。
「もったいないですね」
以前のリナなら、食べようとは思わなかっただろう。
いまは肉を見ると、自然に身体が反応する。
メイは、自分の指が切れたとき、傷口から青い身体を伸ばして遊んでいた。
「指の中って、狭いんですね」
人間だった頃の感覚と、スライムの感覚。
どちらも自分。
二人はその違いを不思議には思うが、恐れてはいない。
私も同じだった。
私はエリシア。
会社員。
スライム。
すべて私。
三人なら、少しもおかしくない。
*
「私の侍女になっていただけませんか」
私は二人へ頼んだ。
「侍女?」
リナが首を傾げる。
「侯爵令嬢には、侍女が必要です」
「何をすればいいの?」
「私の身の回りの世話をしてください」
「食事は?」
「私は身体全体で食べられます」
「お風呂は?」
「水へ浸かれば洗えます」
「着替えは?」
「服を脱ぐ前に、腕を外した方が楽です」
二人は考え込んだ。
普通の侍女の仕事とは少し違うかもしれない。
でも、必要なのは形。
私の後ろを歩く。
髪を整える。
服を直す。
お父様とお母様の前で、私をエリシア様と呼ぶ。
それだけでよい。
「命を助けていただきましたから」
リナが言った。
「お仕えします」
「私も」
メイも頷いた。
「ありがとうございます」
私は二人へ微笑んだ。
今度の笑顔は、以前よりエリシアに近いはず。
*
三人で街へ戻った。
服を探す。
私は侯爵令嬢らしいドレス。
二人には侍女らしい服。
金はない。
そこで、死体捨て場に残っていた装飾品や金属を集めて売った。
誰の持ち物だったかは分からない。
もう死んでいる。
使われないより、役立てた方がよい。
リナとメイも同意した。
「死んだ人はお金を使いませんからね」
「服も要りません」
価値観が合う。
よい侍女になりそうだった。
古着屋で、淡い色のドレスを買う。
侯爵令嬢が着るには質が低い。
それでも、死体捨て場のローブよりはよい。
リナとメイには暗い色のワンピースと白い前掛け。
完全な侍女服ではない。
しかし遠目にはそれらしく見える。
宿の一室を借りた。
鏡の前へ座る。
リナが私の金髪へ櫛を通した。
「きれいな髪です」
かつての侍女と同じことを言う。
「お日様を溶かしたようでしょう?」
「はい」
私は嬉しくなった。
眉を整える。
まつ毛の向きをそろえる。
灰青色の目を鏡へ向ける。
左右で少し色が違う。
片方の眼球は、光の加減で灰色が強い。
もう片方は青が強い。
細部は違う。
でも、以前よりずっと近い。
「鼻が違いますね」
メイが言った。
「分かっています」
「口も」
「それも、いずれ直します」
「頬も少し」
「今回は髪と目で十分です」
全部を一度にそろえる必要はない。
お母様は髪を指摘した。
だから、まず髪。
目も整えた。
侍女もいる。
これで前回よりは、エリシアらしい。
*
翌朝。
私はドレスを着た。
リナが背中の紐を締める。
少し強い。
普通の人間なら苦しいかもしれない。
私は内側を縮ませて合わせた。
「もう少し締めても大丈夫です」
「細くなり過ぎませんか」
「侯爵令嬢は腰が細いものです」
前世のゲームでも、貴族令嬢の立ち絵は腰が細かった。
記憶の中のエリシアも細身だった。
メイが髪をまとめる。
左右の高さが違う。
私は鏡を見ながら直させた。
「こちらを少し上へ」
「こうですか?」
「もう少し」
「取れました」
頭皮の端が少し浮いた。
私は内側から接続し直す。
「強く引き過ぎないでください」
「申し訳ございません、エリシア様」
よい。
呼び方も自然。
三人で練習した。
「お嬢様」
「エリシア様」
「ラーデンベルク侯爵令嬢」
どれも正しい。
私は二人の前を歩く。
リナは半歩後ろ。
メイはさらにその後ろ。
歩幅を合わせる。
呼吸。
瞬き。
表情。
三人とも、人間らしく。
時折、リナの首が不自然に伸びる。
メイの足首が曲がり過ぎる。
私は注意した。
「人前では駄目です」
「はい」
「身体の中を移動するときも、皮膚を動かし過ぎないように」
「分かりました」
「死体を見ても、すぐに食べないでください」
「お屋敷の中では?」
「特に駄目です」
二人は真剣に頷いた。
侍女教育は順調。
*
屋敷へ向かう。
前回とは違う。
一人ではない。
破れたローブでもない。
金色の髪。
灰青色の目。
ドレス。
侍女が二人。
侯爵令嬢らしい。
道を歩く人々が、私たちを避ける。
身分のある女だと思っているのだろう。
私は胸を張った。
そう。
私はエリシア・ラーデンベルク。
ようやく、外見が中身へ追いついてきた。
屋敷の門が見える。
リナが言った。
「ここがお屋敷ですか」
「私の家です」
「大きいですね」
「侯爵家ですから」
メイが私の髪を確認する。
「ずれていません」
「目は?」
「きれいな青です」
「灰青色です」
「はい。灰青色です」
準備はできた。
前回、お母様は私の髪が違うと言った。
今回は同じ。
瞳も近い。
侍女もいる。
記憶もある。
これなら、必ず分かってくださる。
門番たちがこちらに気づいた。
前回と同じ男。
私を見る。
金髪。
灰青色の目。
二人の侍女。
門番の顔が強張った。
驚いている。
今度こそ、私だと分かったのだ。
私は微笑んだ。
「お父様とお母様へ、お伝えください」
リナとメイが、私の後ろで姿勢を正す。
「エリシア・ラーデンベルクが、改めて帰ってまいりました、と」




