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貴族令嬢だった私は、スライムになって盗賊へ復讐する 十五文化圏周縁抄  作者: 黒瀬 量衡


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11/12

第十一話 目星をつけた女

 セリアが次に屋敷を訪ねてきたのは、離れを出てから十二日後だった。


 正門で名乗り、門兵へ通行証を見せる。


 門兵から本邸へ連絡が入り、ローレンスの許可を得て敷地へ入る。


 勝手に離れまで来ることはない。


 侯爵家へ出入りする女商人として、決められた手順を守っている。


 離れの窓から見ていると、セリアは小さな荷車を引きながら、案内役の使用人と一緒に庭の道を歩いてきた。


 荷車には布。


 乾燥薬草。


 保存肉。


 針と糸。


 小さな木箱。


 出発したときより、ずいぶん荷が増えている。


 それだけではない。


 歩く速度も速い。


 人間の女が荷車を引いているようには見える。


 けれど、足取りに重さがない。


 坂になっている場所でも速度が落ちず、車輪が石へ乗り上げても、荷台が大きく傾かない。


 荷車の内側へ、セリアの身体が広がっているのだろう。


 袋。


 木枠。


 車軸。


 荷物全体を、見えない身体で支えている。


「上手になりましたね」


 隣で見ていたリナが言った。


「以前は荷車が左右へ揺れていました」


 メイも頷く。


「今日はほとんど揺れていません」


「練習したのでしょう」


 私は右手の薬指を撫でた。


 教えたことを実際に使い、自分なりに改善している。


 よい。


 セリアには商人としてだけでなく、私たちの外で動く者として成長してもらわなければならない。


     *


「お嬢様。女商人セリア殿がお見えになりました」


 ローレンスの取り次ぎを受け、私は応接室でセリアを迎えた。


 リナとメイは私の後ろに立っている。


 セリアは扉を入ると、以前よりも深く、正確な礼をした。


「エリシア様。お目通りをお許しいただき、ありがとうございます」


「堅過ぎます」


「侯爵家の敷地内ですので」


「二人だけのときは、もう少し普通で構いません」


「ですが、ローレンス様もいらっしゃいます」


 ローレンスは壁際に立っている。


「私は聞いておりませんので、お気になさらず」


「聞いていますよね?」


「職務上、必要な範囲のみ」


 必要な範囲がどこまでなのか分からない。


 けれど、セリアが屋敷へ出入りする以上、ローレンスを完全に外すことはできない。


「まず、商いの報告を」


 私は卓の向かいを示した。


 セリアが座る。


 帳面を取り出した。


 以前は、仕入れも食費も宿代も、すべて同じ頁へ書いていた。


 今は違う。


 仕入れ。


 売上。


 旅費。


 宿代。


 損失。


 在庫。


 回収予定。


 項目ごとに分けられている。


「最初にお預かりした布と針は、すべて売れました」


「利益は?」


「こちらです」


 セリアが帳面を私へ向ける。


 仕入れを屋敷から借りた形にしている。


 売上から借入分を引く。


 旅費を引く。


 宿代を引く。


 残りが利益。


「食費が少な過ぎます」


「肉を買わずに済むことが多かったので」


「どういう意味です?」


 セリアはローレンスを見る。


 私も見る。


 ローレンスは聞いていない顔をしている。


「街道を外れた場所に、死んだ獣がありました」


「食べたのですか」


「はい」


 セリアは少し声を落とした。


「人に見られていないことを確認しました」


「状態は?」


「腐り始めていました」


「身体への影響は?」


「ありません」


「味は?」


「よくありませんでした」


 メイが小さく顔をしかめた。


「腐っている肉は、味が悪いのですね」


「食べたことはないのですか?」


 セリアが訊く。


「死体捨て場では、どれが新しいかまで考えていませんでした」


 リナも言う。


「以前の私は、味の違いを気にしていなかったと思います」


「人の身体を得ると、味が分かるのですね」


 セリアは帳面の余白へ記録した。


 腐肉。


 摂取可能。


 異常なし。


 味は悪い。


「食費を削るために腐肉を探す必要はありません」


 私は言った。


「でも、使えるものを使うよう教わりました」


「使えるものにも、優先順位があります」


「優先順位」


「安全。人目。必要性。その後に費用です」


「安全には問題ありませんでした」


「まだ一度だけです」


 腐敗の種類。


 毒。


 病。


 寄生虫。


 私たちに効くかは分からない。


 人間の身体が残っている以上、影響が出る可能性もある。


「今後は少量を記録しながら試してください」


「分かりました」


「一度に全部食べない」


「はい」


「誰の肉か分からないものは避ける」


「獣か人か、分かります」


「見なくても?」


「何となく」


 私は手を止めた。


「何となく、とは?」


「道を歩いていると、外れた場所に死肉があると分かるのです」


 セリアは自分の胸へ手を置いた。


「匂いとは違います」


「見えているのですか?」


「いいえ」


「音?」


「違います」


「では、何が」


「こちらに肉がある、と身体が向く感じです」


 リナとメイが顔を見合わせる。


「私たちにもありますか?」


 メイが訊く。


「試したことはありません」


「死体捨て場では、肉が多過ぎて分からなかったのでしょうか」


 リナが考える。


 可能性はある。


 私たちは死肉を食料として認識する。


 通常のスライムは、血や肉へ集まる。


 視覚や嗅覚とは異なる感覚があるのかもしれない。


「後で確認しましょう」


 私はノートを用意した。


 死肉感知。


 視覚外。


 距離不明。


 種類の判別可能性。


「セリア。どの程度離れていましたか?」


「道から五十歩ほどです」


「木や草で見えない場所?」


「はい。茂みの奥でした」


「進行方向から外れていた?」


「かなり」


「それでも分かった」


「はい」


 記録する。


 理由不明。


 また一つ。


     *


 商売そのものは順調だった。


 布。


 針。


 糸。


 保存食。


 薬草。


 村と街の間を歩き、必要なものを少量ずつ売る。


 大量には扱わない。


 荷車一台。


 女一人。


 その方が警戒されにくい。


「宿屋の女将へ針を安く売りました」


「理由は?」


「旅人の噂を聞けるからです」


「よい判断です」


「洗濯場の女たちには、布の切れ端を渡しました」


「何を得ました?」


「男たちの服についた泥や匂いの話を」


 どこから来たか。


 森を通ったか。


 馬へ乗っていたか。


 血がついていたか。


 普通の洗濯物か。


 盗賊や密売人を見つける手掛かりになる。


「酒場の給仕からも話を聞きました」


「男へ直接近づいてはいませんね?」


「はい」


「それでよいです」


 屋敷の外の男は信用しない。


 必要なら、女性を通して情報を集める。


「盗品らしい銀器を売ろうとした男がいたそうです」


「特徴は?」


「太った男。右手の小指がありません」


「私を襲った者とは一致しません」


「ですが、盗賊の仲買かもしれません」


「追わないでください」


「なぜです?」


「あなた一人では危険です」


「以前より強くなりました」


「強くなったことと、危険がなくなったことは別です」


 セリアは少し不満そうだった。


「見つからないように調べるだけなら」


「誰かに任せる」


「誰に?」


「そのために賞金稼ぎが必要です」


 セリアの表情が変わった。


「目星をつけました」


 私は身体を起こした。


「女ですか」


「はい」


「腕は?」


「かなり立つと思います」


「思う?」


「まだ、直接戦うところは見ていません」


「では、何を見たのです」


「街道を歩く速さと、周囲の男たちの反応です」


「詳しく聞かせてください」


     *


 賞金稼ぎの話へ入る前に、セリア自身の変化を確認することにした。


 離れの庭。


 使用人へは、身体訓練と伝える。


 完全な嘘ではない。


 ローレンスも見ている。


「以前より速く歩けます」


 セリアが言った。


「どの程度?」


「荷車がなければ、普通の人よりかなり速く」


「走ることも?」


「できます」


「身体を壊さずに?」


「今のところは」


 今のところ。


 それが怖い。


 スライムの身体は筋肉を内側から補助できる。


 骨へ力を伝える。


 関節を支える。


 腱の代わりになる。


 けれど、外側の人間の肉は残っている。


 筋力だけを上げ過ぎれば、骨が折れる。


 関節が外れる。


 筋肉が裂ける。


「全力では走らないでください」


「では、どのくらい」


「まず、人間だった頃より少し速い程度」


 庭の端から端まで。


 セリアが走る。


 普通の女より速い。


 けれど、異常には見えない。


 呼吸も乱れていない。


「もう少し速くできます」


「一段階だけ」


 もう一度。


 今度は明らかに速い。


 スカートの裾が大きく揺れ、数息で庭を横切る。


 足音は軽い。


 身体の内側でスライムが衝撃を受け止めている。


「痛みは?」


「ありません」


「膝」


「問題なし」


「足首」


「問題なし」


「腰」


「大丈夫です」


 私が触れて確認する。


 筋肉。


 腱。


 関節。


 いまのところ損傷なし。


「もう一段階」


 セリアが言う。


「駄目です」


「まだ余裕があります」


「余裕があるから止めます」


「なぜ?」


「限界を知るために身体を壊す必要はありません」


「身体を壊さない範囲で、以前より速く動ける」


 私はノートへ記録する。


「上限は未確認」


「確認しないのですか」


「必要が生じたときに、少しずつ」


 セリアは不満そうだが、頷いた。


     *


「眠っているようで、眠っていないこともできます」


 次の報告だった。


「どういう意味です?」


「夜、宿で横になっています」


「はい」


「目も閉じます」


「はい」


「ですが、部屋の外を歩く音が分かります」


「普通の人間でも、浅い眠りなら」


「朝まで続きます」


「寝不足には?」


「なりません」


 私はリナとメイを見る。


「試したことは?」


「夜番のときに」


 リナが言った。


「身体を休ませながら、廊下を見張れます」


「私もできます」


 メイが答えた。


「目を閉じていても、誰かが近づくと分かります」


「なぜ今まで報告しなかったのです?」


 二人が顔を見合わせる。


「普通だと思っていました」


「私たちにとっては」


 普通。


 そういうものが一番危険。


 人間とスライムの違いを、自分たちで気づけない。


「完全に眠っていない可能性があります」


 私は考える。


 人間の脳の一部を休ませる。


 スライム部分が周囲を感じる。


 あるいは、脳は眠っているがスライムは眠らない。


「夢は見ますか?」


 セリアが考える。


「時々」


「人間だった頃の夢?」


「村。荷車。盗賊。屋敷」


「疲れは?」


「朝になると取れています」


「身体は動かずに休んでいる」


「はい」


「周囲は感じる」


「はい」


 記録。


 擬似睡眠。


 人間脳の睡眠とスライムの覚醒が並行している可能性。


「夜道を歩けるという意味ではありません」


 私は言った。


「眠らなくても平気なら」


「判断力が落ちている可能性があります」


「でも、疲れていません」


「自覚できない疲労もあります」


「宿では普通に休むこと」


「はい」


「夜番が必要なときだけ使う」


「分かりました」


     *


「街道が崩れていたので、回り道をしました」


 セリアは地図を広げた。


「ここです」


 細い道。


 雨で土が流れ、荷車は通れない。


「引き返さなかったのですか」


「荷を置いて、下へ下りました」


「一人で?」


「はい」


 セリアは指先から透明な身体を伸ばした。


「岩へ張りつけます」


「どの程度?」


「腕一本分くらい」


「切れませんでしたか」


「身体とつながったままです」


「体重を全部預けた?」


「全部ではありません」


 腕。


 脚。


 指先から出したスライム。


 三点、四点で身体を支える。


 崖の表面へ薄く広がり、滑り止めにする。


 手を掛ける場所がない岩でも、粘着できる。


「荷車は?」


「上へ置きました」


「盗まれる可能性は?」


「荷車の下へ身体を少し残しました」


 私はセリアを見る。


「切り離したのですか」


「いいえ。細くつないだまま」


「どの程度の距離?」


「十歩ほど」


「その状態で崖を?」


「途中で限界を感じたので、戻しました」


 危険。


 身体を細く長く伸ばし過ぎれば、切れる。


 喪失感だけでは済まない可能性もある。


「今後、荷を置いて崖を下りる場合は、先に安全を確認してください」


「しました」


「一人ではなく」


「誰と?」


 答えに詰まる。


 セリアは一人で動く商人。


 同行者はいない。


「女の護衛を雇うまで、無理な場所へ入らない」


「賞金稼ぎが仲間になれば?」


「護衛も頼めます」


 セリアは嬉しそうに頷いた。


     *


「街道から外れ、薬草を探しました」


「勝手に森へ入ったのですか」


「浅い場所だけです」


「道は?」


「途中で分からなくなりました」


「迷ったのですね」


「最初は」


 木々。


 草。


 似た景色。


 人間なら方角を失う。


「でも、太陽がどちらにあるか、何となく分かりました」


「見えていないのに?」


「厚い木の下でした」


「光の強さでは?」


「目を閉じても分かりました」


「温度?」


「違うと思います」


「どの方向が太陽かだけ?」


「はい」


 私は部屋の中で試させた。


 窓を閉める。


 厚い布で遮る。


 セリアへ目を閉じてもらう。


「太陽はどちらです?」


 セリアが少し迷い、壁を指す。


 方角は合っている。


 リナ。


 同じ。


 メイ。


 少しずれたが、おおよそ合っている。


 私も目を閉じる。


 見えている感覚とは違う。


 身体の一部が、一定の方向へわずかに引かれる。


 温かさではない。


 光でもない。


 もっと曖昧。


 けれど、ある。


「分かります」


「エリシア様も?」


「はい」


 太陽。


 方角。


 スライムの本能。


 理由不明。


「夜は?」


 セリアが首を振る。


「試していません」


「月でも分かるかもしれません」


「次に確認します」


「過信しないこと」


「はい」


「方角が分かるだけです」


「道が分かるわけではない」


「その通りです」


     *


 私たちは庭だけでなく、屋敷の裏手にある林でも試した。


 ローレンスには身体能力の確認と伝える。


 護衛を二人つけると言われた。


 屋敷の者なので断らない。


 林へ入り、まず死肉の感知。


 屋敷の厨房から、処分予定だった肉片を借りた。


 布へ包み、護衛に隠してもらう。


 私たちは場所を見ない。


「始めます」


 しばらく立つ。


 風。


 土。


 草。


 虫。


 その中に、違う感覚がある。


 肉。


 左。


 少し奥。


「こちらです」


 リナも同じ方向を指す。


 メイは少し右へずれた。


 セリアは正確だった。


「私より強く感じます」


 セリアが言う。


「商いの途中で何度も使ったからでしょうか」


「慣れの可能性があります」


 肉片は倒木の根元。


 布で包まれ、土を軽くかけられていた。


 匂いだけでは難しい。


「距離を変えます」


 何度か試す。


 近ければ分かる。


 遠くなると曖昧。


 風向きの影響は少ない。


 肉の量が多いほど分かりやすい。


「生きた動物は?」


 護衛が訊いた。


 試す。


 馬。


 鳥。


 人間。


 死肉と同じ感覚はない。


「死んだ肉だけのようです」


「血は?」


 少量の血。


 反応はある。


 肉より弱い。


「死にかけた人間は?」


 誰も答えない。


 試すわけにはいかない。


 少なくとも、いまは。


「記録だけしておきます」


     *


 次に斜面。


 崖ほどではない。


 人間でも下りられるが、滑れば怪我をする。


 セリアが先に出る。


 指先から身体を伸ばす。


 土。


 木の根。


 岩。


 薄く広がり、身体を支える。


 右足を下ろす。


 左手を伸ばす。


 スライムが滑り止めとなり、安定している。


 リナとメイも続く。


 私は最後。


 透明な身体を岩へ張りつける。


 自分の重さが、指一本へ集まるのではない。


 伸ばした身体全体へ分散する。


 人間の指で掴んでいる感覚とも違う。


 岩の表面へ、自分が広がっている。


「便利ですね」


 メイが言う。


「便利です」


 セリアが答える。


「足を滑らせても落ちにくいです」


 リナも言う。


「ただし、身体を切らないように」


 私は注意する。


「鋭い岩」


「枝」


「刃物」


「火」


 何がスライムの身体へ有効か、まだ分かっていない。


 粘着している場所を焼かれればどうなるか。


 切られれば分離する。


 水で流される可能性もある。


「崖下へ下りられるからといって、崖を選ぶ必要はありません」


「道があるなら道を使う」


「そうです」


「近道でも?」


「安全を優先」


 セリアが少し残念そうな顔をする。


 行商人は時間と距離を気にする。


 けれど、死んでは利益にならない。


     *


 訓練を終え、離れへ戻る。


 セリアは帳面へ、商いの報告とは別に身体能力の項目を作った。


 歩行速度。


 走行速度。


 疲労。


 睡眠。


 死肉感知。


 方角。


 粘着移動。


 荷物補助。


「使える能力が増えました」


 セリアが言う。


「元からあったものに気づいただけです」


「同じでは?」


「気づかなければ使えません」


「では、増えたのと同じです」


「これなら賞金稼ぎにも負けないかもしれません」


「戦ってはいけません」


「仲間にするのでは?」


「まず話を聞く」


「拒まれたら?」


「すぐには何もしません」


「すぐには」


「セリア」


「はい」


「あなたは、何を考えていますか」


 セリアは少し迷った。


「エリシア様が、死にかけた女の賞金稼ぎを求めているのかと」


 理解している。


 やはり。


「死にかけた女性は助けます」


「人間として」


「助かるなら」


「助からなければ、保護」


「そうです」


「では、賞金稼ぎが怪我をするような依頼を見つければ」


「わざと危険へ追い込んではなりません」


「なぜです?」


「屋敷の者へ説明できません」


「説明できれば?」


「そういう問題ではありません」


「では、どのような問題です?」


 ローレンスと同じ質問を返された。


「まだ、適性を見ていません」


 私は言った。


「身体だけ得ても、私たちへ従うとは限りません」


「エリシア様の素晴らしさを教えれば」


「セリアのようになるとは限りません」


「なぜです?」


「あなたが少し特殊だからです」


 セリアは褒められたと思ったらしい。


 嬉しそうに頭を下げる。


「ありがとうございます」


「まず、その女賞金稼ぎについて教えてください」


「はい」


     *


 女賞金稼ぎの名は、ネラ。


 三十歳には届いていない。


 背は高い。


 肩幅がある。


 革鎧。


 長剣。


 短弓。


 腰に投げナイフ。


 黒に近い茶髪を短く切っている。


「一人で行動しています」


「仲間はいない?」


「少なくとも、街では」


「依頼は?」


「盗賊と、逃亡した犯罪者が多いそうです」


「魔物は?」


「受けることもありますが、積極的ではないと」


「なぜ盗賊を狙うのでしょう」


「妹を殺されたという話があります」


 私は薬指を撫でた。


 盗賊への恨み。


 女。


 腕が立つ。


 条件に近い。


「どこで見つけたのですか」


「西門近くの依頼所です」


「賞金稼ぎが集まる?」


「はい」


「男は多い?」


「ほとんど男です」


「近づいたのですか」


「店の女主人と話しました」


 規則を守っている。


「ネラは、男たちから避けられていました」


「嫌われている?」


「怖がられているようでした」


「理由は」


「依頼を横取りしようとした男の腕を折ったそうです」


「乱暴では?」


「先に襲われたと」


「証人は?」


「女主人が見ていました」


「賞金首を生け捕りにすることもあるそうです」


「殺さずに?」


「依頼によります」


「尋問も?」


「そこまでは」


「盗賊の居場所を探るには使えます」


 セリアが頷く。


「私が見たとき、ネラは依頼書を何枚も見ていました」


「どの依頼を?」


「赤い布を腕へ巻く盗賊団」


 部屋が静かになった。


 リナ。


 メイ。


 私。


 全員がセリアを見る。


「確かですか」


「はい」


「顔に火傷のある男は?」


「依頼書に似顔絵はありませんでした」


「名前は」


「ガレス」


 記憶。


 盗賊たちが呼んでいた。


 ガレス。


 一致する。


「古い採石場の話は?」


「依頼書にはありません」


「ネラは、その依頼を?」


「剥がしました」


「受けたのですね」


「はい」


「会いますか?」


 セリアが訊いた。


「まだです」


「なぜ」


「彼女がどのように調べるか見ます」


「先に盗賊を倒されるかもしれません」


「それは困ります」


「ならば、止めますか」


「直接ではなく」


「情報を渡す?」


「一部だけ」


「どの情報を」


「盗賊団が古い採石場へ出入りしている可能性」


「それを教えたら、すぐ向かうのでは?」


「だから、伝える相手を選びます」


「女賞金稼ぎが、私たちの敵でないことを確認します」


「味方なら?」


「会います」


「仲間に?」


「まずは協力者として」


「死にかけたら?」


「助けます」


「人間として?」


「まずは」


 セリアは満足そうに頷いた。


     *


 その日の夕方。


 私たちはセリアに案内され、街へ出た。


 私は地味な外套。


 髪を隠す頭巾。


 リナとメイも町娘の服。


 屋敷の護衛が二人、離れてついてくる。


 父との約束。


 今回は撒かない。


 西門近くの依頼所。


 酒場と宿を兼ねた建物。


 中には男が多い。


 私は入らない。


 向かいの布屋。


 女主人へ小物を見せる客のふりをしながら、窓越しに依頼所を見る。


 セリアが小さく指した。


「あの女です」


 壁際。


 一人で座る女。


 黒に近い短い髪。


 革鎧。


 長剣。


 短弓。


 背筋を伸ばし、酒にはほとんど口をつけていない。


 周囲の男たちは、彼女の卓を避けている。


 一人が何か声を掛ける。


 ネラは顔だけを向けた。


 男はすぐ離れた。


「強いですね」


 メイが言う。


「見ただけで?」


「身体の重さの置き方が違います」


 リナも頷く。


「すぐ動けるように座っています」


 私にも分かる。


 人間だった頃なら気づかなかったかもしれない。


 いまは、身体の動きを細かく感じる。


 ネラは酒場にいるが、休んでいない。


 入口。


 窓。


 厨房。


 階段。


 逃げ道をすべて見ている。


 卓の下では、片足を少し引いている。


 剣を抜くため。


「目星としては十分です」


 私は言った。


「声を掛けますか?」


 セリアが訊く。


「今日はしません」


「では、何を」


「観察します」


 しばらくして、ネラが立ち上がる。


 依頼書を卓へ置く。


 酒場の女主人と短く話す。


 金を払う。


 外へ出る。


 歩く速度は速い。


 けれど、急いでいるようには見せない。


 人混みの中で、誰にもぶつからない。


 尾行を警戒している。


 角を曲がる前に、一度だけ背後を見る。


 私たちは追わない。


「気づかれる可能性があります」


 私は言った。


「強そうです」


 セリアが少し嬉しそうに答える。


「なぜ嬉しそうなのです」


「仲間に相応しいからです」


「まだ仲間ではありません」


「いずれ」


 セリアは疑っていない。


 私はネラが消えた通りを見る。


 女。


 賞金稼ぎ。


 盗賊への恨み。


 ガレスを追う者。


 使える。


 けれど、危険でもある。


 私たちがしていることを知れば、剣を向けるかもしれない。


 人間のまま協力させるか。


 同じものにするか。


 まだ決めない。


「まず、彼女を調べます」


「何を?」


「過去。仕事。敵。信用できる女かどうか」


「誰に聞きます」


「女主人。宿の女。依頼人。助けられた者」


 セリアが帳面を開く。


「分かりました」


「本人へは近づかないこと」


「はい」


「追わない」


「はい」


「危険な依頼へ誘導しない」


 セリアが少し黙る。


「返事は?」


「はい」


「本当に?」


「努力します」


 不安。


 だが、監視はできる。


「目星をつけた女賞金稼ぎがいる」


 それだけで、今回は十分。


 急いではならない。


 獲物ではない。


 部品でもない。


 まだ。


 私たちの復讐に必要な人材かもしれない女。


 慎重に選ぶ。


 人間の街で組織を作るなら、それが必要。


 前世の会社でも、採用には面接があった。


 履歴書。


 経歴。


 適性。


 信用。


 そして、試用期間。


 ネラにも同じようなものが必要だろう。


 ただし。


 私たちの場合、採用された後に人間のままとは限らない。


「帰りましょう」


 私は三人へ言った。


「調査項目を整理します」


 セリアが頭を下げる。


「承知しました、エリシア様」


 私たちは屋敷へ戻る。


 後ろには護衛。


 横には侍女。


 前には女商人。


 そして街のどこかに、まだ何も知らない女賞金稼ぎ。


 次に離れへ来る者が、彼女になるかは分からない。


 けれど。


 目星はついた。

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