第十二話 見張る女
翌朝。
離れの食卓には、私とリナ、メイ、セリアの四人が揃っていた。
朝食はパンと野菜の煮込み。
それから、以前の私なら多いと感じただろう量の焼いた肉。
屋敷の者たちは、私たちの身体がまだ回復の途中だから肉を欲しがるのだと思っている。
ローレンスも、そのように父へ説明しているらしい。
完全な間違いではない。
肉は、私たちの身体を保つ材料になる。
皮膚。
筋肉。
臓器。
髪。
爪。
人間の形を維持するために、以前より多くの肉が必要だった。
私は肉を一切れ切り、口へ運んだ。
噛む。
飲み込む。
体内でスライムが包む。
人間らしい食べ方を続けることも、規則の一つ。
「さて」
食事が終わる頃、私は紅茶の杯を置いた。
三人が姿勢を正す。
「今日から、女賞金稼ぎネラの監視を始めます」
セリアがすぐ帳面を開いた。
「昨日までに確認できた行動です」
宿。
西門近くの依頼所。
鍛冶屋。
市場。
教会。
再び依頼所。
夕方には宿へ戻る。
仕事がない日は、おおよそ同じ順番で動いているらしい。
「規則正しいですね」
メイが言った。
「だからこそ、普段と違う日が分かります」
私は答える。
「盗賊について新しい情報を得た日。誰かに尾行された日。依頼を受けた日。行動が変われば、理由があります」
「今日は声を掛けませんか」
リナが訊いた。
「まだです」
「尾行だけ?」
「観察と裏取りです」
セリアが少し残念そうな顔をした。
彼女はすでにネラを仲間へ迎えるつもりでいる。
「見る項目を決めましょう」
私は紙へ書いた。
一、盗賊以外の依頼をどの程度受けるか。
二、弱い者や依頼人への態度。
三、金銭への執着。
四、男との関係。
五、妹を盗賊に殺されたという話の真偽。
六、尾行や罠への警戒。
七、危険時の判断。
「最後は今日だけでは分かりませんね」
リナが言う。
「時間を掛けます」
「命が危ないところまで見ますか?」
セリアが訊いた。
「危険を作るのではありません」
「ですが、危険になったら?」
「見届けます」
「助ける?」
「人間として助けられるなら」
その先は言わなかった。
セリアは理解したらしい。
静かに頷く。
*
屋敷を出るとき、私たちには護衛が二人ついた。
父との約束。
街へ出るなら護衛を伴う。
屋敷の者なので、私は拒まない。
少なくとも正門を出るまでは。
私は地味な外套を着て、金色の髪を頭巾へ隠した。
リナとメイは町娘。
セリアは荷車を引く女商人。
護衛は、私たちから少し離れて歩く。
街へ近づくまでは、普通の女たちだった。
靴底が道を叩く。
服が擦れる。
息をする。
人間と同じ速さで歩く。
門前の往来へ入る。
セリアは市場へ向かう商人の列へ。
リナとメイは布屋へ届け物をする娘のふりをする。
私は護衛と一緒に薬屋へ入った。
「少し時間が掛かります」
店内で薬草を選びながら、私は護衛へ言った。
「外でお待ちください」
「しかし」
「店内には女性しかおりません」
薬屋の主人も、その娘も女。
護衛たちは入口の外へ立った。
私は薬草を見比べる。
裏口の位置は、前に確認している。
薬屋の娘が棚の奥へ行った間に、私は袖口から透明な身体を伸ばした。
裏口の掛け金へ触れる。
音を立てずに上げる。
戸を細く開く。
身体を横へ向ける。
肩関節を一時的に外す。
胸郭の形を少し崩す。
外套の下で身体を薄くし、狭い隙間を抜けた。
外へ出てから肩を戻す。
痛みはない。
人間の身体なら耐えられない動き。
今の私にはできる。
裏路地にはリナとメイが待っていた。
セリアも荷車を近くの女主人へ預けている。
「護衛は?」
リナが訊く。
「薬屋の前です」
「後で騒ぎになります」
「戻るまでに時間はあります」
父へ叱られる。
ローレンスにも。
けれど、ネラを監視しながら、私たちの本当の身体を使うところを護衛に見せるわけにはいかない。
「ここからは、人間の歩き方をやめます」
私は言った。
三人が頷く。
*
靴の内側。
足裏から、薄く透明な身体を広げる。
靴底と石畳の隙間を埋める。
踵を下ろす。
音がしない。
砂粒も鳴らない。
呼吸を止める。
心臓の動きをゆっくりにする。
リナとメイも同じ。
セリアの胸だけは、まだ人間らしく上下していた。
「息を止められますか」
「少しなら」
「苦しくなる前に戻してください」
「エリシア様は?」
「長くても問題ありません」
私は心臓が動いていない。
人間の呼吸を真似ているだけ。
リナとメイは心臓を残しているが、スライムが血と酸素の代わりを一時的に補える。
セリアも、いずれ長くできるようになるだろう。
「走ります」
路地を抜ける。
普通の人間なら、足音でこちらを振り返る。
誰も振り返らない。
私たちの足は、石畳を叩かない。
着地の衝撃を、足裏のスライムが薄く受け止める。
速い。
けれど、音がない。
街を抜け、木立へ入る。
枝。
石。
倒木。
人間なら速度を落とす。
私たちは落とさない。
足首が傾けば内側から支える。
滑りそうなら足裏を広げる。
枝を踏みそうになれば、その直前に身体が気づく。
避ける。
森の獣より静かだった。
*
木立の中で、リナが急に手を上げた。
全員が止まる。
「上です」
枝に小鳥が一羽止まっていた。
茶色い、小さな鳥。
こちらには気づいていない。
「肉ですね」
メイが言った。
かわいい。
美しい。
そのような言葉は、誰からも出なかった。
食べられる肉。
私たちが最初に思ったのは、それだけ。
「声を出させないでください」
私は言った。
「はい」
リナが木へ近づく。
足音はない。
鳥は動かない。
彼女は指先から白く濁った身体を細く伸ばした。
樹皮の裏側。
枝の下。
鳥から見えない位置を這う。
細い糸のようなスライムが、鳥の足へ触れた。
次の瞬間、羽と首を包む。
小鳥は鳴かなかった。
翼を開く前に、首が止められた。
枝から落ちる。
地面へ届く前にメイが受け取った。
「死んでいます」
「食べましょう」
私たちは木々の奥へ入った。
服を汚さないよう、小鳥を四つに分ける。
骨。
羽。
内臓。
区別する必要はない。
指先からスライムを出し、肉を包む。
溶かす。
取り込む。
羽も骨も、時間は掛かるが処理できた。
血は一滴も地面へ落ちなかった。
「人前では禁止です」
私は言った。
「はい」
「街では肉を買います」
「はい」
「必要がない限り、生きた獣を狩らない」
セリアが訊く。
「なぜです?」
「人の目があります」
「森なら?」
「必要なら」
私たちはもう、小鳥を殺すこと自体には迷わない。
かわいそうとも思わない。
食料だから。
人間だった頃の倫理が、完全になくなったわけではない。
ただし、それは人間へ向けるもの。
獣や死肉に対しては、スライムの判断が先に立つ。
私は自分の指先を見る。
人の形。
人の記憶。
人の言葉。
けれど、いま小鳥を殺した方法は、人間の狩人にはできない。
*
「こちらです」
今度はセリアが道を外れた方向を指した。
「何かあります」
「死肉?」
「はい」
視界には何もない。
匂いもない。
私たちは森の奥へ入る。
倒木を越え、藪を抜ける。
少し窪んだ場所に、鹿の死体があった。
首に噛み傷。
腹は一部食われている。
狼か、大きな獣に襲われたのだろう。
「昨日か、一昨日」
リナが言う。
「なぜ分かります?」
「柔らかさです」
人間だった頃に知っていたのではない。
触れたスライムが、肉の状態を判断している。
「全部は食べません」
私は言った。
「監視中です」
セリアが鹿の腹へ手を触れる。
「少しだけ」
四人で必要な分を取り込む。
腐敗は少ない。
小鳥より量が多く、身体が満たされる。
食べ残した場所を土と枝で隠す。
「私たちは、道から外れた死体を見つけられる」
私は記録する。
「獣の死体も、人の死体も」
「生きた人は分かりません」
メイが言う。
「死にかけていたら?」
誰も答えられない。
「今後、確認します」
確認方法までは書かなかった。
*
ネラは昼前に宿を出た。
私たちは街へ戻り、監視位置へ散った。
セリアは市場。
リナは仕立屋。
メイは井戸端。
私は古道具屋。
ネラは依頼所へ入り、壁の紙を一枚ずつ確認する。
赤い布を腕へ巻く盗賊団の依頼は、まだ貼られている。
彼女はそれを見た。
剥がさない。
女主人と話す。
何かを書き留める。
それから鍛冶屋へ向かった。
長剣を預け、短弓の弦を買う。
無駄な会話はしない。
男の職人が話しかけても、必要なことだけ答える。
笑わない。
媚びない。
相手も距離を詰めない。
「男を信用していませんね」
セリアが私の隣へ来た。
「警戒しているだけかもしれません」
「同じです」
「完全には違います」
人を見極める前に、自分たちと同じだと思い込んではいけない。
ネラは鍛冶屋を出た。
市場へ。
乾燥肉。
水。
包帯。
油。
旅の準備。
「動きますね」
「今日ではないかもしれません」
ネラは教会へ寄った。
私たちは中へ入らない。
リナが裏手へ回る。
窓の近く。
壁へ背中を押しつける。
背中側の皮膚を薄く崩し、スライムを石へ広げる。
身体を支えているのは両脚。
スライムは壁へ貼りつき、輪郭を崩すためだけ。
遠くから見れば、壁の影。
壁を歩くことはできない。
天井へ張りつくこともできない。
人間一人の体重を、薄いスライムだけで保持するほどの力はない。
しかし、倒れないよう支える。
服と身体を壁へ密着させる。
それならできる。
ネラの声は聞こえない。
けれど、祭壇の前で口が動いている。
短い名前。
何度も同じ形。
妹の名だろう。
教会の女へ、後で確認する。
*
ネラが街外れへ向かう。
私たちは再び木立へ入った。
ここからは、人間のふりをする必要がない。
足音を消す。
呼吸を止める。
心拍を抑える。
姿勢を低くする。
ネラが振り返る。
その瞬間、私は木の裏へ入った。
肩を外す。
胸の形を潰す。
木と岩の狭い隙間へ身体を滑り込ませる。
人間なら頭と肩が通らない。
私には通る。
リナは木の上。
幹へ手足を回し、背中を樹皮へ貼りつけている。
メイは倒木の下。
腰の関節を外し、身体を薄くして収まっている。
セリアは藪の奥。
荷物の形へ身体を寄せている。
ネラの視線が森をなぞる。
何も見つけない。
歩き出す。
私たちは身体を戻す。
「気づかれませんでした」
セリアが囁く。
「声を出さない」
私たちはさらに距離を取った。
人間の尾行なら、枝を踏む。
呼吸が乱れる。
服が擦れる。
気配が残る。
私たちにはほとんどない。
スライムは本来、待ち伏せをする生き物ではない。
死肉へ這い寄り、溶かすだけ。
しかし私たちは、人間の脚を持つ。
人間の目を持つ。
人間の知恵を持つ。
どこへ隠れれば見つからないか知っている。
相手がどこを見るか予測できる。
本来のスライムより、ずっと凶悪だった。
*
ネラは森で薬草を採るふりをした。
けれど、実際に見ているのは地面。
足跡。
折れた枝。
泥。
馬車の轍。
草の倒れ方。
彼女は盗賊の痕跡を探している。
時折、わざと足を止める。
背後を確認する。
同じ場所を二度通る。
尾行をあぶり出す動き。
「慎重です」
リナが木の上から合図する。
私は指を二本立てた。
二度目の確認。
ネラは途中で進路を変え、浅い川へ入った。
足跡を消すため。
私たちは川へ入らない。
木々の上流側へ回る。
太陽の位置が分かる。
ネラがどちらへ進むかを予測する。
川の先で再び姿を捉える。
「普通の人間なら、ここで見失います」
セリアが言った。
「私たちも過信してはいけません」
「見失っていません」
「今日は」
ネラが突然弓を構えた。
私たちは止まる。
矢は森の奥へ向けられている。
一匹の兎。
矢が飛ぶ。
首へ刺さる。
ネラは兎を回収した。
血を抜く。
手際がよい。
「私たちと同じですね」
メイが言った。
「違います」
「肉を狩りました」
「方法と規則があります」
ネラは獲物を食料として扱う。
私たちは音もなく小鳥を包み、その場で吸収した。
似ている。
けれど、人間社会から見れば大きく違う。
*
午後。
ネラは古い街道跡へ入った。
道は崩れ、木の根が露出している。
盗賊が人目を避けて使うには都合がよい。
ネラは地面へ膝をついた。
泥の上に、複数の靴跡。
新しい。
彼女は一本の枝で大きさを測る。
紙へ写す。
進行方向を確認する。
すぐ追わない。
周囲を一周する。
罠を探す。
「高評価です」
セリアが言う。
「まだです」
「十分慎重です」
「罠を見つけた後を見る必要があります」
ネラは細い糸を見つけた。
木と木の間。
踏めば、上から石か枝が落ちる。
彼女は切らない。
位置だけ記録し、別の道へ回る。
罠を残した。
盗賊へ、誰かが来たと知らせないため。
「かなり高評価です」
今度は私も認めた。
ネラはさらに奥へ進まず、街へ戻り始めた。
無理をしない。
一人で盗賊の数が分からない場所へ踏み込まない。
妹への恨みがあっても、判断を失ってはいない。
*
夕方。
私たちは先回りして薬屋の裏口へ戻った。
身体を薄くし、狭い隙間から店内へ入る。
肩を戻す。
外套を整える。
薬草をいくつか買う。
表の扉を開けると、護衛二人が険しい顔で待っていた。
「遅過ぎます」
「薬草の説明を聞いていました」
「お供の方々は?」
「別の買い物です」
少し後で、リナとメイも市場側から戻る。
セリアは荷車を引いて正門近くで合流した。
護衛は疑っている。
けれど、証拠はない。
私たちは普通に歩いて屋敷へ戻った。
足音を立てる。
呼吸をする。
人間らしく疲れた顔を作る。
正門を通る。
門兵へ挨拶する。
敷地内へ入った瞬間、私は少し安心した。
ここでは、人間として振る舞える。
屋敷の者は、私たちがスライムであることを知っている。
指先から身体を出す程度なら隠さなくてもよい。
けれど、森で見せたものまでは知らない。
小鳥を一声も出させず殺したこと。
鹿の死肉を四人で溶かしたこと。
関節を外して隙間へ潜んだこと。
呼吸も足音も消し、訓練された賞金稼ぎを見張り続けたこと。
話す必要はない。
*
離れへ戻り、四人で帳面を広げた。
「報告をまとめます」
私は言った。
セリア。
「宿屋の女将から。酒癖なし。借金なし。宿代の滞納なし。揉め事は、男に先に手を出された場合のみ」
リナ。
「教会で妹の名を口にしていました。教会の女へ確認します」
メイ。
「市場で転んだ子供を助けました。謝礼は受け取っていません」
私。
「森で盗賊の痕跡を確認。罠を発見しても壊さず、盗賊へ警戒を与えないよう撤退。尾行を複数回警戒」
紙へ書く。
慎重。
冷静。
盗賊への執着あり。
弱者へ手を貸す。
金銭への過度な執着なし。
男へ警戒。
罠と尾行への知識あり。
「高評価ですね」
セリアが言う。
「ええ」
「では、仲間へ?」
「まだです」
「なぜです?」
「見ていないものがあります」
「命が懸かったときの判断?」
「はい」
人は追い詰められると変わる。
弱い者を囮にするか。
依頼人を見捨てるか。
復讐のために無関係な者を巻き込むか。
自分だけ生き残ろうとするか。
それは平穏な日には分からない。
「そのときまで見張ります」
「危険になったら、助けますか」
メイが訊いた。
「人間として助けられるなら」
「助からなければ?」
「本人へ選ばせます」
セリアが静かに微笑んだ。
「エリシア様はお優しいです」
「そうでしょうか」
「生きる道を与えてくださいます」
私たちが作った道。
人間ではなくなる道。
それを優しいと呼ぶかは分からない。
*
話が終わった後、セリアが帳面を閉じなかった。
「エリシア様」
「何です?」
「今日、分かりました」
「何が?」
「私たちは、普通のスライムより強いです」
「そうですね」
「人間よりも」
リナとメイが黙る。
「単純な力では、騎士に負けるかもしれません」
私は言った。
「剣も魔法もあります」
「正面からなら」
セリアが答える。
「正面から戦わなければ?」
今日の私たち。
足音を消した。
呼吸を止めた。
木へ貼りついた。
関節を外して隙間へ潜んだ。
小鳥を鳴かせず殺した。
死肉を見つけた。
訓練されたネラに気づかれず、一日見張った。
「人間には、人間の弱点があります」
セリアは続けた。
「眠ります。音を出します。息をします。身体の形を変えられません」
「私たちは違う」
リナが言った。
「鍵の隙間へ入れる」
メイが言う。
「寝ている相手の鼻や耳から入れる」
部屋が静かになった。
それは以前から知っている殺し方。
人間の身体へ外から勝つ必要はない。
中へ入ればよい。
脳。
肺。
心臓。
血管。
人間の知性で、どこを壊せば死ぬか分かっている。
普通のスライムは、そこまで考えない。
ただ肉へ集まり、外から溶かす。
私たちは違う。
「だから、規則が必要です」
私は言った。
三人が私を見る。
「普通のスライムは、魔物として人に討伐されます」
「はい」
「ですが、私たちは街で暮らせます」
服を着る。
言葉を話す。
商売をする。
貴族の屋敷へ出入りする。
信用を得る。
「私たちは、人間に近づけます」
「殺す相手へも」
セリアが言った。
「はい」
「食事へ誘うこともできます」
「できます」
「宿へ泊まることも」
「できます」
「眠るのを待つことも」
「できます」
人の力。
人の知性。
スライムの身体。
それらをすべて持っている。
本来のスライムより凶悪。
人間の盗賊より、見つけにくい。
「もし私たちが盗賊になれば」
私はゆっくり言った。
「止めるのは難しいでしょう」
「騎士団でも?」
メイが訊く。
「正体を知られれば、方法はあります」
火。
大量の水。
分離させる刃。
人間部分を壊す攻撃。
「ですが、正体を隠している間は」
私たちは屋敷の娘と侍女と女商人。
誰も、食卓の下から身体を伸ばせるとは思わない。
「誰にも止められませんね」
セリアが嬉しそうに言った。
「喜ぶところではありません」
「エリシア様の敵を倒せます」
「敵だけです」
私は強く言った。
「私たちは、狩る側になってはいけません」
「盗賊は狩ります」
「規則に従って」
「死にそうな女は助ける」
「はい」
「屋敷の者へ危害を加えない」
「はい」
「必要のない人間を襲わない」
「はい」
「人を食べる前に、理由と必要性を考える」
三人が頷く。
「私たちは、自分たちで止まらなければなりません」
人間の法律だけでは足りない。
騎士の監視でも足りない。
父もローレンスも、私たちが本気で何かを隠せば見つけられない。
最後に止めるものは、私たち自身の規則。
人間だった記憶。
それだけ。
「盗賊よりは、人でありたいです」
リナが言った。
「私はエリシアです」
私は答えた。
「貴族令嬢です」
前世では会社員。
今はスライム。
どれも私。
「だから、貴族令嬢として守るべきものを決めます」
「私たちは侍女です」
メイが言う。
「私は商人です」
セリアが言う。
「そして、スライムです」
誰も否定しなかった。
*
その夜。
窓の外には、屋敷の灯が見えた。
本邸。
父。
母。
ローレンス。
ノーラ。
門兵。
護衛。
人間たちが暮らしている。
彼らは私を、お嬢様と呼ぶ。
完全には信じていない。
怖がっている。
それでも、家へ置いてくれた。
私は右手の薬指を撫でる。
指輪はまだ盗賊の手にある。
ネラも、その盗賊を追っている。
私たちは彼女を見張る。
情報を流す。
行動を見る。
必要なら助ける。
そして、本人が選ぶなら。
同じものにする。
「明日も見張ります」
私は言った。
三人が頷いた。
誰も気づかない。
女賞金稼ぎネラは、今日も一日を終えた。
けれど、彼女の知らないところで。
人の姿をした四匹のスライムが、その一挙手一投足を静かに見続けていた。
普通のスライムより、はるかに危険なものたちが。




