第9話 盗賊
一度、緩めた緊張の糸はすぐに張ることができなかった。それは、僕だけではなかったのかもしれない。それを知ってか知らずか、先頭の方から、言い争う声が聞こえてきた。
「右翼と左翼は前に出て、盗賊の侵攻をけん制しろ。後尾は半分に分かれて、左翼と右翼を守れ」
トーリさんからの指示がきた。
僕らは自然に商隊の前に出て、盗賊と対峙した。
二十数人ほどの盗賊が街道を塞いでいた。
圧倒的にこちらの人数が足りない。それを見越しての盗賊行為か?馬に乗ったいかにも髭面の男が笑いながら言った。多分、そいつが首領なのだろう。
「マギビスタ王女の輿入れのお宝を乗せた馬車の割に、貧弱な護衛。よく商隊長が許したな。最初、聞いた時には嘘かと思ったよ。
見ると本当だったんだなぁ。信じて、良かったぜ。おい、簡単な仕事だ。
やるぞ、弓を放て」
盗賊は弓隊が前に出て、矢をつがえ、弓を引き絞り、一斉に放った。なにか、動きが整然として、訓練されているように見えた。十数本の矢が放たれ、それが、盗賊の前進の合図となり、馬に乗った首領とともに剣を持って、盗賊が駆けて来る。
矢が僕らの元にも届き、僕はこちらに来た唸るような羽音をたてる矢を斬り落とした。僕が取り逃がした矢がアルマの足に突き刺さった。
アルマが思わず上げた「痛い」という悲鳴に振り向き、痛がるアルマを見て、僕の中に初めて怒りが湧いた。一番守らなければならない仲間が傷つけられた。
アルドが僕を見て言った。
「先手を取られた。クロエ、アルマの治療を頼む。済まないが、アルス前に出て、魔法剣でこちらに向かう盗賊の出鼻をくじいてくれ。俺は、ここでお前の攻撃から逃れた盗賊と戦い、アルマとクロエを守る」
「分かった。アルド、頼む」
僕は冷静さを欠いていたのかもしれない。やけに、皆の注目を引くような大きな声を出した。
「……許さない」
僕は魔法剣を魔力で緑に光らせ、風の刃の範囲を狭く、改良したウインドカッターを連続で放った。
時々、白く光る風の刃は僕らの方に向かっていた盗賊の体を両断した。一人、二人、三人、四人、上半身と下半身が切り離され、切り離された下半身が、勢いのまま数歩たたらを踏んで、どうと倒れた。魔力が一気に削られていくのが分かった。狙いを外せば致命傷にはならない。だから、一瞬たりとも集中を切らすことはできなかった。僕はさらにウインドカッターを連続で放ち、前進した。
僕はトーリさんと対峙している馬上の盗賊の首領を遠くに見つけた。
僕はそれに近づくために駆けた。そして、横合いから首領の乗る馬めがけて、ウインドカッターを放ち、地上に引き摺り下ろそうとした。
しかし、馬がいち早く異変に気付き、棹立ちしてウインドカッターを避けた。首領は振り落とされまいとして、手綱を握り、馬の胴を足で締めた。そして、僕を睨みつけた。何者だと思ったのだろう。そして、僕の後ろに転がる陰惨な死骸を見つめて、何かを悟ったように、馬首を返して逃げ始めた。
それを追うように駆け始めたら、トーリさんから声がかかった。
「追うな。追えば、お前は罠にはまり、殺される」
足を止め、振り返り、僕は言った。
「仲間が傷つけられた。許せない」
僕が走り出そうとすると、近づいてきたトーリさんに肩を掴まれた。
「おい、冷静になれ。逃げたように見えても、まだ何人潜んでいるか分からん。お前がいくら強くても、盗賊は罠を張っている。その罠は一つじゃない。お前はそのどれかに捉えられ、首領に会う前に死ぬ。それが分からないか?仲間の為に戦うお前が仲間を悲しませてどうする。冷静になれ」
トーリさんは僕の肩を掴んだまま、振り返り、見回した。盗賊の姿は見えなかった。そして、言った。
「休憩だ。休憩しよう。元気な者は昼飯の準備だ。イリス、聞こえるか?怪我人の治療をしてくれ」
「もうやってるよ」
遠くで声が聞こえた。
「そうか、良かった。おい、お前、名前を教えてくれ」
トーリさんが僕に聞いてきた。
「アルス」
僕は憮然とした声を出した。
「まぁ、怒るな。うちの治癒士のイリスは優秀だ。お前の仲間もすぐ治るし、多分、傷も残らない。保証して良い。でも、お前は、剣士のくせに、凄い魔法を持っているな。この場は助かった、礼を言う。この試験にギルド長が無理にでも白銀の翼を入れた意味が分かった気がする」
トーリさんが僕の肩を掴む力が次第に弱くなった。
「ただな、アルス、人がうらやむ凄い力を持っていても、冷静さを失ってはだめだ。そうやって死んでいった者を何人も見て来た。どんなことがあっても生き残ることを考えないと冒険者の命なんてすぐ無くなる。
大事な人を守りたいんだろう?それを考えて皆、強くなる。本当の強さを持て。俺からは以上だ。仲間の所に行ってやれ」
トーリさんは静かに僕を白銀の翼がいる方向に押し、僕は、最初はゆっくり歩き、しまいには駆けだしていた。
アルドの顔を見るとホッとし、さらに、クロエとアルマを見ると気持ちが緩んでいくのが分かった。アルマに声をかけた。
「アルマ、傷はどう?痛くない?」
「あっ、もう大丈夫だよ。さっき、晴天の導きの治癒士さんに治療してもらったらもうよくなったよ」
と動こうとすると、クロエに止められた。
「アルマ、血を流しているから、急に動くなって注意されてただろう。すこし、休め。また、移動が始まるぞ。できるだけ休息をとるんだ」
そして、クロエから言われた。
「おい、アルス。昼飯だけど、お湯だけ沸かしてくれないか?アルマは地面に寝かすわけにはいかないから、体を支えているので動けないのだ」
「あー、分かった」
と言って、手伝ってもらおうとアルドを見ると、
「俺、パーティーの状況を報告するようにトーリさんに呼ばれているから、アルス任せたぞ」
と、アルドはトーリさんの方に行ってしまった。それで、僕はその辺りから小さな木々を集め始めた。そして、改めて僕が殺した死体を見ることになった。斬られた胴からはみ出た内臓とその周りを流れ出た血が水溜まりのようになっていた。その先には見開いた目があり、僕は、何回も吐いた。吐く物がなくなり、胃液も吐き出すと、目から涙が、鼻から鼻水が溢れ、僕は声を殺して泣いた。さっきまで生きていた人間だった。その事実が胸に突き刺さった。泣きながら枯草と小枝を拾い集め、クロエとアルマの元に戻ると、そこから、少し離れたところで湯を沸かした。
クロエから声をかけられた。
「アルス、体調が悪そうだけど、大丈夫か?」
「いや、大丈夫。魔力を使い過ぎて、気分が悪いだけ」
湯が沸き、干し肉と白湯をクロエとアルマに配ったが、食欲もなく、時折襲う吐き気と戦い続けた。
アルドが帰って来た。そして、今日は、進んで、野営地を探すことになったという事だ。トーリさんは、盗賊に狙われている状態で進むのは危険で、ボーンの街に引き返す方が良いと商隊の長に申し入れたらしい。しかし、どういう事情があるか分からないが、それを商隊の長は許さなかったとのことだ。
それから、トーリさんは、各パーティーの状況を聞き、一番怪我人が多い、若葉の戦陣に確認し、何とかなりそうだとの判断をして、前進が決まった。
それから、少したって、商隊は進み始め、今朝の隊列で護衛が始まった。アルマの傷は治ったようだが、歩くのが辛そうだった。クロエが支え、それから、アルドが支え、野営地までたどり着いた。
そこで、簡単な夕食をとり、夜の見張りを決めて野営をしていたとき、静かな暗闇の中から太鼓をたたく音、銅鑼を叩く音、いやな叫びが上がった。盗賊だ。
見張りのクロエは皆を起こし、戦闘態勢に入った。しかし、その後は何も起こらなかった。
そして、見張りが代わり、アルドの時にも同じことが起きた。そして、静かになった。トーリさんも起き出し、これは、盗賊が良くやる陽動で、これを続けて、こちらを寝させず、疲れさせ、頃合いを見て、襲ってくる作戦らしいと言った。
僕はその話を聞いてある作戦を立て、トーリさんに伺いを立てた。
トーリさんは少し考えて、静かに頷いた。そして、言った。
「……やれ。失敗したら、すぐ戻れ」
また、静かな暗闇の中から太鼓をたたく音、銅鑼を叩く音、いやな叫びが上がった。アルドが索敵をした。どうも、四、五人の盗賊がいるらしかった。その方向を指示してもらうと、僕はウインドカッターをその方向に放った。暗闇を風の刃が切り裂いた。音が急に止み、静けさが訪れた。ギルド長の言葉を思い出し、風へ魔力を流した。声が風に乗る感覚があった。
音を遠くまで運ぶ風——ウインドウエーブ。試すのは初めてだったが、風は素直に僕の声を運んだ。周りにいるであろう者たちへ。
「居るのは分かっている。殺されたくなければ、去れ」
返事はなかった。しかし、しばらくして慌ただしい蹄の音がいくつも重なり、やがて森は静寂を取り戻した。




