第10話 疑惑
最初の夜が明け、朝食を済ますと、商隊は動き出した。
トーリさんから「護衛対象や積み荷について詮索するな」と釘を刺されていた。だが、昨日の盗賊は「マギビスタ王女の輿入れのお宝」と口にしていた。僕たち護衛ですら知らない情報を、なぜ盗賊が知っているのか。もしかして、これに関してはトーリさんも知らなかった可能性もあった。それで引き返すことで揉めたのかもしれない。しかし、何故か、前進した。
考えても分からない。
疑念が深まるばかりだった。
今日は、僕らは商隊の最後尾を守ることになった。護衛する馬車は三台。前後が護衛らしく、真ん中がひときわ豪華だった。馬車はゆっくり進み、怪我から癒えたアルマもなんとかついて行けそうだった。アルドは昨夜の寝不足もなく、元気で、後方への索敵を繰り返していた。クロエはアルマを気遣いながらやはり左右に目を光らせている。僕はと言えば、昨日の無理がたたって体調は良くない。MPもまだ半分も戻っていない。身体は鉛のように重く、頭もぼんやりする。それでも、弱音だけは吐きたくなかった。アルマの荷物も黙って持って歩いていた。
昨夜の脅しに効果があったのか分からないが、盗賊の襲撃もなく、やがて、昼となった。
昼になり、湯を沸かすために枯れた草や木を集めていると、若葉の戦陣の少女も同じように集めていた。見るからに辛そうな動きで、僕から声をかけた。
「大丈夫、手伝おうか?」
その子は初めて気づいたようで、僕を見て、同じ試験を受ける者だと分かると、撥ねつけるように言った。
「……結構です」
それでも何度も拾うこともできず立ち止まる仕草に、僕は、僕が集めた枯草と枝をその娘の傍に置いて、彼女に言った。
「使ってよ。僕の分は集めたから」
その娘は一瞬だけ僕を睨みつけた。だが、すぐに顔を伏せ、
「ありがとう」
と、言った。
僕がそのまま立ち去り、しばらく、行って振り返ると、その娘はまだそこにうずくまっていた。余計なお世話だと思ったが、彼女のもとへ戻り、声をかけた。
「気分が悪いの?動ける?」
彼女は無言でうずくまっていた。そして、呟いた。
「戻りたくない」
「どうして?」
「貴方には関係ないこと」
「そう、でも、ほっとけない」
「ほっといてよ」
彼女は頑なだった。僕は彼女の傍でうずくまって、視線を合わせるように言った。
「ほっとけないんだよ。僕にも、帰りたくても帰れない時があった。あの時、誰か一人でも手を差し伸べてくれていたらと思っている」
僕はゆっくりと手を差し出した。少し迷った末、彼女はその手を取った。
クロエが目敏く見つけて言った。
「アルス、焚き木でなく、女を拾ってきたのか?物好きだな」
クロエとアルマに話を聞いてもらうと、彼女は、若葉の戦陣の僧侶アンナで、リーダーである魔法使いのレオンから無能扱いを受けているという。どうも、昨日の治癒士のイリスさんの活躍を見て、それから、扱いがひどくなったらしかった。
ただ、アンナさんが思う本当の理由は、僕ら白銀の翼に比べて、若葉の戦陣が活躍できてなかったことにあるという。戦士の二人は、盗賊を抑えきらず、馬車側へ接近を許した。晴天の導きからの助けを得て、跳ね除けたものの、戦士二人は傷を受け、戦闘不能となった。指示をするべきリーダーのレオンは、盗賊の勢いに得意の火魔法を撃てず、それを僧侶アンナさんを救うためと言い訳にした。
しかし、その言い訳も同じようなパーティー構成である白銀の翼の活躍で通用しなくなった。その腹いせがアンナさんに向かい、負傷した戦士への回復魔法を、魔力が切れるまでかけ続けさせたらしい。
その話を聞いて、アルドは若葉の戦陣のリーダーに、直接、メンバーの扱いが酷いということを言いに行った。それから、しばらくして憤慨して帰ってきて言った。
「ありゃ、だめだ。聞く耳を持っていない。『足手まといのアンナが欲しけりゃ、白銀の翼にやるぞ』なんて、言っていた。物じゃないんだ。人が欲しいからってもらえるもんでもない」
アルドの怒りは収まりそうになかった。しかし、アンナさんは言った。
「そんな事を言っていましたか?そうですか、じゃ、私は若葉の戦陣に戻ります」
「アンナ、それは戻りますじゃなくて、白銀の翼によろしくお願いしますというとこだよ」
いつの間にか、親しくなったクロエが言った。
「でも、ここに居ては皆さんにご迷惑がかかります」
アンナさんが言うと、アルマがアルドにお願いした。
「お兄ちゃん、アンナさん、なんとかならないの?」
「何とかって言ってもな」
アルドが考え込んだ。
「アルド、トーリさん交えて若葉の戦陣のリーダーと話したらどうだろう。トーリさんなら上手く解決してくれるかもしれない」
僕が言うと、アルドの目が輝いた。
「そうだな、考えても解決しない。早速、トーリさんに相談してくるわ」
と、言いながらアルドが駆けだして行った。クロエがアンナさんに言った。
「アンナ、今のまま、パーティーに帰っても何もならないし、パーティーの失敗を貴方が全て被ることになる。何も解決しない」
「分かっています。でも、あの人たちは、私がいないと何もできないのです」
「アンナ、貴方のその考え方があのパーティーをダメにしている。ここは勇気をだして、パーティーから離れるべきだよ」
「そうかな」
アンナさんは泣き出した。
「そうだよ。アルドは考えるより先に動く奴だけど、仲間や冒険者は大事にする頼りがいのある奴だ。きっと、悪いようにしないから」
クロエがそう言って、肩を落としているアンナさんの背中をさすっていた。
その後、帰って来たアルドによって、アンナさんは晴天の導き預かりとなり、晴天の導きから、白銀の翼に派遣されることになった。トーリさんからの推薦状を出してもらえると分かって、若葉の戦陣はその状態で、昇格試験を受けるということで納得したとのことだった。
午後からの移動も特に問題なく進み、野営となった。
トーリさんが夕食時に回って来た。アルドに声をかけた。
「アルド、アルス、ちょっと来てくれ」
僕らはトーリさんの傍にいった。一人増えた女性陣は姦しく、僕らのことなど眼中になかった。トーリさんが話し始めた。
「よく分からないが、この商隊なのか、護衛パーティーなのか、盗賊への内通者がいるようだ。今晩も盗賊の襲撃がありそうな気がする」
「それは何でわかるんですか?」
「今日一日何もなかった。しかし、今日もこの商隊に付きまとう一群がいて離れない。今もここから、離れた所に陣取っているのが分かる」
トーリさんの言葉に、アルドが質問した。
「という事は、トーリさんも索敵の能力があるということですね」
「あー、何となくわかる感じだがな、これで大分、俺たちのパーティーは救われている」
「じゃ、その一群をこちらから奇襲するということですね」
僕が聞くと、トーリさんが答えた。
「その方が商隊にも危険がないかとも思ったが、護衛パーティーに内通者がいた場合を考えるとそれもできない。それでだ、今晩、内通者をあぶりだそうと思う」
「どういうことですか?」
アルドが聞いた。
「盗賊が今日手を出してこない理由を考えて、俺は分かった。何故だと思う?」
「分かりません」
アルドが答えた。
「おい、リーダーなら、少しは考えろ」
「もしかして、僕たち、白銀の翼がいるからですか?」
僕は答えた。それに、トーリさんはニヤリと笑った。
「まあ、そこまで言い切る自信も凄いが、実は俺もそうだと思う。盗賊の脅威はお前たちだ。特に、アルス、お前のあの風の刃だと思う。
昼間は、お前たちは護衛で活動している。だから、怖くて近づけない。しかし、夜になれば、お前たちは交代で眠る。その瞬間だけは、アルスの風の刃は脅威じゃなくなる」
アルドがトーリさんに聞いた。
「しかし、俺たちの見張りの順番なんて、敵は知りようがないでしょう?」
そのアルドの問いに僕が横から答えた。
「いや、アルド、分かるよ。この商隊と護衛パーティーに内通者がいた場合は分かる。僕たちを監視していれば良い。そして、仮眠に入ったら盗賊に知らせるのだ」
「そうだ、アルス。その通り。まず、内通者を排除しなければこの護衛は上手く行かない。だから、今晩は内通者をあぶり出す」
アルドが聞いた。
「内通者が居なかったら?」
「居なかったら、今晩は何事もなくぐっすり眠れるわけだ。それも良いだろう」
トーリさんが答えた。そして、続けた。
「でもな、アルド。こういう胡散臭い護衛の時には、必ず、内通者はいるんだ。そして、お前たちにいつの間にか近づいているんだよ」
トーリさんが自信ありげに答えた。
トーリさんの視線は、焚き火を囲む商人たちと護衛たちを静かに見渡していた。
敵は森の中ではない。この中にいる。




