第5話 魔法剣
僕は興奮してよく眠れず、まだ、夜も明けきらないのに宿の部屋を抜け出そうとした。アルドとクロエのいびきが合唱していた。
その中をそっと抜けようとしたとき、目を覚ましたアルマから声をかけられた。
「アルス、こんな朝早く、どこへ行くの?」
「今日、白銀の翼は休みだよね、一人で依頼を受けて来る。ちょっと戦いで確認したいことがあるから、練習してくる」
返事を待っていると、しばらくして、アルマから声がかかった。
「そう、危ないことしないでね」
「うん、大丈夫だよ」
僕は心配かけないようにそう言ったが、もしかして、魔法の練習は身の危険を伴うものなのかもしれなかった。うしろめたさを胸に、宿の扉を閉めた。
冒険者ギルドで常時依頼のキラーラビットとゴブリンの依頼を受けて、僕はボーンの街を抜けて、狩場まで移動した。まだ、薄暗く、通常は魔物が活性化していて危険なのだが、魔法が使えるかもしれないという期待で、胸が高鳴っていた。
僕は辺りを見回し、誰もいないことを確認した。魔法を使ってみようと思った。
アルマの教えでは、魔力は少しずつ細切れに出すものらしい。僕が最初に失敗したように、魔力を出し続けると体からごっそり抜けて行くのだろう。僕は体の魔力の塊から魔力をちぎるように切り出して、掌まで持ってきた。そして、ゆっくり人差し指から魔力を体の外にだすようにイメージして、同時に、
「ウインド」
と唱えた。僕の中の魔力の動きは良かった。しかし、どうなんだろう、上手く行ったのか、分からない。でも、僕の前の草が少し揺れた気がしている。目の錯覚かもしれないし、自然の悪戯で本当に風が吹いたのかもしれなかった。
僕は闇雲に同じことを繰り返した。目の前の草でなく、その先の木の葉が分かりやすいと思ってやってみたり、いきなり、「ウインド+ボール」と唱えてみたりしたが、魔法が発動した確たる証拠を得られなかった。途方にくれ、アルマに一緒に来てもらった方が良かったとかも考えてみたりした。
「難しいな。無理なのか?」
自然に出て来た言葉に、ギルド長の顔を思い出した。そして、つられるように僕は、思わず言葉にした。
「ステータスで見られたらいいのに」
口にした瞬間、頭の中で何かが繋がった。そうだ、ステータスのMPを見れば、魔力の状態が分かるはずだ。これをうまく使えば、魔法が使えるかもしれない。
僕はステータスと唱えた。MPは79と、1しか減っていない。
「つまり……魔力が少なすぎたのか」
威力がないのではなく、そもそも燃料をほとんど使っていなかったのだ。そして、今度は取り出す魔力を先よりも多めに意識して、
「ウインド」
と唱えた。自然の風とは明らかに違う風が、びゅうと、僕の目の前の草木を揺らした。
「えっ……」
今まで何度繰り返しても起きなかった現象だった。
「やった……」
もう一度。
「ウインド」
風が走る。
今度は間違いない。
「できた……できた!」
気づけば叫んでいた。
「やった! やったぞ!」
僕は涙を流しながら、大きく叫んだ。
僕はそれから、依頼をそっちのけで風魔法の確認をし、「ウインド+ボール」も、「ウインド+ランス」もMPを5使うと、それなりの威力が出せることが分かった。
僕は現状に満足しながら、さらに魔法を使おうとしたが、次第に気分が悪くなってきて、立っていることができなくなり、尻もちをついてしまった。
ステータスを見ると、残りのMPは2になっていた。多分、これ以上使うと、また、意識を失ってしまうことになるのだろう。
寝ると回復したことから、じっと、座っていれば回復すると信じて、休憩することにした。
その間、僕は戦い方を考えた。
風魔法を使うなら、僕の役割は魔法使いになる。しかし白銀の翼にはアルマがいる。僕が風魔法を使うとしたら、圧倒的に火力が足りなくなるし、前衛がいなくなる。やはり、僕が戦うとしたら、剣士である。そう考えると、剣を持ちながら、魔法を使う必要があることに気づいた。
単純なのは両手剣を片手剣に変え、片手で剣を振りながら、もう一方の手で魔法をつかうことだ。しかし、剣を振るっている時は魔法が撃てない。逆に魔法を撃つときは剣が振れない。これでは、剣士に特化した方が良い。
駄目だ。
僕は行き詰まった。
気分の悪さが大分無くなって来たので、今後の戦い方は後で考えるとして、依頼が残っていることを思い出した。僕が依頼を失敗すると、白銀の翼にもペナルティがつくことになるので、それは避けねばならない。
僕はゴブリンとキラーラビットを探した。
討伐依頼のはぐれゴブリンを何匹か斬った時、ふと、思ったことがあった。僕が握ったこの剣から風魔法が使えないかということだった。この剣から風魔法が出せるのであれば、僕は前衛の剣士のまま、剣を振ると同時に風魔法を使うことができる。いいアイデアだと思った。
しかし、どうやっても持っている両手剣から風魔法を出すことはできなかった。
それから、僕は悶々としたまま、何度か白銀の翼の剣士として依頼を受け、役割を全うした。誰にも、風魔法が使えるようになったとは言えなかった。言うと、多分、パーティーは役割分担でもめ、僕に気を使ったメンバーは僕を魔法使いとするだろう。しかし、その選択は極端にリーダーであるアルドに負担をかけてしまうし、折角あげた依頼のレベルを元に戻す必要がある。それがわかりきっていたからだ。
僕が宿で剣を手入れしていると、たまたま、それを見ていたアルドが、剣に刃こぼれがあることを見つけて、僕に言った。
「アルス、もうその剣はダメかもしれないな」
「うん、大事に使ってきたんだけど、この頃、切れ味も悪くなってきて、そろそろ、新しい剣が必要かもしれない」
「そうか?実は俺も、今売り出し中の白銀の翼のリーダーに相応しい新しい剣が欲しいと思っていたのだ。明日にでも、買いに行かないか?」
「良いのか?お金ある?」
「ああ、オークの依頼は儲かることが分かった。依頼料金だけでなく、魔石と肉も売れるからな。思ったより金が溜まってるんだ。女たちには服とか甘味に使ってもらおうと既に分け前を渡してあるよ。当然、俺とお前の分もある」
「そう、良いのか?」
「まぁ、余り高い物は買えないが、今の剣よりはきっと良い物が買えると思う」
剣から魔法を出す方法は、あれから何日考えても答えが出ていなかった。それでも諦めきれず、僕は思い切ってアルドに聞いてみた。
「アルド、魔力を流せる剣なんて知らないよな」
「なんだって、魔力が流せる剣、ある訳ないだろう。魔法使いが剣なんて持つわけがないだろう」
「それも、そうか?でも、無いかなぁ、この世の中に」
「欲しいのか?」
「うん」
「どうしてそんなもんが欲しいんだ?」
「カッコいいだろう。それだけ」
僕はアルドに嘘をついた。
「そうか、アルスのお願いか?俺じゃ、叶えるのは難しいなぁ、あっても稀少なもので高いだろう。とても買えない」
「そうだよな。無理だよな」
僕が悲しそうに肩を落とすと、アルドが見るにみかねて言った。
「婆さんなら知ってるかもな」
「冒険者ギルドのギルド長?」
「ああ、あれで、世話焼きで長生きだから知ってるかもよ」
「そうだよね。じゃ、明日、一緒に聞きに行ってもらっても良い?」
「良いけど、婆さんに頭を下げるのはやだな」
「頼むよ」
「分かった。アルスのお願いだ。断れない。明日、行こうぜ」
翌日、僕らは冒険者ギルドのギルド長に面会を申し込んだ。すると、部屋に通され、めんどくさそうな顔をして、ギルド長がやって来た。
「新進気鋭の白銀の翼が何の用だ」
「婆さん、聞きたいことがある」
「おい、お前、この前から礼儀を知らない奴だな。私は婆さんではない、ギルド長だ。DクラスからCクラスへの昇格のことなら、その態度を改めない限り、当分先だ。言っておく」
「すみません、ギルド長。これからはそう呼びます。昇格もお願いしたいのですが、今日は、アルスが聞きたいことがあって、面会を申し込みました」
アルドが僕に話を振ってくれた。
「ふん、最初から素直にそう言えば良いのだ。では、なんだ、アルス、聞きたいこととは」
ギルド長から発言を促され、僕は話し出した。
「魔力を流せる剣って、この世の中に売っていたりしますか?」
僕の言葉にギルド長の表情が変わった。目を細め、まるで僕の心の中を探るように見つめてきた。
「……売ってはいない」
数秒の沈黙。
「売ってはいないが、私は持っているぞ。魔法剣というのだ」
――その一言で、僕の心臓は大きく跳ねた。




