第14話 戦闘
「手伝ってくれ」
僕は剣にお願いする。剣は分かったかのように緑色の光を一瞬、濃くした。僕は呟いた。
「ウインドムーブ」
僕は空に駆けあがった。そして、馬車の後方、上空で眺めた。馬車の後方に馬が見え、それに、ひれ伏すような人が見えた。僕は、空を全速力で駆け抜けた。
急ぐぞ。
もう少しだ。彼らにはまだ僕は見えていないだろう。
すると声が聞こえた。
「レオナール、何処にいる」
それに呼応するように声が聞こえた。
「父上、私はここに居ます。兵も無事です」
「おお、そうか、皆、こちらに来い。こいつらは王宮の騎士に与えられた畏怖の力で動けないはずだ。お前たちを拘束する縄を切ってやる」
僕はその声を聞きながら、レオンたちの進路を妨害するように舞い降りると、先頭のレオンを蹴り飛ばした。レオンはバランスを失い、転がると、縄に繋がれていた盗賊たちも引っ張られるように転がった。
それを確認して、僕は、元騎士ヴァルロアに立ち向かった。
「ほう、また邪魔をするのか?」
ヴァルロアが僕を見つめた。僕も見つめ返した。顔に刻まれた深い皺に隠されるように額に傷があった。彼はニヤリと蔑むように唇をゆがめ、話し出した。
「黒目、黒髪か?そのいで立ちでは騎士にもなれぬ。つまり我が手下ともなれぬ。不憫なものだ。しかし、騎士の名誉を賭け、名乗りの栄誉を与えよう。
我が名はヴァルロア。かつて王宮の盾となりし者。騎士にすらなれぬ男が、一体どんな大層な名を持っているのか……聞かせてもらおうではないか。怯えて名も名乗れぬか? ならばそのまま消え失せるがいい。私は背後から斬り捨てることはしない。それだけの慈悲は与えよう」
ヴァルロアがそう名乗ると、銀色の鎧が輝いたように見えた。その光は威圧以上の効果があった。僕はその言い様、立ち姿の美しさに我を忘れた。
束の間、僕が握る剣が震え、強く緑色に光った。そして、僕の口を使い誰かが話し始めた。
「僕はアルス。白銀の翼の剣士であり、誰にもどの国にも縛られない気ままで自由な冒険者だ。貴方にも無論、言い分はあるだろう。しかし、正義も人の命の痛みも知っている。
殺戮をいとわない度重なるこの旅の妨害は許すことはできない。まして、王から与えられた騎士の力を悪用し私腹を肥やそうとするその行いは、王国の恥部となろう。ふざけたことを言うな」
「ふん、お前は誰に物を申しているのだ。解雇されても騎士の力では王宮一と言われたこの私だ。お前らが運ぶお宝を手にすれば、王宮への復帰も叶うというもの。だれにも邪魔させぬ。そして、私の前に立とうとするお前は、この世の塵芥となるのだ。私の力にひれ伏せろ。騎士の力は威圧だけではない。歳をとったとは言え、まだまだ使えるぞ」
その言葉に彼の体からオレンジ色の光が放射された。剣の声が聞こえた。
「身体強化だ」
ヴァルロアが酔いしれるように続けた。
「力が漲ってくる。お前ごとき、若輩に負ける私ではない。まだ、私にはこれ程の力が残っている。勝負だ」
彼は馬上で剣を引き抜いた。そして、僕めがけて馬を走らせ、剣を振り下ろす。反射的に、僕は横に転がった。
ガキィンという音とともに、火花が散り、僕がいた所の地面が大きく裂けるように溝が掘れた。
転がったレオンとその部下の縄を斬り、すぐに馬首を返したヴァルロアの攻撃は容赦なかった。僕の元に馬で駆け寄り、剣を振るった。各所で溝が掘られ、僕が逃げる場所が限定されていき、丸い溝に囲まれてしまった。
しかし、彼にも誤算があったようだ。僕に攻撃を集中するあまり威圧が緩んだのか、視界の端で、アルドたちが立ち上がるのが見えた。
僕は追い詰められた。回りながら馬上から剣を振るうヴァルロアに隙がみつからなかったのだ。力強いヴァルロアの剣を受け止めるだけで精一杯で、これと言った解決策を考えつかなかった。まずい、と思う気持ちに呼応するように、嫌な汗が流れた。
その時、アルドの声が聞こえた。
「おい、クロエ、弓。アルマ、魔法だ。アルスを助けろ。馬を狙え」
「でも、アルスに当たる」
と、アルマが逡巡すると、
「大丈夫だ。アルスは何とかする」
アルドが無責任に言うと、クロエは弓を引き絞り、矢を射た。
矢は正確にヴァルロアに向かい、ヴァルロアはその矢をいとも容易く斬り捨てた。それを見なかったように、クロエは次の矢を射た。それを見透かしたようにヴァルロアはこれも斬り捨てた。その一瞬だけ視線が僕から外れた。
「今だ」
僕は空へ駆けた。
「ウインドムーブ」
その瞬間、アルマのファイアボールがヴァルロアの馬の足元でさく裂した。馬は驚きよろけ、ヴァルロア自らが掘った、僕を囲んでいた溝に足を取られた。ドシンという音とともに、乗っていた老騎士は僕がいた場所に大きく叩きつけられた。
ゴホッゴホッとヴァルロアは血を吐いた。金属製の鎧が体を圧し潰し、肋骨が折れ、肺を突き刺したのかもしれなかった。まとっていた身体強化のオレンジ色の光が徐々に弱まり、やがて消えた。
倒れた馬も足が折れたせいか、主人の重傷を憂いたせいか、空高くいなないた。終わりが近いかもしれなかった。僕は、空からヴァルロアの元に駆け下りた。
「私の最後を看取りに来たか?」
ヴァルロアは言った。
「そうではありません、何とか助けたいと思っています」
僕はそう言った。
「私はお前を殺そうとした敵だぞ。そういう場合は、盛大に私を殺して、勝利の雄たけびを上げる所だ。そうすれば英雄になれるぞ。何故しない」
「もう戦えない人を斬る必要がないからです」
「必要がないからか?そう言えば、昔もそう言われた覚えがあるな。あれも昔だ。王命の名の元、宝を取りに行った時か?エインシャントドラゴンがついてきた。私はその失敗を悔い、騎士の誇りの元、自害しようとした。そして、その言葉で止められた。止めた男はドラゴンと戦って死んだのにな」
そう言って、彼は、喀血した。それでも、血交じりの口で話し始めた。
「冒険者風情に助けられたのだ。私には家族と部下がいるから、その為に生きろと。それがどうだ。助かった俺は卑怯者という不名誉の名札を付けられ、王宮から一族皆、放りだされた。困窮で身を売る者も出始め、生きるために私達は盗賊になった。何が悪い?」
乞うような力の無い眼差しで、僕を見つめた。僕と言うより、僕の背後にいるレインにだと思った。
「あなたが家族を守ろうとしたことは責められません。でも、人から奪って生きる道は、きっと違っていたと思います。冒険者とか、まだ、働く仕事はあったと思います」
「そうか、それも悪くないか?また、冒険者風情に助けられるのか?でも、私には騎士の誇りがあり、その誇りを信じてついて来てくれる一族がいたのだ。私一人が自由に生きる立場にはなかった」
「……」
「私は助けなくて良い。ここを死ぬ場所にしたい。許せ」
老騎士は静かに目を瞑った。それきり、胸の鼓動がとまっていた。僕はその亡骸を抱きしめた。
なぜか、涙が溢れた。
「よくやった、アルス」
その声に顔を上げると、ボーンの街のギルド長がいた。笑っていた。狐につままれたような気持になった。それが表情に出ていたのか、ギルド長が言った。
「泣き虫なんだな。人は死ぬ者だ。泣いても生き返らない」
「えっ、ギルド長?いつからここに」
僕の疑問に、その横にいたトーリさんが話しかけて来た。
「ギルド長はこのことを予見していた。今回の婚礼で使うお宝はギルド長が持っていた竜の首飾りだったからだ。それを狙っている者がいるという噂があった。それを確かめるための王都への旅だった。だから、ギルド長はこの商隊の真ん中の馬車にいた。それで、襲撃があっても、止まらなかった。そういう訳だ」
ギルド長も念を押すように続けた。
「そういう訳だ」
僕は言い返した。
「じゃ、最初から全て分かっていて?ただ、僕らがそう動けなかったらどうするつもりだったんですか?」
「トーリがいるだろ。トーリからアルドに指示すれば済むことだ」
ギルド長が答えた。そして、続けた。
「途中で止めるつもりだった。危険だったからな。敵の行動を読み違えて、ガレオンには申し訳ないことをした。
但し、誤算があった。アルス、お前だ。お前がこれほど早くレインの技を習得するとは思わなかった。だから、夜襲の時には、姿を見せるつもりだったが、我慢した。お前が何処まで成長するか見たかったからだ。
それに、分かっていたが、お前がその能力を悪用しないかも見ていた。でも、案ずるより産むがやすしだ。お前は立派に成長した。レインほどではないが、私のこまごまとした世話ができると思うくらいにな」
と、ギルド長が話しながら、自分の言葉で顔を赤くしていた。




