第12話 夜が明ける
剣の震えの中から声を聞いた。それは剣に宿る伝説のS級冒険者レインの声だったのかもしれない。その声は、ただ一言——『守れ』だった。
その声にこたえるように、僕はアルドが動く前に動いた。
アルドは片手剣をそれぞれの手に構え、盗賊が馬車へ近づくのを牽制していた。
僕が盗賊と交わす言葉はない。闇に慣れた僕の目に映る盗賊たちがアルドを警戒しているのが分かると、すぐに近寄り、油断していた一人にウインドボールを腹に打ち込んだ。ドーンと音がして盗賊が近くに転がった。
その音に盗賊たちの注目が僕に集まった。
「おい、そいつの魔法には気を付けろ」
レオンの声が飛ぶが、その時には二人目の腹にウインドボールを当て、転がしていた。二人は戦闘不能になった。
あと何人だ。
「不甲斐ない者たちだ。俺がやろう」
レオンが前に出て来た。レオンが僕と対峙した。その間隙を縫うように、アルドはガレオンの元に行った。それを横目で見ながら、レオンは、はっきりと僕に言った。
「弱い者同士、助け合えば良い。しかし、なぜ、お前は俺の邪魔をする」
「邪魔?貴方も貴方の父もルールを守れないからですよ」
僕の言葉にレオンが反応した。
「ルール?それは誰が作ったルールだ。皆、自由に好きなように生きれば良いではないか。俺の父はルールを破ったのではない、逆だ。マギビスタ王に騙されたのだ」
「理由は色々つけられる。しかし、貴方は冒険者を隠れ蓑にした盗賊だ。貴方の父は騎士の振りをした盗賊だ。大事にしているものを奪う行為は許されるものでない。それに対する相応の罰を受け、償う必要がある」
「ほざけ、お前に俺の何が分かる?不名誉を背負った騎士の息子がどれだけの苦労をして生きて来たか?生きるためには知恵と力が必要だった。そのみじめさと苦労を知らないお前に、生きていくことを教えてやる。だけど、それが分かる頃には、あの世にいると思うがなぁ」
そう言うと、レオンは『ファイアボール』と詠唱して、彼の前に火の玉を作り、僕にぶつけて来た。
僕は対抗するように大きめにウインドボールを作り、その火の玉に当てた。
爆音が夜空を裂いた。
ファイアボールの火が花火のように打ちあがり、あたりを瞬間的に明るくした。この光は街道側の冒険者に、川側の異変を知らせることになるだろう。
「どうしても、お前は戦いを派手にして、自分の実績としたいのだな。それが、お前の処世術か、そうやって、ちやほやされてきたんだろう。でも、それもこれまでだ。ファイアボール」
レオンの顔は目の前に作った、青白い炎で凶暴に見えた。
「これは俺が血のにじむ思いをして獲得した、ファイアボールの中でも最上級の温度と破壊力を込めたものだ。お前も含めて、後ろの馬車も破壊してやろう」
と言って、手を前に押し出し、目の前の炎を僕に投げつけた。
僕は逃げられなかった。僕の背後には護衛すべき馬車があった。
迫る極高温の火の玉に、風をぶつけたら、被害は甚大になるだろう。僕は火を受け止めると決断し、体に魔力を流し、手を広げた。死ぬかもしれない、僕は覚悟を決めた。
「おい、アルス。俺の背中を押せ」
アルドの制止を振り切ってきたのだろう、いつの間にか、僕の前に大きな背中があった。背中を声に促されるように押した。
ガレオンさんは大剣を地面へ突き立て、盾のように立ちはだかった。
ドオーンっと、大きな圧力が襲った。
倒れそうになりながら、僕は魔力を全身に流し、そこに踏みとどまった。やがて、光とその圧力が無くなると、ガレオンさんは前に崩れ落ちていった。
「ガレオンさん」
僕が呆然としているのをあざ笑うように、レオンが言った。
「弱いのに英雄気取りか?おっさんが無理するからだよ。俺は手加減はしない、今度こそ、お前だ」
彼が詠唱をしようとした瞬間、僕の剣が動いた。言われるがままに剣を抜くと、剣が勝手に僕を導いた。風が足元で渦を巻く。
体が浮く。
――ウインドムーブ。
僕は、その魔法をまだ覚えていない。
目標を失ったレオンは呪文の詠唱を中断し、僕を探していた。僕は上空からその姿を眺め、彼の背後に音もなく着地すると、僕は魔法剣で彼の腕を斬った。
レオンの腕がぼとっと地面に落ち、斬られた傷からは血が噴き出した。彼は絶叫と同時に振り向いた。怒気でレオンの顔は膨らんでいた。血の匂いに、あの日の吐き気が喉元まで込み上げた。でも、今は、それに耐えられる。それは慣れなのか、怒りのためか、分からない。
それから、レオンは呪文を何度か唱えたが、痛みで魔力をうまく放出できないらしく、失敗し、彼の目の前で小爆発を繰り返した。やがて、魔力切れで立っていられなくなって、跪き、僕を睨みつけた。月明りで彼の目が獣の目のように光った。弱々しく怯えた目に見えた。
僕はガレオンさんの元に急いだ。
服が黒焦げになっており、体の一部が焼け焦げていた。まだ、幸い息があった。僕が抱き上げ、言葉をかけた。
「ガレオンさん、終わりました。大手柄です」
ガレオンさんが僕の声に反応した。薄目を開け、しわがれた声を出した。
「そうか、終わったか?良かった。お前は誰だ?」
「アルスです。分かりますか?」
しばらく、答えが無かった。
「アルス、俺はお前に嘘をついた。謝る。命を粗末にする者は冒険者として失格だ」
「でも、僕は貴方に助けられました」
僕が言うと、
「俺はお前が羨ましかっただけさ。最後にお前に俺の強さを見せつけたかった。でも……」
それ以降、ガレオンさんは口を開かなかった。
トーリさんたちが集まってきて、片腕を失ったレオンは取り押さえられ、残りの仲間と一緒に縛り上げられた。
街道の先にいた馬上の首領らしき者たちは先ほどの花火のようなファイアボールの後、消えるようにいなくなったらしい。それを確認してトーリさんたちは僕らの戦いを知り、やって来た。レオンが縛られ、ガレオンさんが治療された。
ガレオンさんは重傷だったが、冒険者のしぶとさか、なんとか、一命はとりとめた。しかし、今後の冒険者生活が続けられるかは、疑問がつくという、イリスさんの見立てであった。
アンナさんは以前のパーティーリーダーの斬られた腕の傷口の治癒を行っていた。
クロエが話しかけた。
「アンナ、なんでそんな奴の治療をするの?どうせ、死刑だよ。元気にしても無駄だよ」
アンナさんは答えた。
「皆にとっては悪い人かもしれません。でも、こんな人でも私を助けてくれたこともあるのです。その恩義があります」
「アンナ、馬鹿だね。こいつは、もしかしたら、あんたに罪を押し付けることも考えていたかもしれないよ」
「そうかもしれません。それでも良いのです。私を認めてくれて、パーティーに入れてくれた人ですから」
アンナさんはそれでも熱心に治療を続けていた。
トーリさんからお礼を言われた。
「アルド、アルス、今回はお礼を言う。上手く行ったと言えば良いが、どうもスッキリしない。というのも、レオンがそんな奴だとは思えなかったからだ。多少、上昇志向が強いとは思っていたが、これは、冒険者には必要なもので、俺は、逆に、これを評価していた。合格の見込みは、若葉の戦陣が一番、慎重なガレオンの鉄鼠の牙が二番、お前たちは三番手だと思っていたくらいだ。それが、どうだ。俺の評価とは真逆だ。
今、この現実を受け止めきれない」
トーリさんが困惑しているのが分かった。
「それで、この騒ぎの報告を兼ねて、俺も正直に『まともに護衛できる冒険者パーティーが二組おらず、旅の安全を確保できないかもしれない』と護衛依頼者に話した。しかし、彼らは、それでもこのまま王都に行きたいというのだ。俺は、今でも悩んでいる」
トーリさんの言葉を受け止め、アルドが言った。
「もし、トーリさんが俺たちと一緒では護衛が不十分というのであれば、俺たちも残念ですが、昇格試験を諦めます」
「いや、そんなことは無いのだ。お前たちは優秀な護衛だ。しかし、人数は減るし、護衛の負担も大きくなる。今後も何があるか分からない護衛だ。それを昇格試験という名目でお前たちに負担をかけるのもどうかと悩んでしまうのだ」
トーリさんは同じことを繰り返し言っていた。それに対して、アルドが言った。
「今後、何が起こるかはトーリさんも俺たちも分かりません。しかし、依頼主が旅の続行を望むということは、この護衛を信頼してくれていることです。もし、許されるなら、試験は諦めても、この護衛を続けたいと思います」
その強い意志がトーリさんに決断を促した。トーリさんが言った。
「そこまで、言ってくれるなら、俺たちもB級冒険者だ。この護衛を続けよう」
そう話しながら、街道の続く方をトーリさんが見つめた。その先に薄く光る朝が見えていた。
僕は呟いた。
「長い夜が終わって、新しい一日が始まる」
少しずつ朝の光の中で露わになる冒険者たちの疲れ切った横顔は、それでも誇らしく見えた。




