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混沌ヘト堕チユク世界

 この世界に『正義』だなんて大層なもんは存在しない。


 政治家の汚職、警察の隠蔽、教師の淫行やイジメの放置、犯罪者の罪を見て見ぬ振りをし無罪を勝ち取る弁護士、臓器売買に加担する医者。


 ……率先して善行を積むべき職に就く人間ほど、腐り切っていた。国民が、いや。全人類の誰もがそれを知りながらも行動なんてしない、起こさない。正義の皮を被った悪魔達が裁かれるのは何時だってフィクションの話。現実世界ではこうして野放しなのだから。


 誰もがそう思っていた。事実そうなのだから。




 しかし、とある日を境に――世界は簡単に変わってしまった。






 とある年の日本時間4月1日、エイプリルフール。全世界が揺れるという異常事態が発生した。地震ではなくまさに全世界が揺れたのだ。何故か地震のような被災や津波等は無かったのだが、その揺れは宇宙にも起こっており、僅かながら惑星の軌道がズレる等の変化によって証明された。


 更に『コレ』だけに留まらなかった。その揺れの後、空を灰色のオーロラのような光が覆ったのだ。まさに嘘みたいな出来事が立て続けに起こり人々はパニックに陥るが、何事も無く終わると月日が経つに連れて人々の記憶からは薄れていき、やがて忘れられていった。




 しかし一部の人間にとっては違った。その人々は『ソレ』に目覚めた。目覚めてしまった。何が起因したのか、何故一部の人間だけに発現したのか、その基準は何だったのか、全てが不明で解明される事は遂に無かった。しかしあの灰色のオーロラが関係しているのだろうという推察はされていた。


 発現した者達は全員、まるで物心がついた頃には『ソレ』を知っていたかのように、己の手足を動かすのと同義な程に容易く『ソレ』を行使する事が可能ならしい。


 しかし誰一人として他言はせず、迷惑極まりない配信者のようにネットで『ソレ』を知らしめ自慢する馬鹿は存在しなかった。それ故に、『ソレ』が発現しなかった一般人がその事を知るのは随分後になってからの事だった。


 『ソレ』を得た人間達が水面下で動き、着実に準備をしていた『とある計画』によって……。




 『ソレ』を積極的に正義の為に行使しようとする者は誰一人として居なかった。たとえ真っ当な正義の行いであろうと、『ソレ』は人智を超えた力。『ソレ』を持たぬ者にとっては畏怖の対象であり、最悪の場合は人体実験される事だろう。


 突然ヒーローになれる力を授かったとしても、実際にヒーローとして動ける肉体と精神を持ち合わせている善者なんて、この現実には居ないのだ。




 そして世界は何事も無かったかのようにそれまで通り回り続けていた。夏頃から例年に比べて事件・事故の件数がかなり多くはなっていたのだが、以前から年々増え続けてきていた為、真の理由には誰も気付けなかった。あまりにも悪が多いこの世界で『ソレ』による事件・事故が起きたとて、誰も気付けないのだ。もし、この日本が平和な国で、もしこの世界が平和な世界だったなら。『ソレ』の存在を未然に知り、何かしらの対応が出来ていたかもしれないが……。




 ――時は既に遅かった。






 冬。天気予報では晴れの予報だったというのに、東京が突然の大雪になった。普段積雪どころか降雪も珍しい都会の交通網は大いに乱れ、渋滞。警報や避難指示も出ていた。更にはこの大雪による積雪と吹雪で電線が断線し大規模な停電を引き起こし、首都としての機能を完全に失っていた。


 この突然の自然災害が『ソレ』による人災である事なんて、『ソレ』について無知な一般人には微塵も考えつかなかった。


 この被災により、日本各所で緊急の会議が急遽行われる運びとなる。更には説明の為の会見の準備。政治家や記者達が多く集まっていた。多くの市民は避難所で、自宅で、会社で、出先で、情報を集めようと必死にスマホでニュースや動画サイト・SNSを活用していた。


 そして、日本という国の今後を変える事態が訪れる事になる。






 日本のトップである総理大臣を始めとする政治家達が集結している国会議事堂。都内が停電している中、予備電源を活用し国会議事堂の中だけは電気を使用し明るかった。


「総理!やはり『コレ』は……ッ!これは自然災害などでは……ッ!!」


「……ッ」


 大臣の一人が鬼気迫る表情で総理に進言するも、総理は返答をせず冷や汗を浮かべながら思考を巡らせていた。政治家の圧倒的な情報網で『ソレ』の存在については耳には入っていた。


 ――しかし、あまりにも遅過ぎた。秋の終わり頃になって漸(ようや)く知ったが対策の施しようが無かった。政治家達には誰一人として『ソレ』が発現した者も居なかった。『ソレ』にとって政治家は不要と判断されたのだろうか。




 ――ドォォォォォォォォォオオオオオオオンッ!!




 その答えだとでも言わんばかりに、総理達の集まっていた部屋の扉が突如、凄まじい爆風で爆ぜ飛び、大臣の一人を巻き込みながら壁に深くめり込んだ。人はいとも容易く死ぬ。『ソレ』の前では一般人はあまりにも無力だった。


「ひ、ヒィッ……!?」


 小太りの大臣は突然の轟音で腰を抜かし尻餅をついていた。先程まで共に議論を重ねていた同僚の死に直面し、それを理解すると同時に惨めにも失禁していた。




「うっわァ〜。アハハ、きッたねェなァ〜?オッサン、良い歳してお漏らししちゃってんのかよォ〜」


 白髪(はくはつ)にアイスブルーのニット帽。冬なのに半袖で、細身ながら筋肉質な腕を露出している褐色肌の男が、口に咥えた煙草を吸いながら爆破された場所から部屋へと入って来た。煙草を指で挟み口から離し白煙を吐き出すと、失禁した大臣をまるでゴミを見るかのような目で見下ろしている。


「アハハ。なァ、オッサン?心配なんかしなくても、オッサンが此処で漏らした事は誰にも言わねぇから安心しろよ。なァ?俺がそのションベンごと跡形も無く消してやっから、なァ?」


「ヒィ!?ま、まままま、待――」


 失禁した大臣の言葉も待たずに、大臣は爆発と爆風に巻き込まれ一瞬で灰になった。更には近くにいた別の大臣も巻き添えになり、片足が宙を舞い、声にならない声をあげて藻掻(もが)き苦しんでいた。


 既に国会議事堂からは二度の爆発音。しかし、誰も助けには来ない。そもそも、この褐色肌の男が此処へ入れた事事態が異常なのだから……。




 総理は拳を握り締め、決して退かずに対話を試みる。


「……お前の目的は何だ?この私の命か?」


「あァ〜?そりゃあ、チゲェなぁ〜?そもそもオマエ一人を殺した処で、ま〜た別のクソみてェな総理が湧いて来やがるだけだろォ?


 マジで蟲(むし)みてぇに次から次へと……ウジャウジャ、ウジャウジャよぉ〜?だからァ、政治家を纏めてブッ殺すって事になったんだわ」


「――ッ!?」


 部屋が突如爆ぜる。先程の2回の爆発よりは小規模だが、連続の爆発音。それは連鎖するかのように総理以外の室内の人間の頭部が爆ぜ飛び、大臣達や政治家の首が無い遺体が焦げ臭(くさ)い臭(にお)いの中、無惨にも倒れていた。


 爆発している事は分かる。『ソレ』を使用している事も想像出来る。だが、その仕組みは何一つとして理解も想像すらも出来ず、対策も逃げる事も出来なかった。






 部屋の外の通路。赤く高級な絨毯が、濃い染みで更に赤黒く美しく染まっていく。大量の死体から流れ出た鮮血が、絨毯に染み込めない程の量になり白い床へと流れて出ていく。


「嗚呼……なんて……なんて綺麗なのかしら……♡」


 お嬢様のような顔の整った美少女は、流れゆく鮮血を見ながら独り恍惚の表情を浮かべていた。血のような赤黒いドレスを着ている彼女は、黒髪ぱっつんのロング髪が揺れる度に緋色のインナーカラーが映えていた。


「爆発の音がとても煩(うるさ)いのだけが本当に残念なのだけれども……」


 ――ダッダッダッダッダッ!!カチャッ!!


 警官が4名、少女の前へと全力で駆けてやって来ると同時に躊躇(ためら)う事も無く銃口を向けてくる。


「動くなッ!今直ぐに両手を挙げろッ!少しでも怪しい行動を取れば即発砲するッ!威嚇射撃はしないッ!早くしろッ!」


 4つの銃口は確実に少女の頭へと向けられていた。この少女が『コレ』をやったのか如何(どう)かは分からずとも、この光景の異様さは犇々(ひしひし)と感じていた。感じざるを得なかった。そもそも少女が国会議事堂の中に潜り込んでいる時点で犯罪なのだが……。


 しかし少女は銃口を向けられようとも両手を挙げようとはせず、警官達を見ようとすらもせず、只々血の流れる様を眺めながら、ゆっくりと口を開く。


「……可哀想に、アナタ方は警察の捨て駒にされてしまったのか……それとも偶々(たまたま)この近くに居た所為で、無駄な正義感で来てしまったのか……何方なのかを知る術は、このワタクシには有りませんし……然程興味も無ければ重要でも無いのですが……人の絶望する表情って……ワタクシ、大好物でして……♡


 ――自己紹介、しますね……?」




 警告を無視し立ち上がろうとした少女の頭を目掛けて一人が発砲した。少女の頭を穿つ筈だった銃弾は、謎の金属音と共に少女の後ろに2つの銃痕を刻み込んだ。


「ワタクシ……来年度から警視正となる『黒神(くろかみ) 緋雫(ひな)』と申します……♡」


「……は?」


 銃弾が当たらなかった事。そして少女の口から紡がれた予想外の言葉。その両方の意味が全く理解出来ずに状況を飲み込む事が出来ない。


「本日……『政治家』がこの国から居なくなります……今後は我々『警察』がこの国の秩序と安寧を守るんです……守り抜くのです……。今の警察の組織体勢では今後の国内での争い……そしてその後に待ち受けるであろう、国外との争いに太刀打ちが出来ませんから……。ですから――」


「こ、コイツ何を言って……ッ!?おい!誰かッ!応援を――ッ!?」


 無線に幾ら話し掛けようとも応答は無い。それ処か繋がっている様子も無かった。


「あ。ムダ、ですよ……?ワタクシが『切っちゃった』ので……そもそもワタクシも警察……この件は警察が動いてますから……♡」


「……ッ!!構うな、戯(ざ)れ言に耳を貸すなッ!!撃てッ!!撃ち殺せッ!!」


 一人の号令で全員が一斉に引き金を引く。




 ――ガンッガンッガンッ!!ガンッ!!ガンッガンッ!!ガンッガンッガンッガンッ!!


 ――キンッキンッキンッ!!キンッ!!キンッキンッ!!キンッキンッキンッキンッ!!




何発何処へ撃ち込もうとも、結果は何も変わらなかった……。鋭い金属音と共に発砲音の倍の数の銃痕が壁へと刻まれていくだけ……。拳銃でさえも『ソレ』の前には無力だった。


「ムダなのに……本当にムダなのに……なんて可哀想な方達……。警察の為に、国民の為にと思いながらもアナタ方がしている事は警察への妨害行為なのですよ……?」


 緋雫は懐から何かを取り出す。そしてそれを見た4人は言葉を失った。


 『警察手帳』……。彼らが見間違う筈も無く、紛れも無い緋雫の顔写真と名前の記載された本物の警察手帳。それこそが彼女が警察で有り、自分達が警察に見捨てられた捨て駒だと語っていた。



「嗚呼……そのお顔……最っ高……♡


 せめて……爆発しちゃってる大臣達とは違って……アナタ方のお顔は……綺麗に残してあげますね……♡」


 少女は動いていない。彼らを見てもいない。なのに、それなのに。


「――え?」


 一人は急に世界が歪んだ感覚を覚えた。まるで乗り物酔いでもしたかのような不快な感覚。何が起こったのか、自分に起きた出来事なのに、他人事のよう。


(あの少女が上に……?世界が……回って……?)


 いきなり地面に頭を打つと、そこで彼の意識は永遠の闇へと堕ちていき二度と目覚める事は無かった。彼は自身の首が一瞬で切断され、頭が宙を舞っていた事を、最期の瞬間まで気付けなかった。痛みも僅かな感覚すらも無く、銃弾をも切断出来る斬撃。


 訳もわからず、他の3人は少女と反対方向へと必死に駆け出す。怯えて一目散に逃げ出す者、勝てないと悟り一時的に退こうとする者、何も考えず放心していたが2人が駆けた事に釣られて反射で駆け出した者。理由は三者三様だったが、3人とも結末は同じだった。


「本当に綺麗……♡これからの警察は安心してワタクシに任せて下さいね……♡」


 既に何も聞こえていない3つの頭に話し掛けている少女は、屈託の無い笑みを浮かべていた。






 東京呑みならず、日本全国で大規模な停電をしていた筈が、突如として映像が地上波とネット、共に流れ出した。全てのチャンネルが、全ての動画が同じ内容に切り替わっていた。


 現総理大臣の顔がどアップで映し出された奇妙な映像……。総理は大声で何かを叫んでいる様子だったが、音声は無かった。徐々にズームアウトしていくと総理の後ろに文字が映し出される。




 『日本の政治家は全員死んだ』




 よくよく見るとその文字は赤黒く、ゆっくりと粘度がある液体のようにゆっくりと垂れ落ちていく。誰が見てもそれが『血』であると理解出来、背筋に悪寒が走る。


 ――バチッ!バチッ!


 音は聞こえていなかったものの、総理の周りで線香花火のような火花が散り始める。爆発を眼の前で見て知っていた総理は慌てふためくが、放送や配信を見ている一般人には何が何なのか理解が追い付かないでいた。


 そして一際大きな光が映し出された瞬間――




「タスケ――ッッッ!!!」




 突如音声が入り、大声で助けを求める総理の悲痛な叫び。その直後――




 ――ドォォォォォォォォォオオオオオオオンッ!!!




 大きな爆発音と共に、この国のトップは爆ぜ散った。黒煙が立ち込め、雪景色を赤く染めていた。






「あァ〜。クソめんどくさかったァ。……フゥー」


 仕事終わりの煙草を吸いながら、褐色肌の男は黒塗りの車の後部座席に乗っていた。6人乗りで、向かいの運転席の真後ろには緋雫が座っていた。


「ケホッ……煙いです……。


 でもコレで、ワタクシ達がよりよい国に出来るんですよ……?」


「ハッ。ンなモン、俺は興味無ぇよ。そもそも俺は警察とは無関係じゃねェか。


 今回の件で『異能』が表沙汰になって、派手な殺し合いが始まるだけだろ?そりゃあもう警察の手になんざ負えねぇ位に混乱するんだろうなァ〜?アハハ!」


「ふふ、このワタクシが居る限り何も問題ありませんよ……?これからはワタクシ達警察が……この日本の善も悪も裁き、秩序を守り人々を導く立場へとなるのですから……♡」


 警察の人間とは到底思えぬ恍惚の笑みを浮かべる緋雫。その笑みは褐色肌の男ですら寒気を覚える程のモノだった。




 運転しているそばかすの女は二人の会話を無表情で淡々と聞いていた。


 たった二人で一国の首都を実質落とせる程の戦力。そして、犯罪現場からその二人を乗せて運転しているというのに落ち着き払っている彼女。二人程の力は無くとも、異能に目覚めた人間だった。




 4月1日から警察は着々と準備を進めていた。それは計画だけではなく、異能に目覚めた者達の精神面での育成も兼ねていた。この判断の早さが明暗を分けたのだ。




 従来の国の指導者を失ってしまった日本は、次の時代へと進もうとしていた……。

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 黒神(くろかみ) 緋雫(ひな)

 黒髪の腰までの長さのぱっつんロング、インナーカラーは緋色。目は細くやや垂れ目。瞳は縁が黒い緋色。瞳孔は雫の形に黒い。手足は細く戦闘が出来そうにはとても見えない程に華奢(きゃしゃ)。丁寧な口調は素で敬語を使っている意識は無い。襲撃時の服装は赤黒いバックレスドレスに同系色のヒールとグローブ。異能力者として秘密裏に行動する際にはこの服装。


 そばかすの運転手

 黒髪ボブ。黒のパンツスーツに白のグローブを着けている。眼は三白眼。


 爆発現場の男

 白髪《はくはつ》にアイスブルーのニット帽。冬なのに半袖、細身の筋肉質な腕を露出。褐色肌。常に煙草を吸うヘビースモーカー。


 総理

 白髪混じりの黒髪を真ん中分けにしている。細身でグレーのスーツ上下。鮮やかな青のストライプのネクタイ。口髭(くちひげ)を蓄えている。国民からの支持率は高い、有能な人物。

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