混沌
この世界に正義だなんて存在しない。政治家の汚職、警察の職権乱用、教師の淫行、犯罪者の無罪を勝ち取る弁護士、臓器売買に加担する医者。率先して善行を積むべき職に就く人間程腐っている。国民誰もがそれを知りながら行動なんてしない。正義面した悪が裁かれるのはフィクションの話。誰もがそう思っていた。超能力者や霊能者、それらの類こそフィクションの話だが、ある日を境に世界は変わってしまった。
とある年の日本時間4月1日エイプリルフール、まさに嘘みたいな出来事。一部の人間が「それ」に目覚めた。何が起因したのか、何故一部の人間だけに発現したのか、基準が何だったのか、全てが不明、解明される事は無かった。発現した者達は、まるで物心がついた頃には知っていたかのように、己の手足を動かすのと同義な程容易く能力を行使する事が可能ならしい。しかし誰も他言せず、迷惑な配信者のようにネットで知らしめ自慢する事もしなかった。それ故に、能力に恵まれなかった一般人がその事を知るのは随分後になってからだった。能力を得た人間達が水面下で動き、着実に準備をしていた「計画」によって。
能力を積極的に正義に行使しようとする者は居なかった。正義の行いだろうと人智を超えた力、畏怖の対象であり最悪人体実験されるだろう。突然ヒーローになれる力を授かったとしても実際にヒーローとして動ける精神を持ち合わせている善者なんて現実にはいない。
世界は何事も無かったかのように回り続けていた。夏くらいから事件事故が多くなっていたが、以前から増え続けてきていた結果誰も気付けない。余りにも悪が多い世界で能力による事件事故が起きても誰も気付けない。平和な国、平和な世界なら未然に知り、対応が出来たかもしれない。
冬、天気予報では晴れの予報だったのに、突然の大雪。都会の交通網は乱れ、渋滞。避難指示も出ていた。大雪による積雪と強風の吹雪で電線は千切れ大規模な停電。首都も機能しなくなっていた。この突然の自然災害が人災である事なんて、能力について無知な一般人には微塵も考えつかなかった。
日本各所で急遽行われた緊急の会議。及び説明の会見の準備。政治家や記者が集まっていた。多くの市民が避難所で、自宅で、情報を集めようとスマホで動画サイトやSNSを活用していた。そして、日本という国の今後を変える事態が訪れる。
日本のトップである総理大臣を始めとする大臣達が集結している国会議事堂。
「これはやはり……!総理!これは自然災害などでは……!」
「…………ッ」
大臣の一人が総理に進言するも総理は冷や汗を浮かべ思考を巡らせていた。政治家の情報網で能力の存在については耳に入っていた。しかし、遅すぎた。秋の終わりに知ったが対策のしようが無かった。政治家達に発現した者も居なかった。能力にとって政治家は不要と判断されたのか。その答えとも言わんばかりに、総理達の集まる部屋の扉が突如爆風で爆ぜ飛び、大臣の一人を巻き込みながら壁にめり込んだ。人はいとも容易く死ぬ。能力の前では一般人は無力だった。
「ひぃっ……!?」
小太りの大臣は突然の轟音で腰を抜かし、先程まで共に議論を重ねていた人物の死に直面し、それを理解すると失禁した。
「うわぁ〜。あはは、きったねぇなぁ〜?」
白髪にアイスブルーのニット帽、冬なのに半袖で筋肉質な腕が露出している褐色肌の男が煙草を咥え吸いながら部屋へ入ってきた。口を離し白煙を「ふぅ〜」と吹くと失禁した大臣をゴミを見るような目で見下ろしている。
「オッサン、心配しなくても漏らした事は誰にも言わねぇから安心しろよ。ションベンごと消してやっから、なぁ?」
「待……」
失禁した大臣が口を開くと同時に大臣が爆風に巻き込まれた。近くにいた別の大臣も巻き添えになり、片足が宙を舞い声にならない声をあげている。既に二度の爆発音。しかし誰も助けには来ない。そもそもこの褐色肌の男が此処に入れる事が異常なのだから。
「……目的はなんだ、私の命か?」
「そりゃチゲェなぁ〜?オマエ一人殺したところで、また別の総理が湧いてくるだけだろ?マジで虫みてぇに次から次へと……ウジャウジャ、ウジャウジャよぉ?だから、政治家を殺すって事になったんだわ」
「……!?」
部屋が突如爆ぜる。先程の2回よりは小規模だが連続の爆発音。連鎖するかのように総理以外の頭部が爆ぜ、大臣達の首のない遺体が焦げた臭いの中倒れていた。爆発している事は分かる、能力を使用している事も想像出来る。だが仕組みは理解出来ず対策も逃げる事も出来なかった。
部屋の外の通路。赤い絨毯が濃い染みで更に赤黒く染まっていく。大量の死体から流れ出た血が、絨毯に染み込めない程の量になり白い床を流れていく。
「なんて綺麗なのかしら……」
お嬢様のような少女は流れていく血を見ながら恍惚の表情を浮かべていた。血のような赤黒いドレス、黒髪ぱっつんロングが揺れる度に緋色のインナーカラーが映えている。
「爆発の音がうるさいのは残念だけれども……」
警官が4名、少女の前に駆けてくると銃口を向けてくる。
「動くな!手を挙げろ!」
警告はしたものの4つの銃口は確実に頭に向けられていた。この少女がやったかどうかは分からずとも、この光景の異様さはひしひしと感じていた。少女は警官達を見ようともせず、血の流れを眺めながら口を開く
「……捨て駒にされてしまったのか……たまたま近くに居た所為で不要な正義感で来てしまったのか……どちらかを知る術はワタクシにはありませんし……さほど重要でもありませんが……人の絶望って大好物でして……自己紹介しますね……」
立ち上がろうとすると一人が発泡した。少女の頭を穿つ筈の銃弾は金属音と共に少女の後ろに2つの銃痕を刻み込む。
「ワタクシ……来年度から警視正になる黒神緋雫と申します……」
「……は?」
銃弾が当たらなかった事。少女の口から紡がれた言葉。両方意味が分からず状況を飲み込めない。
「今日……政治家がこの国から居なくなります……今後は我々警察がこの国の秩序を守るんです……。今の組織体勢では今後の国内での争い……その後に待ち受ける国外との争いに太刀打ちが出来ません……ですから……」
「何を言って……!?おい!誰か!応援を……!?」
無線に話しかけても応答は無い。それどころか繋がっている様子もない。
「あ……ムダですよ……?ワタクシが切っちゃったので……そもそもワタクシも警察……この件は警察が動いてますから……」
「……ッ!!撃てッ!!」
一人の号令で4人が一斉に引き金を引く。何発撃ち込んでも結果は変わらなかった。金属音と共に発泡音の倍の数の銃痕が壁に刻まれていくだけ。拳銃も能力者の前には無力だった。
「ムダなのに……なんて可哀想な方達……せめて……爆発しちゃってる大臣達とは違って……アナタ方の顔は……綺麗に残してあげますね……?」
少女は動いていない。此方を見てもいない。なのに、それなのに。
「え?」
一人は急に世界が歪んだ感覚を覚える。乗り物酔いをしたかのような感覚。何が起こったのか、自分の事なのに他人事のよう。少女が上に……?世界が回って……。いきなり地面に頭を打つと、そこで彼の意識は永遠の闇へと堕ちていった。自身の首が切断され、頭が宙を舞っていた事を、最期の瞬間まで気付けなかった。痛みも感覚も無い、銃弾をも切断出来る斬撃。
わけもわからず、他の3人は少女と反対方向へと駆ける。怯え逃げ出す者、勝てないと退く者、2人が駆けてつられて駆けだした者。三者三様だったが、3人とも結末は同じだった。
「綺麗……警察はワタクシに任せて下さいね……」
既に聞こえない頭部に話しかける少女は屈託の無い笑みを浮かべていた。
停電していたはずが、突如テレビが地上波とネット共に流れる。全てのチャンネルが同じ内容だった。総理が映し出された映像。大声で何かを叫んでいるようだが音声は無かった。ズームアウトしていくと後ろに文字が。
「日本の政治家は全員死んだ」
よくよく見ると文字が赤黒く、ゆっくりと粘度がある液体のように垂れていく。総理の周りでバチッ!バチッ!と線香花火のような火花が散る。爆発を知っている総理は慌てるが放送や配信を見ている一般人には何が何か分からなかった。一際大きな光が映し出された瞬間、
「タスケ……!!!」
突如音声が入り大声で助けを求める総理の声の直後、大きな爆発音と共に国のトップは爆ぜ散った。黒い煙が立ち込め雪景色を赤く染める。
「あ〜、めんどくさかった。……ふぅ」
煙草を吸いながら褐色肌の男は黒塗りの車の後部座席に乗っていた。6人乗りで向かいには緋雫が座っていた。
「煙いです……でもこれでワタクシ達がよりよい国に出来るんですよ……?」
「ハッ。キョーミねぇよ。能力が表沙汰になって殺し合いが始まるだけだろ。警察の手に負えねぇくらいに混乱するんだろうな〜?」
「ワタクシが居る限り何も問題ありません……これからはワタクシ達警察が……善も悪も裁き秩序を守る立場になるのですから……」
警察の人間とは到底思えぬ笑みを浮かべる緋雫。その笑みは褐色肌の男ですら寒気を覚えるモノだった。
運転しているそばかすの女は二人の会話を無表情で淡々と聞いていた。たった二人で一国の首都を実質落とせる戦力。そして犯罪現場からその二人を乗せて運転しているというのに落ち着き払っている。二人程の力は無くとも能力に目覚めた人間だった。4月1日から警察は着々と準備を進めていた。それは計画だけではなく、能力に目覚めた者達の精神面での育成も。国の指導者を失った日本は次の時代へと進もうとしていた。
設定。
黒神緋雫。
黒髪、腰辺りの長さのぱっつんロングでインナーカラーは緋色。目は細くやや垂れ目。瞳は縁が黒く緋色、中心は雫の形に黒い。手足は細く戦闘が出来そうには見えない。丁寧な口調は素。襲撃時の服装は赤黒いバックレスドレスに同系色のヒールとグローブ。能力者として秘密裏に行動する際にはこの服装。




