第九話:偽造の繭(まゆ)――宿命の精算
大阪府警AI制御室
第九話:偽造の繭――宿命の精算
1. 伝法の深淵
此花区、伝法変電所跡地。
大正時代に建てられた赤レンガの遺構は、地上では歴史の残滓として放置されているが、その地下には、最新の6G監視網すら届かない「電子の奈落」が広がっていた。
「……ここよ。イザナギが『死んだ土地』として処理している、この街の盲腸」
一ノ瀬凛を先頭に、サミエル、佐藤、町田の四人は、湿った地下階段を降りていく。
壁にはカビと機械油が混ざり合った異臭が立ち込め、由美の持つタブレット端末は、磁気干渉によって不気味なノイズを撒き散らしていた。
「……管理官、この数値を見てください。地下から、膨大な『生体エネルギー』の反応が出ています。……これ、人間一人や二人のものじゃありません。……まるで、何百人もの人間が、ここで同時に呼吸しているような……」
由美の声が震える。
その時、最深部の重厚な鋼鉄の扉が、油圧の音を立ててゆっくりと開いた。
2. 再会、あるいは断罪
扉の向こうに広がっていたのは、数千個の円筒形タンク(ポッド)が並ぶ、異様な光景だった。
タンクの中では、薄緑色の液体に浸かった「白い皮膚」のようなものが、脈動しながら培養されている。
「……ようこそ、サミエル。……シカゴの冬は寒かったが、大阪の地下は、適度な湿り気があって最高だよ」
部屋の中央、古びたサーバーラックに囲まれた椅子に座っていたのは、細身で神経質そうな男だった。
プラチナブロンドの髪、氷のように冷たい瞳。
サミエル・大貫の表情が、一瞬にして怒りと悔恨に歪む。
「……エイドリアン・ヴォーン。……やはり、生きていたか」
「ヴォーン……? 管理官、こいつがFBIが5年前に見失った、あの『DNAアーティスト』ですか!?」
佐藤が銃を構え直す。
エイドリアンは楽しげに肩をすくめた。
「アーティストとは光栄だね。……私はただ、人々に『自由』を与えているだけだ。……サミエル、君はこの街のDNA登録制度を『平和の礎』と呼ぶが、私には『魂の家畜化』にしか見えない。……だから私は、彼らに『新しい皮』を焼いてあげているのさ。精算不可能な、完璧な偽物をね」
3. 此花の地下の「精算機」
「……エイドリアン、遊びは終わりだ。……君のこの違法工房は、今この瞬間、大阪府警のエンジニアによって完全に特定された」
サミエルがインカムに触れる。
「川藤、聞こえるか。……今だ、全回路を焼き切れ!」
『了解、管理官! ……イザナギの制限解除! 伝法地下エリア、外部ネットワーク強制接続。……これより、この『繭』をすべてデジタル的に抹消します!』
制御室にいる川藤明彦の指が、神速でキーを叩く。
その瞬間、地下室の全てのタンクが赤く点滅し、培養液が沸騰し始めた。
エイドリアンが作った「身代わり」のデータが、イザナギの猛烈な逆パッチによって次々と書き換えられていく。
「……無駄だよ、サミエル。……私の最高傑作は、もうこの街に放たれている」
エイドリアンが不敵に笑い、手元のスイッチを押した。
地下室の床が激しく振動し、此花の街全体に、AIですら予期せぬ「電磁波の津波」が吹き荒れる。
4. 司令塔の咆哮
「……町田、佐藤! ヴォーンを拘束しろ! 凛、あんたは川藤をサポートして、街に放たれた『偽造DNA』の拡散を止めろ!」
サミエルはコートを脱ぎ捨て、エイドリアンに向かって突進した。
FBI時代、自らのミスで逃した宿敵。その精算を、今、この大阪の泥にまみれた地下室で行うために。
「サミエル! 逃がさないわよ、あんたの正義も、私の野心も、全部ここで混ぜてあげる!」
凛がキーボードを叩き、川藤との奇妙な共同戦線を開始する。
「……ふん、理屈抜きで殴り合えるなら、俺の出番だな!」
佐藤がドローンを盾に、エイドリアンの防衛プログラムを物理的に粉砕していく。
2030年の大阪、此花の夜。
過去の因縁と、最新の技術が激突し、火花を散らす。
すべてを精算するための「最長の一夜」が、今、クライマックスへと加速していく――。




