第十二話:内通者の輪郭(アウトライン)
大阪府警AI制御室
第十二話:内通者の輪郭
1. ノイズの中の真実
「……管理官、ちょっと見てください。……これ、ハヤブサのレンズの汚れじゃないですよ」
大阪府警AI制御室。川藤明彦の声が、平時よりも二オクターブ低い。
彼は、テロリスト・九条を追跡中のハヤブサ09から送られてくる、リアルタイムの4K映像を一時停止させた。
場所は梅田の巨大ビル群の間。九条のセダンが、一時的にドローンの視界から遮られる「ビル風の死角」だ。
「……何だ、川藤。解析を急げ。九条を見失えば、テロ対策室の岩城が黙っちゃいないぞ」
サミエル・大貫が、苛立ちを隠さずに背後からモニターを覗き込む。
「……いえ、九条の方は町田さんが別ルートで追ってます。……私が見てほしいのは、その『死角』で九条のセダンと一瞬だけ並走した、一台の白バイの挙動です」
川藤が、特殊な画像補正をかける。
白バイの隊員は、ヘルメットのシールドを下ろし、顔は判別できない。
しかし、その左手が、九条のセダンの窓に向かって「何か」を投げ入れるような動作をしていた。
「……デバイスの物理的な手渡し(ハンドオフ)? ……まさか」
町田由美が、作業の手を止めて絶句する。
「……ハヤブサのログを遡りました。……この白バイ、東三国の検問ポイントから、佐藤巡査長のパトカーを回避するようにして、ずっと九条を『護衛』しています。……IDを照合しました。……そんな、バカな……」
川藤の手が、キーボードの上で止まった。
2. 偽りの背中
「……IDを表示しろ。川藤!」
サミエルの咆哮が制御室を震わせる。
モニターに映し出されたのは、大阪府警交通機動隊の所属データ。
そこにあったのは、佐藤健太郎もよく知る、かつての教官であり、今はテロ対策室にもパイプを持つベテラン隊員の顔だった。
「……嘘よ。……彼は、先月の『全域安全運転講習』で表彰されたばかりの……」
由美が言葉を失う。
「……管理官。……これ、泳がせてるんじゃなくて、俺たちが『泳がされてる』んじゃないか?」
無線の向こう、新御堂筋を疾走中の佐藤の声が、低く、殺気を孕んで響いた。
「……テロ対策室の岩城が、九条を『三ヶ月追っている』と言ったのは、九条を捕まえるためじゃない。……内部の協力者が証拠を隠滅する時間を稼いでいたんだとしたら……。サミエルさん、俺の目の前を走ってるこのセダン、今すぐぶち当てて止めてもいいか?」
「待て、佐藤! まだ早い!」
サミエルが制止するが、その目にも、身内を疑わねばならない屈辱と怒りが燃え盛っていた。
3. ハヤブサのジャック
その時、制御室のメインモニターが突如として暗転し、巨大なロゴマークが浮かび上がった。
テロ対策室(SATU)による、優先割り込み命令。
『……サミエル管理官。ハヤブサ09の制御権を、これより完全に当室へ移行する。……これ以上の独自解析は、国家機密保持法に基づき「反逆行為」とみなす』
岩城室長の冷徹な声。
川藤のコンソールから、次々と操作権限が剥ぎ取られていく。
「……川藤! 権限を死守しろ!」
「……ダメです、管理官! 向こうは本部の中枢サーバーを直接叩いてる! ……くそっ、エンジニアの意地を見せてやる……!」
川藤が、予備の自作回路をサーバーに物理接続する。
「……町田さん! 私が盾になってる間に、九条のセダンに渡されたデバイスの『物理位置』を、イザナギの演算じゃなくて、住之江の『身代わり屋』が使ってたあの野良WiFiルートで特定してください!」
「……了解! ……プライバシー制限、無視します!」
由美の指が、法を越えて加速する。
4. 決戦の「住之江」へ
「……サミエル。……九条のセダン、速度を上げたぜ。……60キロ規制を無視して、一気に住之江方面へ向かってる」
佐藤のパトカーが、サイレンを鳴らさずに加速を開始する。
もはや、これは単なる交通検挙ではない。
警察内部の裏切り者と、街を破壊しようとするテロリスト。
そして、それらを「泳がせる」ことで何かを企むテロ対策室。
三つ巴の欲望が、再び大阪の南、住之江の港湾地区へと集束していく。
「……川藤、由美。……ここからは俺も、警察官の看板を下ろして戦う。……岩城の野郎に伝えろ。……俺たちの『精算』は、AIの計算機じゃなくて、この拳で付けるってな」
サミエルがコートを翻し、制御室を飛び出した。




