第十三話:老兵の精算(ラスト・オーダー)
大阪府警AI制御室
第十三話:老兵の精算
1. 大阪全域、緊急配備
「……全署へ通達。大阪府警管理官、サミエル・大貫だ。……これより、警察内部に潜伏するテロ協力者の緊急逮捕を開始する」
大阪府警本部。サミエルの声が、専用回線を通じて曽根崎署、大淀警察、天満署、そして西署の全無線に割り込んだ。
それは、AI「イザナギ」による自動警備ではなく、人間による人間への、冷徹なまでの強制執行の合図だった。
「……川藤、各署のゲートをロックしろ! 町田くん、対象者五名のDNA照合データを現場の全パトカーへ転送! 逃げ道は一つも残すな!」
『了解! ……各署のスマートロック、強制書き換え完了。……今、奴らは自分の勤務先で、自分たちの檻の中に閉じ込められましたよ!』
川藤の指が、かつてない速さでキーボードを弾く。
曽根崎署の玄関では、最新鋭のAIドローンが旋回し、大淀署の地下駐車場では、逃走を試みた車両のタイヤが強制ロックされる。
天満署、西署でも、次々と「身内」の手によって、裏切り者の警察官たちが組み伏せられていった。
2. 曽根崎署、取調室の静寂
三十分後。
サミエル・大貫は、雨に濡れたコートを翻し、曽根崎署の地下二階、防音設備の整った「特別取調室」へと足を踏み入れた。
鉄の扉が閉まる重厚な音が、部屋の空気を断絶する。
机の向こうに座っていたのは、先ほど交通機動隊の白バイを降り、現行犯逮捕されたベテラン隊員、**岡崎**だった。
かつては「交通の鬼」と呼ばれ、佐藤健太郎にバイクのイロハを教え込んだ名教官。その胸の階級章は、今や無惨に引き剥がされている。
「……久しぶりだな、岡崎。……まさか、取調室のこちら側でお前と向かい合うことになるとはな」
サミエルが椅子を引き、深く腰掛ける。
岡崎は、手錠をかけられた拳を震わせながら、力なく、しかし狂気を孕んだ笑みを浮かべた。
3. 剥がれ落ちた「正義」のメッキ
「……ククッ、サミエルさん。……あんたには分からんだろうよ。……俺たちが、どんな気持ちでこの街を走ってきたか」
岡崎が顔を上げた。その瞳には、テロ組織への忠誠ではなく、もっと卑近で、もっとドロドロとした「怨嗟」が渦巻いていた。
「……昔はなぁ、俺たちの『眼』と『勘』が全てだったんだ。……怪しい奴を見つけ、追い詰め、汗をかいて捕まえる。それが警察官の仕事だった。……だが今はどうだ!? ……ハヤブサが空から見張り、イザナギが0.1秒で違反を精算する。……俺たちに残された仕事は、AIが吐き出したレシートを持って、違反者に頭を下げるだけの『御用聞き』だ!」
岡崎が机を叩いた。手錠の鎖が、虚しく金属音を立てる。
「職務の半分以上、いや、九割をあの冷たい機械に奪われたんだよ! ……『虚無の秤』の連中が言ったぜ。……『AIを壊して、人間らしい混沌を取り戻そう』ってなぁ! ……あいつらに協力して、この街のデータをぐちゃぐちゃにしてやるのは、最高の鬱憤晴らしだったよw……痛快だったぜ!」
4. サミエルの裁き
「……鬱憤晴らし、だと?」
サミエルの声が、地を這うような低音で響いた。
取調室の空気が、一瞬にして氷点下まで下がる。
「……岡崎。……お前がAIに仕事を奪われたのは、機械が賢いからじゃない。……お前が、自分の仕事に誇りを持ち続ける努力をやめ、ただ『昔は良かった』と腐ったからだ」
サミエルは懐から、一枚のデータチップを取り出し、机に置いた。
それは、佐藤健太郎が新御堂筋で記録した、泥臭く、しかし執念に満ちた検挙のログだった。
「……佐藤を見ろ。……あいつは最新のデバイスに振り回されながらも、最後は自分の足と、自分の怒りで犯人を追い詰めている。……AIを道具として使いこなし、その先にある『人間の悪意』を捕まえようとしている。……お前は、道具に嫉妬して、その道具を壊そうとする子供に成り下がったんだよ」
サミエルが立ち上がり、出口へと向かう。
「……岡崎。お前の言う『人間らしさ』が、テロ組織の手先になることなら……お前の精算相手は、もう警察じゃない。……法そのものだ。……一生、その『不自由な混沌』の中で、自分の裏切りを精算し続けろ」
5. 全検挙へのカウントダウン
サミエルが取調室を出ると、そこには町田由美と、現場から駆けつけた佐藤健太郎が待っていた。
「……管理官、各署からの報告。……内通者五名、全員の身柄を確保しました。……九条のセダンも、西署の包囲網にかかり、此花のコンテナ埠頭で孤立しています」
由美が、タブレットを操作しながら報告する。
「……佐藤。……仕上げだ。……お前の教官だった男の『鬱憤』が、どれだけ安っぽいもんだったか、あの九条って奴に教えてやれ」
「……へい。……言われなくても、そのつもりですよ」
佐藤がヘルメットを被り、アクセルを吹かす。




