第9話 遺跡と碑文と止まらない会話
武闘祭優勝。
爵位授与。
そしていわゆる称号システムであるところの二つ名。
特待生として学園入学資格も得た。進行状況としては、ゲーム通りの完璧なルートである。
――ただし、ひとつの問題を除いて。
「お金がな〜〜〜〜〜〜〜〜〜い!」
鬱蒼とした森に私の声が虚しく反響した。うっすらと響くこだまが物悲しい。
これもある意味ゲーム通りではある。ゲームのストーリー序盤というものは大体が金欠だ。マギリンも例外ではない。装備は足りない、回復薬は高い、育成素材は渋い。序盤はとにかく何もかもが足りないのだ。
現実で再現しなくていい部分まできっちり再現しなくてもと思うのだが。
入学まで時間がない。特待生枠なので授業料や寮費などはおおむね免除ではあるが、とは言え無一文で学園生活は送れない。とにかく金策をしなければならない。
そんなわけで私は今、野宿用の荷物を背負い、森の道を歩いている。
城下町北東の遺跡周辺。
ゲームでも序盤の周回場所として有名だった場所だ。
遺跡の規模は中程度。魔物の強さとドロップ素材の換金率、そのバランスがちょうどいい。小規模の遺跡は安全だが素材が安い。大規模遺跡は報酬はいいが敵が強すぎる。結局この中規模遺跡が、序盤の金策としては最も効率がいい。
どこで何のアイテムが獲得できるのか。どの魔物が何を落とすのか。どれが換金率がいいのか。廃人ランカーには初歩の知識だ。
これがいわゆる知識チートというやつなのだろう。
……とはいえ。
ゲームではタップひとつで移動できた。
現実では、歩くしかない。
「せめてオート移動機能くらい実装してほしいんだけど……」
金欠よりよっぽど、タップひとつで移動できるシステムの方を再現してほしかった。誰に向けているのか分からない愚痴をこぼしながら歩く。森の道は思った以上に起伏があり、荷物は重く、足はとっくに棒だ。現実での周回はかくも厳しい。
本当ならダリオスに声をかけてもよかった。
魔物討伐なら、火力の強い彼は頼りになる。
だがマギフェスの屋台でのやり取りが、どうにも心に引っかかっていた。
あの空気。
あの視線。
あれは……いわゆるフラグだったのだろうか。
もちろんダリオスが嫌なわけではない。むしろ逆だ。いいやつだし、気も合う。けれど、あの空気の続きを森の中で二人きりでやるのは、どう考えても違う気がした。
そういうわけで、今回は一人だ。
金策だけなら問題ない。ここは序盤の周回場所だし、魔物の強さも把握している。
――まあ、ゲームの知識が現実でも通用するなら、の話だが。
ようやく遺跡に辿り着いた頃には、空はすでに夕暮れ色に染まり始めていた。
崩れかけた石造りの壁。蔦に覆われたアーチ。ひび割れた石畳。
何百回も画面越しに見てきた風景が、今は目の前にある。
遺跡が何なのかは、ゲーム内でも詳しく語られていなかった。古代魔法の成り立ちが伝わる場所――その程度の説明だ。ロード画面で古代魔法の碑文が表示されることがあったが、要するにパズルの攻略ヒントである。
読み飛ばしそうな部分ではある。だが意外とちゃんと読むと面白い。私はああいう細かいテキストを読むのが結構好きだった。
石壁の碑文を指でなぞる。
“星の連なりの順を疑え。意味は星のみにあらず、順序にも現れるものである”
う〜ん、これこれ。懐かしい。
しみじみ眺めていた、その時だった。
「あれェ、こんなところで何やってんの?」
背後から声が落ちてきた。
「きゃーーーーーっ!」
自分でも驚くほどの悲鳴が遺跡にこだました。鳥が一斉に飛び立ち、静寂が崩れる。心臓が止まるかと思った。
振り返ると、至近距離に耳を押さえた男が立っている。紫のマント、紫の髪、特徴的な猫の瞳。マギフェスの屋台で遭遇した男、レナルト・オルフェだった。
「びっ……くりしたァ……」
「こ、こ、こ、こっちのセリフです!なんでこんなところに!?」
驚きすぎて腰が抜けた。情けない。
しゃがみ込んだ私の前に、レナルトも屈み込む。
「それはこっちが聞きたいなァ? 女の子が一人でこんなとこ、危ないんじゃないのォ? この間の彼氏は?」
彼氏。
「あ、あれは幼馴染で……今日は一人です。今日は、その、遺跡を見に……」
金策で来たと言うのはなんとなく憚られて、もにょもにょと濁す。
喋りながら、ふと思考が追いついた。
女一人で遺跡。
ゲームでは魔物しか出ないし、魔物は倒せるからと思っていたが、そう言えばここはゲームではない。魔物以外も、当然出る可能性がある。そうこのレナルトのように。
確かに、危ない。
というか、今この状況が危ないのでは?
背中に伝い出した冷や汗を隠しながらレナルトを見ると、なぜか彼はぽかんとしていた。
「遺跡に興味がある?」
「え、はい……」
「碑文を読みに?」
「そ、そうです……」
「なんだァ、それを早く言いなよ!」
突然笑顔になり、ぐいっと手を引かれる。
「俺も遺跡を見に来たんだ。この北東の遺跡は特に古代魔法の碑文が多い。まだ全然読みきれてなくってサ、定期的に来てるんだよネ」
え。
「俺のお気に入りはここの碑文。ほら、これ」
指差された石壁。
“順を乱すは破壊にあらず。理を奪うは支配なり”
碑文の下には魔素を表すと思われる小さな色付きの丸がいくつか並んでいた。並べ方の例だろう。
「連鎖の順序を入れ替える事で、相手の発動に干渉する方法についての碑文。見てこの無駄のない並び。美しいね……」
うっとりしている。
もしや。
「……魔法、オタク?」
「まあ間違ってはないけど、どちらかと言えば研究者って言ってほしいネ」
さらっと返すが、目は本気だ。
独自の魔法研究に余念がない、というキャラ設定はあった気がする。あった気がするが、ここまで目を輝かせるタイプだったとは。
思い返す間もなく、レナルトの語りは止まらない。
「盤面ってサ、ただ壊せばいいってもんじゃない。相手の連鎖を“ずらす”。一拍遅らせる。あるいは前倒しさせる。撹乱して翻弄する。自分のペースに巻き込んでこそ、だよねェ」
その言葉に、急に胸の奥がむずむずしてきた。
「わかります!!!!」
気づけば声が出ていた。
「この流れの美しさ! 連鎖の順番を変えるだけで結果が変わるあの感じ!」
「おっ!話せるねェ」
遺跡に響く歓声。
気づけば二人で碑文を指差しながら語り合っていた。干渉型連鎖がどうとか、序盤で作る最適解がどうとか、あの魔物の行動パターンがどうとか。
いつの間にか空はすっかり暗くなっていた。
森の夜風が遺跡を抜けていく。ランタンの光に照らされたレナルトは、いつもの飄々とした貴族というより、ただの魔法好きな少年のようだった。
そして多分、私も同じ顔をしている。
――ん?
私は何をしに来たんだったっけ。
それよりも今は、久しぶりのパズル談義が楽しくてしょうがない。
夜は更けていく。
金策のことなど、すっかり忘れたまま。




