第6話 準決勝と歓声と黒い存在
準決勝。
中央に立つと、円形闘技場を満たすざわめきが一段と近く感じられた。石造りの観客席はほとんど埋まり、陽光を受けた人波が熱気を帯びて揺れている。期待と興奮が混ざり合った空気が渦のように闘技場へ流れ込み、その中心に立つ私たちを押し上げていた。
派手な赤の代表と、堅実な青の代表。
色だけ見れば、いかにも分かりやすい対決だ。観客にとってはそれだけで十分な見世物になるのだろう。
向かいに立つのは幼馴染だ。
……いや、正確には少し違う。
ダリオスはゲームの主人公にとっての幼馴染であって、転生した中身の私が子供の頃から一緒に過ごしてきた相手というわけではない。
それなのに、なぜか隣にいたような気がする。
画面越しに何度も見てきたからだろうか。
それとも――
盤面を前にしたダリオスの顔が、あまりにも「いつもの相手」だったからかもしれない。
実際のところよく分からないが、強い相手と戦えるのはただ純粋に楽しみだった。
ダリオスが肩を回しながら、いつもの調子で笑う。
「手加減すんなよ」
軽い口調だったが、視線は冗談ではない。真正面から、まっすぐにこちらを見ている。
「するわけないでしょ」
自分でも少し意外なくらい、落ち着いた声が出た。
開始の合図が鳴る。
その瞬間、赤と黄の魔素が一気に展開された。
速い。以前よりも、明らかに。
盤面を作る手つきに迷いがない。無駄な動きが減り、溜めの位置が整理されている。爆発させるまでの準備が、ただの勢いではなく、きちんと“計算”に変わっていた。
そして――炸裂。
赤と黄の連鎖が弾け、圧が空間を押す。闘技場には安全制御がかかっているとはいえ、本来は魔物を焼き払う攻撃魔法だ。その衝撃は完全には消えないらしく、鈍い振動となって足元の石床を震わせた。
重い。
まともに受け止めれば、こちらの盤面が先に崩れる。
瞬間的な爆発力だけ見れば――ダリオスは私より上かもしれない。
……すごい。
ほんの一瞬、そんな感情が先に立つ。
成長を、眺めてしまう。
練習場で何度も繰り返した対戦。悔しそうに歯を食いしばっていた顔。負けても、何度でも立ち上がった背中。そういう記憶が、盤面より先に頭をよぎる。
だめだ。
次の赤が重なる。
圧を受け流す余裕はない。ぼんやりしていたら、そのまま押し切られる。私は深く息を吸い、視界を絞った。
ダリオスの盤面は、よく知っている。
溜める位置。爆発前のわずかな間。焦れたときに選びがちなルート。強みも、もちろん、穴も。
火力特化は、爆発の代わりに余白を抱える。
私は真正面から撃ち合わない。青を大きく広げるのではなく、流れを少しずつ、少しずつずらしていく。赤が伸びきる前に支点を動かし、圧の向きを逸らす。
盤面は、力だけで決まるわけじゃない。
ダリオスが再び溜めに入る。
赤と黄が絡み合い、臨界点に近づいていく。観客席のざわめきがふっと静まり、誰もが次の瞬間を待っているのがわかった。
来る。
次の爆発は、さっきより大きい。
真正面から止めれば、こちらも無傷では済まない。安全制御があるとはいえ、ダメージ判定はきちんと入る。削られる。押し切られる。
なら、その爆発力を、使う。
赤が弾ける寸前、私は青を滑り込ませた。溜められた力が解放される、その瞬間に流れを交差させる。
今だ。
赤の衝撃を受け止めるのではなく、噛み合わせる。
暴れる火力を、方向転換させる。
連鎖が噛み合い、衝撃がダリオスに向かってが跳ね返った。
決着がついた瞬間、ダリオスの身体が大きく揺れた。安全制御によって実際のダメージは抑えられているが、魔素の衝撃そのものは確かに伝わるらしい。
勢いのまま、彼はどん、と尻餅をついた。
一瞬の静寂。
そして――歓声が爆発する。
私は肩で息をしながら、ダリオスを見る。
彼は悔しそうに顔をしかめ、それでもすぐに笑った。
「……くそ。やっぱり強いな」
地面に手をついたまま、顔を上げる。
「次は勝つ」
その目は、まっすぐだった。
私は思わず笑ってしまう。
「うん。楽しかった」
本心だった。
撃ち合うだけでも、読み合うだけでもない。真正面からぶつかり、崩れかけた均衡を立て直し、最後に一手を通す。互いの成長を受け止めた上で、それでも勝ちに行けたことが、何よりも心地よかった。
ダリオスが立ち上がる。勢いよく尻餅をついたせいで砂埃が少し舞い、彼は気まずそうに頭をかいたが、その表情はもう悔しさよりも清々しさの方が勝っていた。
差し出された手を、今度はしっかり握る。
熱がまだ残っている。魔素の余韻が、互いの掌を通してかすかに伝わるようだった。
観客席からは大きな歓声が続いている。赤と青が激しくぶつかり合った余波が、まだ空気の中に震えている。安全制御がかかっているとはいえ、本来は魔物を打ち倒すための攻撃魔法だ。その衝撃は確かに存在し、石床に淡く刻まれた魔素紋様がわずかに揺らいでいた。
その中心に、私たちは立っている。
やがて審判の声が響き、勝者の名が告げられる。歓声がさらに高まり、私の名前が何度も繰り返される。
胸の奥に、遅れて実感が広がった。
勝った。
それ以上に――楽しかった。
退場を促され、私は歩き出す。まだ鼓動は少し速い。呼吸を整えながら、ふと無意識に観客席を振り仰いだ。視線が、ぶつかる。
貴賓席の最上段。金の髪が光を受けて揺れ、その下の赤い瞳がまっすぐこちらを射抜いている。
ロイアス。
ほんのわずか、口元が上がる。余裕とも挑発とも取れる、不敵な笑み。
心臓が一拍、強く鳴る。見られていた。最初から、最後まで。
視線を逸らすまでに、ほんのわずかな間があった。取り繕うように歩き出すが、背中に感じる視線が妙に生々しい。足取りが変になっていないか、なぜか急に気になり始める。
そのとき。
闘技場の端、石壁の影に黒い姿が立っているのが見えた。
全身黒尽くめの外套。すらりとした体躯。高い背。長い黒髪が目元を隠し、表情は読み取れない。
歓声にも動じず、その男はただ静かにこちらを見ていた。
決勝の相手。
視線が合ったわけではない。それでも、確かに見られているという感覚だけが残る。
闘技場の中央ではまだ歓声が続いている。戦いの余韻が、空気の中に淡く漂っている。
その熱の外側で。
黒い男だけが、静かに立っていた。




