第4話 マギフェス開幕
マギフェス。
それは、ゲーム《マギア・リンクス》において、年に一度開催される最大規模のランキングイベント――いわゆる「周年イベ」だった。プレイヤー同士がひたすら対戦し、ポイントを稼ぎ、ランキングを競う本戦がある。その一方で、特別ログインボーナスや限定アイテム、ミニゲームに討伐イベントなども同時開催されるので、廃人ランカーからライトユーザーまで、誰もがそれぞれの楽しみ方で参加できた。マギリンが一年でいちばん盛り上がる期間だ。
――そして私は。
「……イベント期間、ほぼ不眠不休だったなあ」
思わず遠い目になる。ランキングボーダーの更新を睨みながら、回復アイテムの効率を計算し、睡眠時間を削って連戦していたあの日々。
(あれで寿命が……?)
いや、やめよう。今さら考えても仕方のないことだ。
「おーい、アイリス!」
ダリオスの声で現実へ引き戻される。
城下町の中心部へ向かう通りは、人で溢れていた。色とりどりの旗が風に揺れ、露店からは甘い匂いや香ばしい匂いが流れてくる。足元の石畳は、昨日までと同じはずなのに、今日は音まで賑やかに聞こえた。
中心にそびえる円形闘技場の周囲をぐるりと囲むように出店が並び、楽団の演奏や大道芸人の魔法があちこちで披露されている。火花のような光が弾けるたびに、子どもの歓声が響いた。
「うわぁ……」
思わず声が漏れた。
ゲームの画面越しで見ていた背景が、今は立体で、匂いと音を伴って存在している。何もかもが実在する情報量に、圧倒される。
「すごいな」
ダリオスも大型犬のように目を輝かせている。
「一年で一番の祭りだもんな!」
(うん。知ってる)
でも、知っているのと実際に体験するのはまるで違った。胸の奥がじんわりと熱くなる。懐かしさと高揚が入り混じる。ゲームの周年イベントだって十分に楽しんだが、それとはまた質感の違った祝祭の空気があった。
大会の参加登録の列に並び名前を告げると、受付係が小さな箱から腕輪を取り出した。
「マギフェス参加証です。期間中は常に身につけてください」
差し出されたそれを見て、私は思わず息を呑んだ。銀色の細い輪に、小さな青い魔素石がはめ込まれている。
(……これ、ログボでもらえるやつだ)
周年ログインボーナス一日目の記念アクセサリー。装備するとほんの少しだけポイント獲得量が上がる、地味だけど嬉しいアイテム。
「え、ちょ、これ」
思わずにやけそうになるのを必死でこらえる。現実で手に取ると、あのささやかだったログボがまるでとんでもない宝物のように感じられた。
「どうした?」
「な、なんでもない!」
ダリオスに怪しまれつつも、腕輪をはめる。ひやりとした感触。ほんのわずかに、魔素が共鳴する。石が小さく温度を持った気がした。気のせいでも、嬉しい。
(テンション上がる……)
浮かれすぎると、足元をすくわれる。この先のシナリオはランカー向けだ。お祭り気分で参加していては突破できないかもしれない。そうは思うものの、高揚する気持ちが抑えきれない。
「まずは足切りだってよ」
闘技場内部の案内板を見ながら、ダリオスが言う。
ゲームではプレイヤー同士がランダムで総当たり戦を行うランキング制だったが、この世界ではトーナメント制らしい。ただし参加者が多すぎるため、事前にある程度人数を絞る簡易テストがある。
「足切り、か」
少しだけ笑ってしまう。
(運営、やること容赦ないなあ)
案内された区画では、すでに簡易テストが始まっていた。
内容は――
「的あて?」
空中に浮かぶ魔素を操り、一定時間内に的へ当てる。単純だが、魔素制御の基礎が問われる内容だ。
(あ、これミニゲームのやつだ)
周年イベントでのポイント稼ぎ用のミニゲーム。初心者やランキング戦に疲れたプレイヤーが息抜きに遊ぶためのものだ。息抜きのはずのミニゲームでもポイント効率を検証していたっけ。効率などを考え出すと意外と奥が深く、遊びがいがあったのも懐かしい。
順番待ちの列に並ぶと、少し前方で同い年くらいの少女が挑戦していた。ゆるく編んだ淡い若草色のおさげ髪を揺らし、必死に魔素を掴もうとしている。
魔素は、掴めている。けれど――
(惜しい)
制御が甘い。力を込めすぎて軌道がぶれる。的のすぐ横を、光がすり抜けていく。光は綺麗で、失敗は痛い。
「……もう一度!」
少女が歯を食いしばる。
周年イベントの再現に浮足立っていたせいか、私の頭は完全に“マギリンモード”だった。気づけば、口が動いていた。
「落ち着いて。もう少し、力を抜いて」
少女が驚いて振り向く。
「え?」
「魔素を投げるんじゃなくて、軽く押す感じ。的の中心じゃなくて、その一歩手前を狙って」
流石に少しおせっかいかと思ったが、少女は戸惑いを見せたものの素直に頷いた。
次の瞬間。光がゆるやかに弧を描き、的の中央を射抜いた。
「……!」
審判役が小さく頷く。
「合格」
少女は目を丸くしたまま、振り向いた。
「ありがとう……!」
「やったね!」
ちょうど私の番が来た。それ以上話す間もなく私は前へ出る。指をゆったりと振り、魔素を掴む。軽く流す。光が、まっすぐに的を貫いた。
「はい、合格」
当然のように言われ、若干ドヤ顔をしていた自分が少し恥ずかしい。もう少し「おお……」みたいな反応がほしい。運営の演出班はどこか。
振り返ると、先ほどの少女がまだこちらを見ていた。小さく手を振ると、彼女もぎこちなく振り返した。
それが、未来に繋がる出会いである事をこの時の私は気づかない。
この簡易テストを突破したことで、少女は学園入学の道を手にすることになる。そして再び顔を合わせる日が来るのだが――それは、まだ少し先の話だ。
円形闘技場上階の貴賓席では、歓声とざわめきが渦巻く会場を高い位置から見下ろす青年がいた。金の髪が陽光を受けて柔らかく輝き、赤い瞳は祭りの熱気とは対照的に冷静に全体を捉えている。
ロイアス・カルド・クラウン。
マギフェスの最終日、優勝者の表彰を行うのは王族の役目だ。ゆえに今日の観覧も単なる娯楽ではない。数ある公務のうちのひとつだ。
「さすがに、すごい人出ですね」
隣に立つ眼鏡の青年が闘技場を見渡す。理知的な横顔は落ち着いているが、その視線は鋭い。青と緑の魔素を思わせる、整った印象の青年だ。
「一年で一番の祭りだ。これくらいでなければ困る」
ロイアスは淡々と答えた。だが、その視線はどこか落ち着かない。眼鏡の青年はちらりとロイアスを見る。
「……例の“遺跡の人物”を探しているのですか」
「探しているわけではない、が」
ロイアスはいったん口を閉じ、闘技場の下層へ目を向ける。
「……あれほどの実力者だ。マギフェスに出ないとは思えない」
「王太子殿下と互角に渡り合った、という話でしたね」
「互角ではない。俺が負けた」
さらりと告げられた言葉に、セリオンの眉がわずかに動く。
「……本気で?」
「俺はいつでも本気だ」
静かな返答。静かすぎて、なおさら本気に聞こえる。
眼鏡の青年は内心で首をかしげた。
(さすがに、誇張では……)
王太子は努力家であり、才能もある。その実力は学園内でも別格だ。王家にのみ伝わる術を抜きにしても、並ぶ者はほとんどいない。それを“負けた”と言う。
「……いずれ、見られるとよいのですが」
ロイアスは答えない。ただ、観客席を一列ずつ見ていく。王族としての立場がある以上、自由に歩き回ることはできない。護衛もつく。民衆も集まる。それでも、視線だけは探してしまう。
(どこだ)
浮遊する魔素越しに見た、あの楽しげに輝く瞳を。
一方、闘技場外周。出店が並ぶ通りで、ひときわゆるい雰囲気の青年が立ち止まっていた。編んでいるのかほつれているのか分からないほど、ゆるく編まれた濃い紫の髪に紫の瞳。青年は出店の前で立ち止まり、片手で小さな魔素石を持ち上げた。
「んー……これは微妙」
出店の店主が苦笑する。
「お目が高いねぇ」
「高くない。これが低いの」
口調とは裏腹に石を戻す所作は丁寧だ。
彼はマギフェス本戦には参加しない。理由は単純だ。面白くないから。実力を証明する場は他にもあるし、面倒な事はしたくない。
今日はただ、掘り出し物の魔素アイテムを探しつつ――
(この間の、あの子)
練習場で見た、妙に盤面の先が見えた動きをする少女。火力特化の少年を、うまく誘導していた。
(あれは偶然じゃない)
マギフェスに出るならここにいるはずだ。とはいえ、ことさら積極的に探す気があるわけでもなかった。
「まあ、見つかれば面白いけど」
そう呟いて、彼は人混みへと消えていった。
闘技場の内部では、トーナメント第一試合の準備が進んでいる。足切りを通過した参加者たちが、緊張と高揚を胸に控えていた。
その中に――まだ観客の誰にも注目されていない一人の少女がいる。
王太子は、まだ見つけていない。
眼鏡の青年は、まだ疑っている。
紫の青年は、まだ気づいていない。
だが、盤面はすでに、静かに揃い始めていた。




