第24話 再戦と本気と影の襲来
目の前に、ロイアスが立っている。
白いマントが風にたなびき、胸元の赤い宝飾が夕日を受けて光っている。
そして、その宝石より赤く燃えて煌めく瞳が、私を見据えている。口元は薄く微笑み、戦いへ向かう昂りを表していた。
「君相手に、手加減は不要だろう。本気で行かせてもらう」
「かいかぶりですよ」
「そんな事はない」
ロイアスはさらに薄く笑った。
部室では、何度もマギアボードを挟んで対戦してきた。私が勝つ事だってある。確かに、マギアボードであれば私たちは互角に近い。
ただ、今、目の前に立つロイアスは部室での彼とは全く違っていた。正面に立っているだけで、一歩下がりたくなるような威圧感。遺跡で出会った彼の強い瞳に射抜かれた瞬間を思い出す。
膝に力を入れ直す。
背中がぞわぞわと粟立つ。
気圧されている。
でも、この震えは恐れからだけではない事に、私はどこかで気がついていた。あの遺跡での戦い。この世界で初めて味わった、あの高揚。
口元が、自然と笑みの形を作っていた。
ロイアスがそれに呼応するように目を細める。
同時に試合開始を宣言する司会の声が高らかに響いた。
大きく上がった歓声が一瞬で遠のく。
ロイアスがゆったりと両手を広げて、魔素を展開した。私も素早く盤面を組み立てていく。
ロイアスの盤面は偏りが少なく、無駄がない。そのくせ、何にでも対応できるゆらぎを残してある。
(きれいな盤面)
お手本のような組み方だった。万能型とでも言おうか。自分は堅牢に構えながら相手の出方を見て対応を変える、王者の陣だ。私の組み方ともどこか似ている。
(でも……)
まずは軽く仕掛ける。簡単に躱されたところへ、続け様に二手、三手。その中に、撹乱の一手を仕込む。
(レナルトみたい)
ロイアスと似ているようで、私には特定の型がない。
読みを優先し、盤面次第で型を変える。“型を持たない”それが廃人ランカーとしてやってきた自分が獲得した戦い方だった。
撹乱が発動したタイミングでまた攻撃。今度は溜めて、火力を出す。大きな赤い光が塊となって走っていく。
(これは、ダリオスかな)
ロイアスがまた、薄く笑った。盤面を見ているようで、その先の私を見据えている。
先ほどの攻撃にカウンターとばかりにロイアスが大きな攻撃を仕掛けてくる。隙の大きい攻撃にしっかり合わせてくる辺り、さすがだ。素早く魔素を組み替えて、圧を受け流す。
(セリオンなら、こう守る)
息の合ったラリーみたいだった。
お互いに撃っては返し、返しては撃つ。
彼の動きに瞬間的に合わせる。読まれた先の、次の手を読む。こちらが差し込んだ一手を、間髪入れずに返される。あちこちで色とりどりの光が迸り、砕け、弾けた。きれいだ。
演習場の制御魔法で弱められた閃光と爆風になぶられながら、私は笑いだしたい気持ちになっていた。
すでに足の震えはどこかへ行き、指は考えるよりも先に動いた。盤面に沈んでいく。もっと、もっと先へ、深いところへと、気持ちが走っていく。
ロイアスの白いマントが攻撃の余波で大きくはためいた。マントの影にロイアスの顔が見える。赤い瞳が光っている。彼も、笑っている。
その時、彼がふと視線を場外へ逸らした。こちらを制止するように片手をあげている。さっきまでの笑みは消え、顔つきが険しい。同時に攻撃が止んで、客席のざわめきが耳に戻ってくる。
荒い息を整えながら彼の見る方へ視線をやると、夕日の方角、赤くなった空に黒い影が複数見えた。こちらへ飛んできている。鳥のようで、明らかに鳥よりも大きい。
観客も私たちが見上げるものに気がつき、ざわつき始めた。小さな悲鳴がところどころで上がっている。逃げようと動く人たちで客席が乱れ始めた。
「騎士団!!!!!!!」
ロイアスが怒声をあげた。空気が震えるほどの声量に、一瞬で観客席までもが静まり返る。
騎士団のみならず、観客までもがロイアスを注視していた。ロイアスは一度だけ客席に視線をやり、うなづいた。落ち着いた彼の態度に、生徒や一般客も少し冷静さを取り戻したように見える。
その間にも黒い影は接近を続け、その姿が視認できるまでに近づいて来ていた。コウモリのような黒い翼。鋭い爪の生えた手足。血走った瞳に、鷲のような嘴。
耳障りな甲高い鳴き声が耳に届いた。あれは――
「ガーゴイル……!」
ロイアスは素早く近くにいた騎士に指示を出している。
「俺はいい。先に観客を校舎へ!グループに分けて誘導しろ。怪我人を出すなよ!」
騎士は踵を返して観客席へ走り出した。すでに観客席近くの騎士は誘導を始めている。
ロイアスは唐突にこちらを振り向いた。大股で歩き寄って来る。腕を掴まれる。
「君も避難だ」
「殿下はどうするんです」
「俺が引きつける」
「そんなバカな」
「馬鹿ではない」
客席では騎士団の避難誘導が進んでいる。が、全員を校舎へ誘導するまではまだ時間がかかりそうだった。
「私もやります」
「馬鹿を言うな」
「バカじゃありません!」
押し問答をしている私たちの頭上に黒い影が差した。
見上げると、ガーゴイルがすぐそこまで来ていた。まず一匹、そのすぐ後ろに二匹。後方にもまだ数匹続いている。
ロイアスが素早く魔素を展開し、攻撃魔法を放った。大きな光がガーゴイルへ命中する。命中、したはずだった。
「無傷!?」
何のダメージも負っていない魔物を見て私は思わず声を上げた。
ロイアスは一度だけ足元を見た。
「制御魔法だ!この場では魔法は効かない」
その瞬間、ガーゴイルの嘴が開き、禍々しい光が放たれた。ロイアスが私を庇うようにマントで遮る。マントの向こう側が赤く光る。が、こちらもマントが揺れただけだった。
ロイアスの言うように、演習場では魔法の攻撃が無力化される。かといって、物理攻撃までは防げないはずだ。このままでは的になるだけだった。私はマントの影で素早く周囲を見回す。演習場の横には森が広がっている。観客もあちら側にはいない。私はロイアスの手を引いて走り出していた。
「森へ!」
一瞬だけ迷う素振りを見せたロイアスだったが、次の瞬間には一緒に走り出していた。
「絶対に無茶はするな!」
「状況によります!」
「せめて俺の後ろにいろ!」
「善処します!」
「いいから、はいと言え!」
「はい!」
ガーゴイルの羽音がすぐ背後に迫る。
私たちは森へ向かってひたすらに走った。




