第19話 準備と取引とふりふりメイド服
春が終わると、学園祭のシーズンだ。
現代日本ほど極端な気候ではないらしいこの世界では、初夏は爽やかで非常に過ごしやすい。気持ちのいい風がカーテンをふくらませる放課後の教室で、学園祭の準備が着々と進められていた。
「ねえアイリス、今日って衣装合わせだったよね」
黙々とテーブルクロスの端処理をしているところへ、隣で同じく作業をしていたクラスメイトが話しかけてきた。そばかすがチャームポイントのニコラだ。明るく人懐っこい性格で、私にもよく話しかけてくれる。
「そうそう。今フィオラが衣装を受け取りに行ってる」
我が1-Aの出し物は喫茶店だ。文化祭の出し物としてはかなりメジャーだが、マギア学園の生徒は大多数が貴族の子女である。自分たちが給仕する側に回るというのは新鮮らしく、みんな楽しげに浮き立っているのが伝わってくる。
ゲームにも学園祭イベントはあった。学園各所で行われる催しに参加していくシナリオだ。マギフェスに次ぐお祭りイベントと言っていいだろう。魔物などは出ないし、マギフェスのように優勝の目標もない。楽しめばよいだけなので、気楽なものである。
「衣装、お待たせしました〜!」
可憐で元気な声とともに、教室の入口からフィオラと、荷物持ちに着いて行ったダリオスが現れた。
作業中だった生徒たちは一斉に手を止め、教室の中央へ集まる。
「最近、城下町で流行っているメイド服を取り寄せたの。色々あるから好きなの選んでね」
そう言ってフィオラは、手際よく衣装をハンガーに掛けていった。
フィオラの実家は商家を営んでいるという。ゲームでは情報をくれるお助けNPCだったとはいえ、本人はそうウワサ好きな感じでもないのに妙に情報通だ。不思議に思っていたが、家業柄と聞けば納得だった。ネットもないこの世界で、世間の流れに疎くては商売にならないのだろう。
そんなわけで、衣装係もフィオラが立候補したのだった。貴族子女から衣装の感想を多く聞くことができるし、学園祭で実際に着ている様子が宣伝にもなる。生徒は流行りの服を着られるし、Win-Winというわけだ。女子達はさっそく歓声をあげながらメイド服を選んでいる。
ハンガーに掛けられているメイド服は、どれもが黒のワンピースに白いエプロンドレスだ。よく見ると襟や袖のデザイン、丈などが少しずつ異なっている。リボンやフリルがふんだんに使われており、クラシカルなタイプのメイド服に現代日本のメイド服らしさを足したような印象だ。
装飾が多くて可愛いが、モノトーンなので華美すぎない。メイド服を初めて着る生徒たちにも抵抗は少ないだろう。さすがのセレクトである。
これなら私も着られそうかも、とシンプルめな一着を手に取ろうとしていたら、大きな箱を抱えたフィオラに呼び止められた。
「アイリスは別に用意してあるの」
そう言って差し出された箱を、思わず受け取る。
「うちのお店でこれから売り出したいメイド服なの!ぜひアイリスに着てみてほしくて」
「えっ。うん?それは、いいけど……」
なんで?どんなメイド服?という疑問は軽やかに流され、箱を持った私はそのまま教室横の準備室へ滑らかに押し込まれた。フィオラには時々、こういうにこやかな有無を言わせなさがある。
カーテンの閉まった準備室に入れられた私は、展開が飲み込めないもののとりあえず箱を開け、中の服を見た。ぱっと見た限りでは、やや装飾は多めだが普通のメイド服に見えた。
しかし箱から取り出した瞬間、その認識は修正を迫られた。明らかに布の長さが足りない。要するに、ミニスカートである。
先ほど見たクラシカルなメイド服と違って、現代日本のいわゆるメイド喫茶の制服に近いイメージだ。添えられたタイツに少し優しさを感じる。とはいえ、この手の衣装は前世でも着た事はない。転生してから着る羽目になるだなんて誰が予想できただろうか。
「フィオラぁ」
衝撃的な衣装ではあったが、かわいい友人の頼みとあっては断れない。どうにか一応着てみた私は、戸口から情けない声でフィオラを呼んだ。
「きゃあ!アイリス、かわいい!」
「これ、スカート短すぎるよぉ」
ゲームの学園祭イベントでは、プレイヤーが限定衣装に着替えられる機能があった。そう、メイド服もあった。確かにあった、けども!実装しなくても!
「城下町では普通よ。大丈夫、すごくかわいい。これは絶対流行るわ」
「私じゃなくてもよくない!?」
「何を言ってるの。マギフェス優勝者で特待生で、何よりとってもかわいい。アイリス以上に宣伝効果がある適任なんていないわ」
ふわふわした笑顔と見た目に反して、商売の話になると判断がぶれない。さすが商家の娘である。
けれど、次に続いた言葉は少しだけやわらかかった。
「アイリスが本当に嫌なら、無理にとは言わないわ」
「え?」
「ただ、私はすごくアイリスに似合っていると思うの。せっかくの学園祭だもの。かわいい格好をして楽しんでもいいんじゃないかなって」
そんな真っ直ぐな目で見られては逆らえない。かわいいのはよっぽどフィオラの方だと思うのだが、本人はたぶん本気でそう思っているのだろう。
「それにね」とフィオラは少しだけいたずらっぽく笑った。
「もちろんタダとは言わないわ。おやつ半年分でどう?」
「その話、乗った!」
おやつの誘惑には逆らえない。何しろ私は甘いものに目がないのだ。商家の娘であるフィオラの用意するおやつなら、なおさらである。さっきまでの逡巡がどこかへ飛んでいったのは、我ながら現金だと思う。
私たちは固く握手を交わした。
「お〜!アイリス似合うじゃん!」
ダリオスの大きな声で、教室の視線が集まる。
集まってきたクラスメイトたちに口々に褒められ、なんとも気恥ずかしい。恥ずかしいのだけれど、ここまで素直にかわいいと言われると悪い気はしない。単純だなと自分でも思う。実際、着るのが恥ずかしいだけで服はとてもかわいいのだし。
「ほんと、すごく似合ってる」
「それ売れそう」
「アイリス脚長いね〜!」
褒められすぎてやっぱり恥ずかしさが少し勝ってきた。
おやつ半年分とはいえ、安請け合いした後悔が少しだけ頭をもたげたところで、フィオラがにっこりと言った。
「マギアボード大会もその衣装で出場してね!」
「……え?」
一拍遅れて、教室がざわついた。
「えっ、アイリス大会出るの?」
「その衣装で?」
「絶対目立つよ!」
「みんなで応援行くね!」
好き勝手な声があちこちから飛んでくる。
いや、待ってほしい。今、聞き捨てならないことを言われた気がする。
「待って待って。大会は出場するけど、この衣装そのままっていうのは、ちょっと……」
「でも、すごくかわいいし。折角だから」
何が折角なのか分からないが、フィオラはにこにこと、まったく悪びれない。
「その方が宣伝にもなるし、とっても似合ってるし、優勝候補が看板役までやってくれたら最高でしょう?」
やっぱり商家の娘である。交渉と誘導がうますぎる。
周囲を見回してもクラスメイトたちは面白がるばかりで、否定的な空気はまるでない。ダリオスに至っては「まあ似合ってるしいいんじゃね?」みたいな顔をしている。
マギアボード大会。学園祭の目玉イベントの一つ。しかも私は魔法戦術部所属で、マギフェス優勝者でもある。当然、それなりに注目もされるだろう。
その舞台に、この格好で出る。
そこまで考えて、ふと別のことが頭をよぎった。
……戦術部のみんな、なんて言うだろう。
レナルトはたぶん面白がる。セリオンやミレイユは真面目な顔で何か言いそうだ。エドガーは衣装の機能性の方を気にするかも。リディアは流行りの服なら興味があるだろうか。
そして、ロイアスは。
そこまで考えて、私は首を振った。いや、なんでそこでロイアスの反応が気になるのだ。別に誰にどう見られようと、お祭り衣装の一環だし、似合うとか、似合わないとか思われても、別に……
「フィオラ……」
「なあに?」
「せめてスカート、あと三センチ伸ばせない?」
「ユーザーの意見は今後の改善点として参考にするわね」
急にゲームのサポートセンターみたいな返答だ。アップデートには時間がかかりそうである。
学園祭はもう少し先だが、とりあえずおやつ半年分は先払いでもらう事にしよう。




