第16話 演習場とピクニックと魔法師団からの依頼
「わっ、おっ、落ち、落ちます先輩!リディア先輩!」
私は颯爽と馬を駆るリディアの腰にしがみつきながら叫んだ。
「しっかり捕まっていれば大丈夫よ!」
自動車のないこの世界では、馬は主要な交通手段でもある。が、乗ったのは前世を通じても初めてだった。こんなに上下動が激しいものとは知らなかった。そのまま跳ね飛ばされて落っこちそうだ。
私の必死さをよそに、リディアは優雅に馬を操り、楽しげにしている。
「ほら!まだ飛ばすわよ!」
「ええ〜〜〜っ!?」
なぜこんなことになっているかと言えば、少し前に遡る。
―――
「アイリス。あなた、明日の休日は何か予定がある?」
珍しく部室に顔を出したリディアとマギアボードで対戦していた時のことだ。今まさに連鎖を繰り出そうとした瞬間の唐突な話題に、少々面食らう。
「明日ですか?学園もお休みだし、特に何も予定はないですけど」
話しながら攻撃連鎖を発動させる。よし、決まった。
「あら……また負けてしまったわね」
リディアは軽くため息をついて、テーブルの上のすっかり冷めた紅茶を上品に飲んだ。
「やっぱり、実戦でないとダメね。ねえアイリス、私と明日出かけない?」
なんだか話のつながりが正直よくわからないが、暇なのは事実なので、私は誘いに乗ることにした。明日の十時に部室棟のエントランスに来るように、とのことだ。
「あ、そうそう。パンツスタイルでいらしてね」
「は、はい?わかりました」
―――
からの今、というわけだ。馬に乗るなら先にそう言ってほしい。先に言われたからといって何が変わるわけでもないが、少なくとも心構えくらいはできただろう。
しばらくおしりの衝撃に耐え続けていると、学園北側の森を抜け、開けたところへ出た。草原のようだが、中央部は土の地面が露出している。野球のグラウンドに似た感じだ。ようやく馬が止まった。
「着いたわ。大規模演習場よ。来るのは初めて?」
「大規模演習場?」
「演習場なら学園の校庭にもあるけれど、あそこは小さいでしょう。ここは王立魔法師団と学園が共同で使う大規模演習用の場所なの」
馬を草原入口の木に繋ぎながら、リディアは言った。
「ここなら遠慮なくやれるわ」
高級そうなマントをばさりと脱ぐと、リディアは快活に笑った。
「さあ!戦いましょう!」
要するに今日は実戦練習の誘いなのだった。それならそうと先に言ってほしい。やはり、何が変わるわけでもないが。
リディアは日頃から、マギアボードよりは実戦の方が好きだと言っていた。
魔法において、テーブルと実地では実力に違いが出る者も多い。セリオンなどが顕著で、テーブルでの完全無比な実力が実戦で出せないのが彼の悩みのようだった。そしてリディアはその逆のタイプだった。
「やっぱり魔法は実戦に限るわね!」
「なんですかぁ!?爆風で聞こえないですー!」
「実戦の方が〜!」
「えー!?」
演習場と名前が付く場所には、基本的に安全のため制御魔法が組み込まれている。この大規模演習場も同様で、攻撃は基本的に無効化される。が、爆音や爆風はその限りではない。
リディアが次々と繰り出してくる攻撃は凄まじく、巻き上げる爆風と爆音で、お互い何を話しているか全然聞こえないほどだ。やや強めの春風に土煙がもうもうとたなびき、二人ともすっかり薄汚れている。
それなのに、晴天の空のもとワインレッドの長い髪をなびかせ楽しげに笑うリディアは、あまりにも輝いていた。普段のボード対戦では、この美しい爆発力の片鱗も見えないなんて。極端すぎる。
「ああ、楽しい」
「本当、楽しいですね」
最終的に大笑いしながら戦っていた私たちを、いつの間にか来ていたアシュベリー家の使用人が止めに来たのは、すっかり陽も高くなった頃合いだった。
来た時には気が付かなかったが、演習場周縁には東屋が点在している。木製の簡易的なものではあるが、普段から使われているようで手入れも行き届いている。
使用人について東屋まで行くと、すでにランチの支度が整っていた。演習場に不似合いな真っ白いテーブルクロスの上に、断面の美しいサンドイッチと手でつまめるタイプのデザート、冷たい飲み物まで用意されている。
ここでピクニックまで楽しめるとは思っていなかった。戦闘で火照った脳と体に風が心地よい。
タオルで髪や顔の汚れを払いながら、リディアは言った。
「久しぶりに本気を出せたわ。結局負けてしまったけれど、ふふ」
「わたしも楽しかったです。ありがとうございます」
二人してサンドイッチを頬張りながら、感想戦に花を咲かせる。リディアは土煙で汚れた顔で気さくに笑っているが、所作は洗練されており、やはり貴族なのだなと思わされた。
「以前は殿下とよく対戦していただいたものだけれど、最近は彼もお忙しいでしょう」
「殿下とですか」
サンドイッチを早々に食べ終わり、デザートをつまもうとしていた手が止まる。
「私の戦い方だと、場所もそうだけれど……やっぱり自分と同じか自分以上の方でないと、全力も出しにくいのよね」
リディアはにこやかに続ける。
「殿下は実戦がとてもお強いでしょう。それと同程度の方となると、なかなかね。だから今日はとても楽しかったわ」
私はつまもうとしていたデザートを、いったん取り皿に戻した。
「殿下とは、以前から親しいんですか?」
「親しいというか……アシュベリー家は王家の遠戚でもあるから、親戚かしら。幼馴染のようなものね」
「幼馴染」
急にダリオスが脳内に現れたので、いったん脇に避けておく。同じ幼馴染でも、私とダリオスのような感じでは多分ないだろう。
「子供の頃から一緒に魔法をやっていたから、私もここまで戦えるようになったのかもしれないわね」
ともに切磋琢磨する相手がいれば、一人でやるよりももっとずっと高みを目指せる。ロイアスとリディアもきっとそうなのだろう。
「ちなみにセリオンもよ」
いたずらっぽく言って、リディアは残ったデザートを口に、あくまで上品に放り込んだ。
「さ、食べ終わったらもう一戦お願いできるかしら?今日は空っぽになるまでやりたいわ」
「はい!もちろん!」
その頃、王城の王太子執務室では、ロイアスのくしゃみが響いていた。
「お風邪ですか?薬を?」
「いや、大丈夫だ」
セリオンは目だけで扉脇の使用人にお茶の追加を指示し、書類の読み上げを再開した。
「例年通り、魔法戦術部への調査任務依頼です。依頼元の王立魔法師団からも人員が派遣されるとのことです」
「目付役だろう。例年のこととはいえ、部員が入った途端に品定めとはな」
「優秀な人材はどこも取り合いですから。最近は研究に進む者が多かったので、焦っているのでしょう」
「進む先など、本人が決めることだ」
ロイアスはため息をつきながら依頼書へ決裁のサインを書き込んだ。
王立魔法師団はこの王国の攻守の要だ。全幅の信頼を置いているし、邪険にする気など毛頭ない。が、学園の自分のテリトリーに無遠慮に手を突っ込まれるとなれば、少しばかり話は変わってくる。特に、今年は……。
「一、二年生に怪我のないよう、十分注意してやってくれ」
「承知いたしました」
サインの入った依頼書を回収し、次の議題へと移るセリオンを目だけでちらりと見る。二人とも、すっかりデスクワークが板についてきてしまった。王宮内の演習場で走り回った子供時代は、ずいぶん遠くなった。
「まったく、体がなまりそうだ」
「何かおっしゃいましたか?」
「いや、なんでもない。続けてくれ」
ロイアスは息を吐き、背筋を伸ばすと、王太子の執務を続けた。




