第14話 対戦と戦術と遅れてきた新入部員
入学から数日。私はすでに魔法戦術部に皆勤賞だった。
当然である。マギアボードなんていう最高の発明品が使い放題なのだ。入らないという選択肢は最初から存在しなかった。しかも部室に行けば対戦相手にも困らない。練習環境としてはあまりにも恵まれている。
もっとも、いつ行っても全員が揃っているわけではない。
ロイアスとリディアは来ない日の方が多いし、ミレイユも図書館と半々くらいだ。だがセリオンは今のところ毎日いる。そういえばゲームでも、他のキャラクターたちは教室や校庭や中庭などにランダムに出没していたのに、セリオンだけは絶対に部室にいた。きっと部室に住んでいるに違いないと、かつてフレンドと笑い合ったものだ。
実際にほぼ住み着いているのは、むしろエドガーの方である。
部室の奥の角は、もはや彼の巣と呼んで差し支えない空間になっていた。工具や部品や紙束が絶妙に積み重なり、本人だけがどこに何があるか把握しているらしい。家にはちゃんと帰っているのだろうか。そこは少し気になるが、聞いたら負けな気もする。
この日、部室にいたのはセリオンとエドガー、それから私と、同じく新入部員のダリオスだった。
窓から差し込む昼の光が、部室中央のマギアボードの上で淡く揺れている。浮かぶクリスタルの回転に合わせて、机の上に散る光も静かに形を変えていた。
エドガーは対戦もするが、どちらかといえばボードの動作確認の意味合いが強い。今日も巣にこもって黙々と何かを調整している。こちらに意識が向いていないわけではないのだろうが、少なくとも今は人と対戦する顔ではなかった。
そんなわけで、セリオンとダリオスと私の三人で順番に対戦していたのである。
「…………ッ、負けました」
私は握りこぶしを机に押し付けながら、絞り出すように呻いた。
向かいのセリオンは涼しい顔で眼鏡を直していたが、その直後、ずっと息を止めていたかのように長く大きな息を吐いた。
「いや、ギリギリだった。君は本当に強いな」
苦笑まじりにそう言う。
「自惚れるつもりはないが、俺は実戦は別としても、マギアボードでは学園一の自負がある。対等に戦える相手ができて嬉しいよ」
マギアボードは、実戦を無害なテーブルゲームに変換した発明品だ。基本的な構造は実戦と同じでも、向き不向きはやはりあるらしい。じっくり腰を据えて考えやすいボード派と、目の前に魔物や対戦相手がいる緊張感ごと好きな実戦派。大雑把に分ければそんなところだろう。
セリオンは完全なるボード派だった。
魔法の実力として学園一位を誇るのは王太子であるロイアスだが、彼はどちらかといえば実戦寄りで、マギアボードの対戦ではセリオンがやや上回るらしい。
私はといえば、元がスマホゲームで、トレーニングモードもバトルモードも同じようにこなしていた人間である。この世界でもマギアボードと実戦のどちらが得意かと問われると、あまり差がないようだった。
マギアボード戦ではセリオンとほぼ互角。
……いや、今の負けで十勝十一敗になったので、厳密には少し負け越している。正直、悔しい。
「いや……俺にとってはどっちもスゲーっすけど」
横で観戦していたダリオスが、少し呆けたように言った。
「特にさっきの終盤のフェルマ先輩の返しとか、どうなってたんすか!?」
「そうだな、感想戦といこう」
セリオンはマギアボードを操作し、終盤の攻防まで盤面を巻き戻した。どうやら試合のリプレイ機能まであるらしい。マギアボード、あまりにも万能すぎる。発明の域を越えてもはや魔法だ。いや、魔法なのだが。
セリオンは勝手に動く駒を指しながら、先ほどの攻防の意図や効果を解説し始めた。
「まずここで角を固める。その後で逆側から……」
「なるほど!どちらも固めて守りを厚くするんすね!」
ダリオスが楽しそうに解説を聞いている。無い尻尾がぶんぶん振られているのが見えるようだ。
ゲームでもそうだったが、セリオンの盤面は無駄がなく、とにかく崩れにくい。守りが強いのだ。迂闊に仕掛けると、こちらの攻勢をいなしながら形を維持し、そのまま鋭い返しを差し込んでくる。さっきの試合がまさにそれだった。
魔法戦術部の面々は、今代のスカウト役であり部長でもあるロイアスが集めてきた人材だけあって、皆それぞれに強い。
ミレイユは過去の名勝負の記録を集めるのが趣味で、対戦でも珍しい手を平然と繰り出してくる。おとなしめな見た目とは裏腹に、盤面では面白そうな手なら何でも試してみるやんちゃな振る舞いで、かなり面白い。
エドガーはどちらかといえばボードの開発・改良が主で、対戦にはあまり付き合ってくれないが、開発者側ならではの駒特性の使い方を知っていて、対戦すると非常に勉強になる。
リディアは少し他にいないくらい完全な実戦派で、ボードはやや苦手らしかったが、華やかで爆発力のある戦術は見ていて気持ちがいい。方向性としてはダリオスにも近い。
そしてセリオンは、無駄を削ぎ落とした美しい盤面で相手を詰める。
戦術部という名前に偽りはない。全員、強さの向きが違うのだ。
セリオンの美しい戦術論に、ダリオスと二人して感嘆の息を漏らしていると、唐突に部室の入口が開いた。
「お邪魔〜♪」
軽い声とともに入ってきたのは、遺跡ぶりのレナルトだった。
「お前あの!マギフェスの時の……!」
ダリオスが反射的に言いかけたその時、レナルトがこちらを見つけて、すぐに声を上げた。
「いたいた、アイリスちゃん。久しぶり〜!」
「レナルト!」
アイリスちゃん。
レナルト。
親しげに呼び合う私たちを、ダリオスが混乱した顔で交互に見ている。……これは後で説明しなくてはならないだろう。
セリオンが落ち着いた声で言った。
「どうした、レナルト・オルフェ。殿下の誘いを断り続けてきたお前が、ここに何の用だ?」
セリオンとレナルトは同学年のはずだが、仲が良いのか悪いのか判然としない距離感だ。セリオンの口調には若干のトゲがあるが、レナルトといえばセリオンの背後に立って彼の肩に手を置いたりなんかしている。
「アイリスちゃんが魔法戦術部に入部したって聞いてね。見に来たよン」
「ええと、久しぶり。レナルト。はい、入部しました」
貴族の上級生相手にまた口調が戻りかけた私に、レナルトはいかにも面白くなさそうな顔をしたあと、あの悪戯っぽい猫のような笑みを浮かべて言った。
「なんだよォ。水臭い。一緒に一晩過ごした仲じゃん?」
「「なっ……!?」」
ダリオスとセリオンが同時に絶句する。
「ち、違います!違います!いや違くもないんですけど、その、たまたまそうなっただけというか、野宿でしたし!?」
慌てて両手を目の前でばたばたと振る。やましいところなどまったくないのに、なぜか顔に血が集まってくる。焦りとは理不尽だ。
背中にどっと汗が出る私をよそに、レナルトは憎たらしいほど飄々としていた。
「そうそう。偶然、北東の遺跡で会ってね。アイリスちゃんも遺跡に興味があるって言うからさ、意気投合して話し込んじゃったってわけ」
その通りである。助かる。しかも金策のことはさりげなく伏せてくれている。そこは普通に優しい。
ダリオスとセリオンは、分かったような分からないような顔で私とレナルトを見比べていた。
その視線を一通り受け流したあと、レナルトはさらりと言った。
「俺も魔法戦術部、入るから。これからよろしくねン」
一瞬、部室の空気が止まった気がした。
いや、あっさりすぎる。
セリオンが眼鏡の奥で静かに目を細め、ダリオスは口を半開きにしたまま固まっている。私はと言えば、驚きながらも、どこか納得してしまっていた。
その沈黙の中で、レナルトだけが楽しそうに笑っている。静かだったはずの部室が、きっと少し騒がしくなる予感だけを漂わせていた。




