第11話 王立マギア学園
巨大な石造りの門は、近づくほどに城だった。
空を切り取るように高いアーチ。重厚な鉄扉には魔法陣を意匠化した紋章が刻まれ、両脇の塔からは旗がゆるやかに揺れている。その奥に連なる尖塔と石造りの本館は、どこまでも垂直で、どこまでも堅牢で。
ようこそ、選ばれし者たちよ。
――とでも言いたげな顔をしていた。
「……ゲームで見た学園だァ」
思わず小さく呟く。
王立マギア学園。
今思うと、ずいぶんそのままの名前である。潔い。
隣でダリオスも同じように建物を見上げている。
「すご……」
それだけ言って、また見上げる。口が少し開いている。
マギフェス優勝で学園の特待生枠を得た私だったが、ダリオスも入学資格を得ていた。後で知ったが、目立った活躍をした者には別途スカウトがあるらしい。ダリオスと一緒なのは正直かなり、心強い。
王立マギア学園は国内唯一の魔法学園だ。5年制で、1〜3年生は学部生、4〜5年は研究または戦闘に分かれて院に進む。貴族でも平民でも誰にでも門戸は開かれているが、学費などの事もあって貴族か裕福な平民、または我々のような奨学生が主だ。
学園本館に隣接した寮もある。こちらも誰でも入れるが、王都にタウンハウスのない下位貴族や遠方から通う平民、奨学生などが主に入寮する。
他にも図書館、部室棟、校庭に中庭、温室に購買部などあらゆる施設があり、学園と言うよりはちょっとした街くらいの規模だ。
門をくぐると、中庭を抜けて本館へ続く石畳が伸びていた。いかにも真新しい制服の群れが同じ方向へ流れていく。
濃緑の生地は深い森の色。光の角度でわずかに艶を帯びる。腰ほどまでの短いマントが肩から垂れ、胸元には銀糸で紋章が刺繍されている。仕立てはかっちりしていて、いかにも上質だ。
男子のマントは脛ほどまであり、歩くたびに裾が揺れる。ゲームで見た衣装だが、マギリンのキャラクターイラストはデフォルメタイプだったので、実際に見ると印象もだいぶ違う。ゲームらしい垢抜けたデザインと、伝統を感じる重厚な質感が絶妙にマッチしていて、かなり格好いい。着ていて少し、背筋が伸びる気持ちになった。
制服の群れに合流して、石造りの廊下を抜けた先の講堂へ。
内部はすり鉢状に広がり、階段席が中央の円形ステージを囲んでいる。天井は高く、浮かぶ魔法灯が淡く空間を照らしていた。壁面には歴代の紋章が並び、ここが王国唯一であり権威ある魔法学園なのだと、視覚で語ってくる。
ざわめきが波のように揺れる。
席を探していると、横から弾んだ声が聞こえた。
「あのっ!」
振り向くと見覚えのある少女が、少し息を弾ませて立っていた。
「武闘祭では本当にありがとうございました!あのときアドバイスをいただけたおかげで簡易テストを突破できて……入学資格をもらえたんです」
予選は敗退しちゃいましたけど、と言いながら少女ははにかんだ。
「あ!あの時の!」
ゆるく編み込んだ淡い若草色の髪とほんわり癒し系の顔には確かに見覚えがあった。まさかここで再会するとは。
「はい!あの、アイリスさんの試合もずっと見てました。まさか優勝するなんて……」
「いやいや……」
苦笑する。
「すみません、名乗っていなくて。私、フィオラ・メルナと言います。」
その名前を聞いた瞬間、脳内で小さなデフォルメアイコンが点灯した。
その小さいお花みたいな可愛い名前には覚えがあった。
学園編から登場するお助けNPC。イベント情報や攻略のヒントを画面の端っこの方から伝えてくれるキャラクターだ。
ゲームでは小さな立ち絵だったから気づかなかった。実物はずっと表情が豊かだ。
「あの、もし良かったらお友達になってくれませんか?」
「もちろん!」
思わず声が弾む。同性の友人は、単純に嬉しい。
横並びで座席につくと、ざわめきがすっと静まった。
中央ステージに現れたのは、濃赤の制服を纏った青年。
三年生の色。
王太子、ロイアス・カルド・クラウン。
濃赤は他の色よりも一段と目を引く。肩章の装飾も重厚で、立ち姿そのものが舞台映えしていた。声はよく通り、言葉は簡潔で、無駄がない。立っているだけで視線が集まる引力があった。
「新入生諸君、入学を歓迎する」
短い祝辞だった。
だが、会場の空気は確実に彼の方へ引き寄せられていた。
今回は目も合わなかった。攻略対象者とは言え、何もなければ現実の距離は遠い。王太子かつ学園代表と、ただの一生徒だ。
式が終わり、各クラスへ移動する。
教室もまた階段状で、長机が教卓を半円に囲む造りだった。視線は自然と中央に集まる。海外の学校や大学の大教室と同じような造りだ。教室にも天井付近にいくつも魔法灯が浮いている。
幸い、フィオラもダリオスも同じクラスだった。
「一緒のクラスでしたね!」
フィオラが小さく安堵の声を漏らす。
私もほっとする。知っている顔があるのは、それだけで心強い。
初日は主に学園の説明だった。履修内容、学園施設、寮、規律。淡々とした情報の波。
担任らしき男が教壇に立って説明していく。ボサボサ頭に丸眼鏡。服の上から白衣を羽織っている。なんとなく、高校時代の化学の先生を思い出した。
説明が終わり、入学初日は終了だ。若干拍子抜けしつつ、帰り支度をする。
すると教壇から声がかかった。
「おーい、アイリス・ルミナ」
ざわついていた教室の視線が一斉に集まる。呼んだのは先ほどまで学園の説明をしていた担任の先生だ。
「お前が特待生のアイリスか」
数秒、じっと見られる。
「……ふむ」
それだけ言って、なぜかうんうんと頷いている。
「じゃあ、また後でな」
そして、そのまま教室を出ていった。教室は再び、元のざわめきを取り戻す。
また後で?この後何かあっただろうか。
悩む私の眼の前にフィオラが身を乗り出す。
「アイリスは部活の話、聞いた?魔法戦術部って言うのがあるんだって」
「魔法戦術部?」
「スカウト制なの。実力が認められた人しか入れないんだって」
「そうなんだ」
ゲームでは放課後の活動は寮、部室、中庭、温室などから行きたい場所を選択して移動するシステムだった。攻略したいキャラクターに遭遇できれば御の字というわけだ。確かに部室という場所があった。そういえば何部だったのだろう。
「アイリスはきっと声かかるよ!」
「どうかなぁ?」
私が曖昧に微笑んでいると、教室がざわりと揺れた。
ついさっき聞いたばかりのよく通る声が、教室の扉の方から響く。
「特待生、アイリス・ルミナ」
振り返る。
戸口に立つ濃赤の制服。
ロイアス。
一瞬、思考が止まる。
え。
なんで?
「迎えに来たぞ」
教室中の視線が、再び私に集まった。
ざわめきが波のように広がる。
その中心にいるのが自分だと理解するまで、少しの時間が必要だった。




