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二章【腐れ縁の幼馴染】第一話

体育館まで学年順に長い列ができている。


整列する中で、綾は校舎から続く渡り廊下から、花壇に咲く紫陽花を眺めている。その隣には、竜胆の姿はなかった。


学校集会が開かれると、校長の挨拶から始まった。


「かくかくしかじかでねえ、今の若い者は真面目で偉いじゃろお、みんな静かに聞いてなあ。ワシが若い頃はさ、鼻くそほじって練り消しみたいに転がして塊つくってのお」

「校長、そろそろお時間迫ってるんで終わりにしてください」

「ええ~もうちょっとさあ喋らせてくんない?年寄りになると自分の過去の話したくなるんじゃよお~」

「はいはい、あとでスナックでも行って好きなだけ話してくださいよ」


校長は話すのがすきであったが、かなりどうでもいい自分の過去の話ばかりするので、いつも背後にいる副校長が嗜めて半ば強制的に退場させるのであった。


「…では私から。最近近所で闇バイトのチラシを配っている不審者がいるようです」


そうして教壇の背後、正面の大きなプロジェクターにはチラシの写真が映し出された。


事の発端は生徒の通報によるもので、ある時正門から帰宅途中、門の手前に黒づくめの男がチラシを渡してきたという。


時給は一万円、貸与した携帯で、ただ特定の時間に、特定の場所へ呼び出すだけ。授業中でもスキマ時間にできる!そんな胡散臭い謳い文句が書かれていた。


「これは通報のあった生徒がもらったチラシです。正門付近にいたようなので、見つけ次第必ずすぐ職員室に報告してください。もしくは用務員を呼ぶように」


そうして先生は続けて、このチラシを受け取ったとある生徒と不審者との経緯を語り出した。



***



「これなんのチラシ?」


部活終わりの生徒はそう尋ねた。

正門を通る生徒はまばらで、わざわざそのチラシを気にする人間も少ないのだが、黒い帽子にサングラス、マスクという怪しすぎる服装から、その生徒はあえて深掘りしてみることにした。


「集めた金は子ども食堂の運営に使われるんだ」

「子ども食堂?」

「そうだよーん。俺はNPO法人でボランティアをやってる。こう見えてな?」


確かにチラシには、NPO法人の団体名である『みかん食堂』という名前と、その住所や地図が記載されていた。


「だから協力してくれない?カツカツでさーん。何せこんなちっぽけな食堂の儲けなんてさ、俺の本職の微々たるもんなのよ。てわけで、同情するならバイトしてくれーってな。ヨロシクー」


そうして軽口の不審者は、そそくさと立ち去っていったのだった。



「――以上がその生徒と不審者とのやりとりらしいが、声は同じくらいの年代なんじゃないかと聞いています。

ですから今説明した服装や若い声であったら、要注意して話しかけずに、そして絶対にこのような闇バイトを引き受けないようにしてください」


その後、各部活の大会の表彰式などがあり、二限の終了を知らせるチャイムが鳴った。



綾が撫子と話しながら教室へ戻ると、一人の生徒が片手にメモとペンをもち、綾と撫子の前に立ちはだかる。


「聞き取り調査に協力してくれ!」

「ププゥ!」


そこにはチェックのハッチング帽を被る女子生徒、有栖川 水帆の姿があった。

彼女は謎が大好きでミステリー本には目がない、特に名探偵シャーロックに憧れるあまり、自分自身も将来の職業は名探偵を目指している。


「先ほどの闇バイト、犯人は誰だと思う!?突如現れた黒づくめの人物…子ども食堂…そして、闇バイト。これほどの上質な謎は、必ずこの私、この有栖川が解決してやるさ!アーッハッハ!」

「あらぁ、有栖川様!今日も探偵ごっこをやっていらっしゃるの?」

「ごっこではなあいッ!私は本物の探偵さ。ちなみにこっちは相棒のワトソン君だ、覚えておいてくれたまえ」

「ププゥ、キュイっ」

「あらまあ可愛らしい!もふもふですわねえ!」


そして有栖川の肩に乗っているのは、チンチラのワトソン(仮称)である。

しかしワトソン自身は、ご主人が自慢げに推理するのに対し鳴き声で相槌をうつことで餌をもらえるので、助手である自覚だとか誇りというものは特にない。

しかし撫子含め、ワトソンの綺麗に整えられた毛並みは早くも注目を集めていて、もはや名探偵を差し置いて大人気No.1であった。


「幼い頃に飼っていたホワイトタイガーを思い出すますわねえ!」

「ホワイトタイガー!?すごい、今度撫子ちゃんのお家にお邪魔してみたいな!」

「いいですわよ~綾ちゃんなら大歓迎ですわ!あと、タイガーちゃんは今は立派なお虎でございますけれど!……そうねぇ、今度の休日にお茶会でもいかがかしら!ね、有栖川様?」

「お茶会か!謎がそこにあるならば、私はその誘いに乗じよう。……ところで虎って飼えるものなのか?襲われない?」


四限の始まりを知らせる次のチャイムが鳴ったその時、雅俊と顕人が教室内に戻ってきた。


綾からすれば、一限の実験の授業から姿を全く見なかったので、何かあったのかと心配になっていたのだった。


「珍しいねえ二人で一緒にグレるなーんて!あ、そうそう闇バイトの話聞いた?」

「……闇バイト?まさか成瀬のこの前のえんフグググ」

(前の私と全く同じ流れて口封じされてる……)

「俺は金稼ぎはしてない」

「そういえば一人暮らしなんだっけ?……ごめんね、あんまり詮索しないようにーとは思ってたんだけどね!……その。心配で。生活費とかって大丈夫そう?」

「実家から仕送りがある。いやでもこのままだと尽きるな」

「ええ!このままじゃせっかく転校してきたのに住めなくなっちゃうよ!?」


顕人はもちろん、一人暮らしなどしたことはない。とある理由で急遽転校する手筈が整えられ、そのまま引っ越してきた彼にとって、親の居ない巣に住む雛鳥のようなものだった。


「金がないなら、バイトして金稼ぐか、生活費を節約するしかないだろなー」

「うーん、うーん。あ!成瀬くんの席の前に賽銭箱置いちゃうか!」

「あまりにも露骨すぎるだろ」


と、顕人は呆れた風に言えど、実際幼い頃は夜中にこっそり賽銭箱を揺らしては、金の鳴る大きさに一喜一憂していたものである。


「成瀬くんが泣いてる所を写真に撮ってシールプリントするの。で、賽銭箱に貼れば効果抜群間違いなし!」

「成瀬をコンビニのおにぎりに貼られてる泣きっ面のシールみたいに利用するな!?」

「やっぱり私よりさ、まーちゃんは節約術とか考えるの得意だよね?それじゃあさ、放課後に成瀬くんの家にお邪魔してみんなで考えよ!」

「お、俺の家に来るのか?それは駄目だ」


しかし、顕人は先ほどの雅俊とのやりとりを、頭の中で反芻する。



***



『僕と綾との縁を切ってほしい』

『……竜胆。お前、縁を切るっていう重みを分かってるか?』


この世界は見えない縁の糸で繋がれている。それもまた、信じる人間もいれば、信じない人間もいるだろう。


しかし、崇徳院の血筋をもつ顕人からしてみれば、人類は絹の糸のように縁が繋がれていて、そで触れ合うのも多生の縁と昔からいうように、天文学的確立で。

しかも同じ時を生きるというのは、まさに縁で繋がっているからなのである。


だからこそ、その縁を”断裁する”という重みを、幼い頃ながら顕人は両親に何度も説かれ、認識していた。


『……分かってるさ。お願いだ。綾は……あいつを傷つけないように。頼む』

『…………現状では、答えかねるな……』


もちろん、雅俊から縁を切りたいと考えていることを、綾は知らない。むしろ綾の進路を知り、雅俊自身も志望したのだ。

そのどちらも知り得ながらいつも通りに綾と接している雅俊を、顕人はあまり理解ができずにいた。


「俺の家に入ってもいいが、見せられないものが多すぎて玄関入った瞬間全部モザイクかかるぞ」


綾はバックから取り出して飲みかけていた水筒のお茶を勢いよく吹いた。


「犯罪者の家じゃねえんだから!」

「おやおや家宅捜索なのかい!?名探偵の出番ですねえーッ!」

「……お前は来られたら困る、勘が良さそうだからな」

「そうそう!有栖川さんが来ちゃうと事件が早く解決しちゃうんだよ!もう、優秀すぎて!」

「おお…花幡さん、よく分かっていらっしゃる、しかぁし名探偵は事件が終わった頃にやってくるものさッ!」


鼻を高くしてフフンと誇らしげな有栖川には申し訳ないと思いつつ、バレるリスクを抑えるため、綾と雅俊のみでなんやかんや顕人の家に遊びにいくことになった。


そうして五限が終わって放課後になり、顕人は一応は侵入の形跡などないか確認したいと、旧校舎の鳳華堂へ向かっていった。

雅俊は暫し不機嫌な顔をしやがて「先生に呼ばれてんの忘れてた」と吐き捨てて気まずそうに綾のもとを去った。


「なーんか怪しいというか、変なんだよねえ、今日のまーちゃん」


綾は口笛を吹きながら、靴箱からローファーを取り出して、玄関を出た。

この条杉高校の制服は、結構可愛いと評判だ。私はあんまり自分の可愛い、に興味はないけれど。


『おかあさんに買ってもらったの!どう?』


小学校の入学式。綾はねだりにねだったランドセルとカーディガン、スカートにおさげで、無邪気に笑ってみせた。


『かわいいな。……うん、似合ってんな、それ』

『でしょでしょー!』

『……ああ。だからお前は――』


“俺が守るよ”


綾もまた、反芻する。

あの頃のまーちゃんの顔は、なんとなくまだ覚えてる。胸に手を当ててそう言い放った姿が、まるで絵本に出てくる王子様みたいで。

あの時にまーちゃんが言ってくれた“守る”って言葉を、時折、自分がどうでもよくなった時に。御守みたいに、思い出す。


(だからちょっと背伸びして、制服可愛いってウワサのこの高校を目指したんだよね。……きっとまーちゃんなら、もっと上の学校入れたのに……)


そうして過去の記憶に気を奪われている時だった。



――綾が立つ正門の横の時計の柱裏。

そこには、聞き覚えのある特徴と、ほとんど同じ背格好をしている不審者がいた。

黒の帽子にサングラス、だぼっとしたパーカーに、みかん食堂という子ども食堂の運営費のため、バイト募集をしている内容のチラシ。


――そう言えば、人はいつから、本当の善意と、その善意に漬け込んだ搾取を見分けられるようになれるのだろう。


「お姫さん。良いバイト先あるんだけど、どう?」

「………………え」

「君は優しそうで、かわいくて、善い女だ」


若しくは。或いは、善意を装える様になるのだろう。

綾は顔を真っ青にした。


「――おい」


偽善を纏う不審者の片腕を強く掴んだのは、雅俊だった。


「触るなよ。偽善者」


雅俊から発せられるつよい言葉に、綾は目をまん丸くした。


「僕の善と彼女の善。なーにが違うの?言ってごらーん。竜胆……いや。親友?」

「僕はッ!……お前と同じ道を歩むのは、僕だけでいいん

だ」

「……まーちゃん?」

「ま。仕方ない、同族嫌悪されちゃったら僕は打つ手無し。大事な彼女は流石に奪えない。ざーんねん」

「……腐ったな!お前は……本当に!」


不審者はサングラスにマスクをしていて、表情は全く分からない。喋る際の語調ですら軽薄なもので、本心というものを悟られないようにしている。


然しながら、彼のその軽薄さの裏に隠れる悲しさを、綾は知る由もない。

ただ、雅俊が助けに来て、守ってくれた。その事実だけが、去っていったあとの校門に、残っている。


「悪い、待たせた」

「成瀬くん!」

「……ん?」


顕人は雅俊の方を怪訝そうに、実に不機嫌そうな表情を見据えている。

その後に視線を横にズらすと、綾が受け取っていた一枚のビラをそっと手に取り、夕暮れの紫紺と時期外れの向日葵を撹拌した、淡いグラデーションの空に透かしている。


「嗚呼そうそう、二人とも学年集会出てなかったから知らないでしょ?これだよ、これ。闇バイトに注意してって、先生が言ってたんだよ!」

「…………子ども食堂に一部寄付されるのか?しかも時給いいな。やるか」

「ちょっとちょっと私の数秒前のは、な、し!聞いてた!?」


顕人は暫く雅俊とそのビラを交互に見つめてから、


「先にこの食堂に行ってみるか」


誰よりも、予想より斜め上の提案をした。


「さっきのあの野郎もいるかもしれないんだぞ!これ以上こいつを危険に晒せるか!」

「敵の天倉に先に潜入……その発想はなかった!いいね、私は賛成だよー!成瀬くんもませちゃってるけどさぁ、子供になりたいときって、あるんだよね……!?」

「俺は……ませてるのか……?」

「いや別に子どもに還りたいとかじゃないだろ。僕は反対だ。わざわざ危険な目に遭いに行く必要ない」


腕を組み否定の姿勢を見せる雅俊に、顕人は砂をザリザリと足先で、そうして耳元にふと近づいた。


「なら竜胆、お前の願いに応えるため……そう言ったら?」


してやられた。

雅俊は肩をすくめながら、そのビラの地図を頼りに向かうのであったが。

綾と顕人は地理勘がまだなかったので、結局雅俊が先陣を切って向かうのだった。




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