二章【腐れ縁の幼馴染】第二話
まるでRPGのパーティの一行かのように、彼らは一列に並んでいた。
ちなみにパーティで言うなら、綾は幸運値EXのヒーラー、顕人は魔術も使える火力型アタッカー、雅俊は攻守優れたバランス型のサポーターといった所だろう。
そうして敵にエンカウントする間もなく、階段を上り、『みかん食堂』にたどり着いた。
「これが……子供、食堂?」
「だから言っただろ僕は!?」
通ってきた細い路地裏には煙草を吸うイカつい巨漢。四方八方から浴びる注視。カラスがごみ袋をつつき、日の光でさえ高層ビルによって入らない。
そこは反社の根城のようなボロいビルの四階だった。
「もう!後出しでそういう事言わないのー。えっとーなになに?『ホストクラブSHIMIKEN』……住所間違えたかな?」
「いや、ここはこども食堂だと言ってる。間違いねえ」
「………………誰が言ってるのか僕には聞こえないけどな……」
しかし綾が扉に近寄って耳を澄ませると、子供の楽しそうな声がきこえてきた。
「すみませーん!闇バイトしに来ましたー!」
綾は扉をゴンゴンと叩きながらインターホンのカメラ部分に目を近づける。
「なんで最初からバイトする気満々なんだ!?」
「ええーだって疑われるのが一番最悪なパターンでしょ。ここはいっそのこと、伏兵になる!それでホントに悪いやつだったら、いや、やる前からの失敗は考えないっ!」
そう、綾はよく言えば果敢で、悪く言えば無鉄砲な性分であった。
昔からそのような性格だったので、小学生の頃はよく男子生徒などを挑発して喧嘩を売っていたものだが、そんな綾をセコムしてきたのが雅俊なのである。
すると意外なことにガチャガチャと音を立て、油切れの錆びたネジの音がして、ギギイと扉が開いた。
「おにーちゃんのお友達い?こんにちは!」
「おなかすいたあ!」
「ねーちゃん遊ぼうよお!」
風船でできたバットで横腹を叩かれている顕人が、眉をひそめた圧を見せると、子どもたちが今にも泣きそうな顔をしだした。
「こおら成瀬くん!怖い顔しないで、怖がっちゃてるじゃん!よしよおし、お姉ちゃんが遊んであげよーう!」
「わあい!お姉ちゃんこっちこっちー!」
綾は子供が大好きであった。
そこは至って普通のアパートの一室のような内装で、1LDKのシンプルな造りであるが、壁にヒビが入っていたりなど、築年数は数十年は経ってそうな雰囲気であった。
リビングでは机の上に夜ご飯だろうか、ハンバーグやポテトサラダが皿に山盛りになってる。
おもちゃもあちこちに散らばっていて、小さい子供がいるには退屈しない空間だろうと、綾は思った。
顕人や雅俊もあとに続いて部屋に入ると、幼稚園から小学校低学年くらいの年頃だろうか、あまりにもホテルという看板のイメージからはかけ離れていたことに、おどろきより、この状況を作った大人を警戒していた。
「ホストクラブ……っていうのは本当か?」
「そうだよ!でもね、おにーちゃんが夜いる間だけ!お昼は僕たち、ここにご飯食べに来るの!」
「そうか、昼はこども食堂。夜はホストクラブ…ってこと
か!」
「つうことはここの主は不在――」
顕人はふと、部屋の本棚を見た。絵本などがたくさんある中で、ある分厚い参考書を手に取ると、パラパラとページを捲る。
そんなとき、なかの様子を覗いていたようにタイミングよく、チャイムが鳴った。
三度鳴って、また一度。チャイムが鳴ってから、子どもたちが一斉にフローリングの床をバタバタと走って玄関へと向かう。
「清水おにーちゃんお帰り!」
「おなかすいたあ!」
「ねえねえ、おにーちゃんのお手伝いしてくれる人、来てくれたよ!」
「前みたいに裏切りそうだったらボコボコにしちゃっていいのお?」
「いやいや、その時はシュンがいつも持ってる風船のバットでさ、手加減してあげてよ」
「……………………清水……ッ!」
玄関から現れたのは、清水という男だった。
顕人は頭からつま先までを観察し、サングラスを外してはいるが、それ以外の身なりは先ほど正門前で見た不審者と外見が一致していた。
「おー怖い顔だぁ。新しいバイト君?」
「はい!ここで働く新人です!」
「いやあヨロシクー。まあ本来の仕事じゃないけどここで子守してもらう方が、君はええかもしれないなぁ」
身構えている様子に対して驚くこともなく、両手を挙げてその男――清水はへらりと顔に貼り付けたような笑みをうかべた。
「“昔の”よしみでしょ。助けてくれない?竜胆クン」
「お前の生き方を俺は肯定できない」
「へえ、じゃあこの目の前のかわいい大切な子どもたちも、見捨てられるべき?」
「然るべき施設に預けるべきだ。少なくともここに庇護されるべきじゃない」
「見たところ竜胆くんも昔から同じ事してたと思うけど?」
清水はヘラヘラと乾いた笑いをして、子どもたちを軽くあやすと、慣れた手つきでキッチンで手を洗い始めた。
いつもいつも、清水はあかぎれになるほど丁寧に、帰ってきたら指の間まで、手を洗う。
「まーちゃんの知り合い……」
綾はそういえば、と過去の記憶を手繰る。
小学生の頃は、よく公園で遊んでいた。雅俊はゲームが好きだったので、よく一人ベンチにいた。
***
「まーちゃんまたゲームしてる!こっちで一緒に遊ぼうよ!」
「今いいところなんだ、もうすぐで百レベに……」
「一人足りないの。ねえねえお願い!ボール役が足りないの!」
「って僕をボールにするのかよ!?尚更嫌だ!」
「――そのキャラクター、弱いよ?」
夕方のある日。公園のどこからか、風来坊のように現れた少年。それが清水だった。
清水は綾や雅俊と違う学校であったが、その公園には時折遊びに来ていた。
しかし雅俊は幼いながら、自分たちとの身なりがずいぶん異なることに気づいていた。穴が空いた服、シミのついたズボン、乱雑にまとめた髪。
家庭が“貧乏”であること。それを悟るには、あまりにも幼かった。
「それよりこっち育てたほうがいい。それにどうせ対戦だとレベルは一律になるからさ」
「はあ!?お前何なんだよいきなり!」
「あーあ。現実世界も均等になったらいいのになぁ、俺もゲームやってみてー」
「君はいつもここに来てるの?」
「そうさ、ここで屯してる子どもに近づいて仲良くなって、一緒に遊べばお得でしょ?」
公園でできる遊びといえば、遊具もあれば、サッカーやバトミントンは道具さえ揃えば大人数で遊べる。
そうして自分は親から与えられずとも、仲間に加わることで遊んでいたのだ。
「ねえ、良い事教えてあげよっか。僕はこう見えて賢いんだ」
しかし、自分の身なりなぞ殊更興味はなかった。
清水が求めるのは、ただ、這い上がるための“力”のみ。
「……それなに」
「うわあ、すっごい重い……!じしょ?」
「違うよーん。参考書って言うんだ、将来俺たちが勝ち組になるための道具さ!」
「ふーん……」
「そんなつまんなそーな本読んでどうすんだ?って思ってる」
清水は意地悪そうにクラクラ笑うと、勝手に雅俊の隣に座った。そして参考書を適当にパラパラと捲り、雅俊に見せた。
「これ、俺全部解ける」
中学、いや高校以上、大学でも通用してしまうだろう。
難関校の問題すら途中式まで口頭で口にして答えを言い、雅俊が答えのページを確認すると、確かに合っていた。
「だから俺を育ててみない?結構強いよ〜俺。何でもできる、スキルもユウシュー!」
雅俊は、ゲームの画面から面倒くさそうに顔を上げた。
ゲームの中では最強の技を持ったキャラクターがいる。しかしながら、別のキャラクターを育て屋に預けて薬漬けにした方が、対戦で有利であるという事実。
それを直視する子どもは滅多にいないだろう。
しかし雅俊はそれから、清水が現れる度に指摘されたとおりにすると、対戦では一度も傷つかず勝利すらできた。
「ちょっと!あんまりまーちゃんを困らせないでね!」
「おっと。じゃねー……これからもヨロシクー」
「…………」
それ以降、雅俊と清水はその公園で度々出会っては、遊んだり勉強を教えあったり。友人のように過ごした。……そう、心からの友人であったのだ。
――清水の持つ参考書が、盗んだものであることを知るまでは。
***
清水はあっという間にチャーハンと生姜焼きを作り上げた。冷凍してあった食材や、さまざまな調味料。それらで時短し、さらには自炊で食費を節約。
食卓に並べられた子どもたちは屈託の無い笑顔を浮かべて、「おいしー!」と笑った。
「ねえ……清水くん。どうして、このやり方を選んだの?」
「……やり方ってなにかなー?」
「よくわからないけど。きっと清水くんは、か弱い人を平等に守りたいって思ってる。だけどこの人数を養うために、ホストクラブだとか、闇バイトでお金を頑張って稼いでるんだよね?」
「まともな働き方で足りるって思ってるのかなー?……あのさ。国がやらないんだから仕方ないでしょー。産まれた筈なのに、餓死してようやく後悔する。……ぬるま湯に浸かってるお姫さんには、わからないかなー?」
「うん。分からないって言ってるでしょ。だけど清水くん、あなたがどうしても報われないよ、こんなんじゃ……!」
「…………」
「これ以上あなたの大事なものを、明け渡さなくていいんだよ。私も、まーちゃんも。成瀬くんも……力になるから」
正しいやり方。正し在り方。それだけでは、救えない人もいる。
しかも世界はだんだんと、弱いものを切り捨てている。それが正しい淘汰だとでも言うように。
「お前は誰に対してもそうなんだな……」
顕人はただぼそっと呟いてから、息を長く吐いた。
最恐の縁切りのご利益。そんな神社の先祖の隠れた生き残り、そんな不気味で忌み嫌われてきた青年でさえ。
綾は絶対に、その手を離さまいと必死だった。
しかしながら、親にさえ散々と裏切られててきた清水にとって、そんなものは信じるに値しない理想論だった。
「はいはーい、同情してくれんならこのまま口封じにぃ――」
雅俊は清水が言い終わる前に、綾より一歩前に出た。
凛とした龍のような上紺の瞳孔が、かつての親友を捕らえる。
ビルの外が騒がしくなる。一歩動けば事態が大きく動く、そんな危険な状態なときだった。
「謎はここにあるッ!つきとめたぞ、不審者とやら!アーッハッハ!!」
「これはまさか……有栖川ッ!?」
外の扉の前。そこには実は、こっそり虫眼鏡と肩に乗せたワトソンを頼りに小一時間ほど迷った挙句、ようやくたどり着いた有栖川であった。
「……ちなみに時給一万超えって本当なのか?」
「プイプッ!」
「いや闇バイトしにきたのかよ!?」
隙ができた内に、綾とその一行は玄関へと駆け出した。
「逃がすかー!」
「待てえー!」
「やっぱりここなんか来るんじゃなかった……!」
「いや。来た目的は十分あった」
「……成瀬ッ……?」
子どもたちは飛びかかろうとするが、なんとか回避しながら、勢いよく扉を開ける。「ヘブッ!」有栖川は顔面でその扉を受け止める。
「あとは頼んだぞ名探偵ー!」
「有栖川ちゃんごめん!あとで何か奢るね!あーあとチンチラちゃんもモフモフさせてね今度!」
「有栖川っつうのか。名前だけは覚えといてやるよ。……達者でな」
「同じクラスメイトですよぉ!このわたし、有栖川水帆という名前をちゃんと覚えておいておくがいい!なんかこの、ヤバそうな事態をなすり付けたこともなッ!!」
その後、取り残された有栖川は清水にすら「君かわいそーだねー」と情けすらかけられ、しかしながら子どもたちには探偵というモノマネ芸人、みたいな感じで大人気になったのであった。




