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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 第二鐘 ◇ 対峙の銅鑼 ――――――
205/206

◍ 葛城での決意


 皐月のとんでもない事実と計画について明かされた嘉壱は、受けた衝撃を隠し、一旦仲間たちの下に戻ったが、案の定、世界の見え方が百八十度変わっていた。なにも知らずに積みかなっていくそこでの会話に、同調できなくなってしまった。


 たまりかねて飛び出したのは、自分の性格を歪めたくなかったからだ。

 様々な疑惑を背負ったまま、華瓊楽カヌラという死地に赴かされることになった飛叉弥を、見て見ぬふりができなかった七年前と同じように――……。


 


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     :

     *





 再び洞窟を訪れて中をのぞくと、一言も話す気がなさそうな皐月がうなだれていた。

 寝てるのか……片胡座をかき、岩壁にもたれている。

 その首筋にはうっすらとだが、青紫色の斑紋が浮かんできていた。

 嘉壱は静かに歩み寄り、外套でくるんで運び出す準備に取りかかかろうとした。

 これから、ひいなを取り上げたというもと産婆の家に厄介になる。

 

「早過ぎない? 来るの」


 起きてた……。

 迷惑そうに睨み上げられたが、これはちょっかいを出されて怒る黒猫のようないつもの皐月だ。嘉壱にとっては十分、ほっとできる反応である。


「さっそく死んでるのかと思ったぜ」


「たぶん俺、死ぬ時は、本当に行方不明になるよ?」


「なんでだよっッ。捜す方の身にもなれよッ。猫かお前、マジで」

 

 やれやれ……。先が思いやられる。

 突然殴りつけてきた先刻の皐月が、嘉壱にはどうしても別人に見えた。わけが分からなかったからこそ、ごく自然に被害者に仕立て上げられてしまった。それもこれも皆、こいつの計算どおり――……。


 嘉壱は呆れていると言うより困惑していた。自分たちはこれから、何をどすればいい……?



「嘉壱――」


 嘉壱はハッと振り返った。

 洞穴に入ってきた大柄の人影が、そっとため息をついて近づいてくる。

 大方、「嘉壱は俺が連れ戻す」とでも言って後を追ってきたのだろう。現れたのは柴だった。





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「いいか――? これから皐月が試みる特別任務について知るのは、俺と智津香、あとは世話をするごく限られた人間だけ。もちろん、お前や他の奴らにも黙っているつもりでいた。少なくとも、最終段階にたどりつくまではな……」


 薫子たちはすでに、この任務が失敗に終ったと思い込んでいるかもしれないが、本番はこれからなのだ。

 村人は勿論、花連のメンバーにも今後しばらく、低迷から抜け出せない状態のままでいてもらう必要がある。


「もう後戻りはできない……」



「俺たちはただ、指をくわえて見てろってのか? 茶万チェマン村は奴らをおびき寄せるために、特別に配給を受けた餌場の一つ! そうだろ!?」


「いいや、実際は逆――保向爾ホムジは故意に配給を止めることを承諾した。……よく考えろ。配給の略奪事件が盗賊だけの仕業でないとするなら――」


 むしろ、久世安信者かもしれないなら



「なんのために食糧を奪う――? 困らせるため? 飢えた人々に、ただ絶望を味わわせて愉快に酒でも飲むというなら、そんな奴は黒同舟に歓迎されたりしない。二流、三流の雑魚がすること」



「――…」


 否定できず、嘉壱は顔を背けて舌打ちした。

 柴はあえて淡々と続ける。


「現状はこうだ――。敵はまんまと、こちらの作戦に引っかかってくれた。届くはずのない配給が届いた時点でな」


「でも、それならどうして…っ。せっかく罠に嵌めたってのに、あの配給を運んできた奴らが久施安信者なら、即捕まえることも出来たはず」


 元々、自分たちはそのつもりで潜んでいたのだから。



「敵は魔薬という爆弾を撒き散らすような奴だ。対峙するなら村の外がいい――」


 嘉壱の疑問を一つ一つ潰していきながら、柴は途中、黙っている皐月の頭頂を見下ろした。

 巫女が神託を告げるのと同じように、自分は代弁者に過ぎない。実際にはこいつの言葉だ。



「何より、相手を生け捕りにする価値がないわけじゃないが、それで全てが解決すると思うか――?」




「……っ、でも、それくらいしか俺らには」


「ああそうだ。今回、皐月が名乗り出なければ、俺たちが挙げられる成果なんて、たかが知れていたんだ――」


 

 一方、敵の目論見は一つとは限らない。手を変え品を変え、何重もの “見せかけ” を使い、本当の狙いを隠している可能性の方が高いだろう。一つ見破ったくらいで、気が抜ける相手じゃない。

 全て阻止するつもりなら、少なくとも敵のカードを読み切るまで、こちらも猫を被っている方が得策だ。

 特効薬の完成にこぎ着けようとする智津香――そして、その命運を左右する実験台に、世界樹の養い手である皐月が挑むことを知れば、敵は少なからず興味を持つ。

 二人を危険にさらさないためでもある。いずれ知られるとしても、そのタイミングを間違うことは許されない。



「――分かるだろ? 捻り潰しにくるか、さらいにくるかはともかく、熟し切らない皐月こいつを敵の前にさらす馬鹿はいない。まずは、この作戦を起動に乗せることが重要だ……」


 すでに手は打ってある、と柴は皐月の傍らに腰を落とした。

 

 黙り込んだ嘉壱は段々と、この山の大きさが分かってきた――というか、皐月の負担が大きすぎることに疑問を抱いたようだ。


「飛叉弥じゃなくて、どうしてこいつが……?」


 その答えは、皐月が特殊だからではない。飛叉弥の方に特殊な事情があるせいだと、今の柴なら説くことが出来る。だが、これ以上は “うてなの国家機密” に迫る話――……。




     *――元凶という根底は深い




 蓮の葉が、どうして雫を弾くのか――彼らがどのような所から芽を出したのか、知ることがない限り、分かるはずもないように




 *――それは見えないのではく、今はまだ、見えてはならいものなのです……





 柴の脳裏によみがえったのは、数日前、全てを打ち明けてくれた玉百合の声。まだ嘉壱らは知らない彼女の、悲痛な告白である。




「まぁ――……、なんにしろ皮肉な話だ。飛叉弥は不本意に違いない。智津香とて大反対したからな……不安に思うのも分かるが、どにかするしかないだろ。世界樹と一心同体である皐月こいつにとって、足枷を付けたまま敵に狙われるのは初めての状況じゃないし、むしろ日常の応用だと思って…」


「いや、そんな軽いノリっ? なんかこいつ、早くもヤバそうじゃねっ?」


 嘉壱のうろたえを無視して、柴は具合を確かめる――と見せかけ、皐月の額をぺしッっ。と叩いた。


「いっ――~~……っ」 



「俺に仮病が通用するとでも?」


「は? や、だって柴。仮病ってか、こいつは本当に……」


 嘉壱はますます戸惑ったが、その心配は途中でムダになった。皐月がチっ、と舌打ちして立ち上がったのだ。すんなりと


「っッ!!?」


 嘉壱は柴に顔を振り向けた。


「~~……。大方こいつは、俺たちを馬車馬の如くこき使うつもりなんだろうが。……せめて初期症状が出てからにしてくれ」


「だって、産婆だったって人の家、遠いんでしょ? 歩くの疲れるじゃん。俺が体力無しなのは嘘じゃないし。どっちでもいいから足になってよ……」


 皐月は月明かりの差す洞窟の外に向かって、伸びをしながら歩き出した。


 嘉壱はわなわなと肩を震わせ、右手の中指を突き上げる。


「お前いつか絶対ブっ●す…っッッ! ひとが真面目に世話焼いてやろうって時にいいいいぃッっ!!」


「別に頼んでないし」


「今は頼みたいのが本音だろうがっッ! それでも頭下げたくないから、俺らの優しさを利用しようとしたんだろうが、コノひねくれ野郎っッ!!」


「それより、腹減ったんだけど、俺」


 とりあえず一仕事終え、疲れたと肩を鳴らす皐月に、柴は苦笑しながら踏み出した。




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     :




 やっとの思いで手にした蜜柑を、幼い子どもから取り上げて踏み潰した。

 一口食べただけで彼は。それがどんなに価値あるものか、代わりに味わおうとすらせずに。


 だか、その一口がある意味、月花の甘露をすするよりも貴重であったことを、人々が知ることは




   ない――――……。








   ×     ×     ×


 


   




 今日一日を締めくくる彼らを待っていたのは、思っていたよりも大きい平屋の一軒家だった。

 えぐれた崖下にあって、山間から押し寄せる葛の原に石垣を呑み込まれているが、前庭には住人の日々の暮らしがうかがえた。

 ほんの一群がりの竹林と畑、釣瓶井戸があり、障子越しにも心温まるほど明るい灯光に照らされている。


 出迎えてくれた素祢スネという女も、イメージしていた産婆とはだいぶ違った。勝手に老女を想像していたのだが、白髪が目立つだけだ。足腰が悪いわけでもなく、童顔で、まだ四、五十代にしか見えなかった。







         ――――【 高まる覚悟 】――――



「――……これから大変なお役目を、控えていらっしゃるのです。どうぞ、遠慮ならさずに召し上がれるだけ、召し上がってくださいまし」


 そう差し出してくれたのは、干瓢かんぴょうの酢の物と生姜の佃煮、梅粥の質素な夕食であった。だが、何度もこういう任務を経験してきた柴と嘉壱には、これがどれだけ頑張って用意されたものなのかが、すぐに分かった。自家製のものも含め、保存食が惜しげもなく使われている。


 知ってか知らずか、がっつく皐月が素祢スネには逆に救いであるようだ。嬉しそうに微笑みながらお茶を注ぐ。

 対照的なのは “ひいなの様子見” という名目で村を抜け出してきた保向爾ホムジであった。



「その――……特効薬を作るという話ですが――、本当に大丈夫なんでしょうか」


 子どもから蜜柑を取り上げ、代わりに口にした皐月を目にした瞬間から、保向爾はずっと同じ顔をしている。


「こんな小僧じゃ不安――?」


「いやいやっ、そういう意味ではなく…!」と、慌てて箸を置く保向爾ホムジの弁解を聞き流し、皐月がさりげなく視線を流してきた。

 柴は目を反らさないことで、返事の代わりとした。



 ――あぁ、分かっている……。 “須藤皐月” の様々な特異性について、知れることが誰の得にもならないなら、今回の件だって、伏せたまま処理することに異論はない。


 心配なのは嘉壱だ。

 柴は早々と食事を済ませ、黙って縁側に腰かけている背中を見やった。


 自分は桐家偉人の門弟となり、嘉壱は菊家重鎮の養子となって夜覇王樹壺門セレンディアに仕官を果たし、玉百合姫と飛叉弥を支える誓いを立てた。今もその覚悟に揺るぎはない。


 ただ、形を変える必要には迫られていると思う。

 飛叉弥という大樹大花の後ろに、相生あいおいの松の如く、もう一柱の花人が隠れていたことを知ってしまった。

 厄介なことに、こちらもまた、近づけば近づくほど全貌が分からなくなる化け物級の枝振りなのだ。嘉壱が二の足を踏むんでも仕方がない。闇の中、濃い霧までまとっているのだから――。


 月に照らされて見えていたのは、飛叉弥という片面だけだったわけだ。

 途方に暮れるのも分かる。彼一人でも罪の底が知れず、未来を示す梢も雲の中で見通せないというのに、この上、皆から仰ぎ見られてきた蓮壬家の大樹大花すらも一介の支柱に過ぎないとしたら、うてなの実態はどれほど巨大なのか。


 ――……正直、自分も想像がつかなくなっている。




「くれぐれも、ご無理なさいませぬよう……」



 気にかける保向爾ホムジの言葉が、思考の果てと繋がって、柴は我に返った。

 皐月は相変わらずだ。淡い苦笑を浮かべ、静かに食事を味わっているだけだが、囲炉裏の火影を踊らせていながらも、その顔はどことなく暗い。


「須藤殿を信頼していないわけではないのです。ただ――……お辛いだろうなと。生粋の花人には、失礼かもしれませぬが」


 柴も同じことを思わなくはない。

 ――そう。南世界樹と一心同体である皐月は、その生命力を肥しとして、華瓊楽カヌラの緑地を保っている天壇按主(アヌス)だ。

 優先されるのは常に世界樹。皐月が呪術の酷使や戦闘を控えていても、ちょくちょく調子を崩すのは、おそらく生命力を巡る世界樹との綱引きに、勝つことができないからである。その精神的負担は、他人には計り知れない。



「まぁね。正直、不安もあるけど――……」


 皐月は少し考えるように間を置き、自分の懸念を口にした。


「長老は自身の心配をしといたほうがいい。食べ物の恨みは恐ろしいって言うから……」


 あんなことをした自分を匿っているなどと知れたら、素祢スネと二人、ただでは済まされないだろう。


「その事ならお気になさらず。たとえ見つかってしまったとしても、あなたへの物言いは、この私が退けてみせましょう」


 それに――と、保向爾ホムジはうなずく素祢に背中を押されたように、ひいなに似た面差しで、武人のような目をして見せた。




「私たちは元より、恥じるようなことをしているつもりはありません――――」




 後ろめたさなど微塵もない。もし、村の皆に詰め寄られたとしても、堂々と胸を張っていられることだろう。





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「おじいちゃーん……」


 ふと、部屋の出入り口から小さな声がした。

 目をこすりながら立っていたのは、ひいなだ。


「あのね? 厠についてきて欲しいんだけどぉ……、逸人くんね? 頼んでも起きてくれないの。寝言しか返してくれなくて」


「なに。起こすでない、起こすでない。じいじが一緒に行ってやるさ。…………すみませんなぁ」


 後半は皐月に向けられた台詞だ。

 皐月は薄く笑って返し、何事もなかったかのように、また食事を進めた。


 ひいなの背を押し、部屋を出て行く保向爾ホムジを、嘉壱だけがじっと見つめていた。

 少し離れた所にある縁側に座って背を向けていたが、長く村を治めてきた老爺が、なかなかの覚悟を口にした瞬間を、味わい尽くしたかったのだ。



(元より恥じることをしているつもりはない、――……か)



 そうさ。たとえ、これまで培ってきたすべてを敵に回すことになっても


「俺は――……」




 軒先を見上げると、そこには房状の紫花を咲かせた葛の蔦が垂れ下がっている。

 崖上から簾のように流れ落ちてきている一部で、ここは “葛城かつらぎ” というにふさわしい隠れ家だ。 


 かつて自分が、大切な者たちを守っていた場所と同じ――。


 思い出した嘉壱の青翆玉ウォルスオクの両目に、強い光が宿った。





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