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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 第二鐘 ◇ 対峙の銅鑼 ――――――
204/206

◍ 死神は命知らず


   ×     ×     ×



 しんと静まり返った集会堂で、満帆は重く感じる顔を上げた。


「代わりの食糧はいつ届くの……?」



 想像もしていなかった最悪の事態から一刻ほど経った。

 先ほど、皐月が配給を駄目にしたせいで、村人たちはまた当分、倉にある保存食の残りで凌がなければならなくなった。


 茶万チェマン李彌殷リヴィアンより、よほど標高が高い位置にある孤高の村聚ソンジュ。谷底に下りていくような道が、向かいの山際を上っていく道と繋がっていても、荷運びの驢馬ロバはひたすら歩くしかない――そんな陸路の末端にある。


 空輸も簡単ではない。劉衛軍りゅうえいぐん※【 治安を司る邏衛軍らえいぐんに対し、外敵からの攻撃・災害などに対応する軍 】のそれが下手だとは言わないが、この辺りは谷風が読みにくく、嘉壱や央嵐でも重い木箱をぶら下げて飛ぶのは至難の業だ。

 近頃は下界でも寒さが増してきているし、本来なら、この秋に狩猟採集した山の恵みなども含めて、冬を越すための備蓄を整える時期なのに――……。




 *――これで喧嘩はしなくて済む……



 みんな平等だと、皐月は言った。

 豊穣ならともかく、子どもにまで平等に空腹と死の波紋をもたらすなど、曲がりなりにも世界樹の守り人ともあろう者がしていいことなのか。


 倉の中で、皐月と何をきっかけに揉めたのか聞き出そうとしても、嘉壱は「不機嫌な理由を尋ねただけ」としか答えず、土間の上り口に腰掛けたっきり、ずっとこちらに背を向けている。



 どうしてこんなことになってしまったのだろう……。

 満帆は自分の中に育つ違和感に悩んでいた。

 

 皐月はああ見えてどういうわけか、子どもに好かれる。もちろん、それだけで信用に値すると言うつもりはないが、少なくとも長所には違いなかったのに。



 そういえば、逸人いつと茶万チェマンに到着したその日から、智津香と共に村外れにある元産婆宅に滞在しているとのことだが、今日はひいなも、そちらに預けられているらしい。

 不幸中の幸いだ。皐月はひいなの父とは正反対のことをして、今、あらゆる怒りを買っている。ひいなが知ったらと想像するだけで、余計に胸が鬱ぐ。


 温厚かと思えば冷徹。好戦的なのに非協力的。皐月が見せるそうした二面性や矛盾は、周囲の都合や状況にねじ曲げられて出来ているのだろうか――……。


 いずれにせよ、本人が打ち明けた通りの理由で摩天に拘束されてきた危険な思考の花人なら、想像がつかなくて当然かもしれない。

 砂漠化の恐怖を体験した人々が、倉に木の実一つでも多くあることをどれほど重要に思うか。人の命、明日そのものと言っていいそれを、



 彼は踏み潰した――。





「……皆、かんかんに怒ってたね」


「まったく、あいつのせいで全部めちゃめちゃだよ」


 自分たちは完全に信用を失った。もう、この村の人々とは、とてもじゃないが馴染めない。

 言いながら、啓がある方をにらみ付けた。


 にらみ付けられた当の嘉壱は、気づかない振りをしている。そのままやり過ごして欲しいところだが、満帆には背を向け続けている彼が、ぐっと拳を握りしめたように見えた。

 現に、次に彼が発した小声は少し震えていた。



「……信用がなんだってんだ。そんなもん、あってもなくても同じだろ」


 それまで部屋の片隅で膝を抱えていた薫子が、この言葉には明らかに鋭い反応を示した。


「…何ですって?」


「ちょっと嘉壱…!」


 いよいよまずい。満帆は身を乗り出した。


「今のは言いすぎだよ…っ!? 華瓊楽カヌラに来てから、私たちが必死で積み上げてきたものじゃん! なんでそれを軽んじるようなこと…」


「無駄だよ」


 ため息混じりに吐き捨てたのは啓だ。

 日没も近くなり、薄暗くなってきた室内。釣瓶落としと表される太陽のように、彼の黄眼の温かみも見る見る失われていく。


「そいつはもう、俺たちの知ってる嘉壱じゃない」


「…啓ちゃん?」


 何を言うのかと満帆が戸惑いを向けても、表情一つ動かすことなく啓は続ける。


 腕組みをしている嘉壱も黙ったまま。何を言われても受け入れる気のように見える。


「啓――」


 いさみが短く制した。しかし、もはや啓には我慢ならないようだ。


「お前はあいつの味方なんだろ!? じゃあ、こんな所にいつまでも居座ってなくていいよッ!」


 さっさとあの少年の下に行けばいい。そしてもう


「……戻ってくるな」


「啓ッ!」


 満帆は思わず眉を怒らせた。だが、啓は更に声を張り上げ、今度はうそぶくように振り返らない背に畳み掛ける。


「ほら…行けよ」


 壊れたように笑う。


「信用なんて、たかがもんでしかないんだろ――っ!?」


  パシ…ッ!



 乾いた音が、がらんとした室内に響いた。


 啓は勇にはたかれた後頭部を押さえ、さすがに口をつぐんだ。大して痛くはないだろうが、言葉よりもある意味、伝わったようだ。


 啓を見下ろしている格好のまま、勇は問う。


「嘉壱」


「……」


「あいつは何処へ行った。先ほどから姿が見当たらないようだが」


「見当たらない――て……まぁ確かに、この集会堂の近くにはいないようだけど……」


 満帆はさりげなく気配を探ってみた。皐月は今、どこにいるのだ。


「……当然だろ、あんなことしといて、顔なんか出せるか」


「え…?」


 満帆が飛ばした疑問符をかわすように、嘉壱は荒っぽく立ち上がると、そのまま屋敷を出て行った。










          ――――【 嘘も方便 】――――




 *――どうしてッ、そうならそうって言わなかったんだ…っッ!!

 


 嘉壱は半時ほど前、ある洞窟の中にいた。

 そこで向き合った相手に対し、突き飛ばす勢いで激昂した。





     |

     |

     |

     :

     *





「なかなかの “名演技” だったと思わない――?」


 不敵に笑ってそう返された途端、猛然と腹が立った。


「ふざけんなッ! お前…っ」


 胸倉を手繰り寄せる。


「なに怒ってんの。怖いよ? 顔――」


 ふざけているのは表面だけのようだ。皐月の眼の方が怖かった。


 騒動の後、彼は姿を消してしまった。

 罵詈雑言を交えて、しつこく呼びながら探し回った甲斐あってか、村を囲む森の西側で息を切らしていると、仕方なそうに自ら歩み出てきてくれた。

 一目散に詰め寄って、事情を問いただしてみればどうだ。



「届いたあの果物に毒だと……?」



 皆がそれぞれに、台無しにされたと思い込んでいる例の配給物。そこに、久世安教信者の脅威が直接及んでいただなんて、にわかには信じがたい話だった。


 だが、敵は飲み水や土壌を汚染して廻りながら、ここ最近は、食糧を奪いに来るのではなく、 “届けにくる” のだという。

 空腹に耐えかねている村人のところへ、待たせたなと、台閣の役人や、雇われた運搬人に成りすまして。

 犠牲者らの中には、盗賊や妖魔の襲撃という二次被害の他に、こうした脅威を予測できなかった者たちが含まれていたわけだ。


 正規の配給を受け取った直後であっても、「追加だ」「日持ちしないから、こっちを早めに」――などと、乾物ばかりで飽きてしまっているところに生鮮食品を渡されれば、おおよその人がそれを優先的に食しただろう。


 経路はどうであれ、ケリゼアンに侵された人々は、最終的に乱心して自滅。しばらくして発見される頃には、外敵に皆殺しにされたのと大差ない、悲劇の村人像の完成というわけだ。



「……最新の邏衛軍の情報によると、犠牲者は山岳民族や貧民だけじゃない。四ヶ月前、都で火付けをしまくった盲鬼たちのうち、残念ながら正気に変えることなく亡くなった――特に、病気療養中だった人との関連も疑われてる」


「そっちは、ひいなみたいに操られたんじゃなくて、ケリゼアンのせいで凶暴化してたパターンだってのか……?」


 しかも、現段階では一定量を超えて摂取しない意外に、ケリゼアンの薬害を回避できる術はない。だから皐月は、その打開策となる智津香考案の特効薬を、自らの身をもって完成に近づけるという。



「村の人たちには悪いけど、茶万チェマンの配給は()()()()()()()()()んだよ。台閣から届くはずがない……」






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     :

     *







     ――――【 飛叉弥の賭け。皐月は乗った 】――――



「いずれにせよ、これ以上の被害拡大を防ぐため、ある晒し野村に協力を要請し、あえて “餌” を撒いてみることにした……」


「餌――?」




 李彌殷リヴィアンを出立する前の晩――、言葉とは裏腹に自信があるわけではなさそうな口ぶりの飛叉弥に、皐月は独特の危険な香りを感じとって聞き返した。



「これは、ある邪悪な目的を持った人間だけが引っかかる罠だ…… “配給を止める” 」



 皐月は目を閉じ、鼻で笑った。


「――なるほどね」



 汚染被害が深刻化すればするほど、民衆の警戒は高まり、いずれは被害拡大の流れが鈍化することになる。もう、その段階に入っているといってもいいのだろう。

 敵が今一つ悪あがきできるとしたら、 “台閣経由の食糧” であること、イコール “命の保証” という認識が広まってきたこのタイミング。


 配給の運搬に使う木箱には、台閣の刻印が入っている。



「その略奪事件に関しては、土壌汚染のことを知った山賊どもの仕業とは一概に言い切れない可能性が浮上した。――というのも…、敵からしてみれば使わない手はない木箱だ、と気づいてな」


「その配給が届かないはずのところに届いたら、――それは、完全にヤバい代物ってことになるね」


「遅れているだけで、届かないわけじゃないと……村人を含め、そのように思い込んでもらう。だが、実際には要請を取り下げてある状態にして、配給の信用性を利用し、それ自体にケリゼアンを仕込んで配り歩いている奴がいる可能性に賭けてみようと思う――」



 飛叉弥はここで伏し目がちになり、声を落とした。



 例の “(あざ)” を残した死亡者の一人だが……、



「水源汚染の疑いがあり、検査結果を待つ間、配給を受けることにしたある村の出身――……しかも、生まれたばかりの乳児だったんだ」


 夜泣きがひどく、体重の増え方にも違和感があって、赤子だけ村の外にいる医者に預けられていた。

 それからたった二日後、色が変わる奇妙な痣が出てまもなく、息を引き取ったとのことだった。


「村は結局汚染されていなかった。台閣からの配給以外、口にしていなかったはずの母親から生まれ、乳しか飲んでいない赤ん坊にも拘わらず、悲惨な姿で発見された村人たちと同時期に死亡し、しかも件の痣を発現した――ということは……」



 “配給自体” を疑う必要がある。



「話はだいたい分かったけど――……、一つ聞いていい?」


「なんだ」


「台閣の信用を利用する手段だって、周知されれば通用しなくなるでしょ。犯人が自ら繰り返していれば、捕まるのも時間の問題。大量に薬があるなら、それこそ、その辺の田畑や川沿いに散布したり、妖魔に餌付けして都を襲わせるほうが、テロ行為としては効率がいいと思うんだけど……」



 飛叉弥なら、疑問に思って尋ねているわけでないことに気づくだろう。皐月ははっきり言わせたかったのだ。



「お前がにらんでいる通り、すでにその仕掛けは、あらゆる個所に施されていると見て間違いない」


 今回の一件を引き起こしたのは、十中八九、久世安教に傾倒している人物――そいつが集大成として、勝手に落ちてくるよう仕掛けた “吊り天井” があると心しておくべきだ。

 


「だから、犯人を捕らえるだけじゃなく、致命的症状を抑える特効薬が必要ってわけか」


「そうだ……。実は智津香と知り合ったのも、その生成に協力を依頼されたことがきっかけだった」





     |

     |

     |

     :

     *





「花人の生命力は人間の数十倍……、蓮家の血筋ともなれば、数百倍なんだって――?」


 けがれにくいという特徴もあるらしい飛叉弥(あの人)の血肉に、どれだけ近い結果を出せるか分からないが、



 安心してほしい。そこそこ匹敵するらしいのだ。




 皐月は回想を終え、自嘲気味に鼻で笑った。


「――……それに俺、一回でいいから “三途の川の(ほとり)に立ってみたい” と思ってきたところがあって…」



「……は――?」


 嘉壱は思わず鼻で笑ってしまった。だが、喉元が詰まるように感じる。声が震える。



「今回は俺自ら、あの人の代わりを引き受けることにしたんだよ。智津香にも、柴にも反対されたけど」


「反対するに決まってんだろ…ッ!! 俺たち花人だってなぁ…っ、命粗末にしていいわけじゃねぇんだ…っッ!!」



 ましてやお前は……っ、ただの人間なんだろ――――?



 皐月は自嘲気味に笑いながら、嘉壱の手をぺしぺしと叩いて胸倉から外した。


「お前は俺を、鬼の仲間に入れたいんじゃなかったっけ――? せっかくだから、少しだけ見せてあげるよ」




           人間離れしてるって一面を





「……冗談じゃねぇぞ。ハハ……頭どうかしてるぜ、お前」


 ただ、正気の沙汰じゃねぇってだけだろうが。バカだとは思っていたが、まさかここまでネジが飛んでいるとは――。



 嘉壱は思考を整理しようと、その場を行ったり来たりした。笑い飛ばしながら、一方で我慢ならない感情が湧きあがってくるのを感じた。

 足を止めると、それは握りしめた拳から全身を、石のように硬くした――。




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