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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 第二鐘 ◇ 対峙の銅鑼 ――――――
206/206

◍ 瀞の時流 | 鍵となる薬 - “飛燕と松露”



   ×     ×     ×




 久しぶりに自分以外の食事を作り、美味しいと平らげてもらった夜――。



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 片付けを終えた素祢スネは、しんとした寝室で一人、いつもの薬を塗っていた。

 十年近くに渡り、ボコボコと繰り返しでき続けてきたいびつな発疹のために、腕も足も首回りも、汚らしいほど荒れてしまっている。

 ひどいところは化膿していた。


 何が切欠だったのか、思い当たる節もなく、感染症とも限らないからと言って産婆を辞め、自ら村の外れに住まいを移した。

 保向爾ホムジには仕方がない、いいのだと苦笑しておきながら、当初は毎晩のように鏡の前で嗚咽した。

 今はもう、村の子どもたちを怖がらせずに済むだけで、十分心穏やかに暮らせている。だから、こんな気味の悪い女が作った料理でも満足してもらえた今宵は、いつにもまして気持ちが凪いでいた。

 今も口元がほころんでしまって、そんな自分がまたおかしい――……。



「痛くない? それ」


「っ…!?」



 驚いて振り返ると、そこに立っていた皐月が微苦笑した。



「長年悩まされてきた “皮膚病” って聞いたけど」


「い、いいえ…! そのっ…、これは――……」



 火傷と偽っていたことがバレたとあって、素祢スネは慌てふためいたが、皐月は黒猫のように平然と歩み寄ってくる。



「どれ、ちょっと診せて――?」



 対面に胡坐した彼が腕をすくい取った瞬間、素祢は反射的にその顔色をうかがってしまったが、皐月は変わらぬ穏やかな目をしていた。まるで、灯火を映す葉末の夜露のような奥深い黒眼だ。

 素祢の胸に、なんとも言えない温かな感情が沁み渡ってきた。



「もしや――……、初めから火傷ではないと気づいておられたのですか? それで、保向爾ホムジさんに本当のことを…」



 皐月は首肯しないが、否定もしない。



「俺たちがいるからって、余計な気を使う必要はないから。素祢さんは、あくまで普段通りに生活してくれればいいんだよ」



 皐月に薬を塗りこんでもらっていると、何故だが痛みが引いていく気がする。みじめさや孤独の他に感じることがあるだけで、この時間の質は変わるのだということを味わえた。

 素祢は目元の小じわをうんと深くして、自ずと浮かんでくる言葉を口にしはじめる。



「須藤さまは、お優しい方ですね――……。ひいなお嬢さまが慕うはずです」


 都の暴動で亡くした、父親の余繁ヨハンさまを重ね見ているのかもしれない。心の穴を埋める存在として。



「それはどうかな。俺より、ひいなの方がしっかりしてるし」



 皐月は目を閉じておかしそうに笑うが、素祢には確信があった。



「余繁さまは、ひいなお嬢さまにとって、絶対的な正義の人です。誰になんと言われようと――……確かに、砂漠化を経験した華瓊楽カヌラの子どもたちは、目を瞠るほどたくましい。でもそれは、立派な大人の背中を、当たり前に見て育ったからです」


 もしく、信頼を裏切られ、こうはなるまいと反面教師としてきたか――……。

 迷走する世の中に揉まれれば、子どもとて嫌でも学ぶ。正しい選択をするには、強くなる必要があると。


「でなければ、大人でさえ人の道を踏み外したり、大切な誰かの犠牲を強いられるでしょう――……?」



 皐月は身に覚えがあるのか、なかなか真剣に聞き入っているようだった。

 素祢スネは少し話題を変えるふりをして、その心中に触れてみたくなった。



「須藤さまは何故、今回のような命がけの大役をお引き受けに……?」


「――……さぁ、どうしてかな」


 ひいなの父さんは、功徳を積める善良な人だったのだろう。


「俺は――……、あまり人の役に立ってきた記憶がないからかもしれない。迷惑ばかりかけてきたから。たまには、こういうのもいいかと思っただけ」



 素祢は冗談をあしらうように苦笑をこぼした。



「そんな贖罪を背負わなければならない方だとは思えません。私の手に、なんの躊躇いもなく触れて下さいます」


「見たところ、薬が合っていないわけでもなさそうだけど――、いくら塗り続けても完治しないのは、原因が日常的にくり返されている何かにあるからだと思うよ?」



 皐月は少し考えて「たぶんだけど、 “とろ” にはまってるんじゃない?」と言いながら、新しい包帯を巻く作業に移った。



「……とろ?」



 素祢スネはここ数日、智津香にも診てもらっている。そういえば彼女がそんなことを呟いて、皐月と柴に相談してから治療法を決めると結論づけていた。



産霊ムスヒ時化霊トケビのいたずらと呼ばれる超常現象の一つだよ。髪が伸びたり、色が変わったり、成長が遅れたり、部分的に時が繰り返されることで、ある物事だけまったく進行していないように感じる。――ひいなは確か…、九歳だったよね」


「ええ」


「逸人もああ見えて十歳になるんだけど、もしかしたら、二人とも瀞にはまっている子どもかもしれない。少し成長が遅いようだから。俺も小さい頃、経験したことがある――……」



 包帯を巻く動作は単調で、皐月が記憶を紐解き、巻き戻していく早さと相性がいいようだ。周りの大人に心配されたり、むしろ好都合だと喜ばれたりしたと語ったが、素祢スネには今一つよく分からない話だった。



「幸いと言っていいのか……、俺の場合は数年で抜け出せたんだけど」


 長い場合は十年。



「十年…っ⁉」


「いや、それはごく稀かな。とにかく、永久じゃないから安心して」



 皐月は自嘲気味に笑い、「常若とこわかが “そんなに簡単だったら困る” ――」と言い足した。

 素祢スネはなんとなく、秋の夜長をめいいっぱい使っても語り尽くせない話題である気がした。

 この化錯界かさっかいにおいて、見た目や実年齢を気にする意味はない。四千年前の神代崩壊とともに、天と地、それぞれにしかなかった存在のすべてが入り乱れてしまった。

 悪を征する善も、自然の恵みも、常若の容姿も――……、人間ごときが必要以上に望むのは、やはり、おこがましい。



「素祢さんも興味ある――?」


「っ?」


「智津香の美容と健康法……。俺もある意味知りたい。五十代だと思ったら、実は八十近いらしいよ、あの人。もう化け物じゃん絶体。怖くて聞けないんだけど…」



 皐月は中庭をはさんだ向こうの一室を肩越しに気にする。智津香が子どもたちと休んでいる部屋だ。

 素祢は詰めていた息を笑いに変えて吹き出した。



「怒られるッ、という意味ででしょう――?」


「やっぱり怒るかな」


「怒りますよ! 女はいくつになっても女ですもの」



 今の自分の口からこんな台詞が出るとは――……想像していなかった素祢は、本当に涙がでるほど愉快だった。

 「だよね」と言いつつ、皐月は忘れてとは言わなかった。

 むしろ素祢スネが余韻として味わえるように、笑って右手をひらりとさせ、静かに部屋を出て行った。









   ×     ×     ×





 智津香はこれから使うことになるだろう、治療道具の手入れをしていた。




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 つと、出入り口の引き戸が開けられ、静かに閉められた。

 足音を消して入ってきた黒猫のような少年に

 


「誰が “化け物” だって――?」



 片眉をつり上げて問う。あえて顔は見ない。どうせ笑っているだろうし、その笑い方も飛叉弥とよく似ているはず。



「――おかしいな。そんなに大声で話してたつもりないんだけど」


「そうかい。やっぱり、私の悪口で素祢を笑わせてたと」


「……。」



 見事にかまをかけてやった智津香は、フンと鼻を鳴らした。



「ッたく、どの口が言ってんだか。ケリゼアンに喧嘩売りながら、無事で済むと思ってる神経のイカれた化け猫目小僧が。よっぽど自分の生命力に自信があるってわけだ。不死身なのかい、その体……」



 皐月はすやすやと半口を開けて眠っている逸人とひいなの傍らに寝そべった。



「そうだと答えた方が、あんたにとっては気が楽になっていいんだろうけど――、 “俺” は一度、死んでると言っていい。須藤皐月として生き返ったからって、不老不死の薬を与えられたわけでもない」


 死ぬ時は死ぬ体だ。頼りになるのは常に知識と機転、そして、決断力。


「ただ、医者であるあんたを信じてる――――それだけ……」



 智津香は思わず顔を跳ね上げてしまった。



「なにその反応」


「…………、いや」





 *――信じてる……




 自分の耳にだけ聞こえる囁き声が、智津香を胸を締め付ける。だが、今は感傷に浸るより、皐月との会話を前に進めるべきだと思った。



「死に近いものを体験したってんなら……、仮死状態ってやつかい?」



 智津香はその手の仙術を知っている。遠い昔、ある老人が山を下りる度に死んでは生き返って見せ、人々を驚かせた――……。



「そんな生易しいもんじゃない。俺は事実、串刺しにされて血しぶき吹き散らしながら、界境に突き落とされたんだよ?」


「……。」



 ちなみに、返り血を浴びたのは何を隠そう、あの飛叉弥である。


「でも、けっこうヤバい状況で、飛叉弥の方が死ぬ可能性あったから――……まぁ、俺が未だに許せないのは、殺されかけたことじゃなくてさ」



 智津香には皐月が言わんとしていることが、最後まで聞かなくても分かった。



「そんなことより、さすがの俺も、明日からの方が大変だから寝ていい? もう」



 飛叉弥の顔が思い浮かぶ話をしただけで、またムカついてきたらしい……。

 大人げなく逸人をひいなの方に押しやって、皐月は彼が掛けていた布団を手繰り寄せ、ふて寝した。

 智津香は仕方なく、再び治療道具の手入れをする。

 自ずと、同じような作業をしていた華瓊楽カヌラ出発前のやり取りがよみがえってきた――。





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     *







   ――――【 あの鳥が、空へと急上昇するように 】――――



「ケリゼアンが、仙女の遺灰だなんて不老長寿の霊薬を装えたのは、痩せ地での農耕を可能にした “ある肥料” を素にしてるお陰――……。途中、人間自体が飢餓に耐え得る方法に研究者の興味が移って、空腹感を麻痺させる成分や、脂肪に蓄えやすい栄養分の創薬が図られた」


 完成した薬を “万松露ばんしょうろ” という――。



 柴の荷造りを手伝ってやっていた時だ。ケリゼアンの特効薬を完成させる方法を教わりに来た皐月と、具体的な話し合いになった。




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「松露ね……なるほど、それを肥料からサプリメントにしたってこと?」


「さぁ、摩天の言葉に詳しくないから分からないが。――今となっては、麻薬同然の幸福感が得られる反動として “三毒” を増幅させるだけでなく、確実に死をもたらす “偽甘露” みたいなもんでしかないよ……」※【 三毒:怒り、欲望、愚かさのこと。花人の大敵 】


 肝機能が低下していない限り、体内から検出されることはごく稀。しかも、それに複数回さらされることによって、ある日、免疫が致命的な過剰反応を起こす病と分かって、排出を促す薬や血清では対抗できないことが確定した。※【血清:免疫の増強剤】


「実はあと一歩のところまでこぎつけてはいるんだ……」


「答えは拮抗薬? それとも作動薬――?」

※【 体の機能に指令を出す伝達物質と同じ効力を持つ薬。各機能を複数ある鍵穴だとすると、伝達物質が鍵。薬がそれに擬態した合い鍵で、機能を全開にする。もしく抑制する 】


阻刺薬そしやくのことを言ってるのかい? ずいぶん詳しいね」



 智津香はここで道具の手入れを中断することにした。皐月が持つ知識量に興味が湧いたのだ。



「こう見えて、常日頃から暗殺に備えて生きてた身分なもんでね。仕事柄、やばい薬の押収とかもけっこうやってたし、捕まえた奴らを利用してもいた」


「なるほどね」



 智津香はあまり説明がいらなそうだと踏んで、さらりと返した。



「結論から言って、刺薬―― “体の機能を活性化させる系統の薬” だ」



 皐月はこれに、しめたとばかりほくそ笑んだ。



「抑える阻薬だけじゃ、色葉病の重篤症状に対抗しきれない。方向性としてはそれでいいんじゃない? 何が今一つなの?」



 智津香はおもむろに立ち上がると、取ってきた帳面に “天漢燕” と書いて差し出して見せた。



「私が作ったこの薬は、今までにないほど即効で血圧を上昇させる刺薬。急激な血圧低下、呼吸困難、出血……、色葉病が最終的にもたらす致命的な症状に抗う強烈な作用がある。効能が認められれば、治療の現場で広く応用が効くだろう」


 ただ……、最後の鍵がどうしても手に入らない。色葉病の重篤な症状の一つに、極端な “温度感覚障害” があるはずなのだが。



「どういうこと?」


「分かりやすく言えば、ケリゼアンには、薄荷ハッカや唐辛子に似た成分が含まれているんじゃないかと……」


 つまりそれは、熱や涼を感じる神経を活性化させる。冷たい物を押し当てても、熱いと言うくらい異常なほどに。

 このことから、普通の薬草や香辛料だとは思えないが、近しい物である可能性も排除できない。患者が暑さ寒さを訴えたところで、単に幻覚症状の一つに過ぎない可能性だってある。何せ――



「原料には “毒キノコ” も含まれてる――?」



 智津香はさすがに目を瞠った。



「よく分かったね」



 感心してやっているのに、皐月は得意げになるどころか呆れ顔をした。



「色葉病がもたらす結末は、毒キノコの中毒症状にも似てる。悪寒、発汗、精神錯乱――。稀代の名医であるあんたでも原料を特定しきれていない現状を考え併せると、想像するくらい容易い」


 毒キノコの種類は、この世に五万とある。



「ああ。だから、ケリゼアンの原料を突き止める研究は、正直、早々にあきらめた……」


 毒キノコの成分は、栄養材や麻薬的効能を引き出すためだけのものかもしれないし、仮に、キノコの毒が致命的症状の引き金だとしても、医者がやれることは結局のところ、解毒ではなく “峠を越えさせる補助” ――。

 いざ、重篤症状が出れば、蛇毒よりもあっという間に人の命を奪う病だ。訴えたという症例自体少ないから、何とも言えないが……


「検死を重ねた結果と、ある色葉病患者が最期に残してくれた手掛かりをもとに、私は最終的な症状の一つとして、暑さを感じる “唐辛子に近い成分” が含まれていると見ている」


「もし、寒さを感じたら?」


「唐辛子ではなく、薄荷系の成分が含まれているかもしれない。こちらは葡萄酒やお茶、煙草の葉と同じ成分を併せ持っている可能性がある。天漢燕を投与すると、相互に作用を増強させ、より錯乱状態となり得る――というより、心臓に負荷がかかって十中八九、心臓発作を起こす」


「ダメじゃん」


「一応、薄荷系の成分に影響されない薬―― “地泉燕” も作ったが、天漢燕より血圧を上げる効力が低い……」


 もっとも致命的なのは、どちらを投与するか判断を間違うことだ。その判断材料が、今際の際で暑さを感じるか、寒さを感じるか


「そもそも、お前の体が “余裕をもって、正確に感じ取れるか” が勝負所だね――」


 

 予想以上に大博打であることが分かって怯むかと思いきや、皐月は淡々と思考を整理する。



「つまり、最終段階に入ると温度感覚がバカになる可能性があって、それは毒キノコの作用かもしれないけど、薄荷類の薬草作用だった場合――、寒いと感じるはずなのに、ふざけて暑いなんて言って天漢燕を打たれたら、むしろ俺は死ぬってこと?」


「だから、冗談は抜きにしろって言ってるだろうが……。本当の本当に、なす術なしになる」


「そうでもない。俺の場合に限るけど」


 あんたが開発しようとしている薬に近いものは、おそらく、すでに存在している。



「なんだって?」


「ただ、こっちの世界には無い」


うてなにならあるっていうのかい」



 智津香は俄然、早口になった。

 皐月は逆に言葉を慎重に選ぶようになった。



「……いや、摩天だ。いざ死にかけの状態になったとしても、俺一人くらいなら、どうにか治療できるかも。なにより、蓮家の血を引いてる俺の体はもともと丈夫だし、一度 “蘇生” を経験してるからね……」


 他の流行り病で手をこまねく時が来れば、ワクチンを作ることに協力してもいい。少なくとも馬よりは抗体を作り出す能力に長けているし、死ぬ可能性も低い。体が小さい分、一度に作り出せる量は少ないだろうが――



「わくちん……?」


「まぁ、いいや。今回は不要だろうし、どうせあんたとは長い付き合いになる」



 これを聞いた智津香も、いよいよ腹が据わった。

 もうこいつから逃げることは出来ないし、許されない。真剣に向き合わない限り、どこまでも追ってくる死神のような運命そのもの――……。

 


「ちなみに――、汚染された土地や飲み水は、どうしようと考えてる?」


 天漢燕には、今際の際の致命的症状から回復させる薬効しかない。ケリゼアンを分解する系統の解毒薬ではないため、発症する人自体を生まないためには、汚染物を生活環境から徹底的に排除する必要がある。



「そこなんだけどさ、何も、全部が全部、薬でどうにかしようとしなくてもいいんじゃないかと思って」


「……と、言うと?」


「薬に精通する神仙はいくらでもいる。その中でも、あんたが花人(俺たち)に頼ったのは、正解だったかもしれないってことだよ」


 ただし、作業は大規模になる。飛叉弥と盤猛親子に任せることにした。成果が出るには少し時間がかかると思うが、そっちは敵に気づかれても問題ない。むしろ、気を引いてくれると嬉しい。

 “こちらの指揮下で動いていること” の方が、ギリギリまで知られたくない――。


「とりあえず、俺が上手くやれば、色葉病は不治の病じゃなくなる。発症する可能性を秘めたままになる人体とどう向き合うかは、一件落着後、あんたが余生を使って解決してくれ」


「薬自体は予め大量に作ってある。あとは効くかどうか――いざ発症した時、すぐに処方できるかどうかの問題だ」


「普及させるだけでも十分だと思うよ。天漢燕――? さっきあんたが自分で言った通り、なんにでも使える、ある種の “万能薬” になるはずだから。でも」




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     :

     *





*――まずは “毒でしかない薬” を広めると天罰が下ることを、敵に思い知らせてやるとしよう





 再び出入り口の引き戸が開けられ、智津香はその音で我に返った。

 大男の影が膝元に差したので、誰かは直視しなくても分かった。



「なんだい柴。何か用があるなら明日にしな」


「いや、ただ……」



 柴はそこに踏み留まったまま、腹部を規則正しく浮く沈みさせている子どもたちの横で、ぴくりともしない皐月を見つめる。



「村に戻る前に、顔を見ていきたかった。智津香、お前はすべて知っていたのか……?」


 皐月の正体。そして、すべてを思い出した上で、何も知らないままの十七歳を演じていたこと。


「 “玉百合さまの罪” ――……」



 柴がそれを明かされたのは、つい先日のこと。皐月の血液を調べた結果を飛叉弥に突き付け、いつの間にか立ち聞きしていた皐月に、それ以上の追及を制された時だった。



「玉百合姫――? さて、なんのことやら。私に覚えがあるのは、 “すべて自分が悪い” と呪の如く繰りかえす毎日さ」



 智津香は静かに自嘲をこぼした。



 毒でしかない薬を広め、数多の人間を狂わせた男。一人は自己顕示欲にまみれた明らかな悪だが、 “もう一人” は――……どうだろうか。

 うてなの黒い神判と知り合えたこれを機に、どう裁かれるべきであったか聞いてみたい。早まって、自ら地獄の底に落ちたのだから。


「私のことも手招いてる」


 今はもう、暑いのか、寒いのか、ただそれだけ教えてくれればいいのに。


「最期に何を言いたかったのか――……」



 智津香は、健やかな寝息をたてているひいな、逸人の布団を正してやり、さりげなく――皐月の前髪を退けて目元に触れた。


 

「なぁ柴…… “あの子” も、いっそ自分なんて生まれて来なければよかったと、思ったんだろうか」


 震えながら伸ばされてくる手を握り返そうとしても、ケリゼアン相手では間に合わない。きっと、一番よく効く薬だと思ったのだろう。私がこれまで見向きもしなかった訴えが、どれだけ価値のあるものだったのか分からせるために。

 

「これは良薬だと言われたけど……、私を苦しめるための毒でしかなかったってことかね」


「――……」



 なんとも言えいえない顔で、柴は少し悩むように下を向いた。







〔 読み解き案内人の呟き 〕


松露ショウロ

実在するキノコ。松から自身に必要な栄養をもらい、

松に必要な水分や栄養を与え、共生する。

松はこのキノコの菌がつくと成長が良くなり、

旱魃・病気に強くなるという。

「松の精気が凝縮したもの」と思われていた。

小さなジャガイモが転がっているように見える。

キノコの生薬としての歴史は古く、不老長寿の妙薬

として探し求められたキノコもあるとか。


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