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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 第一鐘 ◇ 関係 ――――――
202/206

◍ 若鶴頭からの “花結び” 


   ×     ×     ×



 飛叉弥が独り言の余韻に反省を滲ませている頃、―― “萌神荘に滞在中の料理人” こと茉都莉も、同じような反省に思考をうずめていた。

 厨房で、溶き卵のスープを必要以上に煮立たせてしまっている。



「アチチちっ。危ない……」



 これは五十鈴と自分、そして――飛叉弥たちの主だという玉百合姫さまの夕食だ。

 皐月が来る前に、薫子を介して挨拶済みではあったが、きちんと自分の口で説明できた事情が一つもない――……それが申し訳ない。

 玉百合はしかし、すべて察してくれているようだった。

 迷惑をかけたお詫びに、飛叉弥の分も含め、数日分の作り置きをして帰ることにした。裏渡師の鶴頭かくずにとって条件のいい出港時間は、今夜の二十一時過ぎだとか。待っている間に、簡単な菓子なら五種類は余裕で作れる。

 先ほど、任せてほしいと胸を張ると、手伝ってくれようとした玉百合は、少し元気がなかった顔に微笑みを取り戻して、自室で休んでいることにしてくれた。

 ちなみに、配膳しかまともに出来ないという五十鈴は、傍らで感謝感激、感涙していた……。



「お客さんが来るって事前に分かってたら、もう少し凝ったものも用意したのに……」



 *――いやいや、その煮豆と饅頭が良い。いくつか出してくれるかな?





           “きれいな髪のお嬢さん” 






「茉都莉ちゃーん…! ありがとう、助かったわぁ~」



 玉百合の部屋にも配膳を終えた五十鈴が舞い戻ってきた。



「いえいえ。お饅頭の味、気に入ってくれたかなぁ、あの白髪はくはつのお客さん」


「白髪――……?」



 五十鈴は瞬きを一つして、少し解せない顔をしたが、茉都莉は気づかなかった。玉百合が鶴頭にも分けて良いと言ってくれたので、籠に色々詰めている。



月凊隠げっせいいんさまがここへ来たの?」


「――……わぁ、素敵な響きの名前ですねぇ」



 飛叉弥も白髪だが、あのお客人はどこか透明感があった。肌色自体が白く、水晶の装飾品が似合っていたから、そう感じるのかもしれない。細やかな金刺繍が美しい宵闇色の衣とのコントラストが、妙に印象に残っている。髪を褒められたことも――……。

 ふと、触れてきた皐月の指先が思い出され、茉都莉はなんとなく慌てた。



「いつ来られたのかしら」


「えっ? ああ! えーとぉ~……。さっき、五十鈴さんが菜園に薬味を摘みに行ってくれた時だったかなぁ」



 茉都莉は、それよりも冷めないうちに早く食べようと、五十鈴に座るよう促した。少しお行儀が悪いかもしれないが、土間からの上がり段に並んで腰かける。

 まだ火に掛けている料理があるからだ。目は離せないが、これはお楽しみタイムである。



「こうして、作っている合間に、ちょこちょこ食べるのが好きなんです、私」


「なんだか新鮮だわ。お鍋をこんなに落ち着いて眺められるなんて」



 二人同時に顔見合わせ、フフっとおちゃめに笑い合った。思いっきりかぶりついたせいで惣菜麺麭(パン)の中身が飛び出したり、スープをこぼしかけたり、はちゃめちゃなことがあっても。

 飛叉弥から――「行くぞ」と声がかかるまで、この束の間の癒し時間は、密かに続いたのだった。







   ×     ×     ×







 じゃーんっ! ――……キラキラキラ。


 

 星のない天に突き上げられたのに、何故か輝いて見えるそれに、鶴頭かくずは「……。」となった。






      ――――【 新たな交渉材料が追加 】――――



 紅桃港くとうこうのある目立たない橋下。――枝垂れ桃の花枝に隠れるようにして舟の上にいた鶴頭は、例の如く煙管キセルを咥えて待っていたが、小刀で “あるもの” を手作り中だった。

 最後に傍らのおだまきから赤い組み紐を切り離し、とりあえずそれを完成させた。同じく何かを “作った” と声を張っている茉都莉の元へ、舟を漕いで向かう。

 異界国に越境までして何をこしらえ、誇らしげなのかと思ったら……



「サンドイッチ! ――じゃない、え~と、こっちはゴボウの金平とかぁ、お総菜を挟んだ麺麭パンでぇ~、こっちは蒸かし饅頭です! 桂皮シナモンをまぶした林檎の角切り入り! あと、お芋餡の串団子もぉ~」


「……。なんだか知らねぇが、俺にくれるってか?」


「はいどうぞ! お世話になったお礼に…!」



 そう言って笑った顔は、目に星が飛び込んできたと錯覚するほど印象強かった。

 無邪気で、桃花が綻んだようにほんわかして見えて――……。鶴頭は思わず固まってしまった。



「ハッはっは! 律儀な嬢ちゃんだ。ありがとよ――」



 豆鉄砲を食らった鳩の気分が分かり、そんな自分も可笑しかった。

 目深にかぶっていた角笠つのがさがずり落ちそうになるほど、顔を跳ね上げて笑った。咄嗟に押さえつつ、花枝まで楽し気に揺れる景色の中で、鶴頭はさりげなく足元の煙草盆を引き寄せる。

 そこに息を吹き付けると、灰が舞ったように霞が湧き立った。仙人らしくそれも味わいながら、再び肺一杯に吸った紫煙を吐き出し、口端をつり上げて見せた。



「か……鶴頭さん――?」



 茉都莉がみはった目の中で、眼光ばかり鋭い自分の年老いた顔が、見る見る張りを取り戻してきている。



「……なな、なんだか急に若返ってきてませんかっ?」


「ああ、俺ら東南の裏渡師は、元々腕の良い漁師だった奴が多いんだがぁ、当の昔に海難に遭って死んでるはずが、気づけば華瓊楽国カヌラこくに越境を果たしてたりしてなぁ――」


 “結霊ムスビの脈持” として見込まれると、特殊な “化粧道具” を授けてもらえんのさ。これのお陰で、ある程度は時化霊トケビの影響をチャラにできる。


「――まぁ、その分、長いこと働かされてるけどな」



 すっかり四十代の見た目になった若鶴頭は、黒い三角髭の生え揃った顎先で、舟に乗せている道具箱の中を指し示した。

 あらためてよく見ると、煙草盆を兼ねているそれは、漆塗りの高級な化粧箱と分かるはずだ。

 釣り道具まで押し込んでいるのは我ながらどうかと思うが、常磐の雲母を含む白粉や、く度に白髪が減る柘植櫛つげぐしなど、宝物級の代物が収まっている。

 


「へぇ――……」



 茉都莉の手を取って舟に引き入れた鶴頭は、興味深そうにしゃがんで見入る彼女に、 “あること” を黙っていた。

 しばらくは、誰にも明かさないつもりだ――。


 頭上からお馴染みの大鳥の影が迫ってきていることも、教えてやったところでどうにもならないので教えない。知らぬが仏であろうから、というより、鶴頭は “秘すれば花” という言葉を知っている。

 能ある鷹は爪を隠しつつ、そこに面白みも見いだそうとするものなのである。こんなふうに――



  キぃーっク



「ぁ痛あっ!!?」



  からの~、羽ハリセン攻撃ぃ。――べし!



「ぁ痛っ! イタタたたたたたっッ! またぁ!? ぇえっ、なんでぇっ!?」


「……。」



 続けざまに啄木鳥キツツキ攻撃も食らわせているが、ご存知――鶴頭の使役の大真鶴オオマナヅルである。

 こいつが見参する度、茉都莉の頭皮をイジめる理由――、正確には “叩き起こそうとしている” のだということは、結霊ムスビ使いの歴史に詳しい者にしか分かるまい。

 一緒に傍観している飛叉弥の眼が、のん気に煙草を吸いながらも、何処か鋭く見えるのを鶴頭は警戒していたが――……、やはり完全に気づいているわけではないようだ。茉都莉が、()()()()()()()()()と―――。




「 “これ” ――」



 さりげなく “例のブツ” を差し出され、鶴頭は即、何食わぬ顔で懐に納めた。



「いつもより多く包んである。実は、嬢ちゃんと一緒に “こいつ” も摩天へ送り届けて欲しい」



 小荷物を手にした五十鈴が飛叉弥の後ろから進み出てきて、お辞儀をした。

 相変わらず、人使いが荒いこの軍鬼人には、もったいないくらいの淑女だ。目にしたのは、いつ以来だろうか――。鶴頭は軽く笠のつばに触れて挨拶し返した。



「今当たっている任務が片付き次第、俺も、薫子たちも滞在しに行くつもりだ。足りなけりゃまた、その時に…」


「――いや、十分。それに今回はむしろ、こっちからくれてやるもんがある……」


 とりあえず、桃の木を削った数珠を留め具にしてみた。



 鶴頭が得意げに摘まんで眺めて見せたそれは、赤い花結びの飾り房だった。



「な……」


「あの嬢ちゃんの “非時ときじく” ――と言いたいところだがぁ、代替え品と言ったところか。今ある手持ちの “縁の緒” で急ごしらえした。それでも数回の越境は保証できる」


 正式な非時ときじくは、あらためて総本山の鶴領峯かくりょうほうに手配しておくから安心しな。



「おいおい…っ、ちょっと待て。一体どうした。嬢ちゃんの越境は今回限りかもしれない。俺はまだ、正式な加護を頼んだ覚えはないぞ? 薫子に交渉されたのか」


「いや――?」



 鶴頭は口端をニヤリとつり上げた。

 否定したのは、薫子に口止めされたからではない。というか事実、彼女からは、茉都莉の今回の越境を助けて欲しいという依頼しか受けていない。



「俺が決めた。辻村茉都莉の行く末には、この “鶴縁かくえんの頭領” ――鶴頭さまも一枚噛ませてもらうぜ?」


「……なに?」



 さすがの飛叉弥も、唐突過ぎて思考が追い付かないのか、少し焦っている様子だ。我知らず、一歩踏み出している。鶴頭はそれを尻目に出港の準備に取りかかった。



「構わねぇだろう。五十鈴嬢と違って、あんたのもんじゃない」


「いや…っ、その――…、まだ二人とも誰のものでもないが…! 少なくとも! こういう話の席には、もう一人いないとマズい奴が…っ」


「じゃあ、 “そいつ” の腹の内をはっきりさせろ――。この話はそれまでお預けにしておいてやんよ」




            茉都莉との縁をどうするか




「こぉお、らああぁっ!」



 鶴頭は大真鶴と格闘しながらも笑っている茉都莉の肩を、ぐいっと引き寄せた。

 挑発的な行動を取る彼と、何事――? と驚いている茉都莉の間で五十鈴はおろおろし、不安げに飛叉弥の反応をうかがう。



「いずれ、鶴領峯にも招待しよう――」


「え…?」


「――――」



 目を皿のようにした飛叉弥の表情が、何とも言えず――良い。

 若鶴頭は茉都莉の肩に腕をかけたまま、菓子やら饅頭やらの詰め込まれた手籠を軽く持ち上げた。



「いいかい嬢ちゃん――俺を使いたきゃ、またこれを作って持ってきな」






                    【 第一鐘 ◇ 関係 / END 】





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