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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 第一鐘 ◇ 関係 ――――――
199/206

◍ 好奇の目 - 茶万村にて


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 掛備ケルビンの砂岩地帯を突っ切り、さらに北上すると、まばらながら紅葉した木々を再び目にするようになった。落石が溜まったような山間に、細い川の筋も見られる。


 秋の彩りは山を翔け上がるにつれ復活し、平地よりも鮮やかになっていった。

 国土不毛化が解消されているこの辺りは、地盤にそれなりの常磐が含まれていたり、新世界樹の根からの生命力供給が上手く行っているのだろう。


 行く手に現れる崖の表面や奇岩が、老婆の横顔に見えて面白い。獅子に見えてかっこいい。

 その周囲に、木の実をつまむ団子鼻猿ダンゴバナザルの群れを発見。不思議そうにこちらを見上げる斑鹿マダラジカの親子とも出会った。


 突然、人間の子どものはしゃぎ声を降らせる大鳥が飛来したのだ。野生動物たちは驚いて四散する。

 沢山の青嶺鳥セイレイチョウが一斉に飛び立った様は、最高の出迎えと思えるほど爽快だった。


 昼頃に掛備ケルビンを発ってから、二時間ほどが経ったか――。




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 ようやく目的地近くの山中の道に降り立ち、嘉壱は「ふぅ~」と一汗拭った。


 風衣をまとわせた勇、満帆、啓、薫子、柴を着地させる。

 少し遅れて舞い降りてきた央嵐が、一つ二つ羽ばたき、ゆっくりと地面に両足を付けた。


 まっさきにその背から飛び降りたのは、実に六年ぶりの帰郷を果たすひいな。

 逸人は慎重に尾羽にぶら下がってからジャンプ――着地を果たすと同時に「はぁ~」と疲れ切った顔をした。

 智津香は婆だが、足が長いのでどうということはない顔。

 皐月が最後に下り、央嵐からキレッキレの敬礼を受ける……。


「グググっ、グあシャァァッ!(任務完了。また何かあればお呼び下さいっッ!)」


「…………。」


 なぜか皐月への忠誠心の方が強い央嵐……。自分の使役なのだが、嘉壱はもう気にしないことにした。


「さてさてぇ~? 村への秘密の入り口は~」


「こっちだよ!」


「あぁっ! 待ってひいなちゃん!」


 満帆が追いかける。

 茶万チェマン村との意思疎通は、飛叉弥が事前に済ませてくれてあるはずだが、なにせ今回の任務はこの村を舞台に “餌” を用意し、敵をおびき出すというものだ。

 自分たちが村人に紛れ込んでいることがバレないよう、念のため、正面から堂々と訪れることは避け、終始目立つ行動も控えると決めている。




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「……もしかして、あれが李彌殷リヴィアンから来た花人?」


 やってくるその様子を、木の上から観察している者たちがいた――。

 追いかけられているのに楽しそうなひいながUターンして、これまた楽しそうに、髪の長い男の背を押しながら坂道を上ってくる。


「なんか寝ぼけ目でトロそうな奴が来たな」


「よし、いっちょ実力を試してやろう」


 無邪気に言って、一人がさっそく小型の弓を引く。




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「グは…っッ!」


 皐月は見事に避けたが、満帆の額に命中した。


 飛来物の先端はやじりではなく、妙な粘着物だった。おかげで血は出なかったものの、満帆は黄色い鼻水のようなそれを拭った手を、ワナワナと震え上がらせた。

 腐った生卵のような、果物のような……。


 嘉壱の大笑いが、後方で盛大に吹き上がった。


「ちょっとおぉ…っッ!! 危ないとか避けろとか言ってよおぉっッ‼ なに…コレっ!!」


 皐月は知らないよ、と見向きもしない。


「なんか汚いのが付いてるっぽかったから触りたくなかった」


「斬り落としてよっッ。そんだけ動態視力良かったらッ、避けないで叩っ斬り落としてよおっっッ!」


 皐月が視線を十一時の方向に注ぐと、そこにある木の上で、大きめの猿のような生き物が数体、ビクついた。

 「やべっ…」と小声を発して飛び降り、山の斜面を逃げて行った。団子鼻猿ではない。串に刺さった団子のように居並んではいたが――……。

 

 そいつらと行き違うように、軽く武装した男たちが坂道を駆け下りてきた。茶万チェマンの自衛を務めている村人のようだ。


「ああ! やっぱり…!」


「お待ちしておりましたッ! 対黒同舟花連の方々ですよねっ?」


「と――」


 口髭を生やした壮年の一人が、皐月の傍らに目を剥く。


「も…っ、もしかして! ひいな嬢ちゃんっ!?」


「んへへ」


 屈託ないその笑い方を横目に、皐月は小さい頃の茉都莉を思い出した。

 ひいなの将来が心配でならない……。











         ――――【 歓迎ムード? 】――――



「わしゃ嬉しいぞ、ひいな」



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 ようやくたどり着いた史戴しだい郡、伏禧ふくれい県の最奥――茶万村聚チェマンそんじゅは、山岳の窪地にある森の中に、この地域最大の環濠集落として健在であった。


 閭門りょもんから中心地に向かう道の左右には、意外なほど大きな機織り施設が立ち並んでおり、四方八方に物見櫓がそびえている。

 武装した男たちの姿が目立つが、これが茶万チェマンでは日常であるらしい。


 山の斜面に石垣の棚田が築かれていて、そこでは山羊を追いかけ、幼い子供が楽しそうな声を反響させている。側で見守る老婆らも、のほほんと過ごしていた。

 一方、農閑期前の作業に精を出しているはずの大人たちは、自活禁止命令を受けてから手持無沙汰。遠く離れた都から持ち込まれる新情報を待っていたようで、続々と村長の屋敷の周りに集まってきた。

 

 ――ちなみに、屋敷の前庭にあるこの建物は誰のものでもなく、祭祀や話し合い、接待に使われる集会場だ。

 そう説明してくれた村長のリン保向爾(・ホムジ)だけが、思いもよらぬ孫娘の帰郷に、ニコニコとご機嫌な様子でいる。

 隣に座らされたひいなも同じ顔。



「じゃが――、この村はさらなんじゃよ? 安心して眠れる夜はないし、物凄く怖いから、きっとひいなは一人で厠にもいけん。それに……」



 と、保向爾ホムジから一瞥された。だが、胡坐している皐月は少し先の床に視線を固定したまま、あえて何の反応も示さなかった。


 他メンバーは背後に横一列で座っている。

 もうすぐ世にも恐ろしい連中が、この村を襲いに来るだなんて、冗談でも言えるわけがない。

 おおよそ、そんなことを思いながら、皆、取り澄ましている。

 皐月はとりわけ口を利かないことにした。その思惑通りと言っていいのか――戸の陰やら、格子窓やら、様々なところで覗き見をしている村人たちのひそみ音が、いい感じに刺々しい。隙間風のように聞こえてくる。

 


「あれが花連の新しい隊長だってのか……?」


保向爾ホムジさんから聞いてたけど、こりゃぁ思ってたより相当若いよ。大丈夫かね」


「若いも何も、彪将ヒュウジョウ殿だって二十そこそこにしか見えないというじゃないか。それからしてみればあの子は、まだ子どもとしか……」



 

 保向爾ホムジの手前には、さきほど出迎えに現れた自衛団の男たちが控えていて、口髭の団長――六角ろっかくが咳払いをした。挨拶がてら、現状につて語りはじめる。



「ここは晒し野です。悪しき者をはばむ結界も、格別頼もしい武人もいない。みんな、自分たちで苦労して育て、守ってきた食糧を、口にできないまま打ち捨てる空しさに耐えかねております……」

 

 茶万チェマン村は少し前から、李彌殷リヴィアンが配給するそれでしばらくの間食いつなぐよう伝令を受けていた。

 山奥だという運搬上の都合と、日に日に配給を要する地点が増えているという悪条件の山積によってか、ついに茶万村には予定日を過ぎても配給が届かない。

 仕方なく、倉に貯めておいた古米や干し肉などの非常食に手を付けたが、もちろん無尽蔵ではなく――、

 


「花連の皆様に、お力添えを頂けるとあって心強いです。余繁ヨハン――村長の息子と私は、乳兄弟でした。八年前の砂漠化危機に際し、村で培った農耕技術そのものとして李彌殷リヴィアンに赴き、そこで玉百合姫さま、彪将ヒュウジョウ殿と知り合えたことは、余繁にとってこの上ない糧になったと聞きております――……」

 

 もっとも、飢えた獣まがいの悪さをした賊に食料を分け与えたことは余繁の独断で、その事実が暴露された直後の暴動により落命した結果を思うと、今も悔しい気持ちにはなる。

 民衆の不満と信用崩壊が引き起こした、最悪の衝突であった。



「本当にその節は――……」


 あらためて頭を下げる保向爾ホムジに、薫子が恐縮を示した。

 

奎王ケイおうさまも、我らが主も。……飛叉弥だって、あの日のことを悔やみ続けています」

 

 今回は何者かによる配給の略奪が横行しているというわけで、茶万チェマン村に網を張らせてもらうことになった。

 あと数日もすれば、配給が届くはずだ。敵が現れる場所をこちらで絞り込むため、逆に他地域への配給は一時的に止めている。

 そちらには飲食を生成できる能力者の部隊が派遣されており、茶万のように、狩場として協力に応じてくれた村には、それぞれ戦闘を得意とする部隊が配されることになったわけだ。



茶万チェマン村の配給は、私たちが守って見せます」


「よろしくお願いします。ちなみに――…」


「なぜ…! 村の作物を食してはならないのですか!?」


 若い自衛団員の青年が、たまりかねたように腰を浮かせた。

 わざわざ配給を狙う敵の目的が理解できない。そんなに人が困るのを見て楽しみたい連中がいるのか。


「略奪行為を働いているのは、余繁さんと絡んだような盗賊なんですか…っ!?」


「それは…」


「盗賊とは限りません。それと、水も口にしないようお伝えしているはず。汚染の疑いがあるからです。検査が立て込んでいて時間がかかっていますが、危険な農薬がこの辺りの水源から検出されるかもしれないので――」


 薫子を遮り、珍しく勇が答えた。


「そんな……」


 なんとなく想像はしていたようだが、外にいる村人たちにも動揺が広まった。


「――ご辛抱ください」


 誠実に応じるのは薫子と同じでも、勇は時と場合により、有無を言わさぬ雰囲気を醸すようだ。

 不幸に見舞われている人々の気持ちに寄り添い、求められるがまま応じれば、すべてが上手くいくのかというとそうではない。なんにでも、誰にでも “節度と統制” は必要である――。

 

 皐月はどうなるかと背後の仲間たちに意識を凝らしていたが、勇がここぞとばかり存在感を発揮して上手く鎮めたので、また猫のように興味のない顔をした。






   ×     ×     ×






「なぁ、智津香ぁ」


「んー」



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 一方、逸人いつとが背負ってきた荷物を降ろしたのは、集会場でも、保向爾ホムジの屋敷でもなかった。

 以前、村で産婆をしていたという女性の家だ。


 長年、原因不明の皮膚病に悩まされているとかで、茶万チェマンに滞在中、世話になるついでに診てやるよう飛叉弥から頼まれたのだ。薫子らも承知している。


「うそじゃないんだろうけど……、なんで “ここ” のことは教えちゃいけないんだ?」


 逸人は通された室内の天井をぐるりと見渡した。

 蜘蛛の巣は張っていないが、少々埃っぽい。最近まで使っていなかったのではないだろうか。


 智津香はギシギシ鳴る雨戸を、ようやく開け放った。


 コの字型の廊下の手前に二部屋、――中庭をはさみ、後ろにこの物置部屋があって、向かいの一つが家主・素祢スネの寝所だそうだ。隣のもう一つが居間。囲炉裏があり、食事はそこで出してくれるとのこと。


「いいから。さっさと掃除するよ。お前は床を雑巾がけしな」


「え? 俺たち二人とも、囲炉裏のある部屋で寝起きするんだろ? てか、ここ何に使うんだよ」


 今度はきょろきょろと床を見渡す逸人を、智津香は肩越しに見つめ、前髪を掻き揚げてため息をついた。


「皐月が使う……」


「え――?」


「逸人……、今からお前を連れてきた理由を教えてやるから、心して聞きな――」






   ×     ×     ×






《 ――味方をしてとは望みません。ただ、できれば公平な立場で接してやって下さい…… 》



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 会ってすぐ、皐月から渡された飛叉弥の筆跡の詫び状を手に、最後の一文をもう一度読み返した保向爾ホムジも、こっそりとため息をついていた。

 

 相変わらず、会話に応じるのは薫子が主で、皐月は沈黙を貫いている。

 新隊長に抜擢されたばかりで、実質、蚊帳の外なのでは――? 傍目にはそんなふうに見えているだろうが、保向爾は分かっている。


 間違いなく、今回の作戦の成功を左右する人物は、この皐月という少年だ。

 花人とは、つくづく難儀な生き物である。


(なぁ、余繁ヨハン――……)


 保向爾は息子が心の糧にした飛叉弥と、今、目の前にいる皐月が、容姿以外でも瓜二つであることを皆に教えてやりたかったが、如何せん、それが許されぬ現状を噛み締めるしかなく、ただただ黙っていた。




 《 ――時に……、件の作戦を遂行するにあたり…… 》



 

 飛叉弥からのふみには、なんと、奎王ケイおうからの伝言もしたためられていた。再び協力してくれる茶万チェマンを誇りに思う、と。

 だが、保向爾ホムジは今回のことに限らず、村長として茶万の利になる判断をしただけだ。他の部族や下界の出来事とどう向き合うべきか、他人に考えを強要されたことも、忖度したこともない。


 八年前だってそうだった。

 自分で決めたからこそ、失ったものがあっても誰のせいにも出来ず。得たものも含めて勘定しだすと、何が正しかったのか分からなくなる。


 砂漠化により、下界の数万人が飢餓にさらされようと、対岸の火事だと思うべきだったのか。門戸を閉ざしてさえいれば、息子を失くさずに済んだのか。世の変遷を知らぬまま、心穏やかに暮らす桃源郷の民のままでいられたのか?




   天地の境など、当の昔に消滅しているのに――?




 自問自答を繰り返した果てに見つかった明確な答えは、これだけだった。


 そう――、うてなのような難攻不落の真秀場まほろばですら認めている。もう、楽園と地獄を隔てる壁はない。

 余繁ヨハンを通し、飛叉弥と知り合ったからこそ、あらためて実感できた。自己防衛を第一としながらも、身の内側の、何をどこまで他者のために削れるか――この難題と向き合わない限り、




 恵まれている者はこの先も、永遠と同じ問いを投げかけられる―――。






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