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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【塵積版】  作者: 讀翁久乃
◆ ―――――― 第一鐘 ◇ 関係 ――――――
198/206

◍ 不毛地帯 常磐と盤猛親子の事情


   ×     ×     ×




《 欽よ―― 》


 遥か頭上から呼ばれた欽厖キンモウは、胡坐している自分の隣を振り仰いだ。


 親子ともども、雉鳴谷きじなきだにに滞在を強いられて数日が経つ――。




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《 オドは身動きが取れん。皆の様子を教えておくれ 》


 父は彫刻されたような目鼻立ちの中の目だけ動かして、鼓膜の内に野太い声を響かせてくる。

 矮躯とはいえ欽厖も巨鬼には違いないが、今のオドは谷間に収まるため、雲に頭がつきそうな石柱と化している。


《 ケリゼアンとやらは、どのくらい広まっているのだろうか。あの皐月という少年は――? 》


「うん。まだ着いてない思うけど、出発はした。欽厖、行ってらっしゃいした。皐月、飛叉弥置いてくから安心しろ、言ってた。あと飛叉弥、もう少ししたら欽厖にご飯くれる」


《 ……そうか。いやはや、大変なことになった…… 》


 人家がない砂漠化した土地を通ってくるのは容易かった。ケリゼアンが散布されている感もなかった。

 生き物を害するために作られたもと農薬だというから、当然だったわけだ。



 *――もし苦でなければ、この一件に収拾がつくまでは、いっそ砂漠地帯に潜むってのもアリかもね……

    


《 あまりにも滞在期間が延びるようなら、皐月の提案を呑むとしよう。いつまでも細身でいるのは厳しい 》


「……うん」


 欽厖はこれに、やや声色を暗くして、銀狼の毛皮を被ったような頭をうつむけた。

 多くの人間を恐怖に陥れることが目的の破壊者テロリストには、確かに用がないだろう人っ子一人いない土地。だが ――……

 

 欽厖は皐月らを見送った時のことを思い起こした。




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     :

     *




 出発の準備が整ったのは、今日の昼過ぎ。

 見送りは李彌殷リヴィアンの西の森に面している江遠門で簡素に済まされた。

 南側の城門より飾りっ気がなく、人馬の出入りが少ない。ここから伸びている道は、寂れた地方との行き来に使われるのが主だと、よそ者の欽厖キンモウでも分かった。


 半ば自宅の門前であるかのように、飛叉弥、玉百合、妙季たえき千春チシュン、そしてケイおう……じゃない、東扶桑ひがしふそうのさすらい剣士風・暇人飲み師の武尊ほたかが、手を振るためそこに立った。


 皐月はあからさまに眉をひそめた。


「なんで?」


「いいだろうが別にッ。小隊とはいえ、晴れて率いることになった新隊長殿を、直々に送り出してやりに来たのだろうがッ」


「行ってくるよ母ちゃん!」


「行ってきますっ!」


 子どもたちが目をキリっとさせる。


 柴は治療道具や薬品の見直し。

 満帆と啓、勇はそれ以外の荷物の最終点検。

 逸人を鼓舞する妙季には智津香が歩み寄り、ひいなを抱きしめる千春チシュンには薫子が歩み寄って、何やら言葉をかけた。

 そして、皐月には欽厖キンモウが歩み寄った。腰をかがめ、影で吞み込むように上からのぞき込んで


「――これ」


 人差し指の腹に乗せたキラリと光る物を差し出して見せた。


「お守り。やる」


「もしかして常磐……?」


 碧玉か翡翠の原石のようだが、雲母の繊細なきらめきが見て取れる代物だ。玉百合に頼み、人間が首から下げられる長さの革紐を通してもらった。


「天鬼神、共に長生きしたい相手、常磐分け与える。これ、神代崩壊以降のならわし――だろ?」


 欽厖に続けて、玉百合と飛叉弥が歩み出てた。


「北西地方には、常磐が祀られた人里が少ないの。森も山も、八年前の砂漠化で消失してしまったまま……」


「完全には復活していない所が目立つ。時化霊トケビの吹き溜まりには気を付けろよ? 下手したら白骨化だぞ」


「大丈夫だって。風使いのオレ様と央嵐が、砂漠上を突っ切る最短ルートで茶万チェマンまで運んでやるんだぜ? さすがに手前の卦備ケルビン市鎮で一旦休憩すっけどぉ…」


「おお~い」


 嘉壱の話を遮るように聞こえてきた声の方を全員が振り返った。

 透き通るような白い肌、白髪、組紐付きの瓢箪ひょうたんを手にしているという特徴で、花人たちはすぐに誰か分かったようである。

 

 すぐ目の前まで来られても、欽厖には分かるようで分からない相手であった。


「飛叉弥と俺の酒飲み友達だ。――遅いぞ、月凊隠げっせいいん


 武尊ほたかが至極適当な紹介をしてくれた。

 馳せ参じた男は銀白色の衣に黒紫の半臂はんぴをまとっていて、休みの日、館でくつろいでいる壽星台閣高官か、退官した隠居のような装いだったが――


「皐月~! よかった間に合った~っ!」


 と、抱きついたその爪は、夜叉の本性を現す際の花人と同様、黒光りしていた。瞳は霞がかった春宵しゅんしょうの紫眼。


「誰コレ……」


 皐月は飛叉弥に紹介を求めた。


「破軍星神府には属していないが、こう見えて一目置かれてきた月神だ。上等な呑仙瓢とんぜんぴょうと酒造りを趣味に、云千年の年月をのらりくらりしてきた。神格からしたら燦寿に近い……。と思う」


「細かいことは気にしないでッ! これは私が作り溜めてきたとっておきの薬酒の一つッ。いざとなったら使うんだよ? いいね!? じゃ頑張っておいでーッ!」


 月凊隠げっせいいんは皐月を愛息子のように撫でまわした。頬ずりまでして。なぜか飛叉弥に似ているような、自分に似ているような見た目なので、皐月は微妙に気持ち悪そうにしながら出立したのだった。





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     :

     *

 





《 ――どうした。欽……? 》


 欽厖キンモウはハッと我に返った。


《 砂漠に滞在したらば? という皐月の案、気に入らないのか 》


 何の話だったか思い出して、首を横に振りまくる。


「違う違う。皐月、まだよく分からないけど、飛叉弥が好き。だから安心。言うこと聞く。皐月も好き――」


 オドは目線を空に飛ばす。


《 ……?? つまり、飛叉弥が皐月のことを好きそうだから、それだけで自分も心を許せると? 》


「うん。飛叉弥たぶん言うと怒る。から内緒、内緒」


《 そうだな。わっハっハっハ。皐月のことが好きだろうと指摘しても、頑として認めないだろうなぁ。もっと言葉を選らばなくては―― 》


 オドは欽厖に代わって、 “しんらい” だとか “しんあい” だとか、ブツブツ呟きながらふさわしい形容を考える。


 欽厖はそのような気持ちの証として常磐の首飾りを贈り、とりあえず、皐月の生命力を強化することはできたと思っている。

 少なくとも、自分たち親子が胸に抱く思いは、今も昔も変わっていない。大天柱となりえる大樹大花を探し、支え、後世まで誇れる立派な城という “居場所” を築き、守るのだ。それが、神代崩壊に関わった盤猛鬼人族の夢であったのだから。


 哀れ、哀れと昔話にされてきたが――……。



オド……」


《 うん? 》


 砂漠に移らざるを得ない状況なら、一時的に従うことに異論はないが、やはり自分は、あきらめたくない――あきらめてはいけないと思う。


「砂漠……常磐ない。木、枯れた。産霊ムスヒ死んだ土地。人もいなくなった。 “人原じんばらとは言えない” ――」


《 欽厖…… 》



 盤猛鬼人の多くが人原との縁を絶った。もしく断ちたがっている。実はそれが今の西諸国――自分たちの故郷の現状なのだ。


 数年前、飛叉弥が “ある事情” を抱え、オドの下を訪ねてきた時、欽厖ははじめて理想的な大樹に出会ったと思った。

 彼が打ち明けてくれた話を、欽厖は今あらためて噛み締めている。夜明珠よあけだまの瞳を持つ皐月が、あの時 “飛叉弥の語った男” と同一人物だとすれば、意地でも無事に還ってきてもらわなければ困ると思うのだ。



「欽厖、()()()()()()()()()()()()()()()()――……人間の味方、するから」



《 ――……そうか。 “宇巖ウガン王国の件” についても、すべてが落ち着いたら彼らに相談するとしよう 》


 きっと、道標になってくれるはずだ。




「うん――……」







   ×     ×     ×






 

 皐月は滝横の崖道を登り切り、見晴らしのいい場所に立った。





        ――――【 視て察する 】――――



 乾いた埃っぽい風が吹き付け、長い髪と苔色の外套マントを舞い上げる。




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「――……そういえば、四ヶ月前、ひいなの家を目指していた途中、青丸から教わったな。華瓊楽カヌラの城郭が直線的でないとしたら “常磐の岩山を避けて築かれてるから” だって」



「ああ、間違っていない。今のお前にはもう、いらん説明だろうが――」


 常磐に出来る蟄仙洞ちっせんどうや、そこに根付いている鬼怖木は、華瓊楽だけに留まらず、世界各国が必要とする避難壕であり “魔除け” なのである。

 太陽、月、水、穀物と同じく、失えば死を意味するが故に、八年前の出来事の中には、強力な “産霊凝ムスヒこごり” でもある常磐の略奪も多かった。



掛備ケルビンは死守に成功して、 “防壁ストッパー” の役割を果たしたと聞いている……」


 後ろから歩み寄った柴が説き終えると、皐月は呼ばれているかのように遠くへ視線を向けた。


 眼下の左下一帯は掛備ケルビン市街――だが、城壁を境界線として右一帯に広がっているのは、一瞬、目を疑うような光景である。



「これが “砂漠化の一例” ……か」



 いわゆる八年前の大干魃を機に、不毛と化したまま復活しきれていない砂岩地帯。

 涸れた川が蛇行している遥か先に連峰が横たわって見えるが、本来なら雄大なその景色――秋晴れの空すら、薄茶色に霞んでいる。

 手前にはこれと言って何も無かった。砂塵が吹き付ける中、枯死した樹木、亀裂だらけの廃墟が、ぽつん、ぽつんと残っている程度。


 李彌殷リヴィアンの外にある暮らしも、もっと早く目の当たりにしておくべきだったと、皐月は内心で舌打ちしているだろう。こんな有様でも、匪賊ひぞくや悪鬼の縄張りと化していないだけまだマシなのだが、だからと言って安全なわけでもない。掛備ケルビン市街には、幌を具えた馬車ばかり、身を寄せ合うように停車しており、今日も一日、砂埃をやり過ごせれば上等という様子に見える。


 上空には餌の死骸を探すはん(イタチ)鳥妖――寓鳴グウメイが数匹、凧のように翻っていた。

 ちょうど犬猫のそれでも見つけたのか、牙を剥いて争いながら、建物の影に急降下して行った。


 貴金属や食料を高所から狙う同じような鳥獣妖魔は、世界各国にいる。貧困、不安定な治安、興亡から生まれる混沌――その地域の淀みを象徴し、こびりついている存在と言っていい。



「――……」


 李彌殷リヴィアン出立前、お守りとしてもらった常磐の首飾りを襟の合間から引き出し、皐月はじっと見つめる。


 感慨深げに柴も沈黙し、気を引き締めるように外套マントのフードを被った。


「――失くすなよ? 生命力を補ってくれる貴重な “産霊凝ムスヒこごり” だ。今もそうした代物を強奪しようと、旅人を襲う盗賊も珍しくない」


 何より、この景色を見たら、どれほど生命力に恵まれている世界樹の養い手とて、必要不可欠に思うだろう。



「……そうだね」


 

 少なくとも、城郭外には “人” が住めそうな要素がない――。



「俺……、悪いこと言っちゃったかな」


「?」


 柴はなんのことだと疑問符を浮かべた。皐月はもう少し突っ込んだ話をする気があったようだが、ふと、あきらめたように微苦笑した。

 後方から、逸人とひいなの笑い声が近づいてきている。



「――いや、なんでもない」





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