◍ 先行き不安な道中、内緒話
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「…… “薬人を殺さず、薬師人を殺す” ってね。まさしくこの現状のことを言うのさ」
事態は瞬く間に動いた。
――――【 新隊長は機嫌が悪い? 】――――
滝から落ちる水音が、轟々と絶え間なく響いている。
子どもたちの笑い声も反響して聞こえる爽やかな木漏れ日の中、やってきた相手は当然のように、傍らに腰を下ろしてきた。
今回の任務のキーパーソン。ケリゼアンと決着をつける日のために、長らく藪医者を演じ続けてきた智津香だ――。
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飛叉弥との話し合いのあと、皐月は人知れず雉鳴谷に行った。
智津香と “ある密約” を交わし、夜明け前、探勲らを呼び出し――、情報共有を終える頃、朝が来て、さらに、なんやかんや昼が過ぎ――今、長距離移動の中継地点にいる。
李彌殷から北西に二十里――卦備というこの地域を境に、華瓊楽国の風土は北地方の様相を帯びてくるらしく、高山が目立ち始め、寒さと乾燥が増してきた。
目的地に着く頃には紅葉狩りや、鹿などの野生動物ウォッチングしか楽しめなくなっているだろう。街灯はもちろん、商店一つないようなところだそうだ。
「――聞いたよ? ガールフレンドとやらと一緒に、帰国するつもりでいたんだって? いいのかい。こんな任務に付き合っちまって」
苔色の外套から足しか出していない皐月の格好は、一見では分からないが、軽く武装状態だ。
一応、一部隊の長として、休憩中も考えなきゃならないことが沢山ある。
迷惑顔をして、滝壺に視線を戻す。
「……。誰からそんなカタカナ語教わったんだよ」
茉都莉のことなら、五十鈴さんに任せた。話によればこの任務が片付き次第、奎王が骨休めを用意してくれるらしい。「そしたらこの際、摩天に行く。どうせだから、しばらくそっちで遊んでろ」――と、飛叉弥の偉そうな言いつけにも、五十鈴は実に素直だった。それに比べて、あのじゃじゃ馬ときたら……。
*――遠足だか何だか知らないけど、
せいぜい崖から落ちないよう、お気をつけてっ
『~~……。ねっ!!』の一言を添えて、一応の気遣いを示してきたが、思いっきり顔をプイっとされた。…ったく。
「なになに、何の話?」
背中に飛びついてきたのはひいなだ。
「子どもは何も知らなくていい」
「皐月だって、智津香から見れば子どもだろ?」
「お前は口ばっか達者で、いつになったらデカくなるんだ豆粒」
「う…っ、この野郎、ひとが気にしてることをーっ!」
「逸人くん!」
ひいなが、慌てて止めに入る。キィキィと小猿のように喚く声が辺りに反響した。
卦備は元々、大小の滝が集まっている景勝地として知られていたが、砂漠化以降はとりわけ立ち寄る旅人が増えた。
滝壺の淵では、行商人らの驢馬が喉を潤している。
花連メンバーは他の旅人に混ざって滝の左右に並び、念の為の給水をしている。まともな水が手に入る最後のポイントかもしれないからだ。緊張しているだろう子どもたちの休憩を兼ねて――
「…てか、なんでこうなったんだ」
飛びついてきたと思えば、すぐ飛び立って、小鳥のように追いかけ合う逸人とひいなを見守ってはいるが、皐月は内心、舌打ちをしていた。
「いいじゃないか。見ているだけで癒されるだろ? 逸人に関しては、一応私の駒だしねぇ」
徒人の子どもが一級任務に関わるのは異例のことであったが、智津香の判断がその懸念を押しきったのだ。使い物になるか否かはともかく、「こいつは今回、連れていったほうがいいだろう」と。
その理由の説明を受けた逸人の母親――妙季も、躊躇せず了解したと言うから皐月は驚いた。
*――行ってらっしゃい
気をつけてね――そう送り出された中で、一番大人たちに心配されていたのはひいなだろう。直前で色々あり、同行することに決まった。
出立前、母の千春に身なりを整えてもらい、元気にうなずいて見せていたが、年齢の割に落ち着いている逸人とは逆で、ひいなはまだまだ目が離せない。
「勘違いしないでもらいたいんだけど、俺は子どものお守りが好きなわけじゃないんだよ。ただ、一種のバロメーターっていうか……、一番分かりやすい自分への評価として注目してるだけで…」
「奇遇だねぇ。あたしも一種の道具として目を付けた。あの子らは邪魔になるかもしれない。でも、お前はなんだかんだ “黙殺できない” ――」
きっと、役に立つこともある。
「そんなくだらないこと期待して巻き込んだのか。どうかしてるんじゃないの……?」
皐月は自分の中に潜めている “もう一人の自分” をのぞかせて見せたが、すでに正体を知っている智津香は、寝ぼけ目少年の仮面など、元来あって無きように思っているらしい。
「記念すべき初任務で、死ぬつもりとしか思えないあんたには言われたくないね……」
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この後、どんなことが待ち受けているのか――……柴は少し離れたところから、前途多難に違いない二人の背を見つめていた。
事態が変容したのは今朝――藺親子が “今月のおすそわけ” にやってきた時だった。
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李彌殷の南にある壇里で農園を切り盛りしてきた母子は、一家の大黒柱を喪った際、世話になった礼と称して、毎月、取れ立ての野菜を持ってくる。
しかし「せっかくだが、今回ばかりは貰っても傷めてしまうだけだから」と柴が断ると、ひいなが首をかしげた。
*――どこか行くの? ここから遠いの? ねぇ、皐月
*――……うん、まぁね。茶万っていう、山岳民族の村に行くらしい
*――いよいよですか
行き先を知った千春は、そんな一言を漏らすと同時に不安顔となり、皐月の手を握った。
*――どうか、義父のこと、よろしくお願いします…!
皐月は千春の言うことがすぐには理解できなかったが、茶万村の長は千春の義父であり、以前から、ひいなが離れ離れを嘆いている祖父――保向爾である。
今回の作戦に協力してくれる山村として白羽の矢が立ったこと――正確には保向爾が名乗りを上げたことを、千春は少し前、飛叉弥から聞かされていた。
*――私、おじいちゃんに会いに行きたい…っ!
*――ええ…っ⁉ なに言いだすのひいな!
*――ちょうどいい。逸人も私の助手として付いてくることになったんだが、
一人じゃ寂しいだろうから、お嬢ちゃんもおいで
こうして皐月が負う責任は、最大限に膨れ上がったのだ。
故郷の年老いた義父が、黒同舟絡みの花連の任務に協力するとあれば、千春も同行したいのは山々だったろうが、病がちな体で農園を管理する彼女が、長旅などできるはずもなく。
皐月は頭ごなしに茉都莉を叱りつけたことを、反省したばかり。智津香に味方され、勢いづいたひいなに拝み倒されて足蹴にできなかった気持ちも分かるが、果たして、この異色の面子で挑むことが吉と出るか、凶と出るか――……。
――――【 気遣い 】――――
つと、皐月が立ち上がって自分の荷物を取りに向かった。
柴はその動向に注目を続ける。
同じ医者として、智津香が彼を今一つ信用できないと警戒する理由が、自分には分からないでもない。
いいように人を利用する、皐月のそういうところは飛叉弥と同じだ。人使いが荒いところも、無理難題を要求してくるところも――……。
だが、智津香が真に危惧しているのは、飛叉弥をも上回るかもしれない皐月の “自己犠牲による解決能力” だろう。面倒を診るとなると、これ以上に厄介な相手はいない。
今回の任務はおそらく、智津香が怒鳴りたくなる展開ばかりとなるはずだから、なおさら――。
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「嘉壱」
「あ? って、ぉわッ!」
振り向くと同時に投げつけられてきた荷物に、嘉壱はなんだよコレ、と片眉を吊り上げた。
「俺の荷物。代わりに持って」
「はあっ!? なんで俺が…っ」
「隊長命令。さっさと動け。逸人、ひいなも、水遊びしてるんだったら置いてくぞ」
「えっ!? なんでだよぉ!」
「皐月、今日なんか怖いよ~。私がわがまま言ったことまだ怒ってるのーっ?」
ひいなのように、なんの気なしには指摘できないが、満帆も同じように感じているらしい。不満のような、不安のような感情をにじませつつ、自分の荷物を背負う。
薫子は行動のタイミングが同じだけで、一人旅であるかのような距離感。ほとんど口を利かない。
ここまで嘉壱だけがいつも通り、無駄にしゃべっていたが、さすがの彼も本気の下僕扱いをされれば気分が良いわけもなく、
「――持つよ」
「あ? ……おお。サンキュー」
気遣いを見せたのは啓だ。
嘉壱はさりげなく一つ取って行く彼の背中に、ごにょごにょと礼を言った。
そのまま、二人がぎこちないながらも会話を始めた。
皐月はそれを肩越しに見届けると、何事もなかったように一人で歩き出す。
「皐月」
柴は追いかけて声をかけた。
「他人の立場を思いやるのはいいが……俺は今回、何があってもお前の味方をするつもりだからな」
「なに。どうしたの急に」
笑われても、突っぱねられても、この決意は変わらない。柴は根気強く諭す。
「あいつらを仲違いさせたくないんだろう? 嘉壱はともかく、俺の助け無しに乗り切れる山だとでも思ってるのか?」
「柴は嫌じゃないの? 見損なわれるかもよ? あからさまに俺の世話したり、味方したら」
「心配するな。誰であろうと、助けると言ったら、俺は絶対に助ける。非難できる奴もいない。医者でもあるからな。俺たちは、互いの性格をよく分かっているし――……」
そう言いながらも、まったく懸念がない顔はできていないと思うが、柴はとりあえず皐月の背中だけ見て歩き続ける。
皐月に公然と敵対心を向ける啓や、薫子だって、頭が冷えれば、場を和まそうとする嘉壱や、とりなそうとする満帆の言動が理解できないわけではないはず。
「必要以上に、孤独になろうとするなよ……?」
飛叉弥だったらそう言う気がした。
皐月も同じように思ったのか、まとう空気に、困惑のような若干の揺らぎが生じた。
「気持ちはありがたいけど――……、今回の “俺の任務” は、まず人目を避けなきゃだし、あの監視ロボットみたいなのに見張られてる以上、むしろ上手く独りになれるかどうか……」
皐月はこちらを見つめている藍色の瞳に気づいていた。
副隊長の勇からの視線である。まだ滝壺の淵にある小岩に腰かけていて、一見、随分と悠長に構えている。
しかし、彼は必ず全員が行動に移ったのを確認してから、殿を務めるように動く。周囲の警戒も怠っていない。
「お陰で俺は気を抜いてもいいような、抜いちゃいけないような――?」
確かにそれは言えている。柴は初めての感覚を味わっていた。
本来なら心強いはずの仲間の能力を、敵に回しているような、何とも形容しがたい複雑な気持ち――……。
だが、こんな程度で負担を感じてしまうようでは、到底、皐月の支柱など務まるまい。
飛叉弥が生粋の花人と謳われる忍耐を具えた理由が、ようやく分かった気がする。おそらく、皐月が側にいたからだ。
萼の闇と恐れられるレベルの花人となると、まったく顔には出さず、水面下でとんでもないことを請け負うらしい。
「……馴れとは恐ろしいな。これが、お前にとっては通常運転なのか?」
柴は目の前の背中に、色々と納得できない眼差しを注がずにはいられなかった。
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昨晩――、智津香に出立準備を手伝ってもらっていた時のことだ。
「話は聞いた。あの人でも役に立たないことって、あるんだ?」
「役に立たない――? 飛叉弥のことか」
突然、診療所を訪れてきた皐月は、柴を透明人間扱いして縁側に座り、智津香とだけ話し始めた。
「色葉病に効く薬は無いんだってね」
「あぁ。私は隣国の朱地雲から、この件に関する総責任者として、逃げるように華瓊楽へ渡ってきたんだ。四十年も前にね――……」
だが、必ずすべての根源を絶って、故郷の我が家に帰る。そう誓ったからこそ、今日に至るまで、ケリゼアンの研究のみに尽瘁してきた。
「年寄りに子供、妊婦……どんな急患だって、突き返してやったさ。突き返すことで皆、私を藪医者と呼び、孤立した静かな環境を整えていってくれた」
「それで――?」
世間話をするようなテンポだった。
こんな夜分に、一体何をしにきたのか。明日には茉都莉を連れて、摩天に帰えるつもりでいるはずの皐月に、柴は終始、不審な眼差しを注いでいた。
「……それでも、あの男だけは特別だったよ?」
本来、小耳にも挟んでもらえないような無理無体な頼みにも、飛叉弥は真っ直ぐに向き合ってくれた。
さらに、頭まで下げられてしまった日には参った。
「あいつも私と同じ――……、下手に他人を巻き込めず、苦しんできたと知ったのはその時だよ」
*――俺はあんたよりも身勝手だ。頼れるものが他になかったとはいえ……
「そいつが子どもで、何も覚えていないのをいいことに――そう言って語られた “子ども” が、飛叉弥によく似た面をして今、私の目の前にいる。……皐月、あんたが真実、抵抗する術を持たず、ただ巻き込まれているだけだとしたら、一人でここにやってきた理由をどう解釈すればいい――?」
皐月はやや間を置いたが、鼻から息をつき、声色を変えて答えた。
「――飛叉弥がどう思っていようと、 “事実は逆” ってことだよ。他人を巻き込みがちなのは、むしろ俺。あんたに、頼みたいことがあって来たんだ」
黙って聞いていた柴は、思わず息を呑むことになった。
この後、二人は様々な話し合いを重ねたが、すべて公にはできないやり取りだった――。
「色葉病の “特効薬” とやらを編み出すには、どうすればいいの……?」
〔 読み解き案内人の呟き 〕
【 ひいなの祖父 】について……
2025.04.17、ep『誘い』の部分に加筆しています。




