第38話 結婚を申し込まれる
「ああ、もう、耐えられない。こんなに怖い、夏至祭はこりごりだ。ディルナ、我が輩と結婚して、伴侶となってくれ。そうすれば、魂が離れることの無いように、妖精王に取り計らってもらえる」
夏至の夜が終わってから、何やらずっと、試行錯誤するような気配をさせていたレルシュトは、ディルナの手を取ると、唐突にそんな話をした。
「婚礼の際には、妖精王が贈り物をしてくれるのだ。その贈り物に、ディルナが、ずっと妖精界に居られるように、ずっと我が輩と一緒に居られるように、というのを願い求めることができる」
勿論、ディルナが、我が輩と一緒に居たい、と、言ってくれるのであれば、だが、と、ごにょごにょ、急に自信なさげに髭が少し、凋れぎみになっている。
「本当に? レルシュト様! 人間と結婚するなんて良いんですか? しかもボク、下僕ですよ?」
瞠目し、それでもディルナは、それが本当になるなら嬉しい、と、呟きながら、レルシュトに抱きついていた。柔らかな毛皮の感触に、安堵感が拡がる。
「ディルナがこの国に住む許可が出た時から、それは可能だった話なんだよ」
抱きつかれたレルシュトは明らかにホッとした様子で、抱きしめ返しつつ片手でディルナの頭を撫でた。
「ボクは、レルシュト様の下僕としてお仕えして、ずっと、この屋敷で暮らすつもりだったのですから、何も変わらないのかも?」
嬉しさが過ぎて、何やら少し思考が奇妙な方向へと行きながらも、ディルナの心は喜びで一杯になっていた。
「でも、夏至が怖くなくなるのは、凄いですね! 一緒に、夏至祭を堪能したいです」
妖精界の祭の中でも、最も盛大だという夏至祭の狂乱の渦に、何の躊躇いもなく飛び込んでいけたら、どんなに素晴らしいだろう。
「あ……」
しかし、その後で、ディルナは、不意に深い不安に襲われてしまった。こればかりは、どうしようも無いのか、と、答えの出ない問いに、自縄自縛に陥った。
「どうした?」
不穏な気配に少し驚いた様子で抱きしめの腕を僅かに緩め、ディルナの顔を見詰めながら、レルシュトは緑の眼を瞬かせている。
「……でも、ボク、人間だから、妖精さんたちみたいに、長生きできないですよね? なのに結婚なんてしたら、レルシュト様を置いて先に逝くことになっちゃう。そんなの滅茶苦茶、嫌です」
涙目になって、ディルナは訴えた。
「なんだ。そんなことか。心配しなくても、ディルナは、とっくに好きなだけ生きられる長生を身につけている」
黒猫の顔に優しい笑みを浮かべてレルシュトは囁いた。
「そうなんですか?」
ディルナは又々瞠目し、素っ頓狂な声で聞き返す。レルシュトは、ゆっくりと頷いた。
「妖精と同じものを食べているし、中には、不老長生の食材も混ざっていたからな」
毎日美味しく頂いていた食事の中に、不老長生の食材が在ったとは驚きだった。食事は、どれも、とても美味しくて、いつも夢中で食べてしまっていた。
「だから、子どもに跡を継がせたら、余生はのんびり共に暮らして、それにも飽きたら共に黄昏れに行けばいい」
まぁ、そこまでが充分に長いのだが、と、レルシュトは囁く。
「ずっと一緒に生きられるの?」
ディルナは希望で一杯になりながらも縋るように訊いた。
「もちろん」
ゆっくりと瞬きしながらレルシュトは頷いた。
「ずっと、変わらず、一緒に生きたい。ずっと、一緒に生きていける! 結婚して、伴侶にしてください!」
ギュとしがみつく腕に力を込めて、ディルナは歓びで一杯の声で言葉を返した。
震えながら夏至祭で徹夜して、その後、絨毯敷きの床に丸くなって眠りに落ちていたザージュが、ふと、頭を上げる。
「兄上と、ディルにゃ、結婚するにゃ? 結婚すると、どうなるにゃ?」
どこから話を聞いていたものか、ザージュが問う。
「我が輩と結婚すると、ディルナは、ザージュの義姉上になるな」
柔らかく優しい声音でレルシュトはザージュに告げた。
「義姉上にゃ? それはいいにゃぁ」
ザージュは嬉しそうに言うと、また、こくりと眠りに落ちて行った。
それからは、なかなか忙しい日々が待っていた。
といっても、ディルナは、今まで通り、編み物や、小物の整頓や、訪ねてくる妖精や精霊を地下室に案内することを続けている。
レルシュトは、結婚の願いを妖精王へと届けたようだった。
普段と同じ生活の合間を縫って、ディルナは、屋敷で結婚式をするための準備を手伝っていた。
だが、数日後、妖精王から結婚の了承と祝いが届けられ、式は王宮にて準備を整える旨、申し伝えられた!
「結婚式を、王宮で? 妖精王さんが式をあげてくださるの?」
「どうやら、そうらしい。祝いとして、式のための衣装が送られてきたようだ。これを着て、王宮からの迎えの馬車に乗る……らしい。衣装は、当日まで開けないように、とのことだ」
珍しい事の成り行きらしく、レルシュトは、だいぶ、動転している。玄関先には、衣装が入っているという、とても大きな包みが二つ、届けられていた。
ディルナとて、何やら、そわそわと、落ち着きなく、だいぶ困惑していたが、ただ、妖精王の計らいには深い感謝を抱いていた。
「妖精界に呼んでくださって、その上、王宮での式まで用意してくださるなんて! 妖精界は凄い処です!」
吃驚しすぎて、これ以上、驚きようがないくらい、日々、凄いことが起っている。
当日まで、妖精王から、どんな衣装が贈られてきたのか分からないけれど、不思議と不安はなく、ワクワクしながら当日を待つことになりそうだった。




