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第33話 絵画の中に住む者

「空気の石」

 

 透明で、ちょっと美味しそうな桃色をした、楕円でツルッとした表面の小さな石の前で、名札の紙へとインクを付けた羽根ペンを近づけると、そんな風に名前をつづった。

 

「空気の石? 石なのに空気なの?」

 

 不思議そうに呟きながら、説明を書く用の紙を用意して、羽根ペンを近づけると、

 

「口に含むと水の中でも息ができる。飲み込まないように注意。無くしても名札の元に返る」

 

「あ、それで、空気の石なんだね。わぁ、ちょっと便利かも」

 

 それ以上、書き込む様子はなかったので、幾つ目かの、中に区切りのある箱へと石を収め、手前に名札、背後に畳んだ説明の紙を置いた。

 

 次々と妖精や精霊が訪ねてきて、名札を付けた小物を持って行くので、空いた所には、また小物を補充しながら、という感じで片付けを進めている。

 この屋敷に戻って来たい小物のために、名札と説明書きが残された入れ物もあった。

 

 人間界へ行く時には、必ず手土産を持って行くことがキマリになっているので、来訪者は増えている。

 勝手に小物を持ち出すような無謀な妖精や精霊は、居ないと思うけれど、お土産を選び易いように、残りの小物を早めに片付けた方が良いだろうな、と、ディルナは常に感じていた。

 

 ラハイカに、布の周囲に細いレース糸で飾り編みをする方法や、小さい巾着袋の作り方とかも習ったので、ただ包んだだけだった石を入れ直したりもしていた。

 

 

 

「調理好きな小鍋」

 

 手のひらに程良く収まる感じの不透明で砂色の球体は、名札の紙にインクをつけた羽根ペンを近づけると、そんな風に名を綴った。

 

「小鍋なの?」

 

 ディルナが不思議そうに呟くと、ポン、と、小さな音がして左右に丸い取っ手のある小ぶりな鍋が現れ、横には鍋の蓋らしきも現れている。

 

「あ、小鍋に変身するんだね。えーと?」

 

 呟きながら、説明の紙へと羽根ペンを近づけると、

 

「一定時間、蓋をしておくと食べ物ができあがる。何ができるかは、お任せで。ポン、と音がしたら蓋を開けてみて。食べ終われば、小さくして持ち運べる。念じれば小鍋になるし、念じれば玉に戻る。洗わなくて大丈夫」

 

 ディルナが聞きたいことが、どんどんと書かれていった。

 

「わぁ、そうなんだ。得意料理はある? 材料は要らないの?」

 

「得意料理は惣菜パン。材料は近くから分けてもらう。ほんの少しのカケラの材料があればいい。名札と説明書きは此処の部屋に置いておいて」

 

 ディルナの問いに、羽根ペンは、また動いて、そんな風に書き付けた。それ以上の書き込みはなかったので、ディルナは、元の玉に戻るように念じてみた。

 少しだけ、料理を作らせて貰えないことに不満そうだったが、小鍋は玉に戻った。


 ディルナは、透明な蓋付きの小箱を選んで、柔らかい布を敷いて玉を置き、名札を手前に、後ろに説明の紙を置いて蓋を閉めた。

 

 

 

「あれ、この紙、何だろう」

 

 ディルナは、積み上げられている小物の中から、クルクルと巻いてある、ぺらっとした紙を手にすると、開いてみた。

 それは、綺麗な風景画だった。

 

 人間界なのか妖精界なのか分からないが、樹木が沢山あって、真ん中に綺麗な湖のような水辺があり、遠くには切り立った山脈のようなものが描かれている。

 水辺には、綺麗な花が咲いていて、木々の中には、良く見ると、丸太を組み立てて作ったような家も描かれていた。

 

「これも、不思議な効果とかのある小物なのかな?」

 

 綺麗な絵なので、ついついれていると、絵の中に何者かの姿を見たように思った。何者かは絵の中で動いている様子だった。

 ディルナは慌てて、開いたままの絵を目の前に置く。不思議と丸まらずに平らに置くことができている。

 

「絵画の中に住む者」

 

 名札の紙に、羽根ペンを近づけると、そんな風に綴られた。説明の紙も、手元に引き寄せる。

 

「あなたは、だぁれ?」

 

 絵の中の動く者に向かって聞いてみた。

 

「『防犯の絵』の中に住んでいる。『泥棒が入ったら騒ぐ』ことになっている。普段は静か。額に入れても効果は同じ」

 

「あ、丁度良い額縁があるから、それに入れて飾って貰うね」

 

 ディルナは、沢山の額縁の中から、丁度、ピッタリの大きさのものを持ってきて、綺麗に収めた。

 説明の紙は、ラハイカに用意して貰ったのりで、額縁の裏に貼る。名札は、ちょっと迷った後で、額縁に入っている透明な板の下の方に貼った。

 

 

 ディルナは、その額縁を持ち、鍵を掛けて地下室を出ると、階上へと上がり、レルシュトを探して居間へと入っていった。

 レルシュトは書物を丁度、閉じた所だった。

 

「レルシュト様、地下室の片付けをしていたら、防犯の絵、というものが出てきたんです。名札は、絵画の中に住む者、なんですけど、確かに、何か動くんですよね?」

 

「どれどれ」

 

 興味深げにレルシュトは額縁をディルナから受け取る。

 

「こんな絵が地下室に在ったとは。おお、確かに、何か動く者があるな」

 

 絵画の中に住む者、は、見ていても形は定まらないのだが、絵の中を、自由に動き回っているようだった。

 

「泥棒が入ったら騒ぐらしいです。これ、地下室に飾って頂くわけにはいかないでしょうか?」

 

 少し小首を傾げる仕草で、ディルナはおうかがいをたてる。

 

「地下室で作業するディルナが怖くないのなら、地下室に飾ろうか」

 

「有り難うございます! 怖くはないです。額縁に入れても良いって、説明の紙に書かれたから入れてみたのですけど」

 

 レルシュトから絵を入れた額縁を受け取りながら、ディルナは思案気に呟き。

 

「これ、元々はクルクル筒状に丸められていたんですよね。その状態なら、狭い通路からでも人間界にもって行けそうですし。訪ねてきた方に見えやすいように、地下室のどこかに飾ると良いんじゃないかな、って」

 

 更に、そんな風に呟き足した。

 

「成程。それは、確かにそうだな。では、地下室に飾ろう」

 

 

 地下室にレルシュトと共に入ると、レルシュトはディルナから額縁を受け取り、宙へと放った。

 棚が沢山並んでいる中に、太めの柱のようなものがあり、額縁は、その平らな面の、程良い場所へと掛けられる。

 

「あ! なんか、とても素敵です。綺麗な絵ですよね。不思議ですけど」

 

「ふむ。丁度、小物が沢山ある部屋ではあるし、しばらくは、防犯の役に立ってもらうとしようか」

 

 レルシュトは、満足気に絵を眺めながら、そんなことを呟く。

 人間界に行くまでの暫くの間、そんな風にして役立てることを、絵の中に住む者は、歓んでいるような気配を漂わせていた。

 

 


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