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第31話 取り替え子の話

 人間界に居た時、妖精の話が、ごくまれに話題に上ることがあった。

 それは、取り替え子という怖い話で、いにしえには噂が多かったらしい、というような、随分とあいまいな話だった。

 

「人間界に居た頃は、妖精といえば、取り替え子の話くらいしかなかったんですよね」

 

 食堂の椅子に座って、ザージュを膝に乗せて編み物を進めながら、ふと、ディルナは呟いた。

 

「妖精界と人間界の行き来が、古ほど多くは無くなってしまったからだろうね」

 

 そうか、取り替え子は怖い話になっていたんだな、と、レルシュトは小さく呟いた。

 

「え? 怖いお話じゃないんですか?」

 

 レルシュトの呟きを聞きつけて、ディルナは顔を巡らせつつ訊いた。

 

「いや、人間側にしてみれば、怖い話だったのかもしれないな」

 

 レルシュトは読んでいた本を傍らへと除けて、思案気にしながら応えてくれる。

 

「生まれたばかりの自分の子供が、妖精界の者と交換されてしまうのだから、おそれられても仕方がないのだが。妖精界の側からしてみれば、ちょっと違っているのだよ」

 

 人間界では、妖精のいたずらのようなとらえ方だったように思う。だが、どうやら、それは違うらしい。

 

「どうして、親元から引き離して、子供をり変えてしまうのですか?」

 

 ディルナは事情を知りたいと思った。

 

「妖精界の住人と人間が婚姻することは珍しくなかったのだが。その場合、生まれてくるのは大抵、妖精界の者だ。だが、ごく(ごく)まれに、人間として生まれてしまう子が居る。まぁ、実際には、妖精界の者の性質も受け継いでいるから、人間と言い切ってしまうのも、少し違うのだが」

 

 レルシュトの言葉を、ディルナはコクコク頷きながら聞いている。

 

「問題なのは、人間として生まれてしまうと、妖精界で暮らすことが許されない場合がある、ということなのだよ。その時々で理由は様々だが」

 

 人間界から招かれたり、迷い込んだりした人間が、妖精界に住むことを許されるのに、妖精界で生まれた人間は、妖精界に住むことが許されないことがあるというのには、大分、驚いてしまう。

 

「人間界へ取り替え子として送り出すのは、そういう妖精との間に生まれてしまった人間の子ということになる。かわりに人間界から連れてこられる赤子は、直ぐに死んでしまう運命の子なのだが、人間界側では、その定めなど知らぬことだからな。取り替え子だ、と気付ば、我が子が居なくなった、ということになる」

 

 直ぐに死んでしまう運命の子、と、聞いて、ディルナは、フルっと身震いした。

 

「もっとも、妖精界から、赤子の交換に行く使者は、術も使うので、取り替え子と気付かれることは余り無いのだがね」

 

 レルシュトから、そんな風に足された言葉に、ディルナは、妖精界に生まれた人間が、人間界で取り替え子と気付かれずに暮らせているらしいと分かって、少しホッとした思いがあった。

 

「死んでしまう運命の子は、妖精界でどうなってしまうのですか?」

 

 それは、とても気掛かりだった。

 

「運命は変えられぬから、妖精界に来た子供は死んでしまうのだけれど、妖精界で、精霊となってよみがえるのだよ」

 

「そうだったんですね」

 

 人間界から取り替え子として妖精界へと来る赤ちゃんは、もともと妖精界に生まれる魂だったのかもしれない、と、ディルナはそんな風に思った。怖いと思っていた取り替え子の話も、ちょっと違って感じられている。

 ただ、妖精界に生まれてきたのに、妖精界に住むことを許されなかった者のことを、心配する気持ちは深かった。

 

 

 

「最近は、人間界と繋がることは、ほとんど無くなっていたから、通路が開かれたのは珍しいことだな。だが、人間界から此方(こちら)へ来ることは、相変わらず、物凄く稀だ」

 

 ややあって、レルシュトは、人間界へと繋がる小さな通路のことを呟いた。

 

「ボク、妖精界に来ることができて、とても幸せです。どうして来られたのか、本当に不思議なんですけど」

 

 物凄く稀なことだと聞けば、不思議さは更に深まる。

 

「不思議ではあるが、偶然ではないな」

 

 レルシュトは黒猫の顔に、優しい笑みを浮かべて応えた。

 

「そうなんですか?」

 

 ディルナは青い瞳を見開いた。

 

「ディルナは正式に招かれているようだ。妖精界に住むべき者として」

 

 いつどのような形で、正式に招かれることになったのか、不思議でならない。けれど、妖精界に来ることができたのは、とても幸運なことだと感じていた。

 

「不思議ですけど、嬉しいです。本当に、時々、ボクは、ずっと妖精界に暮らしていたような、そんな気持ちになるんです」

 

 虹が渡っていって、妖精界の濡れた草原に座り込んでいた、あの最初の瞬間から、とても懐かしいような気分に包まれていたのだ。当時は、色々と吃驚したことが重なりすぎていて、それからも愉しい日々が続いていたので、思い起こしている暇もほとんど無かった感じだ。

 

「ディルにゃが来てくれて、嬉しいにゃ」

 

 膝の上で寝ていたザージュが、目を覚ましたのか、顔を洗いながら声を掛けてくる。

 ザージュの背を優しく撫でながら、とても暖かい気持ちで満たされているのを、しみじみと感じた。

 

「ありがとうございます、ザージュ様。ボクもザージュ様に逢えてとても嬉しいですよ。勿論、レルシュト様も!」

 

 こんなに幸せでいいのだろうか、と、少し怖くなる。

 

「いい気候になってきたし、今度は、森へピクニックにでも行こうかね」

 

 レルシュトは黒猫の顔に満面の笑みを湛えながら、そんな提案をする。

 

「わぁ、いいですね! 沢山、お花も咲いていそうですし、楽しみにします!」

 

「楽しみだにゃ!」

 

 ザージュも大賛成のようだ。

 花の気配は、次から次へと増えて行き、屋根裏部屋から見える景色には、ずっと花びらの舞い踊る様子が続いている。

 レルシュトの屋敷の庭も、春の花の花盛りになってきていた。

 春の額縁ができあがる日も近いだろうな、と、ディルナは嬉しく感じていた。

 

 


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