第30話 春祭りからの長い春
庭園の妖精の輪から少し離れると、様々に飾りつけられた、露店のようなものが沢山並んでいて、珍しい食べ物が振る舞われていた。
チーズや、ミルク、蜂蜜、珍しいケーキの類い、飴や菓子、キノコ煮込みや、蕪や瓜、豆などが使われた料理と、普段、あまり見慣れない料理が豪勢に並んでいる。しかし、肉や卵や魚、といったものは見掛けない。
飲み物も、透明な細めの器で、様々な色合いのものが、どんどんと手渡されていた。
「酒精の強い飲み物もあるから気をつけるんだよ。勿論、飲んでも構わないが」
十分に踊った後で追いついてきたレルシュトの言葉に、露店を見物していたディルナは頷いた。
「お酒なんて、飲んだことないです。レルシュト様は、お飲み物は、何がお好きなんですか?」
「葡萄ジュースあたりがいい。葡萄酒も好むが、あまり酒は飲まない方だよ」
「オレはジュースのむにゃ。ディルにゃも、ジュースにするにゃ」
いいながら、ザージュは踊り疲れて喉が渇いたのか、林檎ジュースを受け取ろうと手を伸ばしていた。
「ボクもジュースがいいな。蜜柑ジュース美味しそう」
ザージュがジュースを両手で受け取っているのに続き、ディルナも綺麗なオレンジ色のジュースを受け取った。
すこし気泡が入って、しゅわしゅわしている。
「わぁ、ちょっと、変わった刺激がありますよ。でも美味しい!」
ザージュの飲み物にも、気泡が入っているから、同じように刺激があるのだろうに、平気そうに飲んでいる。
「炭酸入りの、しゅわしゅわジュースは、祭りでは出回るが、妖精界では割合珍しいものだよ」
「おいしいにゃぁ」
ザージュは、美味しいといいながらも、ちびちびと少しずつ飲んでいる。一気に飲むと、刺激が強いので、ディルナも少しずつ飲んでいた。
「せっかくだから、少しゲームもして行くといい」
レルシュトの視線の先では、妖精や精霊たちが、盛り上がっている。
大きな盥に水を張って、様々な大きさの果物らしきが浮かべられている。手を使わずに、頑張って、くわえて取るらしい。
「ドレスが濡れちゃいますかね?」
興味深げにしながらディルナが呟くと、
「そんな心配はないから、やっておいで」
レルシュトが、光る緑色の眼に、優しそうな笑みを宿して促した。
盥の傍で屈み込んで、小さな、姫林檎を狙うのだけれど、なかなか上手くいかない。
となりで挑戦しているザージュが、一足先に、牙に、柔らかめの果実を引っかけて捕らえていた。
「わぁ、ザージュ様、すごい! ボクも頑張るね」
気合いを入れると、ディルナは、少し息を吸い込むようにして、姫林檎を唇で吸い上げた。
「とれたぁ!」
唇から、手のひらへと乗せながらディルナは満足そうに言う。
「ほら、こんどは、輪投げだよ」
レルシュトが面白そうにしながら勧める。ディルナは姫林檎をドレスのポケットに入れ、挑戦してみることにした。
ザージュとディルナは投げられる輪を三つずつ受け取り、柵の外側から、中の階段状の部分に置かれた品々へと目掛けて投げる。
なかなか思い通りの位置には届かず、ザージュは三つを投げ終えた。ディルナも、残り一つ。
「こんどこそ」
ふわりと輪は舞って、優雅な形の燭台に掛かった。
「おお、凄い! 古の燭台だよ」
先ほど輪を手渡してくれた、精霊がディルナの輪が掛かった燭台を手渡してくれた。
だいぶ古びているが、鳥の図柄が織り込まれた綺麗な形の燭台で、手渡されて持つと、ずしりと重い。
「わぁ、有り難うございます! 綺麗です」
真ん中に蝋燭を立てる綺麗な装飾の部分がある。その両脇が片側が鳥の頭部分を象った装飾、反対側は尻尾の装飾だ。台の部分も、凝った模様が刻まれている。
「なかなか美事な品だね」
「ディルにゃ、すごいにゃぁ」
レルシュトもザージュも感心した様子で、笑みが深まっている。
皆で、沢山、珍しいものを食べて、喉を潤し、様々な妖精や精霊たちと語り合ったりして、そこそこ夕方が近づいてきた頃合いに、王宮の門を出た。
満足気な表情をしたフリルールドが馬車を連れて佇んでいる。
「待たせたね、フリルールド。また、宜しく頼むよ」
「丁度、来たところですよ。では、参りましょうか」
帰りの馬車では、ザージュは直ぐに正装を解いて、前の座席でぐっすり眠っていた。
常の昼寝の時間は疾うに過ぎていたし、だいぶはしゃいで疲れたのだろう。
ディルナも、ともすれば、うつらうつらとしてしまいがちだったが、夕暮れて行く道すがらの景色が美しく、いつの間にか見蕩れていた。
「とても愉しかったです、レルシュト様。春祭りに連れていってくださって、嬉しかったです」
景色から隣のレルシュトへと視線を戻し、ディルナはしみじみと呟いた。
膝の上で、輪投げでもらった燭台の重さが、夢ではなかったと、教えてくれているようだ。
「我が輩も、久し振りに愉しかった。また、是非、出掛けよう。長い春は、始まったばかりだ」
ディルナが妖精界へ訪れた頃のように、上空には、沢山の花や花びらが舞い始めている。
屋根裏部屋の窓からの眺めも、素敵なものとなるだろう。
行きよりも、更に速度の上がった馬車は、ほどなくレルシュトの屋敷へと到着した。
「レルシュト様! この燭台、ちょっと布で拭いたら、ピカピカです!」
屋敷でドレスから普段の服装に着替えて、居間へと戻ってきたディルナは、驚いて声を上げた。
輪投げの景品で貰った、古の燭台は、少し古びて感じられていたのだが、柔らかく布で拭うと、途端に黄金の輝きとなった。
「おや、豪勢な景品だ。それは、純金製のようだよ。地底に住む鍛冶の得意な小妖精の作だろうかね?」
王宮には、様々な品物が集まるが、通常は、何か功績を成したものに与えたりするのだが、と、レルシュトは興味深げに呟いた。
「わわっ、そんな物凄いものを持ってきてしまいましたよ?」
「ああ、それは、ディルナが景品として頂いたわけだから、遠慮無く貰っておくといい」
「わぁぁ、じゃあ、せめてここの居間とかに、置かせて貰うので良いですか?」
独り占めなんてとんでもない、と、ディルナはふるふるっと身体を震わせながら言った。
「ディルナがよければ、そこの飾り棚に置いておくかね」
レルシュトが頷きながら呟くと、古の燭台は、ディルナの手から浮かび上がって、飾り棚へと収まった。




