第20話 冬のはじまり
雨がしゃらしゃら降っている。
ディルナは、屋根裏部屋の出窓の向こうの透明な窓越しの、少し暗い風景を時々眺めながら、せっせと編み物を続けていた。妖精界も、だいぶ寒くなってきている。外は、冷たい雨なのだろう。
冬が間近になり、ディルナは、日頃、お世話になっている、レルシュトとザージュに、せめて襟巻きを編んで贈りたいと思っていた。
ラハイカに教わったし、二本棒の編み図は繰り返しの簡単なものなので、後は、せっせと編み進めばいい。
「妖精界の雨は優しいなぁ」
つぶやいていると、雨は雪に変わっていった。
「わぁ、雪だぁ! 綺麗だなぁ」
花吹雪のように、窓の外で舞っている。ディルナは、編み物を籠にしまって机の上へと置くと、白いカーディガンを羽織り、軽い足取りで、階段を降りていった。
「雪ですよ~」
騒ぎながら、階段を下って、レルシュトとザージュに告げる。
居間の窓からも、雪の降る様子は見えている。
「雪の季節が来たな」
レルシュトは、そんな風に応えながらも、少し、そわそわした雰囲気だ。
ザージュは、ほとんど耐え切れず、といった感じで、窓辺に走り寄り、窓に触れて伝い立ちのようにして伸び上がり、雪を捕らえようとする仕草で、時々、肉球と爪が交互に窓を叩いている。
「この、ひらら、ひらひらの雪は、なかなかに誘惑が強い」
遠目に、ちらちらと窓の方を眺めながら、独り言のように、レルシュトが呟いていた。
冬場、食堂には、いつの間にか暖炉が置かれていて、中に火の精霊が居た。
「温めてくれてありがとうございます。あまり、ご無理なさいませんように」
朝、頭を下げて、そんな風に話し掛けるのが日課のようになっている。
「おおっ、心配しなくても大丈夫。今日も、絶好調だ」
ぼわっ、と火気を強めて屋敷全体を温めながら、火の精霊は応えてくれた。
細いかぎ針を使ったレース編みの練習では、花の形に似た、コップ敷きや花瓶敷きを作ったり、布の端にレース飾りを付ける方法も教わったりした。
地下室の片付けで出てきた小物を包むのに丁度よさそうな、小さな巾着袋を作る時に、レース飾りを付けると中々可愛い。
涼しくなってからも、何度か、ラハイカの所に通いながら、今度は、二本の棒針を使って毛糸で編む編み物を教わった。
単調な作業が続くけれど、かぎ針とは、また違った素敵な感触のものが仕上がって行くので、愉しい。
かぎ針で毛糸を編む方法も、今、編んでいるものが編み終わったら、色々、教わるつもりでいた。
ディルナは、屋根裏部屋の自室で、こっそりと、贈り物にする編み物を続けている。
食堂のテーブルの傍で編んでいる時は、ラハイカに教わっている、かぎ針で角座のクッションのカバーを作るためのモチーフを作っていることが多かった。
「ディルにゃは、編み物好きだにゃあ」
ザージュは言いながら膝に乗ってきて、爪の先をウズウズさせながら、それでも邪魔をしないように、必死でじゃれるのを我慢している。
時には、毛糸で編んだ鎖紐で、猫と遊ぶように、じゃれさせて一緒に遊ぶこともあった。
「うん。ボク、編み物すごく愉しいみたい。糸がクルクルして気になっちゃうかな?」
「大丈夫にゃ。糸が回るのたのしいにゃ」
目を爛々とさせながら、見ているのも、愉しいらしいので、ちょっとホッとする。
「こらこら、ザージュ。ディルナの邪魔をしてはいけないよ」
「大丈夫ですよぉ。お膝に居てくれると、暖かいですし」
レルシュトは、なんだか、膝の上のザージュを、少し羨ましく思っているふしがあったが、さすがに身体が大きいので、乗ることはできない、と諦めてはいるようだ。
そんな猫妖精たちの姿を、交互に見遣ったりしながら、居間と繋がっている、暖かな食堂で、黙々と編み物をする日が増えている。
編み物の用語や小物の名前などは、古い時代の人間界で使用していた言葉が使われているので、ラハイカに教えてもらって覚える感じだ。
屋根裏部屋で編んでいる毛糸の二本の棒針編みは、二目ゴム編みで、途中、色を変えて程良く、両端近くに二本線が入るようにして、贈り物にする襟巻きを作っている。
レルシュトのものは深い緑色で線が薄い緑色。ザージュのものは、その逆の配色で編んで、端にはかぎ針を使って、主な色と同じ糸でフリンジを付けてみた。
編み物の合間に、古い書籍を紐解いて、――といっても、写真という方法が使われている本を眺めているだけなのだが、どんな生活をしていたのか、想像も付かなくて、ちょっと不思議な気分になっている。
妖精界では、一万二千年ほど過去の人間界での習慣や風習と、もともとの妖精界での習慣や風習が混ざり合っている。ディルナは、今の人間界から妖精界に来たのだけれど、総ての物事が、斬新に感じられていた。
時々、話題に上る、一万二千年くらい前の人間界の話を聞くと、とてつもなく発展していた世界のようで、少し目眩も感じるほどだ。
それを、妖精界で聞くことになっているのが、何より、とても奇跡的なことではあったが。
それでも、冬がまだ始まったばかりの頃に、贈り物にしようとしていた二つの襟巻きは編み終わった。
以前に、お使いに行く時に使った大きな手提げ袋に、襟巻きを入れて、居間へと降りて行くと、レルシュトもザージュも、のんびりと寛いでいる所だった。
「レルシュト様、ザージュ様。いつも良くしてくださってありがとうございます」
「改まって、どうした?」
レルシュトが、不思議そうにしながら、ゆっくりと瞬きしている。
ディルナは、ぺこりと頭を下げてから、手提げ袋から、襟巻きを取り出した。
「これ、感謝を伝えたくて、まだ目が不揃いなんですけど、編んでみたんです」
言いながら、レルシュトに深い緑色の襟巻きを、ザージュには薄い緑色の襟巻きを手渡す。
「ほう。これを編んだのか! 大変だったろう?」
レルシュトは使い方が分かっているようで、襟巻きを拡げ、暫し眺めた後で、首へと一巻きして、両方の端を前へと下ろした。ザージュは、レルシュトの仕草を見よう見まねで、同じように首に巻いている。
長さは、どちらも丁度良さそうでホッとした。
「編むの、愉しかったです。襟巻き、ちょっと邪魔かもしれないですけど」
飛ぶ時に、羽根に引っかからないといいんだけど、と、ちょっと心配はしているが、何気に襟巻き捌きは巧みなようだ。二人とも、瞳の色に合って、良い感じだと思う。
「いや、邪魔なんてことはないよ。とても暖かい。つい、外を歩きたくなる感じだ」
「襟巻きっていうんだにゃ。ふわふわしてるにゃ」
ザージュは首に巻いた後で、端を手に持って擦り寄る動きをしていた。
「来年の冬には、もっと大物に挑戦しますからね!」
「それは愉しみだな!」
「愉しみにゃ!」
穏やかな日々が、ディルナは愛おしくて嬉しくて仕方なかった。




