第19話 書庫の画集の風景
何だかんだで、不思議と鍵が見つからず、ディルナが、古い本が沢山あるという書庫に入れたのは、秋も終わりに近づいている頃だった。
書庫のある一階と地下は、ひんやりと、ちょっと寒いというので、真っ白のカーディガンを羽織ってきた。
重々しい扉が開くと、変わった香りがしていた。
「鍵が引き出しの奥に落ちていたからな。いったい最後に此処に来たのは、いつの頃だったやら」
人間界だったら、そんなに長い年月放っておいたら、埃や蜘蛛の巣で一杯になってしまいそうなものだが、まず入った一階は、綺麗に掃除したばかりのような清潔さを保っていた。
そして、どこから光を取り入れているのか分からないが、程良い明るさだ。
書棚のほかに、テーブルや椅子も適宜置かれていて、書庫は、かなりの広さがあるし、他の部屋と同様に天井が高い。
天井まで作り付けになっている書棚が、扉の横から、ぐるっと全部の壁を埋めていた。壁以外の場所にも、背合せにした書棚が沢山、置かれている。此方は、天上までは高くないものの、一番上の棚どころか、上から二段目の棚にも、ディルナの手は届かない。
その書棚に、びっしりと、本が並べられていた。
「わぁ、凄い量。巻物じゃないんですね」
レルシュトが時々読んでいるのは、この本の形のものが多いようだが、人間界に居る時には、巻物以外の本を見たことがなかった。
「一階の本は、ほとんどが、一万二千年くらい前のものだよ。その頃は、巻物は無かったようだ。編み物の本は、たぶん、この中でも、薄目の本なのではないかな? 後、ディルナには、絵本なども良いと思うがね」
書庫に入って直ぐの辺りには、厚い背表紙の本が、ぎっしり詰まっている。
「触っても大丈夫ですか?」
細い本はないので、ここに編み物の本は無いのだろうが、本というものが、どんな形なのか、気になった。
「ああ。好きなだけ見て大丈夫だ。気に入った物があれぱ、別に、編み物の本でなくても、好きに持っていくといい。巻物の形の本は、たぶん、地下だろうな」
書庫の真ん中辺りに、柵に囲まれた部分があり、階段が螺旋状に下っているようだ。
地下も気になるが、ディルナは、棚に入っている、とても古いという本も気になっていた。
手近な一冊を取り出してみると、ずしりと重い。
「わぁ、細かい文字がびっしり。全然、読めない文字ばかり」
縦に見るのか、横に見るのかもわからない。
ディルナは、その本は、一旦、棚に戻した。
「絵ばかり描かれている本もあるから、探してみるといい」
レルシュトは言いながら、珍しく、羽根も出さないまま宙に浮いて、書庫の上の方の本を見たりしている。
「うわぁ、レルシュト様、羽根出さなくても飛べるんですね!」
大きな黒猫が二本足の立ち姿で浮いているのは、だいぶ不思議な光景だ。
「ああ、屋敷の中だけだがな。外では、羽根を出さないと飛べん。高い位置の本が見たいなら、移動式の梯子もある。低めだが足場用の台もある」
レルシュトの視線の先は、書庫の最奥で、確かに、立派な装飾の階段状の棚に似た梯子らしき家具や、足場にするらしい台がある。
「いや、こんなに沢山、本があるんです。まずは、低い所の本を見るので十分ですよぉ」
台はともかく、ちょっと、梯子に乗るのは怖かった。
何冊か、本を引き出して中を覗いては戻す。
「あ! この絵、凄い。魔法で写し取ったみたい。不思議な風景……」
それは、物凄く詳細に描かれている、というより、そのままの光景を魔法で写し取ったような絵画が詰まった本だった。
吃驚していると、レルシュトが上方から、本を覗き込んでくる。
「それは、写真といって、一万二千年くらい前に流行っていた手法のようだ。景色も人も、そのまま写し取れたらしい」
言い伝えられているのだろう。レルシュトは、そんな風に説明してくれた。
「え、じゃあ、この不思議な景色は、一万二千年くらい前に、実際に在った光景なのですか?」
四角く背の高い四角い窓が一杯ついているような建物が乱立して、道には、何か、よく分からない形の、馬が引いていない馬車のようなものが沢山並んでいる。
端の方を、不思議な服装をした人間が、沢山、歩いていた。
「その本は、殆ど実際に在ったものを写した写真だろうな。ただ、本の中には何らかの手法で加工したり、実際に写し取るよりも、細密に描かれた絵画の本もあるようだ。我が輩たちが、今の時代の妖精界で、それを判じることは難しかろうな」
頁を捲って行くと、色々な風景が見開きで載せられていて、綺麗だけれど、ちょっと異様な感じだ。
ただ、今の人間界とも余り変わらないような、森や山や湖といった風景も、とても鮮明に、写し取られている所をみると、本当に、こんな世界があったのだと感じることができた。
「一万二千年くらい前って、すごく不思議な世界だったんですね。こんな世界に、編み物もあったっていうのも、なんだか不思議」
ちょっとゆっくり眺めて見たくて、その本は、棚に戻さず、近くのテーブルの上へと置かせて貰った。
それから、編み物の本を探すべく、背表紙を見ながら、薄い本を探してみる。
低い所の一角には、背表紙の極薄い本や、背表紙の無い本も刺さっていた。
引き抜いてみると、表紙の全面が簡略化されたような絵で、中も同じ絵柄で物語りが綴られているような感じの本があった。これなら、文字は読めないけれど、眺めていて愉しいかもしれない。かなり、綺麗な絵だ。
「ああ、それが絵本のようだな。文字は我が輩にも読めぬようだが、少し見覚えがある所をみると、人間界で言う所の秘文字の本かもしれないな」
「秘文字、って、魔法使う方達が使ってる文字ですか?」
「そう。一万二千年くらい前の島国で使われていた言葉が、いつからか、秘文字として採用されたようだね」
「へぇ、それは面白そう。部屋に持っていって見ても良いですか?」
「秘文字だから、読めてしまうと、ちょっと危険はあるかもしないが。まぁ、読めないから大丈夫だろう。構わないよ」
「秘文字って、読んだら危ないんですか?」
「読むだけで魔法が発動することがあるからな」
「わぁ、それって、ちょっと興味深い話ですよ。魔法使えたら、いいなぁ、って思う時あります。でも、読んだりできないから大丈夫です」
そんなことを話しながら、薄目の本を見て行くと、確かに、編み図の載っている本が、沢山、見つかった。
同じ種類の本は、場所的に纏められているようで、編み図の載せられている本だけで、かなりの冊数が並んでいる。
「うわっ、編み物の本、物凄く沢山ありました! とても全部は見きれないです」
部屋に持って行くにしても、ちょっと無理があるほどの量だ。
「それは良かった。心配しなくても、書庫の鍵は開けたままにしておくから、好きな時に探しに入るといい。地下も好きに見ていいが、ただ、巻物は扱いを気をつけた方がいい」
「当分、巻物までは手が回りません! 見たくなったら、別の機会に、レルシュト様に扱い方、教えてもらいながら見ます」
「それなら、安心だ。好きに本は持ち出していいからな」
「はい。写真の本と、絵本はさっきのを。編み物の本は、何冊か選んでみます」
編み物の本は、出来上がりの絵が、どうやら写真というもので載せられているものが多いようだ。
編み図は、説明の文字は読めないけれど、図の分からない所は、ラハイカに聞けばわかると思う。
ディルナは、ワクワクしながら、編み物の本を選んでいった。




