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第18話 撫でてもいいですか?

 地下室の片付け中に出てきた、たくさんの額縁は、効用のある小物ではなく、整頓のための家具のようで、羽ペンと紙を用意しても書き込みは無かった。

 

 拾ってきた、銀杏(いちょう)紅葉(もみじ)を飾るのに良さそうなので、レルシュトの所に持って行くと、その額縁のたぐいは、好きに使って大丈夫、とのことだった。

 

 黄色一色の世界や、赤や黄色やオレンジの交わる世界の中を、黒い二つの綺麗な影が舞い踊っていた様子が、思い起こされるので、拾ってきた落ち葉は宝物のような輝きを持っているように感じられる。

 実際、人間界の落ち葉と違って、少しも朽ちて行かないので、いつまでも鮮やかな色合いを保っているのだ。

 

 紅葉(こうよう)する森の色彩も、人間界の紅葉よりも、数段鮮やかだった。

 

 

 あの狂喜乱舞する猫妖精たちの姿を見てしまって以来、ディルナはドキドキが止まらない感じだった。

 

 そして、冬が近くなって来ているせいか、レルシュトの毛並みは、何やら毛足が長くなっていて、よりふわふわしていて、何か、ディルナの手を誘惑する。

 

 ディルナが編み物をしていると、膝に乗ってくることの増えたザージュを撫で撫でしてはいるのだが、まだ小さいこともあってか、まさしく猫の感触だった。

 レルシュトは、ディルナと同じくらいの背丈があるし、首回りは特に毛足が長いし、全体の毛並みも美事なのだ。

 

 そんな事を思って、居間の入口で、じぃっと、レルシュトを見ていると、光る緑の目が不思議そうにディルナの目と合った。

 

「どうかしたのかな?」

 

 悩み事でもあるのかと、心配しているような表情だ。

 

「いや、えーと、あの……、そん……なのですが、撫でてもいいですか?」

 

 もう、ずっとずっと、撫でたくて撫でたくて、手がウズウズしている。思い切って、言おうと思う間に、言葉は唇をついて出てしまっていた。

 

「なんだ、そんなことか」

 

 レルシュトは別に、特に気にした様子もなく、ごくごく普通にそう言った。

 

「……?」

 

 もっと、何か、ずっと深刻な悩みでも抱えていると思われていたのだろうか?

 

「許す。好きなだけ、撫でるがいい」

 

 レルシュトは猫の顔で微笑みながら、胸を張るような仕草で言う。

 

「ホントに? 嬉しいな」

 

 ディルナは、ソファーに座るレルシュトに近づいて行くと、あご辺りの毛足が長くて美事な、獅子のたてがみのような部分をまず、そっと撫でた。毛足の長い顎回りは、すこぶる心地好い。想像していたよりも、ずっと、ふわふわで艶々で、触り心地は最高だった。

 

 そして、肩や腕や頭や背へと、長い毛足の黒い感触に夢中で、次々に撫でて行く。猫とくらべたら、格段にでかいので、撫で甲斐がある。

 

 撫でていると、ゴロゴロと猫のようにレルシュトの喉が鳴った。

 首の後ろの長い毛もなかなか素敵な感触だったし、耳の横から顎の横辺りもふわふわだ。

 

「この下僕は撫でるのが上手いな」

 

 愉しそうに言うと、レルシュトは、ソファの上に、ごろん、と、腹を見せて横たわる。

 

「わぁ、ありがとうございます。嬉しいです~」

 

 もう、夢中で顎から胸、腹部に掛けては、本当に、至福の毛皮の柔らかさ。そんな風に、身体中、撫で撫でして、至福そうな顔をしているのは、ディルナだけでなく、レルシュトも同様のようだった。

 

「もふってもいいぞ?」

 

 思い切り、完全に、猫だ。

 

「うわぁ、凄い。何か、凄く贅沢です~」

 

 ふわふわの毛皮の身体に抱きついて、頬でスリスリと、すっかり大きな猫相手に戯れるような感覚になっている。

 愉しそうに笑う、レルシュトの声に、喉のゴロゴロ鳴る音が、心地好く混ざっていた。

 

「ぁぁ、なんて、素敵な感触!」

 

 スリスリ、撫で撫で、もふもふ、ぷふぅ。

 もう、夢中で、歓声をあげながら、散々、心地好きそうに、全身で毛皮の感触をすっかり堪能している。

 そして、思い切り、レルシュトに抱きついて毛皮に頬ずりしていたディルナは、だいぶ時間が経ってから、はっ、と我に返った。

 

「うわわぁ、済みません。ついつい、気持ち良くて。なんてことを! 失礼いたしました」

 

 あわてて、少し離れ、顔を真っ赤にして、申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「いやいや、こちらこそ、何やら猫属の癖がついつい」

 

 レルシュトは身体を起こしてソファーに座り直し、何やらぺろんぺろん、と、顔洗う仕草をしている。しかし、気配は嬉しそうなままなので、ディルナは大分ホッとしていた。

 

 

 

「にゃんか、賑やかだったにゃ? 何かあったかにゃ?」

 

 少しして、眠そうな様子のザージュが階段を降りる気配をさせ、居間に入ってきた。

 入口の所で、そんな風に声を掛けたものの、眠くて仕方ない、といった表情で、顔を洗いはじめている。

 

「いや。特に変わったことは無いぞ?」

 

「はい! レルシュト様に、額縁使って良いか、聞きにきただけですよ?」

 

 別に、やましいことでもないのに、何やら、自然に口裏合せして、眠そうなザージュを見遣りながら、ディルナはレルシュトと、顔を見合わせて、笑みを浮かべていた。

 

「そうかにゃ。また、森に遊びに行きたいにゃ」

 

 楽しかったにゃ、といいつつ、こくりこくりと舟をこいでいる。寝ていたザージュが吃驚するくらい、騒いでいたのかな、と思うと、ディルナは、ちょっと頬が熱い感じだ。

 

「こらこら、昼寝なら、ちゃんとベッドで寝なさい」

 

 絨毯の上でも、まぁ、いいんだが、と呟きつつ、レルシュトは、ザージュを背側から抱き上げる。

 

「ちょっと、寝かしつけてくるか。ディルナは、ゆっくり過ごすといい」

 

 にっこりと笑みを向け、愉しかった、と、ディルナに向けて、こっそり囁くと、足をぶらぶらさせているザージュを連れて、廊下へと出て階段を上がって行くようだった。

 

 

 

「ああ、ホントに、なんて素敵な感触」

 

 まだ、手のひらや頬に残る、レルシュトの毛皮のふわふわの感触を思い出しながら、思わず呟いた。

 ほぅ、と小さく吐息をつき、ディルナは額縁を抱えて居間を出る。ウキウキした気分のまま、それでもザージュを起こしてしまわないように、静かに長い廊下を歩き、そっと階段を上っていった。

 

 


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