第17話 馬車で紅葉を
気がつけば、金木犀が華やかな香りを屋敷一杯に漂わせ、裏庭には、綺麗なオレンジ色の小花が満開になった。
裏庭の地面近くには、彼岸花が一斉に咲いて、真っ赤な絨毯のよう。
金木犀の香りのついた、暖かなお茶で一息ついたり、ラハイカの所で、次々と新しい編み物を教えて貰ったり。ディルナは、割合、楽しくも忙しく、日々を過ごしていた。
地下室の片付けと編み物をしているうちに、あっという間に季節は進んで行く。
彼岸花は消え、金木犀は散って暫くの間、地面に鮮やかな円形のオレンジの輪を沢山作っていたが、やがて自然に消えていった。
涼しく、時には、寒く感じる昨今では、編み物はレース編みから、毛糸の編み物に変わり、かぎ針ではなく、二本の棒針を使うようになっている。
屋根裏部屋の窓から見える景色の中で、緑一色だった森や、彼方此方の木々が、秋色に色づき初めている。
屋敷から真っ直ぐに続く広い道の両脇の街路樹も、すっかり赤くなってきていた。
「紅葉を見に行こう。頃合いに、馬車が来るはずだ。少し、寒いかもしれないから、カーディガンか、外套を羽織る方がよいだろうな」
朝食を済ませた後で、レルシュトが、そう告げた。外出が嬉しいのか、ザージュは、走り回って、喜んでいる。
「確かに、一気に寒くなりましたね」
ディルナは、膝丈の青い外套を羽織って行くことにした。靴は、ティメセロムに作ってもらった短い方のブーツにした。
そして、自分で二枚編んで、ラハイカに教わりながら仕上げた、中に濃い色の布の内袋が付けられた、レースの手提げ袋を持った。
落ち葉を、少し拾えたらいいかな、という感じ。
迎えにきた馬車は、門の直ぐ前にいた。門の前の公園には階段があるのに?
ディルナは不思議そうにしながら、レルシュトとザージュと一緒に、門を潜った。
馬車を引くように手前に居るのは、馬に似ているけれど、水色の精霊のようだ。
「今日は、有り難うございます」
と、ディルナが頭下げると、
「自分も愉しみですから」
馬に似た精霊は、笑むような気配で、そんなことを囁いてくれた。
「宜しく頼むよ、フリルールド」
顔馴染みのようで、レルシュトも笑む気配で声を掛けている。
みんなで乗り込んで、ディルナはレルシュトと隣り合わせで進行方向に向かって座り、ザージュは対面の座席に、のんびりと身体を伸ばしていた。
カーテンの開けられた透明な大きな窓から、外の景色が良く見えている。
走り出すと、少し宙に浮いているようで、階段があっても問題ないようだった。軽く、重さが無いような感じで、御者もなく、馬車はフリルールドに連れられて暫く、宙を飛び、途中からは、広い道に降りて走っていた。
「馬車にゃんて、はじめてにゃ」
少し走り始めた所で、ザージュは、そう言いながら窓へと伸び上がって外を見はじめる。
百日紅の真っ赤に紅葉した景色が、窓の外に拡がっていた。
「うわぁ、綺麗。それに、すごく速い」
どんどんと移り変わって行く景色は、やがて広い道をはずれ、それこそ、色とりどりの景色が拡がり始める。
紅葉を見に行く途中、先に葉が散っている枝には、沢山のオレンジの柿の実や、赤い林檎の実などが鈴なりになっているのが見えた。
「レルシュト様たち、あまり、お出かけにならないんですか?」
少し不思議そうにディルナは訊いた。ディルナがレルシュトの屋敷に住むようになって以来、レルシュトやザージュが出かけるのを見たことがなかった。
「ディルナが遠出している時に、偶に、我が輩たちも出かけたりすることはあったが、馬車はつかわんな。大抵、空を行くから」
「あ、そうですよね。ボクも、空を運んで貰いました」
「オレも、飛べるにゃ」
ザージュは胸を張って主張した。
「さほどに、遠出はしとらんからだよ。散歩程度だ。王宮に行くことがあれば、さすがに馬車を頼むぞ?」
納得して頷いているうちに、窓から見える景色は、常の葉の緑に、赤や黄色、オレンジなど、目にも鮮やかな景色を展開している。
「さあ、まずは、銀杏並木だ」
馬車が止まり、レルシュトの声に促されながら降り立つ地面は、すでに黄色の絨毯。
見上げれば、とても背の高い、黄色く色づいた葉を満杯に付けた銀杏の森。真っ直ぐに森の中へと続く道は、鮮やかな黄色に染まっている。
「うわぁ、綺麗! 踏んでしまうのが、申し訳ない感じだよ」
ディルナは感嘆した声を上げた。
「踏んでも、汚れたりしないから、心配ない。落ち葉は、暫くは、ずっとこのままで、数日すると消えてしまう」
黄色の落ち葉がタップリ積もっているのに、銀杏の木には、不思議なほど黄色の葉がタップリ付いていて、枯れ枝が見えたりはしていなかった。
銀杏の木は、とても背が高く、そして幹は吃驚するほど太い。
地面も見上げる木も、鮮やかな黄色一色だ。
そして、ハラハラと風に舞い踊りながら、銀杏の葉は、次々と落ちて積もっている。
「葉を拾っても大丈夫ですか?」
「好きなだけ拾うといい。消えてしまう前に。持って帰る分には消えはしないから」
レルシュトは、ちょっと、そわそわした感じだ。髭袋が膨らみ、髭がピンと前を向いている。
ザージュは、疾うに、真っ直ぐに続く、黄色の道へ向かって走っていた。
「こら、待ちなさい」
言いながら、後を追うレルシュトを追いかけて、ディルナも、真っ直ぐで真っ黄色の道の方へと向かう。
と、何か、耐え兼ねたような様子で、走っていたザージュが蝙蝠のような大きな黒い羽を、バサァと出して宙へと舞い上がった。
「ああ、もう、駄目だ。耐えきれん」
そんな声が聞こえたかと思うと、もっと大きな蝙蝠のような羽を出したレルシュトも、同じように宙へと舞い上がる。
レルシュトも、ザージュも、舞い落ちてくる、ひらひらの銀杏の葉を、宙で追っていた。
猫妖精も、やっぱり猫であるには違いなく、動くもの見ると、飛びつきたくなってしまうようだ。
「わ~! すごいすごい!」
ディルナは、その光景に、大喜びして、嬉しそうに声を掛ける。
ひらりと舞う銀杏の葉を、空中で、ザージュの鋭い爪が捕らえた。
シャッ、シャッ、シャッ、と、レルシュトの爪が、連続で銀杏を捕まえ、宙でくるりと回ったり、高く舞い上がってから、急降下したり。
黒い大小の猫妖精が、黄色一色の景色の中で、舞い踊っているようで、それは、夢のような光景だった。そして、ディルナも、歓声をあげながら、綺麗な銀杏を何枚も捕らえて、手提げ袋に入れた。
やがて、ハァハァと息を切らして、レルシュトとザージュが、ディルナの近くまで戻ってきた。
「さあ、今度は、紅葉の森だ」
レルシュトも、ザージュも、目が爛々と輝いていた。




